第23話 女神様の願い事

 離宮を襲った背信者たちは無事に捕縛した。

 負傷者も出ておらず、上々の結果だろう。


「本当に、こんなふうに……武器として運用されるなんて思ってなかったんだ」


 背信者たちとの内通を認めた男神は、震えながら罪を告白した。


「あの毒をどうやって作ったのかは、これからすべて話してもらいますからね」


 ヴィクトリアさんの言葉に、彼は力なく頷く。

 欲が身を滅ぼすのは、神様でも同じなんだな。


「さて、トール君。今回はよくやってくれましたね」


 連れて行かれる男神を見送った後、ヴィクトリアさんが笑顔で言う。

 確かに今回、正直俺はいい仕事をしたと思う。

 護衛役をやりつつ、ヴィクトリアさんの狙いであって内通者の確保も行い、口封じを防いで刺客を捕らえることに成功した。


 冷静に考えると全部俺のおかげじゃねーか!

 これもうお小遣いアップでいいでしょ。めっちゃ酒飲んじゃお。


『一体全体彼は何者なんだ……?』

『ヴィクトリア殿はまだ新参だろう、どうやってあれほどの強者を?』


 内心で皮算用をしていると、周囲の神々の話し声が聞こえた。

 おっと、注目されるのは苦手だし、目立ち過ぎたかな。

 まあ護衛なんて久々だったし、加減をやり損ねて必要以上に完璧なふるまいをしてしまった自覚はある。


「……俺の正体をババーンと明かすって予定はないんですよね?」

「もう、ふざけてないで場所を変えましょうか」


 そうおっしゃるなら、女神様の言うとおりにしますかね。


 ◇


 俺とヴィクトリアさんは広間を出て、離宮二階のテラスに来ていた。

 他の神々は事後処理に追われるか広間で情報交換をしているかで、ここまで来ている者の姿はない。

 並んで椅子に座り、俺たちは同時に息を吐いた。


「まさかここまで急戦を仕掛けてくるとは思いませんでした……向こうは焦っているのでしょうか」


 広がる空を眺めながら、ヴィクトリアさんがぼやく。


「どうですかね。狙いが無秩序に神様たちを殺して回りたい、とかならむしろ理想的な動きな気はします」


 先ほどは相手を追いかけることになって思考を切り上げてしまったが、今回の襲撃で色々と見えてきたものがある。

 まずあの内通者である神は、ほぼ確実に大した情報を持っていない。


 口封じに未完成の毒を使うっていう時点で、『殺せるかどうかの試験』も兼ねている。なら、仕留め損ねた時のことを考えなければならない。

 あんな狙撃で完璧に、絶対に、生き残る確率をゼロにしているわけがない。つーか内通してんだから顔を合わせた時にでも殺せばいい。


 要するに今回の襲撃は試験プラスデモンストレーションだったわけだ。

 俺が防いだところで、向こうからすれば一つの失敗に過ぎない。

 計画そのものに大きな影響を与えたというのは流石に無理筋だろう。


 ……という考えを女神様に話した。


「要するには焦ってはいないと思うんですよ。挑発も兼ねてるかも」

「…………」

「逆に言うと焦ってない分、こっちの奇襲作戦はもしかしたらブッ刺さるかもしれないです」

「…………」

「あの、聞いてます?」


 全然返事がこない。壁に喋ってんのか?

 顔を覗き込むと、そこでやっとヴィクトリアさんが瞬きと共にこちらを見る。


「あっ、すみません。その……トール君って、もしかして頭いいんですか?」

「俺のこと馬鹿だと思ってました?」


 透けて見えた認識に愕然とした。

 頭の良さまでナメられるようなことをした覚えはないんだが。


「普段はともかく、今日は本当にずっと賢くないですか」

「普段はともかくって何?」

「騎士の振る舞いからはかけ離れてると思っていたんですが、完璧にこなしてくれましたし」

「騎士の振る舞いからはかけ離れてるって何?」

「失礼ながら、トール君にやってもらうのは荷が重いかもと思っていたので……」

「さっきから本当に失礼なんだよッ! なんで俺へのナメた言動を三連投してきたんですか!? 野球ならアウトですからね!」


 ストレートのみで攻めてきやがって。


「す、すみません……」

「……まあ別に俺だって、普段は騎士みたいなこと全然してませんけどね」


 アルバートを見ていると、俺がいやいややっていた騎士ムーブをきちんと実行できていて偉いなあと思ったりする。

 かなりの不良騎士ではあったからな。やることはやっている……かどうかは怪しいが、とにかく強いという一点だけで許されていた。


「それは、やる機会がなかったからですか? それとも」

「ええ、気持ちの面でそういうことをしたくなかったからですよ」


 だから今日は、自分でもきちんとやれてうれしかったし、驚いたし……少し心の中で、嫌な気持ちになった。

 自分でも感心してしまうほどに、『護衛』という役割を与えられたらそれを忠実に実行できた。

 俺はいつもそうだ。誰かに何かを願われて、それでやっと動ける。


「でも感心しましたよ、騎士の作法も覚えていたようで……」

「演じるのだけは、得意だったんですよ」

「え?」


 言葉はごく自然と滑り出た。

 ヴィクトリアさんに話したことのない、過去の……つまりこの世界に来る前の話だ。


「俺は昔、姉と幼馴染がいて……二人とも、俺を振り回すのが得意で。ごっこ遊びで、二人は変身ヒーローとか、魔法少女とか、そういうのをやるんですけど。俺は毎回やられ役の怪人だったんです」

