第43話 甘い女神様と冷たい女神様、どっちがお好き?
女神エルオーンの依頼で女神クライキラを暗殺する。
そういう風になっていたが――暗殺対象であるクライキラと話して、俺の中に迷いが生じつつあった。
可愛げがあり、密着してきて、こちらに都合のいいことを言いまくって柔らかくていい香りがするエルオーン。
取り付く島もないように見えて、自らが定めたルールに厳格でありつつ、神殺しの前科を持つ俺の話を聞いてくれたクライキラ。
「どう考えてもハニートラップだったなこれ……」
最初にエルオーン側についたことをかなり後悔してきたな。
神様人気投票をやれば、エルオーンはそりゃめっちゃ票数入りそうだけど、クライキラは後方で腕組んで頷いてるやつがたくさんいるタイプと見た。
とはいえ、一度は請け負った話を放り捨てるのも後味が悪い。
そもそも俺が得ている情報はあくまで印象レベルの話。
真に二柱の性格を掴んだわけではない――まあクライキラは嘘をつけないからいくらでも探りを入れられそうだけど。
なんにしても、手持ちの情報だけでどちらにつくのか考えるのには限界がある。
そういう時は情報を得るべく、調査をするのが大事だ。
「つーことで、ちょっと情報を集めたいんですけど」
クライキラとの邂逅から一夜明けた後、俺は町のゴミ拾いをしながら、様子見に来たヴィクトリアさんに二柱の女神について尋ねていた。
無論、暗殺の依頼については伏せてある。エルオーンは俺を戦いに参加させないよう説得した時に話し、クライキラはゴミ拾いの場所の下見をしている時に偶然遭遇したと伝えてある。
どれも嘘ではないが、真相を話しているわけではないのがポイントだ。
神様相手に嘘をつく時点でポイントもクソもあるかという感じだが、もとより信仰心は持ち合わせていないのでセーフ。
「エルオーンもクライキラも、なんか揉めてるっぽいんで、なんかあったのかなーって思ったんですが」
「……まず、私に許可なく、なぜ他の女神と接触していたのかを聞いてもいいでしょうか」
俺の質問に対しての答えは返ってこなかった。
ヴィクトリアさんの額にはビキバキと青筋が浮かんでいる。
まずい。完全にキレている時の顔だ。
「いや、エルオーンについては会いに行くって言ってたじゃないですか」
「君個人で行くのは極めて嫌でした。その上クライキラ先輩とまで顔合わせをしているなんて、おかしいでしょう」
「先輩?」
思いがけない単語に、思わずを首を傾げる。
「……私とエルオーンは同じ学び舎で、神としての務めを習いました。その際、既に神として活動している先輩としてクライキラ先輩に指導してもらうことがあったんです」
「神様学校にもOBOGってあるんだ……」
つーか、あのクライキラに指導されたのにこんな緩い感じになっちゃったのかよ、ヴィクトリアさん。
正直、今回深くかかわった二柱を見ててこう……あれ? ヴィクトリアさん、なんか全然仕事してなくね? って思っちゃったからね。
「何か失礼なことを考えていますね」
「ハッハッハッ」
「もう少し丁寧に誤魔化してください」
頭痛をこらえるように、ヴィクトリアさんがこめかみを指で押さえる。
どうやら一筋縄ではいかないらしい。
仕方ない、と俺は膝を地面につける。
「ともかく、教えてくださいよ。実はまだ何度か会うかもしれないんです」
「ハァ……分かりました分かりました、だから土下座はやめてください。今回限り、特別ですからね」
チョロいぜ。
俺はウキウキで立ち上がり、ヴィクトリアさんの言葉を待つ。
「まず、あのバカ女は……分かりやすいようで分かりにくいです」
「エルオーンのことですよね? それは……学校に通っていたころから、ッスか」
「ええ。誰かの大事なものを奪うのが大好きでしたが、自分の大事なものは、それが何なのかすら他者に教えませんでした」
性格がクズ過ぎる。やっぱメンヘラ地雷女神だったじゃん。
「クライキラ先輩は分かりにくいようで分かりやすいですね。とはいえトール君は、彼女の権能についてまだ知らないでしょうが」
「あー……なんか、裁判みたいな……?」
「そうです。仮にトール君が前世の状態で出会っていたら、死刑を執行されていたでしょう」
やっぱりそうか。
死刑を執行されたら、どういう戦いになっていたんだろう。問答無用の即死とかだったりするのか? それ、出力制限されてる現状だと本当に死んじゃわないか……?
