第6話 特S級の聖なる騎士、アルバート

 俺は清掃活動の拠点となっている雑居ビルから出た後、近くのコーヒーショップにアルバートと二人で来ていた。


「アイスカフェオレで。お前は?」

「僕はアイスコーヒーを」


 注文を終えて、俺たちはそろって窓の外を見ながらしばし黙り込んだ。

 ちなみにアルバートの服装は、お洒落なジャケットスタイルの普段着だ。

 流石に鎧が目立つだろと思っていたが、ビルを出る前に一瞬で変わっていた。魔法少女だったのかな?


 明るい茶髪に精悍な顔立ちのこの男は、客やら店員さんやらからさっそく注目を集めている。

 なにせ美形だからな。騎士ってなんでこう、カッコいいんだろうなあ。


「お前の元居た世界ってコーヒーあった?」


 沈黙が気まずいので、とりあえず話を振ってみる。

 アルバートは訝し気にこちらを見た後、微かに頷いた。


「あったよ、だけど名前が違う」

「ああ、そういうパターンね。統一言語に慣れる前はそっちで注文しちゃって、伝わらなくて大変だったろ?」

「ああ、分かるよ……伝わると思ってつい言っちゃうんだよね……」


 深く頷いた後、彼はハッとした表情になり、唇を真一文字に結んで黙った。

 ついつい口がすべって雑談してしまった、という感じなんだろう。

 こいつチョロすぎるな。心配になってきた。


「なんだよ、楽しそうに喋ってたくせに。少しは仲よくしようぜ」

「なんで僕が君なんかと仲良くしなきゃいけないんだ」

「そう言うなよ。お互い神様の犬っころだろ?」

「嫌な言い方をしないでくれ、主君を定めたっていうだけだ」


 どうせこの後、俺とお前が絡むことなんてないんだぞ?

