第2話 美人上司は女神様
「お疲れ様です、トール君」
いつも通りに街のゴミを拾っていると声をかけられた。
普段とは違う、こちらの名前を認識した優しい声だ。
顔を上げれば、眩い金髪を腰ほどまで垂らした美しい女性がいた。
俺の社会奉仕活動を管理する管理官、ヴィクトリアさんだ。
「お疲れ様でーす」
「今日も頑張っているようですね」
そこそこ中身の入っているゴミ袋を見て、満足そうに頷くヴィクトリアさん。
天使の羽衣とでもいうべき白い衣装に身を包んでいる彼女だが、この街ではちょいちょい見かける恰好なので浮いてはいない。作業着の俺の方が浮いている。
おかしいだろ。こっちの……こう……いかにもな神様の方が浮いているべきだろ……!
「トール君はとてもまじめで助かっていますよ。管理官としてはとても楽をさせてもらっています」
「それはよかったです」
管理官とは、F級の人間につけられる監視担当の神様である。
そしてF級というのは、基本的に前世で凶悪犯罪に手を出している人間が基本なので、いざという時に備えて緊急処理を行うのも役目に入っている。
「俺も女神様に面倒を見てもらえるなんて光栄です」
「いや私で10人目ですよね」
「こんな目の覚めるような美人さん相手で……本当に嬉しいですよ」
「え、えぇ? そうですか……?」
ヴィクトリアさんは見え見えのお世辞を丁寧に受け取り、頬を赤く染めて照れ始めた。
よくこれで神様をやれてるな。信仰の言葉でもこうなるのか?
俺とて女性経験豊富なわけじゃない……というかまあ、はい、実際問題としてはありませんけども。
しかしこんな舌先三寸の言葉で照れているようでは、神様としての今後が心配になるというものだ。
「まったくもう、私の魅力を分かってるなんて偉いんですから……」
訳の分からんことを言っているヴィクトリアさん。
しかし、彼女は本物の女神様なので、俺としても覚えがいいのはありがたい。
俺を担当する管理官はこれで栄えある10柱目だ。
みんな余りの俺のぐうたらっぷりというか、やることだけはやるが他には何もしないというスタンスに愛想を尽かして去っていった。
半年間のキル数としては最多記録だそうだ。俺のことはプレデター・トールと呼んでほしい。
今までの管理官、つまり神様たちの考えることなんて想像がつく。
俺の元魔王としての力を、何かに利用したかったのだろう。
だがヴィクトリアさんは違う。今のところは、本当に清掃だけやってる俺のスタンスを高く評価してくれている。
「それにしても、わざわざゴミをトングで拾い集めるなんて非効率的ですよね。トール君はこういうちまちました地味が作業が似合っているからいいですけど」
「えなんか急にすごい悪口言われた」
高く評価……してくれてるんだよな……?
この女神様、新卒みたいな立場らしくて、まだ言葉遣いとか結構あやしいところがあるんだよなあ。
「ゴミ袋の種類も多いですし。こんなに分けてどうするんです?」
「ちゃんとルールに則ってゴミ処理をする、それが社会奉仕活動の基本っすよ」
俺は集めたゴミ袋たちを指さして、本来は行政側であるはずの女神さまへとルールを滔々と説明する。
「クラーク領のゴミ捨てルールは地味に細かいんすよ。燃える燃えないは当然として、資源も分類ごとに色々と捨て方があるんで」
前世のゴミ分別を思い出す程度には細かい。
俺の説明を聞いたヴィクトリアさんは、種類ごとに色の違うゴミ袋を見て、眉根を寄せる。
「燃やせる燃やせないだけでよくないですか?」
「女神さまがなんてこと言うんだ」
俺は真顔になった。
システムを守らせる側のセリフじゃねえんだよ。
「全部燃やせばいいじゃないですか。元魔王なら簡単ですよね?」
「女神様がなんてこと言うんだ……!?」
俺は顔をひきつらせた。
町ごと燃えるわ! システムを守らせる側が破壊を助長するな!
