第20話 情けは人の為……?

「ちょっとちょっとちょっと、無理だって」


 レインに向かって、俺は顔を引きつらせながら言った。

 俺を助っ人として指名するのは暴挙に近い。

 何せF級の清掃員、ゴミクズの中のゴミクズを戦力にカウントしようとしているのだ。


「……正気か?」


 流石に褐色肌の男神も引いていた。

 そりゃそうだろうな。俺の事情を知らなかったら、俺なんて絶対にいない方がいいと判断できるんだから。


「正気ですとも。でも、私たちはこれで失礼」

「あっちょっ」


 そう言ってレインはまた俺の腕をつかみ、ズンズンと進んでいった。

 呆気にとられた様子の男神は追ってこない。

 そのまま俺たちはしばし町を進んでいき、やがて人気のない路地裏で立ち止まった。


「ふう。ここなら周りの視線も気にならないだろう」

「……あ、気にしてくれたのか、ありがとう」


 この間の凱旋パレードでひどい目に遭ったのを覚えてくれていたようだ。


「ただ、レイン。正直俺がこう、勇者の手伝いなんてできるわけないんだけど……」


 元魔王という経歴は、流石に明かせない。

 ヴィクトリアさんからも人には言わないよう注意されているし、勇者様相手に過去を明かすのは自殺行為すぎる。

 今仲良くしてくれてる人を相手に、自分から嫌われに行く理由はない。


「ん? だが君は、アルバート卿が勝てなかった敵に勝っていただろう?」

「あー……」


 確かにあの状況って傍から見るとそういうふうになるのか。


「それにあの事件、最終的に背信者たちの幹部を一名捕らえたのは君だろう。詳細は伏せられていたがすぐにピンと来たよ、F級の活躍を公表したくはないだろうからね」


 悲しそうに目を伏せながら、彼女はそう言った。

 この世界におけるあまりにも当たり前の事実だ。F級をもてはやしても意味はない。


「そして知り合いの神々に聞いて、君が攻撃作戦に参加するのも確認した」

「めっちゃ根回しされてる……」

「冒険の精度を確保するのは準備だからね」


 えへん、と胸を張る勇者レイン。

 だがその後、彼女の表情は不安げな、こちらの様子をうかがうようなものになった。


「だから君なら、と思ったんだが……ダメだろうか?」


 人前での勇ましさをどこかに捨ててきたのか、レインは仔犬のようなつぶらな瞳でこちらを見上げてくる。

 ったく、何でもかんでも頼めば言うこと聞くと思うなよ。


「しょうがないな」

「やった!」


 レインは拳を握り、ぴょんと飛び跳ねた。

 あれ? 口が勝手に動いた。


「あーでもほんと、活躍は期待しないでほしいというか……」

「もちろんそこは大丈夫さ。私だって勇者と呼ばれているんだ、あれぐらいの神一柱相手なら最低でもイーブンに持ち込める」


 すげえ不敬な発言が飛び出てきた。

 まあ俺も見てて、あの神様、あんま強くなさそうだなって思ったけど。


「じゃあますます俺の協力なんていらないんじゃないのか」

「や、勝利を確実なものにしておきたい。あの手の神は言い逃れだけは得意だからね、君には協力者だけではなく、第三者としての証人にもなってほしいんだ」


 なるほどね、感情的になって勝負に乗っかったわけじゃないのか。

 レインはきちんと勝算を確認し、勝ち筋を抑えて、確実に勝とうとしている。


「そこまでして叶えたい願いがあるってことだよな」

「ああ。人間なら、誰しもが多少はあるんじゃないか?」


 思わずこぼれた言葉に、レインが即答する。


「あ、悪い。詳しく聞こうってわけじゃないんだ」

「ありがとう。私もそうしてくれると助かるよ」


 王子様のような微笑みを浮かべて、彼女は唇を動かす。


「せっかくだ、君の願いもあの神様に叶えてもらうかい? もちろんそれ以外に、私個人からきっちり謝礼は贈るよ」

「ははは……願いねえ……」


 この世界の神様は、みんなが万能で全知全能ってわけじゃない。

 ヴィクトリアさんなんておつりしょっちゅうもらい忘れるし。連絡漏れもあるし。

