第21話 女神様のお手伝い(前編)
今日もゴミ拾いや! とビルの更衣室に堂々の出勤を決めた俺。
ちなみに当然ながら事務室なんて上等なものはないので、更衣室入り口でタイムカードを切っている。
「おはようございます、トール君」
だがドアを開けた先には、天女のように羽衣を身に纏ったヴィクトリアさんの姿があった。
なんちゅう場所で出待ちしてるんだ。ていうかこれ出てくるんじゃなくて入った先で待ってたから出待ちじゃないわ。何? 待ち伏せ? 兵法かよ。
「他の人が入ってきたらどうするつもりだったんですか……」
「いえ、この次に来るのはトール君だと分かっていたので」
「お、神様の予言的なやつです?」
「シフト表です」
シフト表かあ~。
予言よりは正確かもな。
「で、何の用ですか。俺は今日も今日とて街や皆さんの心をピカピカにしなきゃいけないんですけど」
「それについてですが、本日は別の業務をお願いしたいと思っています」
「ッシャァァッ!」
「内心ではゴミ拾いのことめちゃくちゃ嫌がってますよね?」
半眼になってこちらを見てくるヴィクトリアさん。
おっと危ない危ない、正直すぎる反応をしてしまった。
「まあ、何にしても着替えてもらう必要はあるので、詳しい話はその後にしましょう」
「あー、なんか別の場所の掃除とかですか」
「いいえ? 作業服ではなく、今日のトール君のお召し物はこちらです」
そう言って彼女がどこからともなく取り出した衣服を見て、頬がひきつる。
「今日ばかりはびしっとしてもらわないといけませんからね」
笑顔を浮かべるヴィクトリアさんに、これは多分、まあまあ面倒くさいやつだなと俺はすべてを悟った。
◇
更衣室でヴィクトリアさんが用意してくれた服に袖を通した後。
俺は彼女と共に馬車で移動し、クラーク領の辺境にある離宮まで来ていた。
大戦神クラークは領内にいくつかの宮殿を持ち、それらを数か月ごとに移り住みながら暮らしている。
これは贅沢してるとかではなく、大戦神クラークは戦いそのものを司る都合上、ただ生きているだけで周囲を破壊してしまうのだ。
離宮はあくまで、大戦神による破壊の影響を最小限に押しとどめるための檻。
そして大戦神クラークが別の離宮へと行っている間に、よくて半壊悪ければ更地になっている離宮は大慌てで復旧作業を受けることになる。
……らしい。馬車の中でヴィクトリアさんに聞いた話だ。
全部初耳である。生きてるだけで宮殿をぶっ壊すって、端的に言って迷惑すぎない?
「というわけで、私たちが向かっているのは来月クラーク様が移り住まわれる、次の宮殿です」
「次に壊される可哀そうな建物ってことですか?」
「そういう言い方はやめなさい、トール君。事実ではありますが……」
流石に神様たちを従える神様相手だと軽口もよくないのか。
改めるつもりはないけど。
「で、まだ大戦神クラークが来てるわけじゃないんですよね? なんだって正装しなきゃいけないんですか」
「清掃員だけに、ってことですか……?」
「張っ倒しますよあなた」
今俺は、ヴィクトリアさんが用意したダークスーツに身を包んでいた。
シャツもベストもネクタイも靴も真っ黒である。
誰がどう見たって、秩序を守る側の人間ではない。
「今回のトール君は、私のボディガードです」
「俺みたいなやつを連れて行っていいんですか? その、二つ意味がありますけど、どっちともです」
一つ目は俺がF級であるということ。
二つ目は俺が元魔王であるということ。
どっちみち、神々視点に立てば鼻つまみ者もいいところ。っつーか出禁で当然だろ。
「ああ、それは心配しないでください」
流石に対策はしてるらしい。
彼女は腕を組み、フンスと自慢げな表情を浮かべる。
「誰もトール君のことを知らないので、隠し通せばいけますよ!」
「正気かコイツ」
流石に敬語すら剥がれ落ちた。
嘘つき続けたらバレないでしょ、ってことだよね? 子供の考えるやつじゃん!
