第48話 VS『雪化生』+α

 眼前に迫った『雪化生』は、あまりにも巨大で見上げるだけで首を痛めそうだった。

 しかし今はそんな悠長なことを言っている場合ではない。

 まさしくパニック映画のクリーチャーよろしく迫ってくる『雪化生』に対応しなければ、俺はおろか背後のレンまでまとめて轢き潰されるだろう。


「『狂影騎冠リベリオエッジ』――足を止めろ」


 剣を地面に突き立てると同時、そこを起点として雪原の中から噴出した黒い炎が、溶岩流のように『雪化生』めがけて疾走する。


『――ァアアァアアアアァッ!?』


 雪の怪物は悲鳴のような声を上げながら、そのまま突っ込んでくる。

 正面からぶつかったものの、『雪化生』は自分の体を溶かされながら減速せず走ってくる。


「う……っ!?」


 流石に、直撃して確かに効いているのに、無視して距離を詰められる。こっちの世界に来てからはまったくなかったことだ。

 俺がその場から飛び退くと同時に、大きく振り上げられた『雪化生』の長い腕が、先ほどまで俺がいた地点を叩き潰した。


「トール! お前の炎は外皮を溶かせているが、内部まで到達できてない! 傷跡を凍らせているんだ!」

「無茶苦茶だなこいつ……!」


 飛びずさった先で着地しつつ、剣の切っ先から炎をほとばしらせる。

 レンの指摘通り、『狂影騎冠リベリオエッジ』の炎は表皮を融解させるだけにとどまり、やつの内部の冷気には阻まれた。

 神をも蝕む炎を凍らせるとは恐ろしい。ずっと昔の、全体的に出力不足で戦う神々全員からボコられてた時代を思い出すぜ。


「だったまずは弱らせる――『狂影騎冠リベリオエッジ』! 降り注げ!」


 剣を振り上げ、天へと炎の塊を飛ばす。

 ちょうど『雪化生』の頭上へとたどり着いた刹那、黒い炎は太陽のように輝きを放ち、雪の怪物へと炎の雨を降らせる。

 矢を雨のように降らせるというよりは、雨を矢のように降らせる形だ。


『キィェエイイアアアアアアアアア――』


 表皮に直撃するたび、水蒸気を噴き上げながら『雪化生』がもだえ苦しむ。

 内部まで到達できずとも、表皮を削られ続けていい気はしないだろう。

 必死にその場から逃げようとするやつの動きを、地面を伝って疾走する炎で防ぐ。


 継続しての攻撃は、確実に奴にダメージを与えていた。

 次第に表皮だけでなく、その向こう側も露出し、炎を浴びて溶け始めていた。

 そろそろ頃合いか。


「『狂影騎冠リベリオエッジ』、過重収束」


 無秩序に猛っていた炎を、手に握った刃へと束ねる。

 身動きの取れなくなっている『雪化生』めがけて、俺は思いきり剣を振るって、炎の刃を投げつけた。


『ァァッァァッァア――――――――!!』


 叩きつけられた炎の刃が、一切の抵抗なく怪物の向こう側へと抜けていった。

 体の半分を丸ごと蒸発させられた『雪化生』が、そのまま力なく崩れ落ちる。


「ふう……終わったな」


 終わってみればこちらは無傷のままであったものの、流石に神の力の一部なだけあって厄介な相手だった。

 なんだよ、『狂影騎冠リベリオエッジ』の炎を止めるって。その辺をうろちょろしてていいレベルの存在じゃないからね。


「恐ろしい力だな……」


 決着がついたと判断して、レンがすぐ後ろまでやって来た。

 俺は肩をすくめて彼に振り向く。


「慣れればそうでもないさ」

「本当か?」

「ああ、怖い力だとは思うけど」

「あんまり変わってないだろそれ」


 怖いけど使いこなせるから問題ないのだ。

 黒炎を輪っかにしたり四角形にしたりして見せると、流石にレンが顔を引きつらせる。


「それだけの力を制御できるようになるまで、どれだけの修練を積んだんだ」

「そこそこってだけだよ。押さえつけることだけなら最初からできたし……」


 まあ、押さえつけることを制御とは呼ばねえか。

 とっさに出そうになった直接的な反論をこらえきるのは偉いことだが、それは言い方を学びきちんと伝えられるようになってこそ一人前のはず。


「ともかく、これであれの処理は完了したな」


 そう言って、俺は崩れ落ちた『雪化生』の死骸へと目をやった。

 次の瞬間、残された半身の中心部から、ずるりと黒い影が出てきた。


『…………ッ!?』


 硬直するレンを庇う位置で、俺はもう一度剣を構えた。

 先ほどまでとは違う。真っ白だった雪の怪物の中から出てきたのは、反対に真っ黒な人影、いいや人の形をした泥だった。


「アレ、は……!?」


 後方でレンが戸惑いの声を上げた。

 クライキラが直接処分した個体には、こんな現象はなかったはず。あの時は徹頭徹尾、中身まで雪色だった。

 察するに、先程までの巨大な体はこいつが内部で操作していた……あるいは、あの巨体はこいつを覆うためのガワだったってところだが。


「おいレン、これもクライキラの──」


 視線を切らすことなく、背後のレンへと問いかけようとしたその刹那だった。

 泥人間は音もなく踏み込み、その腕を刃に変えてこちらへと振るってきた。


「問答無用かよ……ッ!?」


 振るわれた刃を受け止めると、硬質な音と共に火花が散った。

 つばぜり合いの姿勢だが、眼前にいる泥人間は顔がなく、表情を読み取れない。

 そもそもなんか、マズい気配がする! こいつ、どっちかっていうと俺が前世で戦ってた邪神に近い……!


「なんでクライキラから、テメェみたいなのが出てくんだ――よっ!!」


 勢いをつけて剣を振り抜く。

 大きく弾き飛ばされた泥人間が、その体を構成する泥の飛沫を雪原に撒き散らしながら転がっていく。


「……あ?」


 追撃を叩きこむべく距離を詰めようとしたところで、違和感。

 泥人形はがくがくと震えながら立ち上がろうとし、しかしもがくようにバタつくだけ。

 やがて見ている間にも、どんどん形を保てなくなり、崩れ去っていき、最後は空気に溶けるようにして消滅していった。


「……なんか一発で終わったわ」


 気配を探るも、見当たらない。

 どこかへ逃げていったというよりは本当に消滅したと見るのが自然だろう。

 ていうか今のバタバタがワープするための動作だとしたらキモすぎ。一生ワープしないでほしい。


「トール、あれは何だと思う?」

「分かりづらいけど……クライキラの欠片の中に何かが混ざってたっぽいな。あれはクライキラの権能とは明らかに違った」


 剣を消しながら、自分の考えをつぶやく。


「……ああ、俺もあんなふうな個体は見たことがない」

「だろうな。そしてクライキラほどの格があって、自然と混ざるのは不自然だ。誰かが意図的に混ぜたのかもしれねー」


 流石に一般人相手なので、これは俺の勝手な推測ですよという体で話す。

 俺の中では、ほぼ確定で誰かの仕業だろうと結論が出ていた。


 神と神の権能が混ざることは、たまにある。

 だがあれは、混ざるというよりも中に埋め込まれていた。

 自然には発生しえない現象だ。


「まあいい……今のは報告が必要だろ。町に戻ろうぜ」

「…………」

「ん? レン? どうした?」

「あ、ああいや。なんでもない」


 何やらさえない表情をした彼と共に、俺は町へと戻った。

 そして担当しているという自警団に、事のあらましを伝えてから、中央部への帰路についたのだった。

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