第47話 青麦色

 キレイな子だった。男の子だけど、中性的で、良く鍛えられた細身の身体つきに、どこか野性味のある目つき。極端に美形と言うほどでないけど、何故か目を離せない。

 彼は私と大差ない小さな身体で、私と村兵さんを守るように、前に立ってくれた。


「いってぇ! なにすん!  ……っち、お坊ちゃんかよ」

「そうだ、お坊ちゃんだぞ。これ以上この村で狼藉を働くなら、僕が黙ってない。……本当にお金を取られたと言うなら、僕が1度建て替えようか?」


「……っち、アンタんとこと、やり合うつもりはねえや。くそったれ」


 ガラの悪い男たちは、唾を路傍に吐きつけて、その場を去って行く。あっちはもう、村の外に出る方角のはずだけど……。やっぱり、人攫いの類だったみたい。

 少し1人になりたいだけだったんだけど、こんな夜中だし、迂闊だったかな……。


「ありがとうございました、門兵さん、少年さん」

「いいや、どっちかって言うと、つい、連中を逃がしちゃったっていうか……」

「すいませんライ、本来なら……」

「気にしないでよ。では調書を作りましょうか」


 門兵さんに連れられて詰め所に入る。簡素な調書はすぐに制作できた。

 彼の話だと、最近あの手の輩が、夜うろついてる事が多いらしい。


「ノルンワーズとの街道で、何かあったらしくてな。どんどん人がこっちに来ているんだ」

「えっ……!?」

「災害とかじゃなくて、怪物の群れが彷徨ってて、どうするか義勇軍と商工会が揉めてたよ」

「そう、ですか…」


「お姉さん、昨日義勇軍と村に来た人だよね?」

「そうです、申し遅れました。私はレーナと申します。冒険者です」

「お、俺の名前はライオット・シャーフ。この村の村長の末息子だ。帰るなら送るよ、……ぞ」


 ライオット君は少し気恥ずかしそうに、それでいて明らかに、無理に男言葉で、私の身を案じて声をかけてくれた。

 チラチラとこちらの顔を見てる。あっ。頑張って曖昧に笑って、すぐに目を逸らした。先程の男たちと比べれば、実に可愛いらしい視線ですね。

 少し微笑むと、真っ赤になって顔を逸らされた。可愛い。子猫みたい。


「…………ん? あっ、お手紙。村長さんに、渡さなきゃ!」

「えっ、父さんに手紙?」

「はい。トロイドの大精霊様から。お預かりしています」

「トロイドから。それは遠路はるばる……。なら家に来なよ。歓迎するよ?」


「あ、いえ。手紙は教会にありますので……」

「なら、そこまで送らせてよ?」

「いえ、そんなに、お世話になる訳には……」

「私も行こう。連中が本当に諦めているとは限らない。それに、大精霊様の使者なら、尚更だ」


 村兵さんも顔色を変えて、詰め所に勤めている他の村兵さん達に声を掛けて、私に付いてきてくれる事になった。



 夜が明けて、翌朝。

 朝食は村長の計らいで、彼の家で取らせて貰う事になった。

 シャーフ家は、シャーフ村のほぼ中央にある。

 村長の家ではあるが、開拓された当初からある家は、他の民家とあまり違いはない。

 精々広めの庭と、隣接する大きめの村役場と鍛錬場がある事ぐらいだ。現在村長は奥さんが逝去なされてから、ライオットの姉夫婦。村長の長女夫婦に村の実務を任せている。


 手紙のささやかな礼で、シャーフの里自慢の魚料理をごちそうになった。

 実に、実に分かりやすい事なのだが。

 ライオットはさっきから、姫さんの方しか向いていない。目が合えば愛想笑いを浮かべて、締まりの無い顔でうわの空だ。完全にホの字だな。


 嫉妬を感じないではないが、それ以上に少し羨ましかった。同じ状況。年齢では、確実に俺は姫さんのような女性に、そんな態度は取れなかっただろうから。


 姫さんとタロッキも、仕方ないなとでも言いたげな顔をしていた。好意そのものに邪気がまったく無いので、困っている訳でも無いようだ。


 村長は名をザイファー・シャーフと言う。ロナマール卿の叔父で、知的な眼鏡が似合う初老の男性で、雄々しいライオットとは正反対に見える人物だった。


「あらためて、お手紙を誠にありがとうございました。大精霊様の貴重な情報のお陰で、今後の村の方針も、すぐに決定できそうです」

「いえ……、大精霊様は、なんと?」

「冬を起こす。だそうです。……具体的にお話しましょう」


 冬。村長の話しを要約すると、下界発生と異常なまでの怪物の大量発生に伴い、シャーフの里とノルンワーズへの街道付近を一時閉鎖し、大精霊様直々の大規模な、凍結魔法を使用すると書かれていたようだ。


