第52話 乱入者、再び

 神と神が殺し合う時、いつも変わらないものがある。

 それが世界の行く末をかけた戦いだとしても、一人の人間を巡る小競り合いだとしても。

 あまりに巨大な存在同士の激突は、それに見合うだけの余波を生じさせる。


 建物が壊れるだとか、大地が割れるだとか、そういう話ではなく。

 神々の争いが生じた時に、もっとも出る犠牲。

 それは間違いなく、巻き込まれた人々だ。


 神と神が戦うのなら逃げるしかない。

 人間の身で、絶対的な超越存在同士の争いに近づいていいはずがない。

 災害の様子を見に行っていいことなどないのだから。


 ◇


「自ら来るとは、殊勝な心掛けです」


 クライキラの荘厳な声が会場に響き渡る。

 既に来賓たちは避難を終えて、残っているのはクライキラを守護する戦士たちと、仮面を着けた闖入者二名のみ。


「チッ……別に望んできたわけじゃねーですよ。色々と状況が変わっちまったんです」

「そうですか。こちらは、如何様にもできますよ」

「へえ~、じゃあその首置いてってもらえるっつーことです?」


 仮面の女の挑発的な言葉に、氷の女神は微笑みすらしなかった。

 しゃらんと音を立てて、彼女の刃が空を断つ。


「不躾な返答でいやがりますねえ!」


 高位に位置しているクライキラの一閃を、しかし仮面の女は手に持った鎌で叩き斬った。

 そのままくるりと持ち手を返し、バトンを回すような軌道で鎌がクライキラへと迫る。


「……ッ。なるほど、仕上げてきたようで」


 正義を司る女神の、超高速の迎撃と反撃は同時に行われた。

 しかしそれらもまた叩き落とされ、反撃を差し込まれる。

 氷神の刃と死神の鎌が交錯するたび、神威が火花となって散る。


 残った戦士たちは、クライキラのために何かをしようとして1秒もたたずに、何もできることなどないと思い知らされていた。

 人間の身では受け止めるはおろか、余波を浴びるのも厳しい神秘同士の激突である――しかし。


「てああああああっ!」

「チッ」


 その神々の激突のすぐ隣で、矮小な身であるはずの人間が二人、剣を振るっている。

 クライキラの護衛として来ていた勇者レインと、最初に会場へと飛び込んできた仮面の男だった。

 二人は神と神が戦闘を開始したことなど意にも介さず、戦闘を続けている。


「君の相方はクライキラ様と一対一を希望してたのかい!? 随分と豪気じゃないか!」

「希望はしていないが、必要だったからな」


 冷たく返した直後、仮面の男が剣を地面に突き立てる。

 そこを起点とし、会場の床を砕いて赤い焔が走る。


「器用な人だ! 仮面を着けてなければ仲良くなれたかもしれない!」


 迫って来る炎を剣で切り裂き、レインが叫ぶ。

 戦いを楽しむというほどではないが、高揚した声の調子だった。


「チッ、調子づくと無限に乗って来るタイプか……」


 続けざまに斬撃を飛ばしてくるレインの姿に、仮面の男が苦し気に呻く。

 戦況は拮抗していたが、両者のテンションには明確な差があった。


「せっかくのパーティーなんだ! 君も一張羅で来たんだし楽しんでほしい!」

「俺を楽しませたいのなら、一刻も早くこの場から消えてくれ」

「そう言うなよ、一緒に楽しもうと言っているんだ!」


 レインが叫びながら剣を振りかぶった――その瞬間だった。

 爆音と共に、四方の壁の一面が吹き飛んだ。


『…………ッ!?』


 至近距離にいたレインと仮面の男が、揉み合うようにして真横へと転がる。

 両者同時に地面を叩いて跳ね起き、状況を確認した。


 木っ端みじんになった壁の向こう側、噴煙を突き破って巨大な影が姿を現す。

 途端に会場へと垂れ流される冷気。


「何だ……君たちの新手か!?」

「……違う。このパーティー、ちょっと招かれざる客が多すぎるから、次から警備を見直した方がいいぞ」


 のそりと姿を現したのは、巨大な『雪化生』だった。

 先日市街地へと入ろうとした巨大な個体に匹敵する、巨人の如き威容。


「クライキラ様!」


 レインは仮面の男と『雪化生』とを同時に警戒しながら、指示を乞う。

 しかし名を呼ばれた女神は、鎌を持つ仮面の神と対峙したまま、訝し気に『雪化生』を見上げるばかりだった。


「……そんな、まさか」


 氷の女神が戸惑いの言葉をこぼしたと同時。

 会場に入ってきた『雪化生』が、その体を震わせる。


「クライキラ様!? ――チッ、君は話が通じるだろう、少し待っていてくれないか」


 ひとまずは巨大な異形から処理しようと、勇者レインが仮面の男へと言葉をかける。


「少し待つのはお前の方だ。様子が変だぞ、この『雪化生』」

「何?」


 だが仮面の男は、剣をレインから完全に『雪化生』へと向けなおしていた。

 彼の行動の直後、異形がぐわと身をかがめて、冷気をいっそう強める。




【――――凍てつけ、『氷鎖凍禍ホワイトレイヴ』】

『……ッ!?』




 その場にいた全員が驚愕に目を見開く。

 単なる女神の破片にはありえざる、彼女本体の権能の行使。


 世界を蝕み凍結させる、正義という名の凍てつく地獄が顕現する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る