第53話 VS巨大『雪化生』

【――――凍てつけ、『氷鎖凍禍ホワイトレイヴ』】

『……ッ!?』


 会場へと侵入してきた『雪化生』がそう告げた直後、世界が凍てついた。

 氷を司る女神クライキラにしか許されないはずの絶対的権能。

 時の流れすら凍結させることで、事実上の時間停止を可能とする絶技。


「……ッ!」

「なんなんだこれはッ!?」


 その中で、俺と勇者レインは周囲の状況を確認し驚愕の声を上げた。

 ていうか俺が動けるのはまあいいとして、やっぱ勇者様も動けるんすねー。


 周辺の様子を確認するものの、残っていた護衛担当の戦士たちは残らず凍結している。どうやら権能の出力はクライキラが使用したときと大差ないレベルらしい。

 じゃあヤバイじゃねえか。勘弁してくれよちょっと。


「……ぐ、うっ」


 思わず本体に文句を言おうとしたその時だった。

 戦場にて圧倒的な存在感を放っていた氷の女神が、膝から崩れ落ちた。


「クライキラ様!?」


 その光景を見て、レインが悲鳴を上げる。

 氷で出来たのかと勘違いしそうになるほど冷たい相貌の彼女は、膝をついたあとに顔色を一変させていた。


「チッ、もうこれどういうことだよ……」


 クライキラのもとへレインがすっ飛んでいく中、俺は呆然と『雪化生』を見上げる。

 神の力の一端、剥がれ落ちた残滓に過ぎないんじゃなかったのかよ。


【死ねい】


 酷薄な言葉と共に、『雪化生』が神秘を解き放った。

 放たれたのは絶対零度の凍てつく波動。地面を舐めるようにして広がっていくそれが、会場に残っている俺たちを飲み込もうと猛り狂いながら迫る。


「たかが神一柱分ぐらいで……ッ!」


 剣を振るい冷気を切り払う。

 単純な出力は問題ない負けるわけがない。

 だけどそれはそれとして、影響の及んでいる範囲とか、そういうのが今までより格段にキツい……!


「一体全体どういうことでいやがるんですかこれはっ!」


 悲鳴にも近い絶叫を上げて、エルオーンもまた、まとわりつく冷気を鎌で両断する。

 他の面々も動けるのなら冷気を弾き、抵抗できなければ問答無用で凍結されていった。


「誰かがやりやがった、ってことだろうな」


 エルオーンの近くの冷気を剣で弾きながら呟く。

 誰かの意図がなければ、これだけ女神の力を行使できる存在が生まれるはずがない。


「何者かこれを仕組んだって言いやがるんです?」

「俺の予想では……というか普通に考えるとそうなるな。誰の企みかは分からねーがクライキラの力を上手いこと利用したかったんだろう」

「フン。ぬるい計略でいやがるじゃねーですか。それじゃこれぐらいどうってことねーわけですよね」

「クライキラの力をどれくらい取り込んだかには寄るよ、そりゃあ」


 そう言いながら、チラとクライキラの方を見る。

 こういった場面で真っ先に力を振るいそうな彼女は弱々しい表情でこちらを見ている。

「おい、その辺はどうなんだよ女神様」

「それ、は……!」


 チッ、どうにも戦力になってもらうどころか、事実確認すらままならないようだな。

 何に驚いているのか分からないが、そもそもこっちはあんたの力が好き勝手に奪われている現状で十分驚きなんだよ。


「しょうがない、いったんはこれを潰す方針でいいよな?」

「そーりゃそうです」


 合意は得た。

 俺は仮面の下でキッと視線を鋭くして、『雪化生』を見上げる。


【凍て果てよ】


 視線(らしきもの)が重なった瞬間だった。

 冷たい宣告と共に、一気に冷気が弾けた。


「ぐううううううっ」


 剣に纏わせていた黒焔を炸裂させ、襲い来る冷気を一気に薙ぎ払おうとしていた。

 だが想定よりも格段に向こうの威力が高い――放射範囲をとっさに狭めて、爆発に爆発をぶつけるのではなく、冷気に穴を開ける。

 俺から後方に角錐状の安全地帯が発生する。エルオーンだけでなく、レインとクライキラもその範疇にいる。残念だがこぼれたほかの戦士たちは、軒並み凍結していく。

 これが限界かよ……! 本当に馬鹿げた出力しやがって!


