第44話 女神エルオーンの統治
クラーク領中心部から離れて。
俺は女神エルオーンの神殿がある区域を訪れていた。
――ゴミ袋をひっさげた、清掃員の姿で。
『あれ、見たことない掃除の人がいるな……』
『ねえねえ、あれもしかしてF級なんじゃ』
『あんまじろじろ見ないでおこうぜ……』
普段の場所と同様、みんなが遠巻きにこちらをチラチラ見てくる。
汚いものを見つけてしまったかのようにされるのも、すっかり慣れたものだ。
違うのは、積極的にこちらへと絡んでくる人が少ないことか。
この辺はやはり、中心部は大戦神の影響をモロに受けているというのもあるのだろう。もっと積極的にこちらを馬鹿にしてやろう、貶めてやろうという人は見当たらない。
単純に治安がいいのか、あるいは――人柄が平均的に陰湿な方向へと寄っているのか。
「今晩神殿いかね?」
「あー行くかー」
行き交う人々の会話に耳を傾ける。
今横を通った女性二人は、神殿へと行く予定を立てていた。
「今日ってエルオーン様何の日?」
「分かんないけど何だってよくない?」
神殿に行くという行為が、随分と生活の中で定着しているらしい。
しかし参拝とかそういうのじゃなくて、なんかこう……これ……
アレだよな。女子高生がマックに行くのとほぼ同じだよな。
「この間エルオーン様の声が聞こえてさ……」
「それ本当か? 超羨ましいぜ」
また別の人々の雑談が聞こえる。
ちらりと視線を向けると、俺より一回りぐらい年上であろう男性二人だった。
強いて言えばサラリーマンだろうか。服装からしても仕事帰りだろうし。
「神殿でちょっとご飯食べようと思ってたんだけどさ」
「うんうん」
そうこうしている間にも、二人の会話が続いていく。
……いや神殿でちょっとご飯を食べようとするな。
もうあそこ、複合商業施設みたいになってるじゃねえか。
「焼き鳥食ってたら、頭の中にエルオーン様の声が響き始めて……」
「な、なんて言われたんだ?」
「女の魅力は、鼠径部で全て決まるわけじゃないって説教されたんだよ」
「お前が前提として持ってた認識に問題がありすぎるだろ」
「でもさ……」
こいつ反論しようとしていやがる……!
とてつもなく意味の分からない話を聞かされたので、俺は首を振って盗み聞きを辞めた。
ゴミ拾いをしながら行える最も効率的な情報収集は、こうした盗み聞きだ。
絵面が最悪な上にやってることもまあまあゴミカスであるという点を許容すれば、結構いい感じである。
「……あの、すみません」
「はい?」
不意に声をかけられて顔を上げると、申し訳なさそうな顔をした青年がこちらを見ていた。
彼はその手に、空になった飲み物の容器を持っている。
「ゴミ集めてるんですよね? 申し訳ないんですけど、これ一緒に集めてもらえたらって……」
「ああ、それぐらい大丈夫ですよ。こちらの袋にどうぞ」
「本当にすみません、ありがとうございます」
わーお、ゴミ拾い中にこんな丁寧に話しかけられたのは初めてだぜ。
中央部ってどんだけ治安悪かったんだよ。
治安が悪いって言うか、こう、言葉遣いと態度が悪い。
「……ふーん」
ありがとうございます、とお礼を言った後に立ち去っていく青年。
彼の後ろ姿を見送った後、俺は手元のゴミ袋3つに目を落とした。
遠巻きに見ているだけで、直接何かしに来るわけではない。
むしろいざ話すとなればきちんと丁寧に話してくれる。
なるほど実にいい町だ。
正直、普段拠点にしている区域よりもずっとずっといいかもしれない。
だが――と、俺は既に3つめがパンパンになったゴミ袋を見下ろした。
ゴミが多すぎる。
飲み物の容器だけではなく、様々なゴミが路上に落ちていた。紙くずや使わなくなった玩具やら、ポイ捨てするどころか本来はきちんと処理しなければならないものたちまでその辺にうち捨てられていた。
表面上、人々の態度は優しいものだが、多分それは本当の姿じゃない。
俺は注意深く、周囲を見渡す。
そこら中に散らばっている笑顔が、何かを覆い隠す仮面として機能している。
やはり、陰湿な神の支配する町は陰湿ということか。
「…………まあ、そういうもんだよなあ」
一筋縄でいかないのは分かっていたが、こうもハッキリだるい感じになってくると流石にもの悲しいものがあるな。
エルオーンの町をもう少し掃除してから帰るとしよう。
そして明日は、大本命だ。
次こそは何も悪いことはせず、きちんと掃除をするためだけに行く。
そう、女神クライキラの町である。
……よく考えたらあの町って、なんかめっちゃ寒かったよな。
俺もしかしてなんだけど、結構防寒していかなきゃだめな感じ?
でもコートなんて持ってねえよ。
マジでゴミ袋を改造して、なんかいい感じに防風効果のある服にできたりしねえかなあ……
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