第3話 勇者様のパレードの横でゴミ拾い

 元魔王である俺にとって、勇者という言葉は因縁深いものだ。

 世界の支配、あるいは破滅を目論むわるーい存在を、光り輝く剣片手に討ち果たす希望の象徴。


 少なくとも俺が元いた世界においては、大体そういう感じだった。

 絵本というよりはゲームによく出てくる概念である。


 当然ながら、世界の破滅をもくろむ俺の前にも、何人もの勇者が姿を現した。

 俺の世界の勇者というのはまあ……単一機構であり、ざっくり言えばマシーンだった。なので全てを殺した。


 どいつもこいつも似たような目で似たようなことを言っていた。

 俺のやっていることは間違っていると。

 全ては、他の世界ですら、我らの『神』の支配と恩寵を受け入れるべきだと。

 何もかもが不愉快だった。拭いきれない良心の呵責を、こんなことを言わせる世界は滅ぼすべきだという理性が上回っていたからこそ、容赦なく殺せた。


 だけど唯一、最後の勇者だけは。

 俺の実の姉だけは、まだ。

 その絶命の瞬間を……俺が殺した瞬間を、明瞭に覚えている。


 だから俺にとっての勇者とは、俺に返り血を浴びせながら微笑む、姉の姿が最初に思い浮かぶのだ。


 ◇


「勇者様の凱旋だ!」


 誰かがそう言った直後、ワッと通りが沸き立つ。

 街路に並んだ人々はつま先立ちになって通りの中心を見ようとしている。


 道端のゴミをせっせと拾い集めていた俺からは、帰ってきた勇者たちの姿など見えない。

 今回は確か、東の方で馬鹿デカい竜が暴れているのを鎮圧しに行ったんだったか。

 興味ないので、普段なら避けて別の場所に行くところ。


 しかしこの通りは、俺がゴミを拾い集める予定だった場所なのだ。

 本来ならこんなにごった返すことのない昼下がりの時間。

 俺が社会奉仕活動としてゴミ拾いをするにはうってつけのはずだったのだが。


「勇者の凱旋、ねえ……」


 俺の声には、思っていたよりも皮肉っぽい、どこか嘲るような色が混じっていた。

 掃除担当者である俺の都合など完全に無視して行われている凱旋パレードは、街路に紙吹雪やら空き瓶やらを撒き散らしている。

 俺からすればハロウィンの渋谷とどっこいどっこいだ。


 こうなっては清掃活動などできるはずもない。

 俺は通りに面した建物に背を預けると、視線を地面に落とした。


 英雄様のパレードに、清掃員用のつなぎ姿は相応しく無さすぎる。

 隅っこで大人しくしておかないと、悪目立ちするだけだ。

 そう思っていたのだが……


「そこの君、ちょっと」


 声をかけられて顔を上げると、そこには赤髪の少女の姿があった。

 口調こそお堅い感じだが、目つきや立ち振る舞いは可愛らしいものだ。


 小柄であるものの、専用に発注されているであろう軽装アーマーが完璧に馴染んでいる。

 アーマーと、背負っている馬鹿デカい大剣さえなければ、日常系漫画の主人公とか言われても信じただろう。

 そう、彼女こそが竜を倒した勇者様だ。


「……うぇっ!?」

「いや、失礼。何度か話したことがあるだろう? 気分がすぐれないのかと思ってね。ここは混んでるから……」


 どうやら隅っこで大人しくしているのがアダとなったようだ。嘘だろ。

 確かにこの勇者様は……なんか酒場とかで見かけた時に、話しかけてくれる。

 誰にでもそうなのかと思ったら俺だけらしい。


 明らかに、目をつけられている。

 まさか俺の危険度を見抜いているのか?

 だとしたら相当に優秀だ。


 ただ……今回は本当にこちらが心配なんだろう。

 勇者様は眉根を寄せながら、こちらの顔を覗き込んでくる。

 同時、彼女のために詰め掛けていた群衆から、冷たい視線が俺へ突き刺さる。


『なんだよあいつ、勇者様の知り合いか?』

『待って、この時間の清掃って……』

『社会奉仕活動か? F級のゴミクズかよ』

『よく表を歩けるよな』


 ほら始まった。

 この世界で清掃活動に勤しむ人間なんていうのは、前世でロクなことをしなかったカスなのだ。俺はカスの中のカスだったので、あと三千万年ぐらいは清掃員をすることになっている。


「ゴミ掃除の最中だったんじゃないか? 邪魔して悪いな」


 どうしたものかと思っていると、勇者の仲間であろう大柄な男が、申し訳なさそうな表情で割って入ってきた。

 何事かと思ったが、どうやら衆目から俺が見えないよう庇ってくれているようだ。


「い、いえ……」

「それと、ウチの勇者がすまん。こいつ考えなしなんだ……おい、少し考えれば、迷惑がかかるって分かるだろ」


 勇者も状況を察したのだろう、顔を青くして俺に頭を下げている。

 俺のように、誰もから見下される立場の人間は、注目されるだけでばっちり不利益なのだ。見られてはいけない闇の存在……まさしく暗殺者である。全然違うけど。


「本当にすまない! アリア、ちょっと……」

「はあ、ほんとアンタってお人好しなんだから」


 勇者たちの後ろにいた、勝ち気そうな女性が、勇者に声をかけられて肩をすくめる。

 それから彼女は、手に持っていた杖を一振りした。


 すると通りに散らばっていたゴミたちがひとりでに浮き上がり、俺が用意していたゴミ袋の中へと勝手に入っていった。

 また空を光が駆け抜け、魔力を散らして眩く、美しく光り始める。

 人々の注意は、あっという間に俺から魔法の輝きへと逸れていった。


「すみません、何から何まで……」

「構わないわよこれぐらい」


 魔法使いの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。

 さすがは勇者様のパーティだ。

 絶対に思うところはあるだろうが、表に出していない。倫理観もいい感じらしい。


「本当にすまなかった。それじゃあ、私たちはこれで」

「いつも掃除ありがとよ」

「変な病気とか気をつけなさいよー」


 三人はそれぞれに別れの言葉を告げて、通りの中へと戻っていった。

 群衆たちも俺の存在など忘れて、パレードに戻っていく。


「ふぃー……」


 勇者ご一行が立ち去った後、俺は大きく息を吐いた。

 さすがに心臓に悪すぎた。


 ああやって仲良くしてくれる人の存在は本当にありがたい。

 ありがたいんだが……


 でも、勇者様なのは勘弁してほしいんだよなあ……


 ◇ 


 元魔王トールがうなだれながらも、掃除に戻るころ。

 パレードを続けながらの、勇者一行の会話。




『うぅ……また名前聞けなかった……』

『なんで竜のブレスには突っ込んでいけるのにここでビビるんだよ。ていうかその関係性の浅さでよく行くな』

『だって……こう……真面目に仕事してるところとか……ちょっと厭世的そうなところとかがぁ……!』

『名前も知るべきだけど、まず何やってF級なってんのか聞かなきゃ、あたしは反対だかんね』

『それはそうなんだけど……それは、そうなんだけどぉ……!』 



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