第35話 音楽と安らぎを司る女神
突如として俺の前に姿を現した、女神エルオーン。
彼女が住まうと言われる聖堂の前で、俺たちはしばし睨み合った。
互いに武器の類は持っていない。だが1秒かからず、コンマ数秒を切り刻んだ世界の中で戦闘開始に踏み切れることを理解している。
「……ふへっ」
しばしの膠着状態が続いた後、エルオーンは八重歯をむき出しにして笑った。
「ちょちょ、トールくん。いくらなんでも視線が情熱的過ぎて参っちゃうなァ。そんなに私を見つめてどーしたいんですかねえ?」
「別にどうも……俺だって喧嘩しに来たわけじゃないんだ」
殺気、というには少し鋭さが足りない、戦意の押し付け合いが瞬時に終わった。
下手なことをすれば即座に反撃が飛んでくるということを互いに示したのだ。
息を吐いてリラックスし、改めて女神エルオーンと向き合う。
背丈は俺よりかなり低いぐらいか。くるくるっと巻かれたピンク色の髪は、よく見れば数色のインナーカラーが入っている。
神殿の主たる女神様というよりは、渋谷の地面に転がってる女だな。
「ま、立ち話もなんですし、どーぞ神殿にお入りくださいな。クツはそのまんまでおけなんでー」
「……どーも」
彼女に促されるまま、俺は開け放たれているドアをくぐり、聖堂の中へと踏み入った。
外からの見た目に反することなく、壁にはどこかの神話を再現したと思しき宗教画が刻まれ、無数にも思えるほど並ぶ椅子の間を抜けていった先では礼拝用の聖像が鎮座している。
本当にこのメンヘラサブカル女そのものみてーな女を祀る建物なのか?
「いいでしょ? 将来的にはここでライブやるつもりなんで、遠慮せず来ちまってくださいね。来てくれるならS席押さえるし」
「一応聞いておくけど、どういうライブにすんの」
「私がデケェ聖像に乗っかって煙噴射しながら舞い降りてくるカンジ」
「それ年越しの時に出現するラスボスなんだよ」
本物の神様がアレをやってどうするんだ。
わざわざハリボテなんて使わなくてもできるだろ、降臨ぐらい。
……あと、気になってるんだけど。
こいつ、どれくらい俺の前の世界について知ってる?
俺が元いた世界は、こっちの神様たちが調査する前に滅んだ……厳密に言えば調査隊を派遣する隙間がないほど熾烈な争いが続いていた。
だから直接来たことはないだろう、来てたら十中八九殺されてる。なら、文明レベルや指向性から、似たような世界を割り出して事前調査していたのか?
俺が唸っていると、エルオーンがひょいと距離を詰めてきた。
こちらの顔を覗き込み、にひひと彼女は笑う。
「不思議そうにしてるじゃねーですか。女神様が案外物知りで惚れちまいました?」
「不気味に思ってる」
「直球は傷つく……」
ヴィクトリアさんやショタ神様も、ここまで踏み込んではこなかった。
案外全員知ってるのかもしれねえけど、どうなんだろうな。
直感的には……この女神様がなんかおかしい気はする。
「おっと、そういや気になってたけど……それは?」
その時、こちらの手荷物を目ざとく見とがめたエルオーンが笑みを深める。
今気づきましたって態度だけど、入ってきた瞬間から把握されていたんだろうな。
「ん……ああ、渡すの忘れてたな」
「え? なになに? もしかして、ちゃんと貢物を持ってきちまったカンジですかい? こりゃ嬉しいなあ。神様嫌いにして史上最悪のF級が、まさか私の好感度を上げようと考えてただなんて。嬉しすぎて踊っちまいそうですよ」
「音楽だけじゃなくて踊りも司ってるのか?」
俺がそう問いかけた直後だった。
神殿の空気が一瞬震え、直後、電子音声で構成されたEDMが爆音で鳴り響き始めた。
「~~~~っ!? 何だこれ!? 神殿じゃなくてクラブだったの!?」
「おっと失敬。私のノリに合わせて空気が鳴っちまいました」
「どういうシステムなんだよここ!!」
神殿に来ている参拝者たちも、驚くことなく自然に縦揺れを開始している。
えぇ……? 何? 全然分かんない。
音楽の完成度もたけーしサイケデリックだし、電子ドラッグを使う新興宗教みたいになってんだけど。
「まあほら……勝利のラッパってやつもあるじゃねーですか。私の仕事はあれを鳴らすことなんで」
「勝利のラッパをシンセサイザーで出すなよ」
「流行りを作る側になりたいって欲求が出すぎちまったかもしれねーです」
「自己反省が鋭すぎる」
てへ、と長い舌を出して可愛い子ぶるエルオーン。
ご丁寧に自分の頭をこつんと突いていた。
「ま、いいじゃねーですか。音楽って人生を豊かにするためのモノなんで。どんな音楽でも、爆音で聞けば体は元気になるし心だって元気になる。最高! いいことづくめ! エルオーン様万歳! ってワケですな」
「最後は明らかにオーバーランしてただろ」
万歳までいくのは明らかに願望が入ってる。
けたたましく鳴り響く電子音声の中で、俺は呆れかえった後、ふとエルオーンの言葉に引っかかった。
「……体も心も元気に、か。音楽と安らぎを司るって話だけど、音楽で安らぎを齎すのか?」
「お、流石は神殺し。権能の洞察が早くてほれぼれしちゃいますなァ」
唇をつり上げてエルオーンが両手を広げる。
同時にEDMのボルテージやペースまで跳ね上がり、縦揺れしていた人々はついに横揺れを開始した。
「ここ横揺れオッケーなの?」
「ウチは特別なんで」
こいつマジで同じ世界出身じゃねえだろうな?
「じゃあ会場もあったまってきたし、本題に入ろうじゃねえですか」
「……本題?」
「おとぼけになったって無駄無駄、ダームーのムーダーです」
「お前それだけは多分使い方間違えてるわ」
ただでさえ怪しいエルオーンの言葉遣いが今日イチを記録した。
しかしこちらの指摘などお構いなしに彼女は話を続ける。
「ヴィクトリアちゃんには悪いけど、あの子が管理官やってると、トールくんを戦場に引っ張り出すの難しいんで。ちょいと強引に進めちまいました」
「それをやめてほしい、って言いに来たんだよ」
「ヘェ~……ま、ほんとはもっと先で直談判しに来てくれて、こっちも直談判できるかなーって思ってたんですけど。前倒しになったと思えばラッキーですかねい」
向こうも向こうで俺に対して何か要求があった、ということか。
なら、それを叶えてやれば俺を引っ張り出そうとしないのだろう。
俺は視線でその内容を促した。
耳をつんざくEDMの中でも、続けられた彼女の言葉は嫌に冷たく、はっきりと聞こえた。
「――――殺してほしい神がいやがるんですよ、神殺しの元『魔王』さんにはもってこいじゃねーですかねい?」
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