「流石に別の人呼んだ方がいいですよこれ」
「そ、そんなこと言わないでください! トール君ぐらいしか頼れる人がいないんですッ」
縋りつきながら放たれた思いがけない言葉に、一度心臓がドキッとした。
しかし、よくよく考えると……
「あこれ字面通りに、俺以外に知り合いがいないってこと……?」
「ハッキリ言わないでください~~!」
一瞬ドキッとして本当に損した。
馬鹿馬鹿しい。帰ろうかな。
俺が本気で帰宅を検討している間に、馬車がゆっくりと減速して停車する。
窓の外を見ると、山を切り開いた広大な敷地の中に建つバカデカい宮殿の姿が見える。どうやら到着してしまったようだ。
「では行きますよ!」
「へいへい……」
ここまで来てから逃げるのは、流石にヴィクトリアさんが哀れすぎるか。
俺は覚悟を決めると、馬車から降りて彼女と共に歩き始める。
「俺のことを知らないっていうのは、本当に知らないってことでいいんですよね?」
「はい、トール君の掃除中の姿を見かけたこともありませんし、元魔王である情報も共有されていない……なんていうかこう、中心部では暮らしていない、それぞれの割り当てられた場所で暮らしている神々が集まっているんです」
「格下ってことすか?」
「絶対に言わないでくださいねそれ」
屋敷の正門を抜け、迎えてくれた使用人さんたちの間を進む。
自然と俺たちの声は落ちていった。
「で、そんな連中相手にどんな要件なんですか?」
「色々と……まあ端的に言えば査察ですね。様子のおかしい神がいないか、見て来いっていわれたんです」
「ふーん……」
納得した、という具合の相槌を打つ俺だったが、脳内では全力でハテナマークが浮かんでいた。
つまりこれ神から神への内偵捜査ってことだよな。
そんな仕事を、女神になったばかりだっていうヴィクトリアさんに任せたのか?
どうも俺が思っているより、ヴィクトリアさんは価値のある神なのかもしれない。
経歴とは別に何かあるのだとしたら、権能。あるいはそもそも、新しい女神だっていうのが嘘か。
……俺が判断できることじゃないな、これはいったん置いておこう。
気にするべきことは別にある。
わざわざこんな指令が下される、ってことは。
「怪しいやつがいるってことですよね」
「そういうことですね……」
やっぱり面倒ごとだった。
「私たちは神として、人間と接するときに一定のルールが……いわば縛りが課されます。何もかもを与え、何もかも授けるわけにはいきません」
「そりゃそうでしょうねえ」
「ですが自分のお気に入りの人間にすべてを与えて、可愛がろうとする神も定期的に現れます」
「そこのルールを破ったやつがいるっつーことですか」
ヴィクトリアさんは無言で頷いた。
俺は嘆息して、意識を切り替えた。
どうもこれはまじめにヴィクトリアさんの仕事を補佐する必要がありそうだ。
ならば、手を抜いている場合じゃない。
俺は服装に合わせて前髪を持ち上げ、オールバックの形にする。
「こちらの広間に、皆さん集まっているようです。一応名義はパーティーですからね」
「ええ、分かっていますよ」
柔らかく微笑み、ヴィクトリアさんの腕を取りエスコートをいつでも始められるよう構えた。
女神様は腕と俺の顔を交互に何度か見て、ゆっくりと顔を赤く染める。
「え? え? え? ……え?」
「どうかされましたか、ヴィクトリア様」
昔取った杵柄ってやつだ。
秩序を守る側だった頃は、女性のエスコートの仕方を体に叩きこまれたものである。最近はすっかりやる機会もなかったが、体が覚えているものなんだな。
「さあ、行きましょうかヴィクトリア様。皆さんがお待ちになっておられますから」
「ちょ……ッ、ち、違ッ、こんなのトール君じゃない! 助けて! ギャップで殺されちゃう!」
人がせっかく気合入れてやったのになんて言い分だ。
俺は彼女を半ば引きずるようにして、こうなりゃ思いっきりやってやるぜと、半ばヤケになって広間へ入ってくのだった。
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