第10話 教育番組『結局この世界ってなんなんだよ』

「やあやあトール君。元気にしてるかい?」

「元気にしてるんで帰ってください」


 今日も今日とて作業着でゴミ拾いをしていると、ふわふわ浮いてる少年に声をかけられた。

 すぐそばに聖騎士アルバートを控えさせた神様、摩秤マービンさんだ。


摩秤マービン様相手に、なんて無礼なことを……!」


 俺の言葉を聞いて、アルバートは顔を歪めわなわなと震えていた。

 無礼なのは突然仕事中に押しかけて来たお前らだろ。


「……で、俺に用ですか? ヴィクトリアさんじゃなくて?」

「ん、用事があるのはもちろんヴィクトリアの方さ。だけど君の顔も見ておきたくてねえ」

「はあ」


 俺の顔を見て何かいいことがあるのだろうか。

 ご利益があったりするのか? 本物の神様の前では口が裂けても言えないけど。


「というわけで、今日の掃除は終わっていいよ。ちゃんとヴィクトリアから許可ももらってる」

「あ、そうなんですか……」


 今日はゴミが少なくてかなり暇を持て余していたから、正直助かる。

 とはいえ、いくらかは拾ったゴミがあり、そちらは既にまとめてある。


「じゃあ俺、拾った分片付けてくるんで。どこ行ったらいいですかね」

「君が拠点にしているあの雑居ビルで大丈夫だ。じゃあアルバート、先に行くとしようか」

「かしこまりました」


 そういって一柱と一人は、背を向けて立ち去って行った。

 事実上の早上がりだ。ラッキー。


 ◇


 ゴミを片付けてから、会社(?)に帰ってシャワーを浴びて着替える。

 普段着に戻って指定された部屋に入ると、ヴィクトリアさんと摩秤マービンさん、そしてアルバートが既に待っていた。


「お待たせしました」

「気にしなくていいよ」


 手をひらひらと振った後、摩秤マービンさんは俺が席に座るのを待ってから口を開いた。


「単刀直入に言うとね、クラーク領を根城として活動している背信者たち相手に大規模な攻撃作戦が予定されているんだ。その際、ヴィクトリアの力を借りようと持っている」


 ……? 配信者?

 え、配信してると神様から怒られるの?


「これ伝わってないね……背信者っていうのは、神に対して逆らう存在のことだ。別に信じる信じないは自由、ってのが僕のポリシーなんだけど、連中は僕たちに攻撃を加え、殺そうとしているんだ」


 部屋の空気がひりついたものになった。


「……神殺し、っすか。大それたことを考えるやつがいるんですねえ」


 俺がそうつぶやくと、二柱の神様たちが物凄い冷たい視線を向けてくる。

 ああ、やっぱり摩秤マービンさんは知ってるんだな。


「ていうかそれ、俺関係あります?」

「ヴィクトリアが管理官を務めているのは、今のところ君だけだ。一応確認しておこうかと思ってさ」


 そう言われて、俺はヴィクトリアさんに顔を向ける。


「ヴィクトリアさん、大丈夫ですか? ニヤニヤ笑ってるショタ神様って、正直こう、あんまり関わらない方がいいというか。中途半端に陰謀を巡らせてるけど最終的には逆転される未来しか見えないというか」

