第13話 物わかりの良い勇者様
俺の首元に突きつけられた切っ先が震えている。
瞳を見開き、勇者の少女が驚愕に表情を凍らせていた。
「君、は……」
彼女と俺は、別に友達と言うほどではない。単なる顔見知りだ。
向こうが俺の顔を覚えていて、見かけたら話しかけてくれる。
ただそれだけではあるが――随分とショックを受けているな。
「君、が、これを……」
「待ってくれ勇者レイン・ストームハート! 彼は味方だ!」
勘違いを解こうと口を開きかけた途端、アルバートが爆速でインターセプトしてくれた。
あぶねえ助かる、自分で何言っても絶対に話がこじれるもんなこういうの。
「あ、聖騎士アルバート殿……?」
「彼は味方だ、自分の救援に来てくれて、敵を倒したんだ」
俺はうんうんと頷いた。
だから早く剣下ろしてくれねえかな。怖いんだよ。
「こ、これは失礼した」
俺の祈りが届いたのか、勇者が剣を下ろす。
ていうか名前初めて知ったわ。ストームハートって名字としてはカッコ良すぎるだろ。
「ああ、ていうかちょうど良かった……あいつお願いしてもいいですか」
俺は戦力外となったアルバートを手で指し示した。
「とりあえず治療できる場所に運んでもらえますか?」
「え、あ、ああ……君は?」
「ウチの女神様がさらわれたんで、助けに行かないと」
俺の言葉に、勇者レインが目を見開く。
「神を誘拐だって!? とんでもない事件じゃないか……! いやそれより待ってくれ! 戦いに関しては、私に任せてくれた方が……!」
「いや、大丈夫です」
偉い勇者様の手を煩わせる必要はないだろう。
それに……
「ムカついてるんで、自分の手でぶっ飛ばさないと」
「え――――」
それだけ言って、俺は跳び上がって走り始めた。
一度だけ振り向くと、勇者レインは俺を一瞬追おうとしたものの、アルバートを背負ってどこかへと行った。
よし、これであいつは大丈夫だろう。
後は、俺の仕事になる。
◇
聞き出した座標を目指して走る。
都市部から離れ湖を目指す都合上、周辺はどんどん暗くなっていく。
本当は力を応用して高速移動が、というか瞬間移動ができるのだが、制限下では難しい。
距離の概念を劣化させて移動先の座標を引き寄せるという我ながら意味不明なプロセスで、それは成し遂げられる。最初に距離の概念を劣化させるとか意味不明なことやりだしたのは俺じゃないけども。
木々の間を抜けた先、目指していた大きな湖が見えた。
夜闇の中では湖面は不気味に広がる影のようで、こちらを飲み込む大きな口と言われても不思議じゃない。
そんな湖のほとりに、確かに木造の小さな小屋が並んでいた。
人が集団で暮らすにはやや狭いな。
俺は小屋の中でも一つ、灯りのついているものへと近づく。
目をこらせば、小屋の前の開けた場所――恐らく男が言っていた屋外練習場だ――に、見慣れた女神様と少年みたいな見た目の神様の姿があった。
後ろ手に拘束された状態で、椅子に座らされている。
「トール君!」
「ほら、来てくれたじゃないか」
ぱあっと表情を輝かせるヴィクトリアさんと、鷹揚に頷く
俺が歩いて行こうとすると、小屋のドアが開け放たれ、顔を隠した男たちが数名出てきた。
恐らくはヴィクトリアさんたちをここまで連れてきた連中だろう。
「何者だ!」
ボウガンを構えてこちらに向ける、頃にはもう間合いが詰まっている。
俺はラリアットをぶちかまして男を地面に叩きつけると、そのまま他二人も拳と蹴りで沈めた。
「さすがは元魔王、惚れ惚れする戦いぶりだ」
「別に力使ってないですけどね。つーか何を普通に拘束されてるんですか……」
椅子の後ろに回り込んで、手首を縛っていたロープを引きちぎる。
オイオイ、市販品じゃねえかよ。神話に出てくるような代物かと思ったんだけど。
「無事でしたかヴィクトリアさん」
「ええ、大丈夫です。
ちらりと視線を向けると、
「何を考えてんすか……」
「こうしておけば、向こうの顔ぐらいは見られるかなあって思ってんだ」
うわ自分を囮にしたってこと?
このショタ……思ってたよりも格が高いのか?
「だとしてもヴィクトリアさんを巻き込まないでください」
「あはは、囮は多い方がいいだろう? それに僕よりも、ヴィクトリアの方が需要があるだろうからね」
需要て。
ヴィクトリアさんはよく分かっていないのか、首を傾げるばかりだ。
このショタ神様にいいように利用されている……俺が守護らねば……
「まあ、思っていたより君が来るのが早かったおかげで、向こうが警戒しちゃうかもってところは想定外だったんだけど……」
そこで言葉を切り、
彼の見ている先をたどれば、こちらへとやってくる大きな影があった。
「誰?」
「神々を二柱捕縛したと連絡を受けたが、状況は変わっているようだな。木っ端ではやれる仕事にも限りがあるか」
低い男の声と共に、近づいてきた影が月に照らされその姿を露わにする。
大型ゴーレムじみた巨躯だ、3メートルはあるだろうか。
今までの背信者たちはローブで顔を隠していたが、こいつは仮面を着けている。
両腕は何かしらの魔導器と思しき武器に覆われていた。
「質問に答えてくれる? お前誰」
「3番拠点管轄、『汚泥』のカウントフェイス」
パトリシアといい、もしかして二つ名が必要な世界なのか?
俺は嘆息しながらも、権能を発動させて剣を握った。
「その二つ名でよく清掃員やってる俺の前に顔出せたな。キレイに掃除してやるよ」
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