 だから気づけば、神様は願いを叶えてくれる存在ではなくなっていた。


 相当に高位の神ならば、時空を捻じ曲げて願いを叶えてくれるのかもしれない。

 もしもそういう神様にお願いできるのなら――


「俺がいない状態でやり直してほしいとかかな」

「え……?」


 ぽつりと垂れた俺の願い。

 レインが目を見開いた直後、俺は首を横に振った。


「でもまず、確実に勝つところからじゃないとなあ。背信者たちの拠点に奇襲をかけるの? 俺攻撃作戦の内容何も知らされてないんだよね」

「あ、ああ。そうだったのか……おおむね想像通りだよ、山間の拠点を私たちで叩く」


 王道の奇襲作戦というわけか。

 ま、あのショタ神様のことだし、使っても使わなくてもいい伏せ札を何枚か仕込んでそうだけどな。


「幸いにも敵幹部は既に捕縛されているから、今回はほぼ掃討戦になる見込みだよ」

「幹部……汚泥のカウントフェイス、ってやつか……?」


 レインは小さく頷いた。


「強力な魔導器を使っていたらしいね」

「そこそこだよ、あれより強力な魔導器なんていくらでもある……」


 俺はそこで言葉を切り、数秒黙り込んだ。

 湖のほとりで彼が呟いた、神への怨嗟。

 決して他人事ではないその声は、今でも明確に思い出せる。


「あいつ、元気そうだったか……?」

「……まだ捕らえられたばかりだし、戦闘の負傷もあったから、今は治療中だったよ。聞き取り形式の取り調べは行われているけど、黙秘権を行使してるらしい」


 そうか、拷問とかされてはいないのか。

 良かった、と安堵の域がこぼれる。


「気になっていたのかい?」

「ん、ああ……そう、だな……」


 流石に敵を気にかけるのは良くなかったか。

 そう思い歯切れの悪くなる俺だったが、レインは意外にも優しく微笑んでいた。


「優しいんだね、君は」

「え……いや、そんなことねえよ。あいつをボコボコにしたの、俺だし」

「戦いの結果に過ぎないだろう。自分に襲い掛かってきた、自分の知り合いを害そうとした敵に、普通心配は寄せられない」


 それはそうだと思う。

 でもあいつの事情を知ってしまうと、どうしても手放しに悪だと断じることはできなかった。


「作戦の決行は近い。当日の攻撃部隊の編成には、私の方から君と一緒になれるよう進言しておく」

「お、おお。何から何まで悪いな」

「気にしないでくれたまえ。労力を払っているというよりも、しょせんが特権を活用しているだけだからね」

「……なるほど」


 今の彼女の言葉を聞いて、自分の中で納得がいった。

 頭のどこからずっと、勇者である彼女と自分が仲良くするのは無理だと思っていた。

 それは元居た世界の勇者たち、すなわち俺が殺し合い、その悉くを殺害してきた連中のイメージが強かったからだ。


 でも、レイン・ストームハートは違う。

 彼女は絶妙なバランス感覚で、人々の希望の象徴でありつつ、現実的に地に足の着いた行動を起こしている。


「いいな、その言い方」

「ふふ、他の人には内緒にしておいてほしいな」

「(勇者としては)すごく好きだよ」

「………………………………………………………………」


 勇者レインは数秒硬直した。

 目を見開いて俺を凝視した後、彼女の体はそのままゆっくりと後ろへひっくり返っていった。

 ……え!? 何!?


「おい急にどうした!? 大丈夫か!? なんか持病とかそういうの!?」

「ふ、ふへへ……幸せ過ぎて『色』が聞こえる……」

「えっ頭の病気!?」


 俺は慌てて彼女を抱え、病院に駆け込んだ。

 異常はまったくなかった。

 レインからは平謝りされた。


 むしろ彼女を抱えて運ぶ俺が目撃されまくったため、『F級が勇者を誘拐しようとした』という根も葉もないうわさがしばらく流れ、俺は月のある夜もめちゃくちゃ怯えなくてはならなくなった。


 情けは人の為ならずとは言いますが、情けないのは俺の社会的信用だったというわけですな。トールでした。



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