 だったら死ぬほど嫌がらせして嫌な気持ちで帰らせたくなるじゃん。

 見たところかなり潔癖な性格だろうから、ゴミカスミジンコの俺に馴れ馴れしくされるだけでストレス値が急上昇しているはずだ。


 その時、ウエイトレスさんが俺たちのテーブルへと飲み物を持ってきてくれた。

 運ばれてきた飲み物を互いに一口すすった後、俺は頬杖をついて、アルバートにティースプーンを突き付ける。


「で、聖騎士アルバート卿だったか。さっきの話、少し気になったんだけどよ」

「ん?」

「俺たちは、一回死んでこの世界に来てるわけだ。神様に実力で気に入られるぐらい腕の立つ騎士様が、どんな死にざまだったのか気になってな」

「君、本当に性格が悪いんだけど」


 だって気になるじゃん。

 いかにもな聖騎士様だって死ぬときは死ぬ、それをこの世界は嫌でも教えてくれる。

 せっかくなら死にざまも聞いてみたいものだ。


「やっぱさっき言ってた、千を超える軍勢と戦って死んだのか?」

「いや、その時は勝った」

「えぇ……勝つんだ……」


 ドン引きした。

 普通に怖い騎士じゃん。そら特S級にもなるわ。


「それとは別の戦いで、負けはしなかったけど……ううん……僕としては相討ちで上等の結果だと思っていた戦いで、相討ちに持ちこめたんだ」

「ほーん。それはやっぱ……世界を滅ぼすような敵だった?」

「ああ、その通りだよ」


 やはりか。

 特S級の死因に関わるものとして多いのは、やはり、この世界において『魔王』と呼ばれる存在だ。


「そいつも来てたらどうするよ」

「嫌だねえ。顔も見たくない。でも……何度でも殺すよ」


 そう告げる彼の顔を見て、思わず息がこぼれた。

 なるほどこれは確かに、人々の暮らしを守る騎士だ。


「かっこいいねえ」

「からかわないでくれよ……そういう君は?」


 からかってるわけじゃなくて、心の底から思ってんだけどなあ。

 まあいいか。


「俺は衰弱死だよ。飲むものの食うものもなくなったら人間死ぬからな」


 世界滅ぼしたらなんも残らなかったからな。

 草とか食えば数日は伸びたかもしれないけど、そういう気にもなれなかった。


「死に方が地味過ぎる……」

「お前言っていいことと悪いことがあるからな」


 自分でもちょっと思ってるんだよ。

 今思えばさっさと自決すればよかったかもしれねえ。


「衰弱死したのにF級? じゃあ死ぬ前に何かしていたってことになるけど」

「しょうもないことばっかりだよ。何がそんなに気になるんだ?」


 問えば、彼は眉間を揉んだ後にこちらをじっと見つめてきた。


「僕は女神ヴィクトリアを心配しているんだよ。彼女は、まだ神になって間もないと聞いている……君の手綱をきちんと握れるのかどうか」

「あのなあ、アルバート」


 俺は身を乗り出して、奴の目と鼻の先で指を一本立てた。


「いいか……一回しか言わないぞ。俺はヴィクトリアさんには逆らわない。なぜなら、自分より立場が上の存在に反逆してもいいことなんてないからだ」

「それ言ったら、君は誰が相手でもそうなんじゃないか?」

「急にめちゃくちゃ痛いところを突いてくるじゃん」


 あまりに突然繰り出された正論パンチが直撃し、悶絶の声を上げそうになった。

 イカン。この論点に持ち込まれると、俺には勝ち目がない。

 なんか話逸らせねえかな、と窓の外に目を向ける。


「ん、あれは……」


 視線の先で、顔を隠した二人組が、通りを歩いていたであろう女性から荷物を奪っている。すげえこの世界ってひったくりとかあるんだ。

 思わず声を漏らした直後、アルバートの体は風となって店から飛び出していた。


「あーあー……」


 俺は店員さんに一言断りを入れてから、彼の後を追って店の外に出た。

 この世界にも犯罪はある。残念なことだ。

 しかし聖騎士様の目の前でとは、やつらも運がない。人生最悪の不運だろう。あっ一応ここ死後の世界か。


 すでに二人組の片割れは、アルバートの手で地面に叩きつけられている。

 流石は聖騎士様だ。チンピラ如きの制圧には一秒もかからない。


 残った一人は……


「クソッ、邪魔だ!」


 懐から取り出したナイフ片手に、俺めがけて必死の形相で走ってきていた。

 見た目は確かになよなよしてる側ですけども。


「どけええええっ!」


 ……人生最悪の不運、更新しちゃったよ。

 俺は突き出されたナイフを、右手の手のひらで真っ向から受け止めた。


『きゃあああっ!?』


 様子をうかがっていた群衆たちが悲鳴を上げる。

 だが予期されていたであろう血しぶきが、いつまでたっても上がらない。


「……あ?」


 ナイフを持っていた男が首を傾げた。

 彼が持っていた得物は根元まで溶け落ちており、柄の部分しか残っていない。


「相手が悪かったね」


 あっという間にこっちに来たアルバートが、男を制圧する。

 彼は二人を揃って捕縛して荷物を女性に返したあと、微妙な、苦々しい表情で俺の元へと歩いてきた。


「……協力感謝するよ」

「何嫌そうにしてんだよ」

「いや……強力な力を持ってるF級って、大体ロクでもないじゃないか……」

「今更か?」


 肩をすくめて笑った。


「まあそうだな。同じF級の同僚……って言っていいのか分かんないけど。そいつも自分の国を滅ぼしたらしいからな」

「……それもしかしてだけど、『雷鎖らいさ厄災姫ヴァルキュリア』のことかい?」


 誰?

 いや……マジで誰?

 俺そんな昔のラノベのタイトルみたいな知り合いおらんけど。


「全然ピンと来てないね、本当に知らないのか……」

「初耳だ。本人から名乗られてたら、その瞬間に爆笑する自信がある」

「名前なら分かるかい? パトリシア・フロントラインという女だが」

「あーやっぱりパトリシアだったんだ。じゃあ合ってるわ、あいつってそんな有名人なの?」


 アルバートは俺の問いかけに、重々しく頷く。


「F級の中でも特段に注意するべき相手だと思ってるよ」

「それは、強いからか?」

「ああ、彼女の実力こそ特S級に相応しいだろうね。一度遠くから見たことがあったけど、僕では勝てるかどうかわからなかったよ」


 へー。

 あいつって、ちゃんと強いんだな。


「だが、君に言えたことじゃないだろう」

「ん?」

「立ち振る舞い……佇まい、日常の中の一挙一動を見ていればすぐに分かる。君も相当に腕が立つようだ」

「……どーも」

「その力を女神ヴィクトリアのために使うのなら」


 彼はそこで言葉を切って、右手を差し出してきた。


「僕たちは確かに、いい友達になれるかもしれないね」


 差し出された手をじっと見る。

 俺は反射的に出そうになった言葉を抑え込んで、アルバートに苦笑いを返した。


「じゃあ金貸してくれる?」

「さっきもらってただろうが……!」

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