第19話 勇者のお手伝い?
神様を殺そうとする連中がいようとも、そいつらとの戦いに巻き込まれようとも、日々は変わらない。
俺はいつも通り、町に出てはゴミ拾いをする日常へと戻っていた。
もちろん、背信者たちへの大規模攻撃作戦には参加することになっている。
現状は指示が下りるまでは待機ということで、今日も今日とてゴミ拾いだ。
「この辺は片付いたか……」
行き交う人々の合間を縫うようにしてゴミを拾い集めること数時間。
朝から午前にかけての時間を費やして、俺は通りをピカピカにした。
すれ違う人も、神も、俺に対して侮蔑の視線を向けてくるのはもう慣れた。
今はただ、俺の手で綺麗になった街並みが誇らしい。
ていうかやっぱ俺が元魔王なのって、知ってる神様と知らない神様がいるよなあ。
「そこの君」
そんなことを考えていると、背後から声をかけられた。
振り向くと褐色の肌をしたイケメンが、両腕に綺麗な女性を侍らせながら、こちらを見ている。
体から垂れ流される神威からして、神様だ。
「どうしました? なんかゴミあったら受け取りますけど」
「ゴミがあるとしたら、君自身だろう」
うおっ、急にすげえ罵倒……ヤバ目の経理ミスをした時かな?
「この俺が通る道なんだ、君のような薄汚い存在がいるのは相応しくない。さっさと消えろ」
男神の言葉に、彼が肩を抱いている女二人も頷く。
神からのまなざしよりも、彼女たちからの視線の方がキツい。
そもそも神様に優しくしてもらったことなんてほとんどないから、神様からどう思われようと――いや、ヴィクトリアさんだけは違うけど――構いはしない。
だが知らない人から嫌われるのは、慣れてもノーダメにはならない。ダメージを受けることに慣れただけで、減るものは減る。
「分かりました、失礼します」
俺は何も言い返すことなく、恭しくお辞儀してその場を去ることにした。
トラブルに発展したら間違いなくこっちが損をする。
つーかF級ってみんなそうだし。それが分かってて、こういう物言いをしているんだろう。タチが悪すぎる。
結局神様っていうのは、人間とは別の存在なのだ。
この男神もまた、侍らせている女たちのことを、快楽を得るために必要な肉塊か何かだと思っているのだろう(ド偏見)。
「いたいたっ!」
だから俺はもう背を丸めてこっそりと、目立たないように歩くしかない。
イメージするのはハムスターだ。気づいたら変な場所にいる、あのワープとしか思えない移動を再現するんだ。俺がハムスターになるために必要なのは可愛さ、つまり……まず……可愛くなるしかないのか……?
「おい、そこの君……君っ! 君だ君!」
ていうかさっきの、男神が侍らせてた女二人、冷静に考えると超勝ち組なのか。神様に気に入られてるわけだし。どうやって取り入ったんだろう、ちょっとコツとか聞こうかな。俺ももっとヴィクトリアさんに気に入られたい、お小遣いを増やしてほしい。
「だから、君だってば!」
「うおッ」
この場から立ち去るべくスタスタと歩いていた俺だが、急に腕を掴まれて思わずひっくり返りそうになった。
何事!? 敵襲!?
勢いよくガバリと振り向けば、紅髪の少女が頬を染めてこちらを見ている。
「す、すまない急に。その、まだ名前を知らなかったものだから……」
勇者様だった。
間違いなくこの街で最も有名な人間、確か名前は……
「レイン・ストームハート?」
「うっ!? き、君は私の名前を憶えてくれていたのか……」
彼女の顔色が赤くなったり青くなったりする。
知育菓子みたいで面白いな。
「その、君の名前を聞いても? ああいや、今更変な話だよな、すまない。それに、二人で話したことがあるわけでもないのに、嫌な気分にさせていたらすまない」
めっちゃ謝るじゃん……え? なんか印象と違う。
仲間と一緒の時って、もっとこう、堂々としている人だったと思うんだけど。
「ええと、俺はトールっていいます。見ての通りF級なんですが……」
ちらりと周囲に視線を巡らせた。
当然ながら、彼女が勇者であることはその特徴的な紅髪から明白。
過ぎ去る人々は、勇者と清掃員が何を話し込んでいるのかと訝し気だ。
「あの、ちょっと、近いっす」
「え? ……あ、ふああああっ!?」
俺の腕をつかんで引き留めたのもあって、ほぼ密着状態だった。
周りの人たちが戸惑っていたのはそれもあるだろう。
勇者レインは顔を真っ赤にして俺から数歩離れた。
「こ、こ、これは違うんだ! ああいや、失礼した……!」
「……いえ、大丈夫です」
さっきからこの人ずっとテンパってるけど大丈夫か?