「俺は大丈夫ですって、楽しようとするにしても、力を使おうとは思いません」
念押しに告げるが、女神様は芳しくない。
「そうですか……力を思うがままに振るえなくて、不満じゃないですか?」
F級相手にかける言葉では無さ過ぎた。
確かに俺たちは、管理官の許可がなければ前世通りの力を行使することができない。
「別に問題ないっすよ。そういうカリキュラムなわけですし」
そもそも力を振るえるかどうかなんてどうでもいい。
俺は元魔王だけど、暴力とか支配とか、そういうのに興味なんてないのだ。
「F級の人は、社会奉仕カリキュラムに興味すら示さないのが普通ですが……」
「だってこれやらないと、俺の来世ヤバいんですよね?」
俺の言葉に、ヴィクトリアさんが粛々と頷いた。
「はい、このままだと来世はプラスチック製品になって、何度も砕かれてリサイクルされます」
「初めて明確なリサイクルアンチになりそうだ」
多重死刑宣告、いくらなんでも怖すぎる。
とはいえまあ……F級相手ならこういうのも当然か。
前の9柱も脅し文句言ってきたしな。
「ヴィクトリアさんも大変ですね、女神になって初めて受け持つのが俺でしたっけ? 一発目からF級の担当をさせられるなんて」
「それはまあ、大丈夫ですから」
ヴィクトリアさんは新卒入社のOLだ。
神様になったばかりで俺という案件を担当されて、それでも笑顔を絶やさず真面目にやっている。
本当にすごい神様だし、顔が可愛いなあと思う。
来世で一般人になれるのなら、それは嬉しいことなんだけど。
ヴィクトリアさんみたいな美人とは結婚できないんだろうなあ……
◇
少し話し込んだ後、ゴミ拾い作業へと戻ったトール。
その姿を眺めながら、ヴィクトリアは腕を組んで息を吐いた。
(……本当にトール君は、変わらないですね)
視線の先で、人々に疎まれながらゴミ拾いをしているのが元魔王だとは誰も思わない。
侮蔑の視線を投げつけながら過ぎ去っていく通行人たちの姿に、ヴィクトリアは痛烈な哀しみを覚えた。
人それぞれに連想するものはあるだろう。
だがこの世界においては、『魔王』についての定義はしっかりと定められている。
『魔王』とは、単独で世界を滅ぼすことを可能とする個体の呼び名である。
よって自分の世界を滅ぼしたトールは、この世界に呼び出されると同時に『魔王』の烙印を押されている。
(本来なら……私たち神にとっては、たかが『魔王』であるというだけでは、そこまで問題なわけではありませんが……)
それでもトールが目をつけられているのには理由がある。
元魔王トールは、彼が元いた世界において、神を根こそぎ殺してまで世界を滅亡させた存在だからだ。
単なる『魔王』ではなく、神殺しの『魔王』。
故にトールは、三千万年という到底あり得ない長さの罰を定められていた。
彼の旧管理官9柱がやめていった理由は明白である。
神となって初めて感じる、『自分が殺されるかもしれない』という恐怖に耐えきれなかったのだ。
トールの扱いに困ったクラーク領の領主だったが、新参者であるヴィクトリアが名乗り出たことには随分と安堵した様子を見せていた。
(だけど……)
彼はその気になれば自分を殺せるだろう。
このクラーク領が平穏を保っているのは、彼の気まぐれ一つによるものだろう。
それでも。
女神ヴィクトリアは、自らが女神となる前に知っている。
弱き者のために剣を振るい、憎悪の炎を正義のために燃え上がらせ、神聖な光を破魔のために輝かせていたトールの姿。
(大丈夫ですよ、トール君……私は、私だけは、この世界の中で君のことを……)
女神ヴィクトリアは──自分の唇が微かにつり上がっていることを、ついぞ自覚することはなかった。
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