第45話 女神クライキラの統治(前編)
「さっむい……」
凍えるクライキラの町を訪れた俺は、ガタガタと震えていた。
家にあったなけなしの服を引っ張り出して、動きにくくなるほどに厚着をしてみたわけだが……突き刺すような冷気の前には無力もいいところだった。
この調子では、例え借金として防寒コートを買っても大して意味がなかっただろう。
「逆にこの辺の人たちは……なんで……ッ」
町の通りを歩きながら、前回は気づけなかった異様な光景に目を疑う。
店内が見えないようになっているのは寒さ対策としてよく分かる。
しかし表を歩いている人々も、多少は寒そうだが、俺よりずっと元気そうに歩き回っているではないか。
一体どういうことなんだ。
まさか俺が、かつてよりずっと鈍っていて、ほんとは大して寒くなかったりするのか?
そりゃ全盛期なら、権能の炎を薄く体に張って寒暖差を完全に無効化したりできるだろうけども。
「おい、あんた外から来た人か?」
「ん……?」
寒さをこらえながら通りを歩いていると、不意に声をかけられた。
見ればこちらを見ている、目つきの悪い青年がいた。
「見た感じ、外様な上にゴミ掃除……町にいられなくなったF級ってところか」
「あ、ああ。全部正解だよ、凄いな……」
「フン。それぐらい見ればわかるさ。ついでに言えば、クライキラ様が町に入ることを許してるって時点で、あんたはよくいる前世のワルを自慢してくるめんどくさい連中じゃない」
ぶっきらぼうな口調だが、人をよく見ている。
あと、どうやらクライキラは根本的に、町に入ってくる段階で人間を選別しているようだ。
「で、外から来て、まだ役場での認証を終えてないんだろ」
「認証……町で過ごすための許可証でも発行してるのか?」
「それに近い。今あんたが想定しているような、区別やら管理やらの目的も兼ねているが……一番は、快適に過ごしてもらうためだ」
そう言って彼は、自分がまいている赤いマフラーを指さした。
「見ただけじゃわからないだろ。これはクライキラ様の加護が織り込んである、町に住む人には配布され、町を訪れた人には貸与される特性の防寒具なんだ」
「そ、そんな便利アイテムあるのかよ……!」
畜生! 一回目は何だったんだ。
二回目から解放されるアイテムなのか? こんなもんチュートリアルないと分からねえよ。ああいや前回は案内される前に戦闘が始まっちゃったのか……
「役場の場所も分からないだろ。俺についてこい」
「あ、ああ……ありがとう……」
つっけんどんな態度のまま、彼は道を歩き始めた。
俺は慌てて彼の後を追う。
「……親切なんだな。確かに女神クライキラの選別は乗り越えられたんだろうけど、俺はしょせん、外から来たF級だぞ」
思ったままのことを問う。
さっきからこの男、あまりにも親切過ぎる。
そりゃありがたいことではあるものの、ここまで良くしてくれると逆に疑いたくなってしまうのが人の心理だ。
これ連れていかれた先で怖い人たちに囲まれる、なんてことないよね?
「クライキラ様の元で暮らすことを選んだのは、彼女が『正しさ』を率直に評価する神様だからだ」
「それは、彼女が『法』と『正義』が司っているから?」
「もちろんだ。『氷』まで司っているからこそ、町は冷気に閉ざされているが……それを除けば本当に住みやすい場所だ、お勧めできる。住めば寒さも気にしなくて済むようになるしな」
青年の言葉を聞きながら、俺はどこかで納得が言っていた。
クライキラが統治する場所、となれば、やはり彼女の女神としての特性を反映していくことになる。
そして嘘を許さず、自分すら縛る彼女であるのなら、当たり前のように優れた統治をしている、と推測できる。
考えをまとめていると、青年が足を止めた。
顔を上げれば、役場らしき建物の前についている。
「さて、ここが役場だ。受付がちょうど知り合いの日だから、色々と融通してやれるよ」
「ありがたいな。ただ、マフラーを貸してもらえたらそれだけで十分だ」
「そうか。なら、手続きをしてくるよ」
そういう青年に、俺はふと口を開いた。
「実は来たのは二回目なんだ。一回目は、ほとんど何もせずに帰ってさ」
「ああ、寒さに耐えられなかったクチか?」
「いや……その、多分嘘じゃないって分かってくれると思うんだけど、氷でできた化け物に襲われて、クライキラ様に助けられたんだ」
「!」
青年がこちらに顔を向けて、目を見開く。
嘘ってわけじゃない。むしろことだけなら本当のことだ。
「あれは、一体なんだ?」
「アレは……なんていうか、どうなんだろうな。知りたいのか?」
「できればな」
「そうか。じゃあ教えてもいいと思う。アレはクライキラ様の別側面だ」
「……!?」
統治する神の別側面が、怪物として人々を襲っている……?
信じがたいその言葉を告げる青年の表情は、先ほどまでと比べても、段違いに暗いものだった。
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