「トール君はもう少し言葉を選んであげてください」


 摩秤マービンさん、そういう感じがするんだよな。

 こう、途中までイキってたけど、その反動のせいでロクな死に方をしない感じというか。


「じゃあ協力してくれるということで……込み入った話をしようか。アルバート」

「はい」


 聖騎士アルバートが、俺に視線で退室を促す。

 本当にこの許可のためだけに呼ばれたんかい。


「今日は二人とも、部屋の外で待機しておいてくれるかな」

「?」


 揃って退室しようとした時、摩秤マービンさんが思いがけない言葉を投げかけてきた。

 前回は外でお茶してこいと追い払われたんだが、今回は違うようだ。

 首を傾げながら、俺はアルバートと顔を見合わせる。


「オイ大丈夫かこれ? なんか警戒度が増してるっぽくないか? もしかしてもう敵に狙われてたりするんじゃないの?」

「いやそれ以前に、僕は君が護衛の頭数に入ってることに驚いたんだが……」

「あっ本当じゃん! なんで俺も一緒に護衛することになってんの!?」

「君意外と騙されやすそうじゃない? 大丈夫か?」


 会話する俺たちの様子を見ながら、摩秤マービンが肩をすくめ、ヴィクトリアさんが頬を膨らませる。


「ほらヴィクトリア、仲良くなってるだろう?」

「むー……納得いかないんですけど……私の時より明らかにあっさりと仲良くなってるんですけど……!」


 それはこう、全体的に尖ってた時代と、全体的に丸くなった時代の違いってことで。


 ◇


「背信者っていうの、お前は見たことあんの?」


 部屋の前で廊下に突っ立った姿勢のアルバートは、俺の問いかけに頷いた。


「数度交戦し、どれも討ち果たしている」

「……この世界で死んだやつって、二度と転生できないとかじゃないよな?」

「そこは大丈夫だ、魂だけの状態で保管されるらしい」


 逆に言うと、そこはこの世界における罪人の牢獄なんだろう。


「仕事柄、ああいう手合いの相手は慣れている」

「流石は騎士ってところだな……そういう家系だったのか?」

「いや、僕は平民上がりだ」


 どんどん……こいつのバケモノ指数が上がっていく……


「……なんで、騎士になろうと思ったんだ?」

「僕は……ただ、いい人が悪い人に踏みにじられるのが嫌なだけだ」


 それを聞いて、俺は数秒沈黙した。

 アルバートの言葉は正しい。

 そんなことは、あってはならない。許されるはずがない。

 だけど。


「じゃあ、この世界はお前にとって楽だな」

「え?」

「ランクで別れてて、分かりやすいだろ? 特S級の人間は尊重されてるし、F級の人間には改心のチャンスを与えているんだから」


 パトリシアがいうところの縫合不全世界は、非常にシンプルな構造だ。

 前世で徳を積んでいた人間は上の階級に、罪を犯していた人間は下の階級に配属される。

 食べるものも、住む場所も、就ける仕事も何もかもが違う。


 人間が人間をそうランク付けし始めたら、とんでもない管理社会、ディストピアだと死ぬほど叩かれるだろう。

 だがこの縫合不全世界には、そんな心配はいらない。

 何せ本物の神様たちが、直々に人間の格を定めてくださっているんだから!


 ……馬鹿馬鹿しい。

 何が神だ。何が裁きだ。


 神様なんて大嫌いだ。全員死ねばいいと思っている。

 ヴィクトリアさんだけは、まあ、いいんだけど。

 俺に優しくしてくれるし。あれっ? なんかこれ、俺急にチョロいやつみたいになってない?


「……F級の君から言われると、流石に返事に困るな」


 アルバートは頭を振った。


「だが、あえて乗らせてもらおう。僕も同意見だし、前世においても、これだけ楽だったらどれだけ助かったか、と思っているよ」

「……そうかよ」


 俺たちは同時に肩をすくめて、それからヴィクトリアさんたちが出てくるまで何もしゃべらなかった。


 ◇


 密談を終えたヴィクトリアさんと摩秤マービンさんは、難しい顔をしていた。



 そのまま解散になるかと思ったら、久しぶりに食事でもどうだいという摩秤マービンの言葉を受けて、四人でご飯を食べに行くことになった。

 俺とアルバートは名目上は護衛である。しかし俺はもうよだれが止まらなくなっていた。今の俺が敵キャラとして出てくるゲームがあるなら、肉を遠くに投げて追い払うギミックが搭載されているだろう。


 神様が連れて行くんだからきっと高級店だぜ! とウキウキしながらついていった俺だが。

 摩秤マービンさんが予約していたという店の入り口で、俺は屈強なウェイターに通せんぼをされた。


「申し訳ありませんが、こちらB級以上の方しか入店を受け付けておりません。摩秤マービン様のご紹介とはいえ、身分証を見せていただかないと」


 俺は無言で摩秤マービンを見た。

 普段のニヤニヤ笑いを浮かべているのかと思いきや、冷や汗を一筋垂らし『やっべ……』と呟いている。

 いや逆に嫌がらせではなくガチのミスなのかよ!


「あー、気にしなくていいっすよ。護衛なら正直、アルバートだけで事足りるっつーか、十分だと思いますし」

「い、いやすまないねトール君……普段使ってると、そういうルールがあるのを忘れてたよ……」


 本当に気にしなくていい。

 俺は血涙を流しそうになりながら、奥歯を食いしばり、必死に嗚咽をこらえているが、気することは何もないのだ。


「いや君どれだけ食べたかったんだ!?」

「目の前で巣を壊されてる動物みたいに怒ってるわね……」


 アルバートの驚愕の声とヴィクトリアさんの呆れの声も、何の慰めにもならない。


「じゃあ行ってきてくださいよ……! どうぞ……! タッパーで持ち帰りとかお願いしますね……!」

「ちゃんと要求は忘れないのが流石だね。感心しちゃうよ」


 俺は忸怩たる思いのまま、三人を送り出し、そのまま飲み屋街に繰り出した。

 もう飲まなきゃやってられなかった。

 ヴィクトリアさんからもらっているお小遣いを派手に使ってやると決め込んでいた。


 実際に適当な安い店に入って酒を飲み始めれば、何も気にならなくなった。

 人間の怒りなんてそんなもんだ。あの店だけは絶対に許さない。いつか全メニュー一気に頼んで厨房をパンクさせてやる。


 そんなことを考えながらも、俺はカウンター席に一人で座り、孤独で優雅なグルメを楽しんでいたのだった。



 ――三人が入ったレストランに、背信者たちが押し入ってきたと知るまでは。



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