第17話 聖騎士との友情の始まり?

 攫われたヴィクトリアさんたちを取り戻した翌日。

 戦闘の功労として一日休みをもらった俺は、見舞い品を片手に、クラーク領内にある一番大きな病院を訪れていた。


「すいません、アルバートって騎士の見舞いに来たんですけど」


 そうロビーにて話しかけると、受付の人はちょっと待ってくださいと手元の書類に視線を落とした。


「騎士のアルバート卿ですね……面談の予約は入っていませんが、身分証をいただいても?」

「あー、はい……」


 俺は渋々、クラーク領に住むものが配布される個人証明カードを差し出した。

 当然ながら、俺がF級に位置していることも明記されている。


「…………」


 受付の人は訝し気に俺を見た。

 流石に病院ですら出禁なんてこと、ないよね?


「……少々お待ちください、確認します」


 そう言って奥へと引っ込んでいき、少し経った。

 まさか武器とか持ってきて追い出したりしないだろうなとハラハラしていると、先ほどの受付の人が釈然としない表情で戻ってくる。


「ご本人から確認をいただけました、病室までご案内いたします」

「あ、どうも」


 これ絶対に『なんでF級が特S級の騎士と知り合いなんだ……』って思われてるな。

 時と場合によっては、アンタごときがアルバート様に何の用よ! とか虐められそうなシチュエーションだ。


 そんなことを考えながらついていくと、階段を上がって五階にまでたどり着いた。

 廊下を少し進んだ後、案内の人はある一室を指し示す。


「あちらがアルバート卿の病室です。本日は特に後のご面談予定などないようですので、ごゆっくりお過ごしください」

「ありがとうございます」


 不思議そうな表情は最後まで浮かんでいたものの、受付の人はきちんと案内してくれた。

 全然案内とかしてくれずに俺が来たことを黙って握りつぶす、とかじゃなくて良かったよ。他の施設だとたまにそういう目に遭うからな……


「失礼しまーす」

「お、トール殿か」


 ドアを開けて中に入ると、三人ぐらい暮らせそうなバカでかい一人部屋だった。多分VIP用だ。

 そんな部屋の中心で、アルバートは、片手逆立ち腕立て伏せをしていた。

 何してんの?


「……何してんの!?」


 お前病人ここ病室何してんのッ!?