「ダメだこれ以上は守りに割いてる余裕がない! 依頼主、あんたがクライキラを守れ!」

「はあっ!? なんのために来たのか分かんなくなっちまいましたか!?」

「分かってる! でもこのイレギュラーに便乗するのは流石にまずい!」

「それは……!」


 振り向いてエルオーンに向かって叫ぶ。

 仮面の下で納得のいかない表情を浮かべているだろうが、同意見ではあったらしい。

 彼女は渋々といった様子で頷いてくれた。


 エルオーンよりもっと後方には、未だ立ち上がれていないクライキラと、彼女を守ろうとしているレインの姿がある。

 その、エルオーン越しにこちらを見やっていたレインの目が、ハッと見開かれた。


「な……まさかッ、と、トール君!?」

「えっ」


 彼女と視線が結ばれる。

 驚愕に固まるレインの様子に、俺は慌てて自分の顔を触った。仮面が左半分だけ……ない!

 さっきの防御の時、余波で砕けていたのか! うわあやらかした!


「ダ、ダレノコトデスカ」

「いや無理だろ! 顔も戦い方も君だ! うわあ急に戦い方までトール君になってたじゃないか!?」


 そういえばさっきまでは適当に魔法剣士スタイルで擬態してたわ。

 流石にこの『雪化生』相手には、そういうことしてる余裕なくなっちゃったけど。


「クライキラ様、少し待っててください!」


 言うや否やだった。

 レインは氷の女神をその場に寝かせると、あっという間に俺の隣で肩を並べていた。

 今の移動、音速超えてなかった?

 気軽に出していいスピードじゃねえからそれ。


「何の用だよ勇者レイン。俺のショーは最前列で見ないと気が済まないのなら先に言っておいてくれ、席を用意しておくからさ。でも今は――」

「違う! 君を放っておくことはできないだろう、一度は戦うことを辞めた人間なんだから!」


 その言葉に、俺はハッとした。

 彼女からは似たようなセリフを投げかけられたことがある。


 無理して戦う必要はない。

 巻き込まれないよう、代わりに自分のような人間が頑張る。

 勇者レイン・ストームハートは、俺が大嫌いな、人間の善性をにじませる笑顔でそう言っていた。


「これからは一緒に戦えばいいだろう、トール君!」

「……ああ、それはそうかもな」


 ふっと笑って、俺は剣を腰だめに構えた。


「悪いレイン、7秒稼いでくれ」

「承知した!」


 制限下でのフルパワーで、剣へ焔を収束させていく。

 異変を察知した『雪化生』が冷気をこちらへ集中させて来る――が、勇者の剣がそれらを薙ぎ払った。


「当然! この勇者レインは、守るための戦いが得意なものでね!」


 大仰なセリフだが、それに見劣りしない動きだ。

 普通の戦士ならあっという間に氷漬けになっているだろうに、一片たりとも浸食させず、あらゆる冷気をねじ伏せ、砕き、切り払っている。


「トール君!」

「ありがとう」


 剣をゆっくりと、鞘から引き抜くような動作で解き放つ。

 要するにはチャージ攻撃だ。


「一刀死滅。焦がし尽くせ――『狂影騎冠リベリオエッジ』ッ!!」


 名を叫んで剣を振るうと同時、レインがその場から転がりどいた。

 会場の床を融解させながら、憎悪の焔が疾走する。


 慌てて『雪化生』が展開した絶対零度の結界、数十にも及ぶ数を重ねたそれを。

 俺が放った炎は、ほんの一瞬で焼き切って進み、正面からその体を粉砕した。


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元魔王、来世のためにゴミをひろう~世界を滅ぼした罰として社会奉仕することになった~ 佐遊樹 @yukari345

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