第14話 VS汚泥のカウントフェイス

 クラーク領中心部から離れた、ミラギウスの湖とかいう湖のほとり。

 そこでは今、爆発音と共に地面が吹き飛び、砂煙が噴き上がっていた。


「フンッ!」


 ヴィクトリアさんたちを捕まえた、という部下の報告を受けてやって来た、顔を隠した巨躯の背信者。

 幹部級らしき風格の男が腕を振り回す。


 拳が振るわれるたびに、魔力で形成された巨大な拳が俺目がけて飛んでくる。

 それらを剣で切り捨て、いなし、防ぎながら立ち回る。


「清掃業者だと? これが? ――悪い冗談だな」


 汚泥のカウントフェイス、と名乗った巨体の男がそう呟いた。

 繰り出される拳の余波だけで空間を爆砕しておきながら、よく言う。


 直接触れたら瞬殺できるとは思うんだが、魔力パンチが一定の距離を前提としている。

 絶対にパワーキャラの見た目だしパンチがメインウェポンだし、ものすごいステレオタイプっぽいのに、距離は取られ続けてるの納得がいかねえ。


「残念ながら事実だよ! どこに出ても恥ずかしい思いをするF級だ!」


 叫びながら、ちらりとヴィクトリアさんへ視線を向ける。

 出力制限下にある状態では気持ちよく戦えない。

 多少なりとも制限解除してくれたらもっと楽に勝てるんだが。


「……っ!」


 視線がぶつかり、ヴィクトリアさんが力強く頷く。


「分かってますよトール君! 帰ったらオムライスですね!」

「何も分かってねーな!」


 確かにオムライスは好きですけども。

 酒飲む以外で散財したいときは、ちょっと有名な洋食屋さんでオムライス食ってますけども。ていうか、前世では勝負メシ扱いしてましたけども。

 今ではねえだろ……


「よそ見とは、舐めてくれる!」


 割と切実な理由で意識を逸らしていたんだが、どうやら舐めプだと思われたらしい。

 汚泥のカウントフェイスが、両腕に装備した魔導器を活性化させる。

 腕を肘まで覆う黒い装甲に発光するラインが走った。

 出力を上げたか。


「砕け散れいっ!!」


 拳が振るわれるたびに魔力パンチが飛んでくる。

 その数も強度も、先ほどまでの数倍。

 ただ避けたり受けたりするだけではなく、飛んだり跳ねたりしないと対応が追い付かなくなってきた。


「この汚泥のカウントフェイス、受け賜りしは『破砕の角』! 敵を砕き障害を取り除くのが役割!」

「へえ、パシリってこと?」

「貴様ッ」


 仮面で表情は見えないものの、声色に明らかな怒気が混じった。

 それなりにプライドはあるタイプか。

 言葉の節々から神様への怨恨も透けて見えるし、思想的な面で強いんだろうな。


「誰かへの恨みつらみを叫びながら腕ブンブン振り回すって、やってることだけ抜き出したらただのガキだろうが! パシリ扱いしてもらえるだけありがたいと思えよ!」

「愚弄してくれる……ッ! 死に晒せ!」


 汚泥のカウントフェイスが一歩前に踏み込んできた。

 今までよりも距離を詰めた分、たった一歩分の差とはいえ、攻撃が一気に激しくなる。


「トール君……!」


 手を組んで心配そうにするヴィクトリアさん。

 あなたが制限解除してくれたら何も心配することはないんだけどね。


 まあ……『これぐらいなら勝ってくれる』って信じてるのだろうか。

 なら、期待には応えないとな。


 ここに来る途中でも少し思ったが、本来の力を発揮した『狂影騎冠リベリオエッジ』なら速度やら距離やらの概念に干渉して、相対的に自分を上位の存在とすることで瞬間移動を可能にできる。


 出力制限下の現状では、流石にそういう芸当はできない。

 だが――問題ない、限られたリソースで、配られたカードで戦うのは基本だ。


「突き抜けろ、『狂影騎冠リベリオエッジ』!」


 銘を叫ぶと同時、怨嗟の焔を槍状に収束させて射出する。

 解き放たれた直後、槍の射線を中心として、余波が楕円状に地面を融解させた。燃やせるものなどないはずなのに、土から直接黒い炎が吹き上がる。


「……ッ! その焔のみで動かせるのか!」


 ワンチャンスこれで終わらねえかなと思ったが、汚泥のカウントフェイスはその巨体からは想像できないほどの反射速度で槍を回避した。

 デカくてパワーあって速いのはさすがにズルだろ。まあ強いやつって大体そういう感じだけども。


「その焔! 直撃すればタダではすまんと直感が叫んでいる……! いかなる権能か!」

「敵を砕く役割だっていうのなら正面から受けてほしかったけどなあ!」


 だが、これでいい。

 こちらの攻撃をやり過ごしたと踏んで、向こうが再び攻めて来ようとする。

 腕を振るい形成された魔力の拳が、こちら目がけて殺到してくる。


「『狂影騎冠リベリオエッジ』は斬ったり壊したりするのが本質じゃない」


 だが、そのすべてが空中で緩やかに減速し、最後には静止した。

 魔力パンチだけではない、汚泥のカウントフェイス本体もまたぴたりと動かなくなっている。

 仮面の下では、恐らく驚愕に表情が凍り付いているだろう。


「何、が……!?」

「足元」


 雑に指さした先では、さっき槍を放った際の余波で溶け落ちた地面が、黒い焔を宿してうねり、やつの足に絡みついている。

 それらから放たれる『劣化』の効力が、魔力パンチの移動エネルギーを一方的に殺し、汚泥のカウントフェイス自身にも作用していたのだ。


「槍状に形成したのは目くらましか……!?」

「そういうこと。神様ばっかり見上げてたらゴミ踏んじゃうんだよ、勉強になったな」


 そう告げて俺は唇をつり上げると、やつが何か言う前に踏み込み、一刀でその巨躯を切り捨てるのだった。



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