第22話 女神様のお手伝い(後編)

 普段暮らしている街からは少し離れた場所にある離宮。


 縦にも横にも広い広間では、ヴィクトリアさんと同様に確かな神威を感じる神々があちこちで歓談していた。

 姿かたちこそ人間に寄せ、二足歩行かつ衣類を着用しているものの、見た瞬間に感覚が理解する。


 今この広間においては、人間よりも神の方が割合として大きい。大気を構成する物質のバランスは、神気にあてられて完全に崩れている。

 常人が入れば神経がやられて、数分ぐらいで立っていられなくなるだろう。


「…………」


 俺は他の神々の護衛たちと同様に、護衛対象である神に近すぎず遠すぎずの位置をキープしながら、パーティーの邪魔にならないよう気を配っていた。

 顔には薄い笑みを張り付けたまま、俺以外の人間たちの顔を横目に確認する。

 どいつもこいつも神々の護衛として連れてこられているだけあって、表情一つ乱れがない。


 逆に、新顔である俺に対してもちょくちょく視線が飛んできていた。

 それは同じ護衛たちからだけではなく、パーティーに興じている神々からもだ。

 どうやら自分の護衛を見せびらかす場所でもあるらしい。


「それにしても、一段とお美しくなりましたね」

「いえいえ……」


 俺を連れてきた女神は、他の神々に囲まれて微笑んでいる。

 主観的な判断と言われたらそれまでなのだが、会場で最も目を引く女神は彼女だ。

 なんというか、華がある。日頃の言動のせいで忘れそうになるが、めちゃくちゃキレイな神様なんだよなヴィクトリアさん。


 今のところは、いたって普通に世間話をしているように見える。

 だが彼女の意識は、注意して読み取れば、常にとある神へと向けられていた。


 そいつは会場の片隅で、誰かと話すこともなくちびちびとグラスの中身を減らしている男神だった。

 先日街中で喧嘩を吹っ掛けてきたやつと比べて、覇気がない。常に周囲の様子をうかがっている。

 言われてみれば、なるほど、何か後ろめたいことがありますという態度そのものだ。


(トール君トール君)

(ん?)


 情報収集中であろうヴィクトリアさんが、俺をチラチラ見てきた。

 俺はアイコンタクトを返す。


(どうかしましたか。ヴィクトリアさんが見張りたい奴は分かりましたけど、今のところはキョドってるだけで変なことはしてないっすね)

(み、皆さんが全然放してくれなくて、任務ができません~~!)


 モテすぎて任務失敗する女スパイ、控えめに言っても無能すぎるな。

 俺は一つ嘆息した後、気持ちを切り替えた。

 どうせ今の俺は、Fの清掃員トールではない。目立たないよう隅っこにいなきゃダメってわけじゃないんだ、彼女のためにも一肌脱ぐとしよう。


 ヴィクトリアさんのもとを離れて、監視対象である男神へと近づく。

 護衛であるはずの俺が役目を放棄していることに、いくらかの神が気づき、興味深そうな目を向けてきた。


「失礼、ご気分がすぐれないようで」

「え……」


 話しかけられると思っていなかったのか、男神がビクと肩を跳ねさせる。

 さて、問題はここからだ。


 ヴィクトリアさんは細かいところを何も話してくれなかった。

 恐らくは俺を本当に単なる護衛として連れてくるだけのつもりだったのだろう。


 しかし、背信者たちへの大規模攻撃作戦は近々行われることが確定している。

 それに協力する彼女をわざわざ駆り出した、というところには一つの意思が見えた。

 疑われている神は、背信者たちとつながっているから、ヴィクトリアさんが対応することになったのだろう。


 と、なればまあ。

 こういうやり方になってくる。


「関わったのは、神をも殺す毒の開発ですか? 聖騎士には通じていましたよ」

「…………ッ!? そ、それは何の話だ? 護衛に戻りたまえよ」

「そうですね、護衛には戻った方がよさそうです」

「は……?」


 正直、もっと詰問していく必要があるのかなと思っていたんだけど。

 俺がこの男神に問いかけを発した瞬間、突如として膨れ上がった殺気が俺へと向けられていた。


「協力者してくれた神様相手すら口封じか」


 男神の眉間めがけて飛んできたボウガンの矢を、素手で掴み取る。

 いいエイムだ。広間上層の窓を破ってきたそれの射線を読み、射手がいるであろう場所を見つめた。

 同時、矢から伝わってくる呪詛。俺の体を焼き尽くそうとするそれは、上から更なる呪詛ですり潰す。


「狙われる心当たりは?」

「……ッ! ち、違う! 人間の手では扱えないような代物のはずだったんだ! 俺が個人で使うためにちょうどいいから、研究の支援をしただけで! 本当に人間が神殺しを可能にするなんて……ッ!」