「…………」

「でも、そうしてくれって言われたら、俺はそれをやりました。爆発する時の悲鳴なんか、すげー上手かったんですよ。自分はああなりたいとか、あの役を演じたいとか、そういうのが全然なくて」


 欲がない、というのは少し美談に寄せすぎな気がする。

 欲とかじゃなくて、俺には何もなかった。

 ただ、大好きな人たちに喜んでほしかった。笑顔でいてほしかった。


「だから姉さんに……一緒に世界を守ろうって言われて、騎士になって……幼馴染に、こんな世界は壊さないとだめだって言われて、魔王になって……」


 守るのも壊すのも俺が一番得意だった。

 思い上がりではなく、あの世界の戦争は俺が味方をした側が勝ったと思う。


 俺は最初に片方を壊滅させて、その後にもう片方を壊滅させた。

 だから、何も残らなかった。

 俺は世界を滅ぼした『魔王』になった。


「……君は世界を守りたかったんですか?」


 ヴィクトリアさんは神妙な表情で、そっと俺に手を重ねてきた。

 神様なのに、人間みたいに温かかった。

 それが無性に腹立たしかった。みんな彼女みたいに優しくて温かくてこちらのことも考えてくれる神様だったらよかったのに。


「いや……違うと、思います……俺は町を守りたかった……」


 子供の頃に姉と幼馴染が大好きだったヒーローたちは、みんな世界のために戦っていた。だけど俺だけは、そうは思わなかった。

 怪人が出てきて暴れるのは町の中。ヒーローが庇ったり助けたりするのは、無力な市民たち。

 たとえ本当に世界の命運をかけた戦いだったのだとしても、実際には町を舞台に、町を守るために戦うのがヒーローだった。


「君が結果として魔王になったのは……」

「ヒーローになりたかった、っていうよりは。ヒーローみたいに、みんなを笑顔にしたかったんだと思います」


 誰かのために、大切な人のためにと。

 誰かはみんな殺して、大切な人はもう死に顔しか思い出せないけど。


 俺は精いっぱいの笑顔でヴィクトリアさんと視線を重ねた。

 彼女の温かい手を、ゆっくり優しく、ほどきながら。


「まあ、だから……ただの清掃員やらせてもらってて、感謝してますよ。もう世界なんて滅ぼしたくないですからね」


 ◇


 数多ある世界には数多の滅びの予言がある。

 それらは神が構築した世界を、大きな厄災が焼き尽くすという内容で一貫している。それを回避することもまた、神々にとって重要な使命だ。


 そしてこの世界――パトリシア・フロントラインの表現を借りるなら縫合不全世界――において。

 滅びの予言とは、元『魔王』トールのことではないかと、一部の神々は噂している。

 でもヴィクトリアは、それは違うと思っている。


 だってヴィクトリアはトールがこの世界に来て最初にしたことを知っている。

 魂を連れてこられた瞬間、彼の眼の前には、同時に他の世界からやって来て壊滅的な被害をもたらしている『泥の巨神』がいた。


 燃え盛る街並み。悲鳴を上げて逃げまどう市民たち。

 まさしく彼の言う『町』が危機に瀕していた。


 ヴィクトリアはその時、新たな女神となるための試験として、彷徨う魂を召喚する儀式の最中だった。

 まったく別の要因で現れた『泥の巨神』によって被害が拡大する中で。


 中断されたはずのヴィクトリアの儀式は、トールの魂を召喚し、その体を再構成した。

 そして彼は半壊した儀式場から、ほとんどノータイムで『泥の巨神』相手に戦いを挑み、激戦の末に勝利した。


 君は胸を張っていい。人に褒められることをしたのだから。

 そう声をかけたいのに、できない。元『魔王』相手に神が友好的な姿勢をとることは禁じられている。今までのヴィクトリアの態度はギリギリだ。


(そんな顔をしないで……)


 ほどかれた手に数秒視線を落とした後、ヴィクトリアはそれでもと、もう一度トールの手を握った。

 びくっと肩を跳ねさせた後、根負けしたように、彼は今度は振り払わなかった。


 今はこれでいい、とヴィクトリアは思った。

 いつか彼が、自分を肯定していける日が来ればいいと。


 祈られる側であるはずの彼女は、そう願っている。

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