第5話 女神様と個人面談、そして別の神様
ゴミ拾いのノルマを達成した俺は、その日ウキウキで私服に着替えていた。
この世界に来てから万年金欠の俺だが、今日は給料日である。
厳密にいえばヴィクトリア様から生活用に小遣いをもらえる日だ。
当然、酒を飲む。瞬間的に散財する。容赦はしない。
そう意気込んで更衣室を飛び出した俺は、廊下で待ち構えていた金髪の美人女神様と遭遇した。
「お疲れ様です、トール君」
「ッス~~~~!!」
わざわざ迎えに来るときは大抵面倒ごとなので、俺は勢いだけのあいさつで誤魔化し彼女の横を通り過ぎようとする。
スルー力の高さは魔王に必須の項目だからな。
「ちょ、何逃げようとしてるんですか」
「ぐエッ」
しかし首根っこをむんずと掴まれ、逃走に失敗してしまった。
オイおかしいだろ。魔王なのに逃げられないんだけど。元だからか?
「嫌だー! 俺は仕事終わりの体にアルコールを流し込んでチルるんです!」
「君は酔っぱらうと無限にしゃべる側の人間でしょう!? チルりたいのなら息止めて黙ってなさい!」
「死ねって言ってません!?」
必死に暴れる俺だったが、まあ逆らう権利はないので、無事に捕縛された。
俺の首根っこを掴んだまま、ヴィクトリアさんは防音の個室へと入る。
「ふう、それではお話をしましょうか」
「取り調べの時はドア開けないと駄目ですよ」
「ああそうでしたね……違います! 尋問したりしません!」
机をバンバンと叩く女神様。
そっちこそ黙ってりゃ最高に美人で、まさしく女神なんだけどなあ。
「コホン……ではトール君、個人面談をします」
咳ばらいを挟んだ後、落ち着きを取り戻した彼女はそう言った。
「個人面談……? キャリア面談でもやるんすか?」
ヘラヘラと笑いながら、俺は肩をすくめた。
しかしヴィクトリアさんは真面目な表情で頷き、俺にすっと一枚の紙を渡す。
「この個人目標シートに、前期と後期の目標を書いてもらいますね」
「本当にキャリア面談なのか……!?」
明らかにドキュメント作成ソフトで適当に作られた個人目標シートである。
いや清掃するだけだし、目標も何もないんだけど……
「ていうか前期と後期ってなんですか? 半年ずつ?」
「いえ、一千五百万年ずつです」
「規模デカ! 川とか風とかの影響で地形変わる年月ですよ」
逆にそんだけかかりそうな目標が思いつかねえよ。
一千と五百万年後も愛してるとかでいいか?
「こういうふうに密にコミュニケーションを取るのが、あなたが出身の世界のやり方なんですよね?」
「まあ……それは……多分、そうだったかと……」
「あ、もしかして他人と密にコミュニケーションを取らない側の人でした?」
「信じらんないぐらい傷つけてくるじゃん」
テキパキと俺の心をバキバキに折るんじゃない。
事実なのがなおさらタチ悪いし。
「つっても、じゃあこれヴィクトリアさんが勝手にやってるだけですよね。お絵かきとかしていいすか」
「自由帳を渡したつもりはないんですが……」
困り顔になる女神様だが、残念なことに俺はサビ残アンチだ。
漆黒の聖剣『†ダークネスルシファーブレイド†』を描こうと手首を鳴らす。
だが俺のペンがうなりを上げる前に、個室のドアがノックされた。
「はい?」
「失礼、入るよ」
了承する前にドアが開け放たれた。
部屋に入ってきたのは二人……違う。一柱と一人だった。
まだあどけなさすら残っている少年と、背の高い精悍な顔立ちの青年の組み合わせである。
俺は思わず顔をしかめた。
ふわふわと浮いている少年からは、神様が持つ特徴的な威圧感が垂れ流されていた。ヴィクトリアさんとは違って、遠慮のない、不躾と言っていいほどの圧力だ。
「やあやあヴィクトリア」
「
彼は俺を一瞥した後、薄気味悪そうに表情を歪める。
「ああ、本当にF級の管理官になってしまったんだね。この僕が目をかけていた後輩が、こんなドブさらいのような仕事をしているなんて……嘆かわしいよ」
おっ、喧嘩を売りに来たのか?