「ですが……バカ女に関しては腹立たしいですが、どちらも神としては優秀です。信念を持っていますし、秩序を乱す側に回ることはないでしょう」
「…………」
ヴィクトリアさんの持つ印象は、恐らく正しい。
両者ともに、自分が管轄する地域の支配は抜かりなかった。
クライキラの場合は、妙な化け物が出没していたけど。っていうかアレ結局何だったんだろう。
ともかく、エルオーンもクライキラも、端的に悪いやつという感じはしない。
先日戦った背信者たちと比べればずっと話が通じる。
なのにこうして、片方が片方を殺そうしているし、あげくの果てには、そうなるのは当然だと双方が認めている。
「そう、ですか……あざっす、分かりました」
単純な問題ではない、ってことが分かった。
これはどうも、もっと自分の足で調べる必要があるかもしれないな。
「……トール君」
「はい?」
黙って思考をまとめていると、不意にヴィクトリアさんが口を開いた。
「トール君は、どこまでいってもやはり人間です」
「急になんですか」
「聞いてください。トール君は神を殺せようとも、『魔王』と呼ばれようとも、君の根底にあるものは変わりません」
「……根底にあるもの?」
何のことだと首を傾げると、彼女はまっすぐにこちらを見つめる。
「君自身が言っていたことですよ。人々が暮らす場所を、『町』を守りたい……世界なんて大仰なもののためじゃなくて、君はもっと小さなもののために戦う人です」
ヴィクトリアさんの言葉は、やけにすとんと腑に落ちた。
「そんな君が、彼女たちのことを知ろうとしているのは、まず嬉しいです。君がこの世界に、今自分が生きている世界に興味を持ち始めているのですから」
「……まあ、そういう面があるのは否定しないですよ」
「ですが今回はそれ以上に、何かトラブルに巻き込まれているんでしょう。なら、私の印象もアテにしてほしいですが……もっと見るべきものがあります」
そう言って彼女は周囲を見渡した。
クラーク領中心部は、普段通りに人々が行きかっている。
「君と同じように、神もまた人々を庇護しようとしています。スケール感の違いこそありますが、結果として誰がどう守られているのかを探ることが、その神について知る手っ取り早い方法だと私は思いますよ」
「……なる、ほど」
確かに、ヴィクトリアさんの言う通りかもしれない。
やるべきことがあるなら、神様相手ではないのだろう。
「分かりました。ちょっと、色々見えてきた感じがします。あざす」
「いえいえ」
満足そうに微笑むヴィクトリアさん。
この女神様は、肝心な時はちゃんと神様をやるから凄いな。
……あ。
「じゃあ、試しに一つ聞きたいんですけど」
「はい、なんでしょう」
「ヴィクトリアさんは誰をどう守ってるんスか?」
俺の問いかけに、彼女は虚を突かれたような表情をした。
それからじっとりとした半眼になり、俺を上から下までじろじろと見つめる。
「……私はこう見えて『戦い』と『勝利』を司っています」
「本当にそうは見えないですよね」
「だまらっしゃい。そのため私が庇護するのは無辜の市民たちではなく、その市民たちのために剣を取る戦士です」
「ああ、レインとか、アルバートとかですか?」
パッと出て来るのは、みんなの勇者様と聖騎士様だ。
間違ってもパトリシアとかは入らないだろう。
しかし俺の反応に、彼女は渋面を作り、肩をすくめて首を振る。
「面接は以上です」
「えっなんか終わった」
「本当に終わりです。来世に期待しましょうね」
「なんか思ってたより終わった!」
現在進行形で来世のためにゴミ拾いしてるんですけどねえ!?
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