第4話 元悪役令嬢は容赦ない

「暇ね」

「俺は暇じゃないんだよ」


 今日もクラーク領はいい天気だ。絶好のゴミ拾い日和である。

 雨降ってると本当に死にたくなるんだよな。へばりつくし、流れていくし、臭いもキツイし。

 いいことが一つもない。天気は一月単位で担当の神様が決めているらしいので、もうずっと晴れにしといてくれ。


「天気のいい日は、少し楽しそうね」

「まあ、雨の日が楽しくなさ過ぎるんだよ」


 今日も今日とてゴミを拾っていると、黒いドレスの美少女に話しかけられた。

 F級の俺相手に奇特な……と顔を上げれば、元悪役令嬢のパトリシアである。


「ていうかお前の仕事はどうしたんだよ」


 使っていた箒にもたれかかりつつ、当然の疑問をぶつける。

 前世で一国を滅ぼしたこの女は魔導器の量産を罰としてやらされているはずだ。

 なんか、耐用年数が数千年の電球とかを作ってるらしい。


「飽きたからドローンに自動でやらせてるわ」

「それでいいのかお前」


 絶対に怒られるでしょ。

 罰としてやらされてることを自動化するの、余裕でアウトなんだよ。


「っていうかドローン? どういうこと?」

「高度に発達した科学は魔法と区別がつかないものよ」

「それは科学サイドが言うことなんだよなあ!」

「だってズルいじゃない、あんなに便利なものを私たちに黙って使ってたなんて」


 唇を尖らせるパトリシア。

 氷の彫像、とでも言うべき冷たい美貌の彼女だが、こうしていると感情豊かな面もあるんだな……と思う。


 冷静に考えると──剣と魔法の世界からやって来た女が、ドローンを解析して再現してしまったというのはかなり怖い話なのだが。

 まあこいつならやるだろう、と俺はスルーを決め込むことにした。


「で……何? 抜け出してきたってこと?」

「そうよ。ドブさらいをしているあなたを眺めておこうと思って」

「こいつ……」


 昼間の町並みの中で、黒いドレスは異様な存在感を示している。

 正直こうして話しているだけで、俺にまでチラチラと視線が飛んでくるザマだ。

 恐らく俺が注目を集めているのを、この女は非常に楽しんでいるのだろう。


「性格が悪すぎる……」

「ここに来る前も死ぬほど言われていたわ」

「元悪役令嬢なら、そら言われてただろうな」


 そんな具合にパトリシアと会話をしている、その時だった。 


「お姉さん、そんなやつと話してないで俺らと遊ぼーよ」


 影が近づいてきたので、そちらに顔を向ける。

 俺たちに、いやパトリシアに声をかけたのは、チャラチャラした男三人組だった。


 パッと見て、値段を比較するのも馬鹿馬鹿しくなるぐらいの高級そうな服を着ている。そして派手に着崩している。

 金色のチェーンネックレスってマジで着けてるやついるんだ。


「知り合いか?」

「そう見えるかしら」


 肩をすくめて、パトリシアは首を横に振った。

 男たちは腰に剣を差しているが、冒険者っぽくはない。

 戦い方を義務として習う貴族という感じだな。


「そいつ、昼間っから掃除してるってことはF級のゴミクズだろ?」

「君みたいな美人が話す相手としては、相応しくないぜ」

「不適格だよ不適格。人間とミジンコが付き合うのは無理っしょ」


 オイ一人だけ言い過ぎのやつがいるな。

 とはいれ彼らがF級について貶めれば貶めるほどに、残念ながら自分で首を絞めていることになるわけだが。


「へえ……F級って、ミジンコなのね」


 そーだよそーだよ、と俺など眼中にないまま、リーダー格っぽい男がパトリシアの肩に手を回そうとする。

 刹那、バチリと黒い火花が散ってその手が弾き飛ばされた。


「な……!?」

「残念ながら、私も彼と同じF級よ」


 満を持しての種明かし。心なしかパトリシアの表情も、普段の鉄仮面モードより遥かに冷たい感じがする。

 結構怒ってるのかもしれない。だとしたらさっさと帰った方がいいぜ君たち。

 パトリシアの怒りを買うなんて、人生最悪の思い出作りになってしまうぞ。


「えぇー……もったいねえなあ」


 防御魔法に弾かれた手をぱたぱたと振った後、リーダー格の男はまた口を開いた。


「んじゃあさ、一晩いくらよ」

「は?」

「F級でしょ? 金困ってるだろうし、欲しくないわけ?」


 すげえ、最悪の向こう側に行きやがった。

 何かのタイムアタックでもしてるのか?


