元魔王、来世のためにゴミをひろう~世界を滅ぼした罰として社会奉仕することになった~

佐遊樹

第1話 街も心もピカピカに

 社会奉仕活動することになった。

 三千万年ぐらい。


「三千万年ってどれぐらい長いんだ……?」


 半年ほど町のゴミ拾いやら窓拭きやらをしていて、ふと気づいた。

 完全に清掃員のお兄さんと化している俺だが、このまま三千万年待とうにも自我を保てるのだろうか。


『この間ウチの神様がさあ』

『え~あそこ行ったんだ、美味しかった?』

『東の方で未確認の竜が暴れてるらしいね』


 楽しそうに行き交う人々でごった返す石造りの街。

 クラーク領中心部のこの場所で、俺だけが浮いている。


 真昼間によくわからん男が、作業着姿で、ゴミを拾い集めるべく清掃用トング片手にうろちょろしているわけだ。

 そりゃ馴染まないよな。


 そんなことを考えながら、目を皿にしてゴミを探している時だった。

 ふと視線を感じた。

 顔を上げれば、冒険者らしき軽装備の男がこちらを睨んでいる。


「おい、これ捨てとけ」


 男は手に持っていた空き瓶を、勢いよく投げつけてきた。

 投げ渡すというかいうレベルじゃない。顔面コースだ、直撃すればひどいことになるだろう。


「ご協力ありがとうございま~す」


 しかしこれぐらいの速度ならどうということはない。

 俺は瓶をパシッとキャッチして、そのまま手元のゴミ袋に投げ入れる。


「チッ、F級のゴミが街を歩くなよ」


 男は忌々しそうに舌打ちすると、捨て台詞と共に立ち去って行く。

 町の隅っこでひっそりゴミ拾いしている健気な俺相手に、なんてひどい所業だ。

 背中にそう言い返してやりたいが……俺はそんなことができる立場ではない。


 拳を振るわれても、避けたり防いだりはするが、やり返しはしない。

 侮辱の言葉をぶつけられたら、黙って聞き流すのみ。

 そうしなければ、俺はこの街にはいられない。


 内心の『絶対に許さないリスト』ばかりが分厚くなっていくが……そういう生き方をしていくと決断したのは俺だ。

 今の俺は、街並みと人の心をピカピカにする清掃のお兄さんである。


 決断の責任を取れるのは、決断した本人だけだ。

 俺が決めたことなんだから、ちゃんとやらないとな。


 ◇


 本日のゴミ拾い作業を終えて、退勤の時間を迎えた。

 拠点となっている清掃商会の入っている雑居ビルは、幸いにもシャワーつきの更衣室を備えている。三つだけだが。


 シャワーを浴びてゴミの臭いを落とし、私服に着替える。

 姿見で確認すると、鏡に映っているのは天パ気味にもさっとした黒髪と、陰気そうな赤目の男だ。

 作業着では色々と絡まれがちだが、私服になると一転して地味過ぎるのが俺の特徴だ。プラスがないなこれ。


「くたびれた顔ね、トール」


 うなだれながら更衣室を出ると、即座に声をかけられた。

 振り向けば、黒いドレス姿の美人が、腕を組んでこちらを見ている。


「うるせえよ。超男前だろ」


 俺の同僚……同僚?

 一緒に清掃作業しているわけではないが、同じくF級のゴミクズ女だ。


「大体、パトリシアだってちょっと疲れてるじゃねえか」

「そんなことないわ。今日は調子が良すぎてびっくりしたぐらいよ」

「魔導器量産に調子とかあるんだな……」


 彼女、パトリシアは元悪役令嬢らしい。

 清掃を担当する俺とは違い、彼女は魔法使いとしての卓越した技量から魔導器の量産を仕事としている。

 仕事としているというか、罰としてやらされているのだ。


 俺とパトリシアは、この世界においてF級という身分に割り当てられている。

 F級とは、前世で他者や社会に対して重大な損害を与えた人間が割り当てられるランク帯である。

 俺以外にも町で清掃活動をやらされている人はいるが、その人たちも漏れなくF級だ。


 目の前にいるパトリシアなんかは、自分が生まれた国を一人で滅ぼしてしまったんだとか。

 俺もそれに近い罪状があるために、清掃作業を命じられている。

 そうしないと来世が最悪のままだからね。


「それで、考えてくれたかしら」

「え? 何がだよ」

「私と組みなさい。私とあなたが組めば、この世界を支配する側になれるわ」


 俺とパトリシアは、退勤が被って顔を合わせることが多い。

 そのたびに彼女はこうして、俺に誘いをかけてくる。


「めったにないことだからありがたく思いなさい。あなたのことは気に入ってるのよ」

「そりゃありがたい。金でも借りておこうかな」

「馬鹿言うんじゃないわ、私の方が借りたいぐらいよ」


 同じF級同士、貧乏なのは変わらないようだ。

 パトリシアほどの美貌があれば、パトロンになりたい男が言い寄って来ても不思議じゃないのだが……まあ気に入らない相手は消し飛ばすタイプだしなあ。


 根本的にこの女は、他人を下に見ている。

 常に上から目線で傲岸不遜、何もかも思うがままに進むことを前提としているクソ女。こんなのに滅ぼされた国が哀れでならない。


「まあ金はいいや、お誘いはありがたいけどいつも言ってるだろ? 俺は来世をちゃんとしたものにしたいんだって」


 流石に次ぐらいは幸せに暮らしたいものだ。

 よって、前世と来世の狭間にあるこの世界で俺がやることは、きちんと社会奉仕活動をして罪を清算すること。本当にこれで罪が清算できるのかはめちゃくちゃ疑問だが、神様が直々に言ってるんだから大丈夫なんだろう。


「あなたが元の世界で、何をしでかしたかは知らないけど……」

「ん?」

「でも、強いんでしょう? ただ劣悪な、卑しいことをしただけでF級になった顔じゃないわよあなた。何か大きなことをしでかしたんでしょう?」

「……まあ、そうかもな」


 俺の返事を聞いて、パトリシアはふわっと笑った。

 なるほど国を滅ぼしてみせた女だ、と分かるぐらいに美しく、そして怖い笑顔だった。


「だったら当分は一緒ね。待ってるわよ」


 そう言って彼女は、背を向け立ち去っていった。


 ……何をしでかしたか、ねえ。

 俺はパトリシアの背中を見送った後に、息を吐いた。


 雑居ビルの窓から外を見れば、いろんな人たちが通りを歩いている。

 死後の世界とは少し違う、来世に転生する前の止まり木のような世界であっても、変わらず楽しそうにしている。


 元居た世界も……形は違うけど、いろんな人がいて、いろんな生活があった。

 それぞれに幸福があって、それらを守るために戦う人たちもいた。


 俺の罪は、そのすべてを壊したこと。

 元居た国ではなく、世界そのものを滅ぼしたこと。


 魔王と呼ばれた俺は、世界を滅ぼした罰として、明日もゴミを拾うのだ。



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