第40話 下準備は慎重に

「ヴィクトリアさん、ちょっといいすか」

「はい?」


 いつも通りに街のゴミ拾いを終えた後、俺は事務手続きで顔を見せに来た女神様に手を合わせた。


「ちょっとお願いがあって、明日以降のゴミ拾いをする場所、こっちで決めさせてもらいたいんです。今日結構ひどい絡まれ方されちゃったんで、しばらく場所変えたくて」

「あら……そうでしたか」


 こちらの言い分に悲し気な表情を見せた後、彼女は小さく頷く。


「分かりました。クラーク領の市街地でしたら、しばらくは自由に場所を決めてくださって結構です」

「ありがとうございます」


 申し訳ない、と俺は頭を下げる。

 本当に申し訳ない。なぜならこれは、あらかじめ考えておいた言い訳だからだ。


『ま、筋が通ってるかどうかを一番大事に見るやつじゃねーですか、あいつってば。つーわけで、適度に同情できて、適度に理解できる理由を作ってあげたら、クソ許してくれると思いますがねい』


 エルオーンのアドバイスはこれ以上ないほどに的確だった。

 相手の性格を読み切っている証拠だ。

 あんな風に……こう……ダメだオブラートに包めん。死ぬほどダルくてチャラけてる態度があまりにも嘘すぎる。ヴィクトリアさんが苦手に思うのも然りというわけだ。


「じゃあ俺はこれで失礼します。一応今晩のうちに、明日ゴミ拾いする場所を見繕っておきますね」

「分かりました。寮の方には、トール君の帰りが遅い旨をお伝えしておきます」


 言わずとも何をしてほしいのか分かってくれたヴィクトリアさんに、罪悪感で若干胸が痛んだ。

 それだけこっちのことを理解してくれているのに、俺は騙すような真似をしている。


 とはいえまあ……俺に戦ってほしくない、とはヴィクトリアさんも言っていた。

 理由を知ればきっと許してくれるだろう。多分。おそらく。明らかに希望的観測だがもうこれに縋るしかない。


 俺は作業着から着替えた後、改めて挨拶をしてヴィクトリアさんと分かれた。

 先ほど伝えた通り、明日以降の掃除現場を下見しなければならない。


 候補地はクラーク領市街地の北方。

 氷を司るという女神、クライキラが住処とする区域である。


 ◇


 エルオーンに指定された区域は、随分と北の方だった。

 吐く息が白く染まるほどではないものの、服を貫通して冷気が直接体を小声させてくる。


 念のために上着を着こんで行こう、と思ったのは正解だった。

 思っただけで上着持ってないから着てないけど。だから寒いけど。


「し、失敗したな……」


 冬用のコートを買うお金がないのが悪い。

 つーかクラーク領中心部はここまで冷え込むことねえし。

 自分は悪くないと言い聞かせつつ、見知らぬ街をゆっくりと歩いていく。


 すれ違う人々は言葉少なに、地面を見つめたまま足早に進んで行く。

 目的地を目指しているというより、寒いからそういう移動になってしまうのか。

 あるいは、また別の要因か。


 目につく建物も、防寒設備を厳重にしているせいか中を見ることができないものばかりだ。看板の文字で何をやっているのかは判別できるものの、中が見えず入りにくい。

 なんというか、全体的に排他的な街だ。

 旅行者がここに来たらさぞ困惑するだろう。


「ん……」


 そうこうしているうちに、中央通りを端から端まで歩き終えた。

 大きな建物は大体覚えている。

 問題は……


『クライキラが姿を現すことはほとんどねーですけど、年に数回だけ街の有力者たちを集めての立食パーティーをしてやがるんです。いいご身分だと思っちまいません?』

『いや神様って割とパーティー好きな印象はあるんだけど……ていうか神殿をクラブにするやつが言えたことか?』

『まあまあまあ。まあまあまあ』

『ひらがな二種だけで乗り切ろうとするな。で、その立食パーティーがチャンスだって? 会場に乗り込んで大立ち回りをしろってか?』

『流石にそんな命令を刷るほど馬鹿じゃねーですよ。そのパーティーの前後に狙う隙がある、って情報を手に入れちまったんですよね。コレ確かな情報筋なんで』

『その言い方で確かだったことあんまりない気がするな……』


 パーティー会場に使われるのは、先ほど通り過ぎた大きな会館の最上階ホールらしい。普段は予約制の体育館として(ほとんど市民は利用しないものの)貸し出されているらしいそこを、その日は会場として飾り立てて使うんだとか。


