第47話 女神クライキラの統治(後編)
レンに先導され、俺はクライキラが統治する町の外、吹雪の中を進んでいた。
既に道らしき道は見えなくなっており、彼の後ろ姿を見失えば、俺は無事に遭難するだろう。
「おい! これ本当に大丈夫なのか!?」
「大丈夫だ! しばらくしたら吹雪もやむから、それまでは楽しいことでも考えて耐えていてくれ!」
「……メイドのスカートの長さってどれくらいがベストなんだろうな」
「そうか! もう考えなくて大丈夫だ!」
「やっぱミニスカメイドって普通にアリだよな? なんでちょっと邪道みたいに扱われてるんだ?」
「なんで止まらない!? ブレーキがぶっ壊れてるのか!?」
ハッ、いかんいかん。
同世代っぽい男と会話するのが久しぶり過ぎて、話題の加減ができていなかった。
いやアルバートも年齢遠くはないだろうけど、あいつとこういう話するのは流石に気が引けるからな。
「お、着いたぞ……!」
だんだんと吹雪が薄くなってきた、と思った矢先にレンが立ち止まった。
彼の隣に並んで前方に目を凝らすと、雪に紛れて見えていなかったが、随分と大きな樹木がそびえているのが分かった。
「これは何だ? まさか御神木とか言わないよな……?」
「まさか、神様たちが直接顕現してる世界なんだぞ。これはクライキラ様が植えられた樹だ」
レンは大木へと近づいていく。
周囲を見渡せば、弱まった雪の向こう側、遠くに街の黒い影が見えた。
「こんな雪の中で育っているのは、女神クライキラの加護があってのことか」
「多分……というか、どう考えてもそうだろうな。俺たちは月に一度、多忙であるクライキラ様の代わりとしてこの樹に参拝しているんだ」
――なるほど、この区域には神殿や聖堂がないのか。
何から何まで、エルオーンとは対照的な統治をしている。
「それはお前たち住民が始めたことか?」
「近所に住む人たちの話によればそうだよ。クライキラ様は、そういうことはしなくていいって言ってたけど……みんな、クライキラ様に守られている立場だからな。何かを代わりに見立てようってことで、この樹が選ばれた」
ほとんど民間信仰じゃねえか。
どんだけ人々の支持を集めてるんだよクライキラ……
「支配者としてはかなり上等ってところだな」
「……その発言、街中ではしない方がいいぞ」
樹をじっと見上げていたレンが、不意にこちらへと振り向いた。
「支配されているという感覚は、あの人たちにはない。あくまでクライキラ様のことを、こちらを守護する存在として崇めているんだ。今のトールの言葉は、下手すればクライキラ様への侮辱として取られるかもしれない」
「……ご忠告どうも。助かるよ」
内心、冷や汗をたらりと垂らした。
あぶねえ、口は災いのもとって本当なんだな。
「まあ、気をつけてくれればいいさ。俺もまだまだ新参者だから、そこまで思うところがあるわけじゃ……ん?」
縮こまる俺に笑いかけていたレンが、不意に動きを止めた。
こちらに顔を向けたまま、目を見開いて硬直している。
視線は俺ではなく、俺のもっと向こう側へと向けられていた。
「どうしたんだレン、何か――っ!?」
彼の視線を辿って振り向き、俺も同様に絶句した。
吹雪の中でも、淡く輝く輪郭がはっきりと見えた。
恐らくは、俺が先日遭遇した『雪化生』だ。
しかしサイズがおかしい、街に出てきたやつは3メートル程度だったところ、前方に見える影はビル並みに大きい。15~20メートルぐらいのサイズ感だろうか。
「トール、不味いぞ! あいつは町に入るつもりだ……!」
確かに氷の怪物が進む先には、役場含む市街地があった。
クライキラの別側面――というよりも、俺に言わせれば、彼女の一部分が独立・変質してしまった代物だろう。
先日クライキラと対峙した時に感じ取った気配によく似ているが、若干の濁りを感じる。神様も大変だな。
『ァ……アアァア……』
「雪に閉ざされた世界で、行くべき方向も、為すべき正義すらも見失ったか」
「……トール?」
さて――欠片とはいえ、はぐれてしまった一部分とはいえ、相手は神だ。
クライキラが出張って来るのが間に合うとは限らない。
町へと入る前に、清掃業者らしくお掃除といくか。
「『
顕現させ、右手に握った黒炎の刃。
その出力を平常時から一段階半ほど引き上げる。
制限下で出せる限界にギリギリ掠るかどうかというレベルだ。
ホワイトアウト寸前の視界が、手元から発せられる熱によって一気に開ける。
前方の『雪化生』を明確に視認すると同時、隣でレンが息をのむ音が聞こえた。
「トール……あんた、その力は……!?」
「確認するけど、自警団を組んでいるぐらいなんだから、アレはクライキラ以外が斃しても問題ないんだよな?」
「あ、ああ。しかし、自警団つったって小型の処理が専門だ! あれは獣じゃなくて神の権能の一部なんだぞ!」
俺を止めようと必死に叫ぶレンだが、残念なことに、獣よりそっちの方が狩りやすい。ていうか俺、動物を殺す方が無理かもしれん。あいつらどう動くのか予想できないし。
「こっちを見ろよ、正義の成れ果て。同類同士仲良くやろうぜ」
右手に握った剣を天高く掲げる。
すると『雪化生』が町への移動を止めて、こちらに振り向いた。
そうだ。お前たちと、神々を滅ぼすための忌まわしい力なんだ、無視できるはずがないだろう。
「レン、色々と紹介ありがとう。道案内のお駄賃は神殺しでいいよな?」
俺が笑いながら言うと同時、『雪化生』が悲鳴のような声を上げながらこちらへと駆けてきた。
さあ見せてやるよ、神殺しの流儀ってやつをな。
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