第46話 女神クライキラの統治(中編)
案内してくれた青年のおかげで、俺は無事に役場で防寒マフラーを手に入れることができた。
首に巻いた瞬間、今まで体に突き刺さっていた冷気がまったく感じられなくなる。
それどころか、体の内側からぽかぽかと温かくなってきた。
「凄いなこれは……」
「赤色を選んだのか、あんたにはよく似合っているな」
表で待ってくれていた青年は青い色のマフラーをしている。
8色ぐらいカラバリがあって、俺はせっかくなので好きな色を選んだ形だ。
「そういえば、互いに自己紹介がまだだよな。改めて、俺の名前はトール。普段は中央部で暮らしてる、よろしくな」
手袋をしたままではあるのもの、手を差し出す。
彼は虚を突かれたような表情になった後、ふっと薄く笑った。
「レンだ。よろしく頼む、トール」
しっかりと手を握り返される。
俺は敏感に察知している。この男――アルバートと違ってうざくないし、それでいて優しい。こういう手合いは仲よくしておくに限る。
「それで、ゴミ拾いはしなくていいのか?」
「したいのは山々なんだが、そっちはとっくの昔に気づいてるんだろ?」
半眼になって見やると、レンは肩をすくめた。
「まあ、そりゃな。何をしに来たんだと最初は思ったよ」
「いや……まさか、ここまでゴミが落ちていないとは思ってなくてな……」
俺はゴミ袋やトングをカバンの中にしまいこんでいた。
何故なら、クライキラが統治すること地区は、道にまったくゴミが落ちていないからだ。
「捨てられた片っ端から凍って砕けてる、とかじゃないよな?」
「仮に捨てられたらそうなるだろうけど……ポイ捨てをするやつが、この街に住めるとは思えないな」
「それはクライキラが見張っているからか?」
実はその予想自体はあった。
あの女神が管理する場所で、ゴミをその辺に捨てるという行為が容認されるとは到底思えない。
だがレンは複雑そうな表情で首を横に振る。
「ああいや……クライキラ様は、俺たちの生活を全部見張っているわけじゃない。彼女の『法』と『正義』はこの街だけじゃなくてこの世界そのものを守るために機能しているとされる。細かく見張っているほど暇じゃないんだ」
「じゃあ、ここに住むレンたちは、自主的に善行を積んでるのか?」
「クライキラ様の存在を知ったうえで移り住んできた時点でそういう傾向はあるが……一番はアレだな、ついてきてくれ」
レンは言葉を切って、どこかへと歩き出した。
慌てて隣に並び、案内されるままに街を進んでいく。
「根本的に、大戦神クラークは束縛を疎んじるタイプの神様だろう? クライキラ様はあえてその傘下に入り、もっと大きなバランスを取ろうとしているんだ」
「まさか。大戦神の影響を、一柱だけで止められるのかよ」
「クライキラ様は特段に強力な神だ。下手すれば、大神の枠に手が届くのにそこまで時間はかからないんじゃないかって思うよ」
大神――大戦神クラークのように、神様たちをまとめあげる幹部陣だ。
ヴィクトリアさんやショタ神様や褐色肌の男神やエルオーンといった神々は、基本的にはこうした大神の傘下に入り活動している。
「だからこそ、俺たちは自分たちを律していき、クライキラ様の足を引っ張らないようにしている。その目安があれだ」
そこでレンは足を止めると、俺たちの頭上を指さした。
目で追うと、彼はクライキラが姿を現すパーティーが開かれるという館の屋上を指さしていた。
「見えるか?」
「あれは……」
館の屋上、本来ならベルがあるであろう場所に、氷で作られたモニュメントが鎮座している。人間の瞳に近い形状だ。
「あれがクライキラ様の『正義』を司る眼、『氷神審判玉』だ」
「ひょ、ひょうじんしんぱんぎょく? なんだそれ」
すげえ言いにくい名前が飛び出てきた。
「クライキラ様が設置された、人々の善行と悪行に反応する装置だ」
「……ああ、なるほど。誰が何をしたのかは把握できなくても、町がどれくらい荒れたのかは一目瞭然ってわけか」
「そういうことだ」
つまり彼女は、町を総合的な数値で判断していると言うことだろう。
なるほど確かに……抜け駆けして、バレないのなら他人に責任を押しつけて自分だけ甘い蜜をすすろうとするやつがいないのなら、そのシステムは理にかなっている。
「だがアレを設置して以降、やはりクライキラ様の中でも迷いが生じられているらしい。その一部分……クライキラ様から剥がれ落ちた、『分かりやすく暴力で統治すればいいのではないか』という疑念が、あの氷の怪物を形成してる」
「……それは、彼女自身が言ったのか?」
「ああ。俺たちは『氷化生』と呼んでいる」
驚いた。
いわばそれは、自分の失態をつまびらかに話しているのと同じだ。
神様がそういうことをする印象はなかったのだが、クライキラは例外らしい。
「それが、あの氷の怪物の正体か……」
「ああ。クライキラ様もひどく心を痛められている。市民たちも自警団を組織して対抗しているが……基本的にはクライキラ様自身が、その手で自らの一部を処断されているのが現状だ」
まさしくそれは、俺が遭遇した黒衣のクライキラのことだろう。
わざわざ世界そのものを凍結させて、自分から逃げて行った自分の一部を処理していたのだ。
「ありがとう、随分と町のことに詳しくなれたよ……もしかしてレン、こういう案内役は初めてじゃないのか?」
「まさか、そんなことない」
ゆるゆると首を振った後、彼は照れ臭そうに笑った。
「実のところ、俺もここに越してきたのは少し前だ。偉そうに色々と講釈を垂れたが、最初はあんたと同じようにマフラーの存在も知らなかったよ」
「へえ、その割には堂に入った説明ぶりだったけどな……」
「褒めるなよ。ついでだ、町の少し外に行こうか。いい風景の場所があるんだ」
気づけば俺はすっかりレンと打ち解けて、互いのことを話しながら道を歩いて行くのだった。
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