第49話 納得には理由が必要だから

 神の権能というものに関して、俺はその辺の連中よりずっと詳しい自信がある。

 何故なら、その権能を踏破して神たちを殺して回らねばならなかったからだ。


 とはいえ――あくまでそれは、敵対者としての理解に留まっている。

 そもそも神がどうやって生まれるのかとか、神とは何なのかとか。

 権能は生まれ持つのか、育つのか、理解がぼんやりしている点は多岐にわたる。


 だから疑問があるのならばもう、神様に直接尋ねるのが早いだろう。

 普段なら間違いなくヴィクトリアさんを頼るところなのだが、俺がクライキラについて調べていることを、彼女はよく思っていない節がある。


 となれば頼れる相手は限られてくる。

 さらに、今回の一連の流れに関わっているやつであるほどにいいだろう。


 というわけで俺は、エルオーンの神殿を訪れていた。


「んじゃそれがクライキラの弱点ってことになりやがるんです?」


 俺は正直に、彼女の領地で見聞きしたことを彼女に語っていた。

 神殿に来れば、すぐさまエルオーンは姿を現した。

 他の信奉者たちはこちらに気づいていない。


「どうだろうな。何かしら、権能というか、存在そのものに不具合が起きている可能性があるとは思うんだが……」

「あの氷神に限って、あんまり想像がつかねーんですがねえ……」

「それと、今話した『雪化生』の中にあった別の力。アレはお前じゃないんだな?」

「あったりめえでございますよ。そこまで行動してたら、もう向こうだってこっちを潰しにきちまってるんじゃねーですか?」


 それはそうか、と頷く。

 隣に座る彼女は、まだ何か実力行使に出ているわけではない。それだけは確かなようだ。


「だったら、お前とは別にクライキラを狙ってる勢力があるということになるが」

「クソ恨みを買うタイプなのは流石にお分かりになっちまってますよね?」

「ああ、そうだな……」


 信者たちが祈りを捧げる後方で、その切実な背中を眺めながら、彼女は俺の言葉を聞いている。


「町の統治は、排他的に見えてそうじゃなかった。意外と色々と、気を回せるんだろうな……だけど、結局のところは、彼女の庇護から外れた存在からすれば、敵に回りやすいだろう」

「私はあいつの『正義』とやらで親友を殺されていやがりますかね」


 ――バッと彼女に振り向いた。

 目立つインナーカラーをいくつも入れた彼女は、興味なさそうに自分の爪を見ていた。


「それは……」

「……向こうの様子を見て、いの一番に私に会いに来てくれたのが嬉しくって、口が滑りやがりましたねえ。まあいつかは言おうと思ってたんです、嘘じゃねーですよ」


 彼女の表情に揺れはない。

 これが人間相手ならば、感情の動きは一切ないのだと認めざるを得ないだろう。

 だが……


「じゃあ、お前の動機は……復讐、か」

「ピンポンピンポーン」


 エルオーンがぱちぱちと小さく拍手をした。


「それは……彼女の、クライキラの『正義』はどんな理由でお前の親友を……いや、話したくないなら、別にいいんだが」

「プッ」


 流石にセンシティブな話題過ぎるか、と慎重に言葉を選んでいた時。

 隣のエルオーンが小さく噴き出し、肩を震わせ始めた。

 おい、なんで俺が笑われてるんだ? 俺はどちらかといえば人々の笑顔を壊す側のはずなんだが。


「フ、フフッ……いえ、いえいえ。まさか、こちとら神様だってーのに、気を遣ってくるなんて思わねーじゃないですか」

「いや気は遣うだろ。今回は敵じゃないんだし、むやみに失礼だとお前だっていやな気分になるんじゃないのか?」


 虚を突かれたように、彼女の笑いが止まった。


「……そういうこと、言うタイプでいやがるんですね」


 何故か半眼になり、じっと顔を寄せてくるエルオーン。

 心なしかとても怖い。


「な、なんだよ」

「いえ別に、何もねーですよ……ったく」


 ばっとのけぞりながら、彼女は椅子に深く腰掛けた。


「私の親友は『泡』を司る女神でいやがりました……微妙って顔しねーでください。確かに神としては弱小もいいところって感じでしたが」


 そこで言葉を切って、エルオーンは首を横に振る。


「でも、いい子だったんですよ」


 語りには痛切な悲哀があった。

 もう会うことはかなわない相手へと向けられた、別離を受け入れられないという、拒絶にも近い色合いだった。


「……だが、クライキラは何の理由もなく殺しはしないはずだ」

「あいつの『正義』に則れば、彼女は殺すしかねーって判断になったと。それだけですよ、私が聞けたのは」


 どうやらクライキラは詳細を話していないらしい。

 これは明らかに……何かのすれ違いの気配がする。


 エルオーンに話すことができない内容だった、とかか。

 真実を伏せることを意図して選択したのなら、クライキラ自身が、エルオーンには復讐する権利があると認めるのにも納得がいく。


 しかし、それでは…………


「で、どーなんです?」

「うん?」

「決行してくれるかどうか以外に、ありえねーでしょ。クライキラの暗殺」


 どうやら――最後通牒らしい。

 エルオーンの瞳が、まっすぐにこちらを射抜く。


 俺は彼女から視線を切ると、神殿に集まっている信者たちをぼんやり眺めながら、静かに、首を縦に振った。


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