第50話 招かれざる客

 女神クライキラを殺す。

 今回女神エルオーンから飛んできた依頼は、結局まとめるとこの一点に尽きる。

 無論、最終的にトドメを刺すのは俺ではないという条件こそあるものの、クライキラの身柄を確保したうえでエルオーンが殺害可能な状態に持ち込むというのは、単純に殺すより難しいかもしれない。


「ふんふふんふふーん♪」

「…………」


 神を殺せというのは、言われてハイハイとできるようなものじゃない。

 対象の研究と、入念な準備が必要だ。

 だから俺は今回、クライキラが姿を現すというパーティー会場の向かいのビルに陣取り、慎重にタイミングを窺っているのだ。


「ふーふふふーふーふーふーふー♪ ふふーんふふーふーんふーふーふーふふーん♪」

「…………」


 だというのに、『音楽』と『安らぎ』を司るこの女神様は、のんきに鼻歌なんて歌いながらついてきやがった。

 俺を現場に投入したらすべてが解決する、と確信しているのだろう。

 そんな簡単に話が進むわけねえだろうが。


「……最終確認していいか。女神クライキラの権能についてだが」

「?」

「神の権能は基本的に『対象』を要求するが、彼女の場合は罪人を『対象』としている認識で合ってるよな?」


 神は神単体では成立しえない。

 信奉する者、あるいは敵対する者ありきの存在だ。

 だからこそ彼ら彼女らが持つ権能というのは、ぼんやりとした概念ではなく、明確に『対象』を指定する形で発生するのが基本である。


 つまりクライキラと対峙するのであれば、クライキラの権能の『対象』を一身に浴びるということを意味する。

 俺の問いかけに、エルオーンは腕を組んで唸った。


「恐らくそんなところじゃねーですかね、でも断言はキビシー感じです」


 ここまでの推測は当たっているようだ。

 彼女の権能は複数人を相手取るよりも、タイマンに特化していると言っていいだろう。まあ複数相手なら出力で純粋に薙ぎ払うだろうけども。

 勝手な予想ではあるが、恐らく彼女は動物や神霊を裁く『法』すらも有している。


「つまり俺が顔を隠して飛び込んだとしても、『対象』にとられた瞬間に罪状が出てきて看破されちゃうんじゃないの? 権能を発動する前提として『対象』を取るんだから、意識外から一撃で殺さない限り、処理手順としてこうなるよな?」

「カードゲームみてーな疑問文が出てきやがりましたね……」


 相手の権能を紐解いていくとこうなるのだ。

 どう考えても、俺だってバレるよね?

 絶対に俺にしか発生していない罪状が出てくるもんね?


「ま、さすがにそこを解決せずに頼むほどおバカじゃねーですよ」

「本当かよ」

「神を疑うなんて超不敬」

「そもそも信じたことが……いや信じてた時期はあったけど、ちょっとそれは黒歴史というか……」


 過去の自分がいきなり刺してきたので、俺はごにょごにょと呟いた。

 ちょっと? 過去のトール君、良くないよこういうの。


「はいはい、勝手に自分で自分の地雷を踏みやがらねーでください。で、こいつが解決方法ってわけです」


 そう言って彼女は、懐から二つの仮面を取り出した。

 顔の上半分を覆う形のそれからは、圧縮された神秘を感じる。


「知り合いの神に頼んで、秘密裏に作ってもらっちまいました。着けると自分の正体が看破されない、ちょー便利アイテムってわけです」

「……クライキラにも通用するのか? それ」

「多分ね」


 多分て。

 結局は出たとこ勝負なんじゃねーかよ、ったく。


 まあ、神相手の戦いなんて、そういう面を避けられないのは事実か。

 対象の研究と、入念な準備が必要だなんて偉そうなことを言いはしたが。

 最終的に勝敗を決めるのは、直接対決の場でいかにすべてを出し切ってベットできるかなのだ。


 ◇


 パーティー会場に明かりがともってしばらく。

 立食形式で始まったそれは、既にある程度のあいさつ回りが終わり、参加者それぞれの歓談時間となっていた。


 広い会場には女神クライキラと、彼女を信奉する街の有力者たち、そして――


「そうかしこまらないでください。気を張りすぎると、無為に消耗しますので」

「いえ、今回は護衛役ですからね」


 紅髪を下げた少女、勇者レイン・ストームハートの姿があった。


「それにしても、皆さん、こう……」

「礼儀正しく、裏の顔がない権力者が意外でしたか」


 新調に言葉を選んでいたレインに対して、クライキラが的確かつ容赦のない言葉を浴びせる。

 世渡りも得意な勇者でさえ、流石にこの物言いには頬を引きつらせた。


「そ、それはなんとも……」

「ここでは無理に取り繕う必要はありません。私は中央部の神々に関して、基本的に信頼していないので」


 そうですか……と力なくつぶやくレインだが、ふと周囲を見渡した。

 確かにこうした社交界としては珍しく、皆クライキラに挨拶こそしたが、それから先は自分が興味のある相手や付き合いのある相手との歓談に夢中である。

 レインの知る限り、こうした場は神へ取り入る、神に気に入ってもらうための場だ。


「皆さん、既にクライキラ様の統治下で満足されているのですね」

「そうであると思います。でなければ、私も困りますから」


 レインの誉め言葉を当然のように受け取った後、ふとクライキラが動きを止めた。


「……そろそろ、でしょうか」

「え? もしかして、もう帰られるのですか? でしたら正直、私を呼ばずとも良かったのでは……」

「いえ、今回は私を殺しに来る存在がいるので、そちらの対応をお願いします」

「え……?」


 思いがけない言葉にレインが硬直した。

 その刹那だった。

 バリン! と音を立てて、会場の窓が破られた。


『…………ッ!?』


 即座にレインが前に出て、クライキラだでなく来賓たちも庇えるように位置取りをする。

 会場へ堂々と侵入してきたのは、謎めいた仮面の男だった。


「何者だ!」


 用意しておいた剣を引き抜きながら、レインが叫ぶ。

 彼女を見て、仮面の男は数秒硬直した。


「これがどれほどの狼藉か、分かっていないわけではないな!」

「……なんでレインがいるんだよ、嘘だろ。本当にやってられねえ」


 小声でつぶやき、物凄く嫌そうに仮面の男は首を横に振った。

 登場した瞬間はかっこよかったかもしれないが、今の雰囲気は想定外のタスクを押し付けられてガン萎えしているサラリーマンそのものだった。


「……気配がしなさすぎますね。何らかの権能を使っていますか」


 クライキラの言葉には答えないまま、仮面の男が腰の剣を引き抜いた。

 その体の周囲に、チリと火花が散る。


「久しぶりの神殺しだ、景気よく行こうじゃないか」


 そう呟いて男は、切っ先をレインへと向ける。

 彼が持つ剣が纏うのは――赤い炎。


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