 なんて自分勝手な言い分だ。

 っていうか個人利用はしようとしてたんかい。


「神への殺傷能力を持たせた矢だ! 当たると死ぬぞ!」


 矢を捨てて足で踏み砕きながら、会場に響き渡るような大声で叫ぶ。

 神々はまちまちだったが、護衛たちの反応は早かった。いち早く自分の神を伏せさせ、クリアリングしつつ退避を開始する。


 だが、続けざまに降ってきた矢は数本だけだった。

 初撃を防がれた時点で逃げることを選択したらしい。


「トール君!」


 そんな中でこちらに駆けてくる、世界最高の女神様。

 怯えた表情を浮かべる男神を、一応逃げ出さないよう注意しながら、俺は考えをまとめようとする。


「ヴィクトリアさん、口封じってことは、こいつは……」

「何をぼさっとしているんですか! 追いかけますよ、追いつけるでしょう!?」


 考えをまとめてる暇なかった。

 えぇ……人使いが荒すぎるでしょ……


 ◇


「なんだあいつは……!?」


 離宮に侵入していた背信者たちは、恐怖に表情をこわばらせながら逃走経路を走っていた。

 ありえない光景だった。

 未完成とはいえ、神にも十二分な殺傷力を得ている毒の矢だ。


 その試運転を兼ねて、愚かにも集まった神々のうち、適当な個体を殺す。

 あわよくば、その中に紛れている一時的な協力者であった神も、口封じに殺す。

 彼らが命じられた任務はおおむねそのようなものだった。


「素手で受け止めて無事なはずがない……それも、人間に……!」」


 だが放った矢は、護衛として来ていたらしき黒髪赤目の男に素手で受け止められた。

 明らかに、効力は発揮されていた。それを無理矢理にあの男がねじ伏せたのだ。

 挙句の果てには、遠距離から狙撃していた自分を、確かににらみつけた。


 心臓を直接つかまれたかのような感覚が、迅速な撤退を選ばせた。

 用意している経路を進めば、ごく普通の馬車に偽装した仲間の運び屋が待ってくれている。そこまで行けば問題はない。


 そう思っていたのに。


「立ち止まりなさい!」


 どうやって先回りしたのか、進む先に一柱の女神が立ちはだかっていた。

 最も目立っていた神だ。

 こんなにも美しい存在がいるのかと、敵対する側であるにも関わらず心奪われそうになった、絶対的かつ圧倒的な神秘の美貌。

 特筆して警戒するべきと情報が与えられている女神、ヴィクトリアだ。


「この、撃てぇっ!」


 背信者たちは半ば恐慌状態に陥りながら、それぞれがボウガンを構えて矢を放った。


「えっいきなり撃っちゃうんですか!? きゃあ……っ!?」

「『狂影騎冠リベリオエッジ』」


 女神ヴィクトリアめがけて射出された数本の矢。

 神殺しの加護を纏ったそれらは、狙い過たず彼女の体を貫き行動不能にさせるはずだった。

 しかし寸前で生じた怨嗟の焔が、壁となって矢を阻み、あろうことか込められた呪詛ごと矢を腐敗させ、消滅させた。


「な……!? 何が起きた!?」

「失礼ながら、お覚悟を」


 返答になっていない、低く酷薄な声が聞こえた。

 気づけば天地が逆さになり、背信者たちは地面へとひっくり返っていた。

 すれ違いざまの拳の一撃で叩き伏せられたのだ、と鼻っ面の痛みが訴えている。しかし衝撃に揺らされた脳は、それをなかなか理解できない。


「狙う神を間違えましたね」


 彼らが最後に見たのは、あおむけに倒れる自分たちを覗き込む、鮮血を煮詰めたような真紅の双眸だった。

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