 慌ててやつの凶行を止めようと駆け寄るが、アルバートは軽い身のこなしで地面に降り立ち、そのままベッドにぽすんと腰かける。


「いやあ、体がなまってしまうのが心配だったからね」

「そういう問題じゃないだろ! 安静にしてなきゃダメじゃないのか!?」

「流石にお医者様からは了解を取ったよ」


 彼はぐるぐると肩を回し、笑みを浮かべる。


「この通り、全快済みだ。勇者レインも心配してくれていたが、聖騎士の回復力は折り紙付きだよ」

「お、おお……」


 未完成っぽかったとはいえ、アレ対神様用の猛毒のはずなんだけど。

 加護を授かっているとはいえ人間に無効化されちゃうのかよ。

 ちょっと引きながら、俺はベッド傍の椅子に腰かけた。


「まあ、元気そうならよかったよ……あ、お土産置いとくから、適当に食べてくれ」

「お気遣いありがとう。ってそれ、少し値の張る洋菓子店の袋だね。無理して買って来たりしてたら……」

「ああ大丈夫、ヴィクトリアさんからお小遣いもらったから」

「君、半分ぐらいはヒモじゃないか?」


 アルバートは完全な真顔だった。

 ちょっと自分でも否定できないかなという感触はあるので、俺は黙って顔を逸らす。


「まったく……いや、恩人にそんなことを言っている場合じゃないか」

「ん?」


 彼は居住まいを正すと、ベッドから降りて俺に深々とお辞儀をする。

 その姿に、こちらもまた背筋を伸ばした。


「これが君の世界での礼儀の示し方だと聞いた。ありがとう、トール殿。君のおかげで僕は助かった」

「……どうかな。一日たたずに回復してるぐらいだし、なんとかなったんじゃねえの」

「助けられたのは事実だよ」


 これほど正面から感謝されると、流石にむず痒い。

 俺は頬をかいて、もごもごと口の中で言葉を転がす。

 こちらが何か言う前に、アルバートはパッと表情を和らげて言葉をつづけた。


「むしろ僕としては、君が見舞いに来てくれた方が驚きだったよ。とてもじゃないが、好意的には思われていなかったはずだ」

「あー、それは……そりゃお前は、ヴィクトリアさんを庇ってくれたわけだしな」


 思わず目をそらしてしまった。

 本当はあの時、こいつの痛切な叫びを聞いたから動けたし、色々と思い出すことができた。

 結果としては、あの時戦っていなければ、俺はきっと後悔していただろう。


「むしろ……俺の方が、お前に感謝してると思うけどな……」


 我ながらどんどん声がか細くなっていく。

 オイ。なんかこれ、俺がとんでもないシャイボーイみたいになってるんだけど。

 クソが。元魔王だからほら、光属性が弱点なんだよ、人の善性とか見てると体が解けちゃうの。


「そ、それよりだな! お前しばらくはちゃんと休めよ!」


 なんか微笑ましそうにしている聖騎士に向けて、ビシと指を突き付ける。


「あのショタ神様が、背信者の連中を一掃するために作戦を練ってるんだろ。お前の快復を待ってからになるだろうから、それまではちゃんと休んでおけよな!」

「……他人事みたいな言い草だけど、君は参加しないのかい?」

「できれば断りたい」


 容赦のない指摘に、思わず肩を落とした。

 そうなんだよなあ……あのショタ野郎、気づかないうちに俺のことを頭数に加えてそうなのが嫌すぎる。


「敵の勢力は未知数だ。場合によっては君の制限を解除してもらったほうがいいんじゃないか」

「それができればいいんだけどなあ」


 現状、こちらの世界に来て制限を課せられてからは、一度も解除したことはない。

 そんなことをする必要のある瞬間が来なかったと言い換えてもいい。

 アルバートはベッドに座りながら、言葉を探しつつ口を開く。


「こんなことを聞きたくはないんだけど……例えば、君が自力で制限を解除できたりは……」

「それはしない」


 考えるよりも早く口が動いていた。

 それを確かめようとしたことはかつてあったが、今はみじんも思わない。


「……君が清掃業者になっているのは、来世のためだったか」

「許可なしの制限解除、解除っていうか突破だな。それは俺の来世にも、管理官をやってるヴィクトリアさんにも死ぬほど影響が出る」


 本末転倒過ぎる。

 次こそ上手に、ただのよき人として生きていきたいのに、そのために悪行に手を染めてちゃ意味がない。


 俺の言葉を聞いたアルバートは、ベッドの上で目を見開いた。

 だが驚愕はすぐに収まったらしく、何かに納得するように数度頷く。


「なるほど……君は本当に、ヴィクトリア様に感謝しているんだね」

「ああ。これって信仰かな?」

「そう呼ぶには、少しばかり敬意が足りないかもしれないよ」

「十分持ってるつもりなんだけどなあ」


 随分と気安く、軽口をたたいてくるようになったな。

 どうやら俺は何かしらの方法で、彼の信頼を勝ち取ったらしい。


 ……え、なんで? 全然心当たりがない。

 もしかしてこれが噂のつり橋効果ってやつ? やだよ、なんでイケメン聖騎士相手につり橋効果が発動するんだよ。


「改めてになるんだけど」

「ん?」


 俺が内心で頭を抱えていると、アルバートが不意に真剣な声を出した。


「トール殿。良かったら、僕の友人になってくれないだろうか」


 なんか言い始めた。

 でかい窓から差し込む日に照らされ、聖騎士様のかっこいい顔が輝いている。何これ。エンディングCG?


 俺は数秒黙り込んだ後、彼と視線を重ねて息を吸う。


「……小間使いからでお願いします」

「なんでェッ!?」


 そんな正面から言われたらはいって返事しにくいからだよ。

 本当にこれは俺が悪い。ごめんな聖騎士君。

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