第12話 元魔王だけど逃がさない(後編)
俺の影が燃えている。
足元から円状に広がった影が揺らめき、光のない焔となって唸りを上げている。
「それが、君の力か……!?」
アルバートの声は、ダメージ以外の要因によって震えていた。
単なる騎士ではなく聖騎士と呼ばれていたんだ、恐らく純粋な力量だけではなく、神々からの加護も強さに含まれていることが容易に推測できる。
だからこそ、彼は背信者たちが用意した、神々への対抗策の影響をモロに受けた。
だからこそ、彼は今の俺が使っている力を、正しい形で恐れることができていた。
「どんな神から力を恵んでもらったのかは知らんが……!」
背信者のうち一人が、背負っていたボウガンを構えた。
装填されている矢からは強い気配を感じた。神聖なものを穢して、冒して、噛み砕くための呪詛。
……ただの人間に作れるものじゃない。なるほど、後ろに誰かいるな。
「死ね!」
「それに当たるな!」
ボウガンの矢が放たれる射出音と、背後でアルバートが叫ぶのは同時だった。
……神々の威光すら蝕む呪いというのなら、確かに避けるべきだ。
だが。
揺らめくたびに空間を拉がせる、不定形の焔。
それを巻き付けた剣を振るえば、神すら貶める呪詛の矢が粉々に砕け散り、ついでにそれを放った男も真っ二つになっていた。
「が……ッ」
道や壁に血飛沫をぶちまける暇もなく絶命した男の姿に、場の空気が凍り付く。
死体も燃え散ったんだが、魂は神様たちのところへ送られているという話だし、まあいいだろう。
「次」
剣から迸る黒い焔を走らせながら、俺は地面を砕いて駆け出した。
すれ違いざまの一閃で二人まとめて挽き潰し、返す刀で三人を消し飛ばす。
「次」
そして俺から離れて猛り狂う焔もまた、泡を食って逃げようとする連中に襲いかかり、瞬時に体を消し炭にしていった。
魔王からは逃げられないが、元魔王からでも逃げられないということだ。強いて言えば今現在の労働環境から俺が逃げたい。
「次」
路地裏に悲鳴と断末魔が響き続ける。
存在そのものに対する強烈な呪詛は、他者の生存を許さない。
微かな接触だけで致命的なんだ、突っ込んで剣を振り回しているだけでどんどん敵が倒れていく。
結局、集まった連中が一人残して全滅するまで10秒もかからなかった。
「……終わりだな」
「ひ、ひいいっ」
一人残された男は、しりもちをついて怯えていた。
彼に近寄って、俺はその頭を掴んだ。
「教えてもらうぞ。ヴィクトリアさんたちをどこにやった」
「こ、殺せッ」
「……あっそ」
我が身可愛さになんでも喋ってくれるほど、忠誠心の浅いやつらじゃないというわけか。
そういう集団、厄介なんだよなあ。
「まあ、別にいいよ。お前が話したくないなら、お前に直接聞く」
「……は、ぁっ? お前、何を」
訳が分からないといった様子の男に対して、俺は掴んだ手を介して権能を流し込んでいく。
対象の存在そのものに干渉するこの権能は、ちゃんと扱ってやれば異様なほどの汎用性を発揮するのだ。
「出力制限されてると、上手くいかないかもしれないけど……」
「な、何をするつもりだ……!」
「お前の理性とか、忠誠心とか、そういうものを劣化させる。狂信者ってそうでもしないと情報を喋ってくれないだろ?」
俺の言葉に、背信者の男はぽかんと口を開けて固まった。
おお、まだ力使ってないのに使った後みたいな顔だ。
俺が持つ力、『
死ね、死ね、潰れて死ね、腐り果てて死ね、何の痕跡も残さず惨めに死ね――そういう怨嗟を、俺は分かりやすく焔として出力している。
だが本来はもっとおぞましく、人間には形容しがたいものだ。
他者の尊厳を奪い、存在を踏みにじる邪神の権能。
魔王を名乗ってた経歴があるわけだし、これぐらい強い力を一つや二つ持ってないと話にならない。
「あっ……あっあっ、まって、まって」
「ダメだ。ヴィクトリアさんたちをどこにやった」
「わたしが、わたしが融けて……あ、ああああっ! ああああああっ……あ、あぁ……あっ、あっあっあっ……」
「ヴィクトリアさんたちをどこにやった」
再三の問いかけをしながら、男の瞳から光が失われていくのを確認した。
「……わたし、が……」
「場所を言え。拠点なら情報も教えろ」
「……クラーク領、中心部から、北西……ミラギウスの湖、ほとり……小屋三つ、屋外練習場二つ……」
「お前らの生活拠点も兼ねていたのか」
「はい……」
俺は一つ頷いて、出力を上げて男を内側から焼き尽くした。
手を払って焦げカスを落とし、権能をオフにする。
「…………」
それから無言で、聖騎士に振り向いた。
恐らく戦闘の音ですぐに警察が来る、長居はできない。
「というわけで、F級がやったらだめなことを百個ぐらいやったんだけど。捕まえるのはヴィクトリアさんたちを助け出した後にしてもらってもいいか」
「……君は、まさか、神を殺したことが?」
思わず舌打ちしそうになった。
俺の力の、本当の目的に初見で気づけるやつはそういない。
つーかこいつをここまで弱らせた、背信者たちお手製の毒がすげえわ。さっき余裕ぶっこいて正面からぶつかったけど、冷静に考えてするべきじゃなかったかもしれん。
「さあな……とりあえずお前、自力で歩けるか? 無理なら抱えて医者のいるところまで――」
「両名とも動くなッ!!」
アルバートが負傷者であることを思い出した瞬間だった。
路地裏に上空から着地してきた女の姿があった。
赤髪が翻る。
その瞳の輝きが薄暗い路地裏を切り裂く。
「戦闘の音、悲鳴、血痕! 状況からここで、クラーク領の都市部で堂々と殺戮行為があったことは明白! 重要参考人として君をッ……」
実に素早く、まあ人類の上限値とか完全にぶっちぎった速度で、俺の首元に剣が突きつけられた。
だがその剣の持ち主は。
クラーク領が誇る勇者である赤髪の少女は、俺の顔を見た途端に凍り付き、口をぱくぱくと開けたり閉じたりするのだった。
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