「いくら、か……そうね。安くないわ」


 ビキバキと、音がする。

 決してパトリシアの額に青筋が浮かぶ音ではない。

 彼女の身から発せられる魔力の影響で、周囲の建物や道路がひしゃげていく音だ。


「……え?」

「たくさん悲鳴を聞かせてちょうだい。それで生きていたら、一晩相手してあげるわ」

「え、あ、いや、F級、って……魔法……使えない、はずじゃ……」

「そうね、力を制限されているわね。私は、制限されてこれよ」


 パトリシアは残酷なまでにきっぱりと言い捨てた。

 システム上の欠点としか言い様がないが……俺も同じようなもんだし、何も言えねえな。


 彼女から発せられる魔力の波動は、単純な威圧とかを通り越して、他者へと直接干渉する。

 具体的に言えば、たいしたことないやつは地面にへばりついて動けなくなる。


 目の前の三人組も次々と崩れ落ち、五体投地しているような姿勢になっていた。もはや息をするのでやっとだろう、ヒューヒューとかすれた呼吸音が聞こえる。

 格の違いというのはこうして可視化されるんだなあ。


「"爆ぜるはクロネの木"、"愚者への制裁に誇りはなく"、"私はテルーバの丘に立つ"」


 しかしパトリシアはまったく容赦なく攻撃の準備をする。

 詠唱を展開しながら、彼女は明らかに自衛の度を超えた魔力を練り上げていく。

 生成された黒い稲妻が、彼女の周囲で収束し、研ぎ澄まされていく。


 別世界の魔法であるため、その詳細を見て取ることは出来ないが……黒い雷を収束させて矢のように放てば、この男たちは跡形もなく消し飛ぶだろう。


「あっ、やめっ、ごめんなさ──」

「詫びる前に死になさい」


 直後、練り上げられた魔力砲撃が、稲妻となって放たれた。


 …………やりすぎだ馬鹿。


「はいはいお疲れ」


 俺はパトリシアと男たちの間に割って入り、彼女が放った攻撃魔法に干渉する。


「うぇ……ッ?」


 男たちの眼前で、パトリシアの魔法が崩れ落ちた。

 それは単純に壊れるというよりは、極めて強い酸性の液に金属を落とすと端から融解していくような、腐食に近い光景だった。


「ひ、ぇぇっ……?」

「ほら、帰った帰った」


 何が起きたのか分からないまま、地面にくっついている三人組。

 パトリシアに背を向け、どっか行くようしっしっと手で払えば、彼らは泡を食って立ち上がる。


「次からはちゃんと相手を選ぶんだな。F級はシンプルにゴミクズが多いが……とんでもない超大型地雷のゴミクズだっているんだ。その中でもこの女は最悪だ、プルトニウムで動くネズミ花火みたいな女だからな」

「し、知らねーよ! 美人だったのにぃ!」


 それは本当にそう。

 顔は抜群だから、こう、詐欺だよな。分かるよ。


「……はあ、急に暴れ出しやがって」


 走り去っていく三つの背中を見送った後、俺は元悪役令嬢に振り向いた。


「お前、マジやり過ぎだから」

「あら、殺すつもりはなかったのよ?」

「本当かよ……」

「ちゃんと彼らに着弾する寸前、攻撃そのものが別時空へと跳躍するよう構築していたもの」


 わあ、器用なことで。

 ……別次元へと跳躍って何? 怖い単語が聞こえた。

 科学と魔法の区別がつかないっていうか、これどっちかっていうと、こいつの魔法が高度すぎて科学の未来さえ包括しているだけな気がしてきたな。


「それと……今のが、あなたの力?」

「知らねーよ。風が強かったんじゃないか」


 俺は首を振って、周囲を見渡した。

 パトリシアが魔力を解放した影響で、建物やら道路やらにひびが入っている。

 なんじゃこれ。歩く災害かよ。


「……これさあ」

「ええ、今のうちに逃げましょうか」

「ですよね~!!」


 俺はパトリシアと共にその場から走り出した。


 まあ──めっちゃ目撃されていたので。

 走って逃げた後、俺はヴィクトリアさんに、パトリシアもまた担当管理官に、こっぴどく怒られるハメになるのだった。

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