 思っていたよりこう……なんか、節約してるのかと疑うような会場の選び方だ。

 恨みを買うぐらいなんだからもっと悪辣な、金にモノ言わせたり神としての権力にモノ言わせたりしてるタイプかと思ったが、そうでもないらしい。


「……ここか」


 大通りを引き返し、該当の会館の前に戻る。

 左右と向かいの建物をチェックし、潜伏場所として使える場所を探さなければならない。


「そこの人!」


 さて、両隣の建物はいかにも人が住んでそうな住宅だ。

 なら狙い目は向かいの建物だろうか。随分と年季が入っているし、空き部屋の一つや二つあるかもしれない。それが通りに面していたら言うことはないんだが……


「そこの人!!」

「兄ちゃん聞こえてねえのか!?」

「速く逃げなさい!!」

「……あ?」


 じっと建物を観察していると、金切り声が聞こえてきた。

 見れば周囲の人々がこちらに何やら叫んでいる。


 というか通りの様子がおかしい。先ほどまではみんな俯きがちだったものの、普通に行き来していた。

 それが今やみんなこちらを遠巻きに……いや、俺のすぐそばにいる何かから逃げるようにして離れていた。


「…………!」


 バッと頭を下げた瞬間に、俺の頭があった場所を氷の刃が走った。

 体を低く沈めたまま走り抜け、背後の気配から距離を取る。


「な――なんだ、こいつ……!?」


 振り向いて相手を確認すれば、氷で形成された剣を両手に下げた、全身真っ白の女がそこにいた。

 背丈は3メートルはあるだろう。肌も病的に白い、というか、肌ではなく全身が雪で構成されているとでも表現するべきか。


「……ッ! 『狂影騎冠リベリオエッジ』!」


 向こうが腕を振るうと同時、こちらもとっさに権能を解放した。

 射出された刃を受け止め、黒焔で融解させる。


「なんなんだよこいつは……ッ!?」


 異形。神秘感じず魔力感じず、物質的に存在する。

 俺の知らない魔物? だがそれなら、ますますどうして市街地に現れたのかがわからない。

 ひとまずこいつはここで処理すべきか、と右手に剣を呼び出した。


 ――その刹那だった。




「凍てつけ、『氷鎖凍禍ホワイトレイヴ』」




 世界そのものが凍り付いた。

 異形が止まり、人々が止まり、空気が止まり。


「――我が刃は一切停滅。無間の牢獄にて罪を贖うがいい」


 どこからともなく響く、女の声。

 厳粛な審判の言葉と共に、異形がゆっくりと崩れ落ちていく。

 細かく、執拗に、そういうスライサーを使ったみたいにして、バラバラの粒にほどかれていく。


「…………これ、は」

「ん?」


 目を凝らせば、はっきりと見えた。

 女形の異形が崩れ去った向こう側。隠れて見えなかったところに、黒衣の少女が立っている。


「――驚いた。異邦人、旅人、異物……我が氷の世界の中で息をし、光を見、刃を振るうつもりか」


 氷のように美しい、という言葉は彼女のためにある。

 横顔を見てそう思ったが――こちらに顔を向けた彼女と視線が重なり、そんなヌルい感情は吹き飛んだ。




「名乗れ。我が名はクライキラ。悪滅凍獄を役割とする、氷を司る女神にして、同時にまた――『正義』と『法』を司る女神でもある」




 あっこれ俺騙されてませんか?



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