第34話 クソ会いたかったですよ
まったくもって不本意ながら、俺は女神エルオーンの館を訪れていた。
神様の中には自分の居住地を公表しているやつが結構いる。信者が訪れるのはもちろん、館を構えること自体が神の出力を底上げする効果を持っているらしい。
要するには神社みたいなもんなのかな。多分。
「おや、見ない方ですね」
肩を落としながら、訪れたことのない町をとぼとぼと歩いていると、笑顔のお姉さんに声をかけられた。
「あー、ええ。ちょっと所要でこちらに来てまして」
「なるほど……エルオーン様のご利益に肖るためですか?」
そんなところです、と相槌を打つ。
エルオーンの館が近づくにつれて、だんだん街の雰囲気が変わってきたのは肌で感じていた。
なんていうか、空気そのものがマッタリしていたというか。単純な暖かさ以外にも、こちらの体を温めるような干渉があった。
「お体ですか? お心ですか?」
「え、あ、何? 病院?」
「あら、違うのですね。外から来られる方はたいてい、エルオーン様の安らぎの力で何かを治すために来られるので……」
へえ~。
今のところ悪い話しか聞いていなかったせいでどんどん印象が悪くなっていたのだが、安らぎを司っているだけはあるらしい。
また聞きの情報だけで何かを判断してはいけないということだな。
「あら、呼び止めてしまいましたね。失礼しました、どうぞエルオーン様のご加護がありますように」
「どうもありがとうございました、親切な方」
ギリで笑みを取り繕いきって、俺は女性と別れた。
俺のことを心配しつつ案内してくれたわけだが、急に人の善意に晒されるとびっくりしてしまう。深海魚をサウナに叩き込むようなものだ。
「……いやデカ」
それからしばらく進んで行くと、ここらの街の中心にそびえる館があった。
どう見てもここら一帯の主である。建物に権力が表れている。
「あのすみません、ちょっといいですか……」
「ん?」
館の門を警備している人に恐る恐る声をかける。
鎧を纏い完全武装の二人組だが、俺が丸腰なのを見るとぱっと笑顔を浮かべた。
「どうされましたか? ご旅行でしょうか」
「ま、あまあ……ええと、こちらがエルオーン様のお住まいですか?」
「はい、旅の方。我らの生活に安らぎを与え、流麗な音楽を司ってくださっているエルオーン様はこちらにおわします」
どうやら自然な旅行者になりきれているようだ。
念のため持って来た貢物が、いい感じに荷物として認識されているのだろう。
「ええと、この館って、入れたりするんですか?」
「一般の方向けに公開されている場所までなら大丈夫ですよ。無料公開されていますので、どうぞ中にお入りください」
ウオー、良かった助かる。
入れませんよとか言われたら、もう正面から不法侵入するしかないかもしれない。
「どうも、どうも……」
「はい、ごゆっくりお楽しみください」
門番の間を通って館の敷地内に入る。
目立つ大きな建物は恐らく聖堂だろう。つーかこれ冷静に考えると観光地だよな。
いや……めちゃくちゃ観光地だな。
「これ京都の栄え方と一緒なんじゃねえの」
「私の家は古都じゃねえんですけどねえ?」
――その場から飛びのいて、振り向きつつ臨戦態勢に突入した。
気配を感じ取れなかった。悟ることができないまま至近距離に踏み込まれたのは記憶にある限りでは前の世界ぶりだ。
「あら、警戒させちまいましたか」
「…………」
「ただ、私の住んでる場所を観光地扱いしねーでくださいって話すよ」
「……でも観光地的な流行り方してるじゃん。有名なお土産とかもあるんじゃないの?」
「生八つ橋ですかねえ」
「ここ京都なんじゃねえの?」
聖堂の周囲を歩く人々は、こちらのことを気にしていない。
何せ俺の背後に突然現れたそいつは、見た目は普通の人間だったからだ。神気も極限まで抑えられている、っつーかゼロだろなこれ。
自分を強く見せるのは弱いやつがすることだ。
逆に、自分を弱く見せるのは強いやつのすることだ。
自分をとびきり弱く見せることができるっていうのは、たいていの場合は、とびきりそいつが強いことを証明する。
「自己紹介は必要な感じでございますかねえ?」
「いや、なんとなくわかったよ……こっちこそ、最初に名乗るべきだったかもしれない」
「それには及ばすですよ、あんたのことはよーく調べちまいましたから」
俺の目の前に現れた女が、ピンク色の髪を翻して微笑んだ。
あどけなく、少し幼くて、流行りの服に身を包んで。
肌で分かる。
思っていたより、予想していたより。
この女神は――ずっと手強い。
「クソ会いたかったですよ、元『魔王』トール」
「……どうも」
安らぎと音楽を司るという女神エルオーン。
彼女はごく普通の人々の紛れて、当たり前のように、そこにいた。
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