というか、何の用があるんだろう。
「え、ええと……と、トール君、でいいだろうか」
「それで大丈夫です。こっちは、レイン様とか、レインさんとか……?」
念のために下手に出た瞬間、彼女はくわっと目を見開いた。
「いっ、いらないっ! 様もさんも、というか敬語だって不要だ!」
「あ、そうですか……じゃない、そうか」
それは助かる。
俺は敬語が苦手だ。他人に敬意を払うのが苦手だ。
自分の方が偉いと思っているわけではなく、俺がとても礼儀知らずの怠け者であるためだ。
「じゃあ、えっと……レイン?」
「……きゅう」
変な声を上げて、勇者レインはたたらを踏みながら数歩後ずさった。
別に俺はレバーブローとか入れてないんだが。
「その、レイン? 俺に何か用があったんじゃないのか?」
「え、あ、いや、見かけた、から声をかけようと、思って……」
一体全体、どうしてしまったのか。
美少女の赤面は見ていて可愛らしいものの、俺と話している途中にそうなると、自分が何かしてしまったんじゃないかと不安になる。
ていうか普段の、人々の前で勇者をやってる彼女を知ってるから、ますます心配だ。
体調が悪いとか、本当は俺に怯えてるとか、色々と考えられるんだけど。
「勇者レイン・ストームハート」
どうしたものかと俺までわたわたしていた時、荘厳な声が響いた。
顔を向けると、先ほど俺に失せろしてきた男神が、女二人を横ではなく背後に連れて歩いてきていた。
「んっ……あなたは、ええと。先日の晩餐会でご一緒しましたよね?」
途端、レインが勇者モードを発動した。
先ほどまでと違い、目がキリリとして、表情が堂々としたものになる。頬の赤みもサッと引いていた。
切り替えスゴ!
「そうだ。不躾にも、お前はこの俺と閨を共にすることを断った」
男神はそんなことを言い始めた。
えぇ……フラれてるじゃん……
「お誘いは嬉しいが、私は人々のために戦う存在ですから」
あまりに最悪な発言を受けても、勇者レインはその表情を崩さない。
立場が立場なだけに、もしかしたら慣れてるのかもしれない。
「大戦神クラーク直々の行動ライセンスがあるからといっても、所詮は人間。俺のモノになれといえば、俺のモノになるのが筋であろうに……」
男神の気配に、チリチリと焦げたような感覚が混じり始めた。
それは要するに、戦闘の予兆である。
「そんな内輪もめをしている場合ではないと思いますが?」
勇者レインの言葉は本当にごもっともだ。俺も完全に同意。
「無論、俺とて野蛮な真似はしない。ここは狩りの成果で競うとしよう」
「狩り?」
「近々行われる背信者への大規模攻撃作戦、君も参加するのだろう。そこでどちらが多くの獣を狩ることができるか、勝負だ」
決闘イベントだ。
なんか俺とは全然関係ない場所で決闘イベントが起きてるぞ。
「……私が負けたら、私はあなたのモノですか。見返りは?」
「俺をなんだと思っている? 願いを叶えてやるさ」
男神がドヤ顔で言い放った。
これ傍から見てるとこんなに理解不能なイベントなんだな……
「……願い、ですか」
一瞬だけレインの声が低くなった。
「分かりました、受けましょうその勝負」
「い゛っ……!?」
受けんの!?
とても冷静とは言えない判断に、思わず悲鳴が漏れた。
だが驚愕はそれだけでは終わらない。
「ただし私は一人だけ仲間をつけます」
「いいだろう。あの戦士や魔法使いは確かに上質だが、取るに足らん」
「いえ、いつもの二人ではありません」
レインが、こちらを見た。
男神も、遅れてこちらを見た。
いやいや。
いやいやいやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや!
「トール君、手伝ってくれないか?」
「なんでぇッ!?」
俺の悲鳴が甲高く響いた。
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