第51話 仮面の男VS勇者

「侵入者だ!」


 剣を構えながら勇者レインが鋭い声を上げた。

 女神クライキラがその姿を現す貴重な機会であるこのパーティー、まさか真っ向から突っ込んでくる愚か者がいるとは、誰も想定していなかった。


 ただ一人、勇者レインだけが――(元の世界ではあるが)生まれた時から持っていた類まれな直感で、その可能性を予期しているだけだった。


「クライキラ様は私の後ろへ。他の護衛は護衛対象を守りつつ、囲め!」


 迅速な指示と共に、飛び込んできた仮面の男があっという間に包囲された。

 その様子を眺めながら、クライキラは一つ頷く。


「さて、ただの賊ならこれで終わりですが……」

「そうであることを私は望んでいますがね……」


 レインの言葉の直後。

 仮面の男が炎を纏った剣を一振りすると、地面を走った炎が会場の四方へと走る。


「ひ、ひいいっ!?」

「いかん、サガミズ様こちらへお逃げください!」


 瞬時に会場が地獄絵図となり、来ていた来賓たちは護衛を連れて、慌てて一番近い出口へと逃げ出す。


(……今の、無秩序に会場を破壊しようとしたように見えて、各人が逃げ出す方向を逆に決めるような一撃だった。邪魔だから追い払おうとしていたのか?)


 瞬時の一手に、レインは仮面の男の狙いを看破した。

 恐らくはこの場から、狙いであるクライキラ以外を排除したいのだろう。

 なんにせよ相手が単なる賊ではなく、相当な手練れであることは分かった。


「クライキラ様の命を狙うのなら! その前にこの私、勇者レイン・ストームハートがお相手しよう!」


 大声で注意を引きつつ、レインが仮面の男へと切りかかる。

 瞬時に炎を霧散させたその男は、今度は床を片足で踏みしめると同時、足元から間欠泉のように水を噴き上げレインを迎撃した。


「ほお!?」


 魔力を編み込んだ水流は、見た目とは裏腹に合金すら両断するほどの切れ味を持つ。

 レインはとっさに身をよじって直撃を回避しながら、その剣で水流を断ち切る。


「これぐらいでは足止めにもならないか!」


 半ばヤケになっているような声を上げて、仮面の男が再度剣を振るう。

 いつの間にか、その刀身には激しい風が巻き付いていた。


(火、水、風……! 複数の属性を、どれも高精度で操っている!?)


 その一撃を真っ向から受け止め、レインは荒れ狂う暴風に吹き飛ばされないように必死に踏ん張った。


(ただの賊ではないと思っていたが、しかしこれは普通ではなさ過ぎだ! 何をどうしたら、こんな属性魔法のエキスパートみたいな人間が出てくる……!?)


 レインが振るう剣と、男が振るう剣が激しくぶつかり合う。

 飛び散る火花がその刹那の生を終えるよりも先に、また新たな火花が散る。

 超音速の攻防の中で、レインは目を見開き、仮面の男もまた驚愕に呼吸を乱していた。


(何なんだこの賊は! どの距離でも有利を取りに来るし、隙が無い! 太刀筋だって我流じゃない、きちんと訓練を受けた人間のものだ!)

(勇者レイン! こいつマジ終わってんだけどお! なんでこの距離で俺が押し込まれなきゃいけないんだよ! 俺仮にも、クソ不真面目だったけど、最終的に騎士団副団長まで行ってたんだよ!?)


 互いに内心で苦言を呈しながら、剣戟を続行する勇者と仮面の男。

 貴人たちの避難を終えた他の護衛たちが、間合いを測りつつレインを援護しようとする。だが余りにも攻防の密度に、手出しするタイミングがない。


「もういい! 私ごと撃つつもりで一斉射!」


 会場内の近接戦闘ではケリがつかないと見て、レインが叫び声をあげた。

 それを聞いた護衛たちが瞬時に武器を構え、仮面の男が滑らかに視線を横へとスライドさせる。


(全方向――レインは既に防御態勢か。俺だけ死ぬってことはないが……!)


 対応しようとしたその瞬間。

 武器を構えた他の護衛たちが、同時に膝をついた。


「……ッ!?」

「これは――」


 突然酸素が極限まで薄くなったかのように、会場全体へとかかる圧力。

 常人を超えた戦闘力を有するはずの人々が膝をつき、戦闘力を失う。


「新手、か……!?」


 即座に後方へと飛び跳ねて間合いを取り直したレインは、会場に舞い降りた新たな影を視認していた。

 それは男と同様に、不思議な仮面をつけた女だった。

 インナーカラーの入った派手な髪を振り乱しながら、彼女は男の傍に降り立つ。


「ああもう、どういうことでいやがりますか。全然進まねーじゃねえです」

「こっちのセリフだよ。あんな勇者様がいたら俺だってキツいわ」

「そのために――」

「ああそうだ。お前はただ、あの勇者レインがいたとしても普通に攻め込めるようなカードが欲しかっただけなんだろうなってよく分かったよ」


 女は男の言葉にしばし黙った。


「……で、どういうつもりでいやがります。当初の予定を全部変えるつもりで?」

「さてな。状況は目まぐるしく変わるものだろ……」

「好き勝手言いやがるじゃねーですか。いつから、このシチュエーションに持ち込もうとしちまってたんですか」

「人聞きの悪いことを言うな。俺はその場に合わせて、必要な手助けを求めているだけだ」

「はいはい……」


 仮面の女は首を横に振った後、その手に巨大な鎌を出現させた。

 同時にその体から解き放たれる神威。誰がどう見てもそれは――まぎれもなく、人間ではなく神!


「……そうですか。やはり、あなたが」


 新たに現れた仮面の女を見て、女神クライキラもまた、その手に氷の刃を出現させた。


 神を守るための戦いから。


 神と神が殺し合う場へと、祝宴会場は移行する。

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