俺に購買意欲がなくてよかったな、買うのは怠惰と快楽だけだ。
まあこれぐらい言われ慣れている、気にすることはない。
そう思っていたのだが、ヴィクトリアさんが毅然とした表情で立ち上がった。
「先輩、いくら先輩でも、それは間違っています」
「ヴィクトリアさん……」
「ドブさらいをしているのはトール君の方です」
「ヴィクトリアさん……!?」
本当に事実誤認を指摘しただけかよ。
感動を返せよと半眼になる俺だったが、それより先に
「はは、流石はヴィクトリア、面白いだろう?」
「そうですね」
相槌を求められ、
金色を基調とした派手な鎧だが、着られている感じはない。
見た瞬間に理解できる、とても分かりやすい実力者だ。
「そちらの彼は?」
「彼は聖騎士アルバート。スカウトして、僕の護衛をやってもらっているんだ」
わあ。神様直々のスカウトってすごいじゃん。超エリートじゃん。
しかし聖騎士か……いい印象はないなあ。
「彼は祖国を守るため、千を超える軍勢にたった一人で立ち向かった男だ。勇敢さも、腕前も、すべてが一流の特S級だよ」
特S級とはF級の逆、俺たちこの世界の住民をランク付けした際の頂点に君臨する位階だ。
前世において、社会あるいは他者に対して、極めて強く大きな影響をいい意味で与えた人間のことである。
要するには、国を守ったとか、世界の危機を救ったとか、そういうレベルの人。
当然──俺からすれば、気まずい。
世界を滅ぼした俺は、特S級の人たちからすれば不倶戴天、絶対に存在を許容できない相手になってしまうからだ。
「さて、ヴィクトリア。少し話があったんだけど……」
「あ、大丈夫ですよ。このままこの部屋を使いましょうか」
そう言って女神様は、個人目標シートをさっさと俺に押し付けてきた。
「今度会う時までに書いておいてくださいね」
「はーい……」
結局やることになってしまった。
この辺が立場の差よな。まあ俺は目上の存在に反逆したりはしない。散々ゴネにゴネてなんとかならないなら、諦めて服従するのがよろしいと学んでいる。
既存の構造をぶっ壊すのは、大抵の場合は労力と成果が見合わないのだ。
「
ここまでずっと不動で、けれど確かに俺の一挙一動に目を光らせていた聖騎士が口を開いた。
「ああ、そうだね。アルバートにも実は聞かせられないんだけど……うん、そうだ」
聖騎士様に指示を乞われて、
それから、面白いことを思いついたと言わんばかりに唇をつり上げ、俺を見やる。
「そこの彼と一緒に、ちょっと待っていてくれ。」
「「…………はい?」」
俺と聖騎士様は、同時に声を上げた。お互いにとっても嫌そうな声だった。
オイ完璧に嫌がらせじゃねーか!
しかし
「嫌がらせだと思っただろう? 違うよ。君とアルバート、意外と相性がいいんじゃないかと思ってね。お茶でもしてくるといい」
そう言って彼は俺に紙幣を手渡してきた。
俺の日給換算で、大体一か月分だった。
「おつりはいらないよ」
「行かせていただきます」
「このゴミクズ……!」
金に釣られる俺を見て、聖騎士様からの好感度が下がる音が聞こえた。
まあ、元々ないものが減ったって、別にいいっしょ。
「そんな……トール君が私以外に買われてるなんて……!? 脳が壊れそう……なのにこの不思議な感覚は、一体……!?」
なんか怖いことを言っている女神様もいたけど、ていうか俺を金で釣ってる自覚あったんだと思ったけど。
ここは黙っておくのが吉と見て、俺は媚び用の笑顔を浮かべたままスルーするのだった。スルー力の高さは魔王に必須の項目だからな。
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