「それって、国家戦略級軍事行動……、だよね?」

「そうです。スクアーマ様。彼のお方のお手紙には、魔法を今から3週間以内に使用せねば、後に地震、洪水などの大災害が起こる可能性が、極めて高いと綴られていました」


「た、大変じゃないか父さん! すぐにアニキ達に知らせないと!」

「ええ、大事件です。ですが、湖沼様を始め風読み魔女の方々からも、高い確率で、ある程度何か起こると予見されていましたので、対応は既に始めています」

「なるほど……、それで妙に農夫達が、慌ただしく青麦を刈ってたんですね?」


 シャーフの里は広大で遠くを見渡せば、まだ青さが残る麦を忙しなく農夫たち、さらには作業に慣れていない人足達も、非常に慌てた様子で刈り入れていた。

 てっきり大野分でも、風読みか魔女様が近く予見したのかと思っていたが、事情が違ったようだ。


「ええ、6割ほどは既に収穫を完了しています。ですが……」

「わかりました。2人とも。いいか?」

「魔術でなら、乾燥や保存のお手伝いも多くできます。私は農場で育ちました。是非お任せ下さい」

「あたしの炎も乾燥には役立つよ。任せて!」

「え、レーナはお姫さまじゃ、ないの……!?」

「ぷっ……!」


 姫さんをずっとみつめていた、ライオットの真剣に驚いている間の抜けた一言で、俺達は大笑いしてしまった。


 それからはリハビリをしながら、残ったガルト村の住人に、仮住まいを作る手伝いをしたり、作物の収穫作業を手伝う日々だった。


 シャーフ村住人、義勇軍総出で、可能な限り冬対策のできる倉庫や、居住施設を整備して、一人でも多く安心して住めるように務めた。


 姫さんやタロッキは、主に炎や翼、杖を使って作物の自然乾燥を早め、グリンによる重量級の作物の運搬、保存を手伝って行った。

 最初こそタロッキは上手く出来ていなかったが、手際をすぐ覚えて、他の農夫達よりも働いていたほどだった。


 住居にできる場所が少ないため、願い出てくれた民宿に俺達は宿泊させて貰っていた。

 民宿の老夫婦は元義勇軍で、変わり者だったが、俺たちを本当の孫か息子のように、温かく迎え入れてくれて……。


 まるで、なんの憂いもなく、姫さんとタロッキと、故郷に帰って過ごしているような日々で……、少しだけ俺は、涙を流せるような気がした。


 そんな日々を過ごして、2週間ほどたったある日の早朝。姫さんは朝から収穫の手伝いに、民宿の女将さんである。ヨズ婆さんに連れられて行った。

 2人とも最近は、もうすぐ一段落つく収穫作業に、腕まくりして、目の色変えて挑んでいる。


 俺とタロッキは日課の鍛錬をするために、鍛錬場を訪れている。

 最近の彼女は、鬼気迫る様子で鍛錬に挑んでいるかと思えば、目を閉じて剣に語りかけるように、ブツブツと何か呟いている事も多い。


 最初、鍛錬場に顔を出したライオットは、彼女の様子を見て、借りてきた猫のように縮こまって鍛錬をしていた。今は触発されて、相当鍛錬に入れ込んでいる。

 今日も顔を出したようだ。彼はしげしげと、ガントレットで刃先を支える。俺の型を観察している。


「変わった型だよな……」

「海兵仕込みを含んでいてな。友人のと混ざっちまったんだよ」

「名前とかあるのか?」

「ハーフ・ソードって言うらしい。だいぶ我流混じりだから、もう別物だけどな」


 彼とは鍛錬を通じて、ため口で話せるほど仲良くなった。というより、俺と彼は、打倒姫さんに共に燃えていた。

 以前から才覚はあったが、最近は腕輪込みだと負け越しで、シャーフに付いてからは、なんと俺達は1度も彼女に勝てていない。


 恐るべき事に、タロッキ相手には姫さんと3対1で挑んでも勝てていない。

 女性陣が上達目覚ましいのは嬉しい事だが、置いていかれるのは勘弁だ。だからこうして収穫手伝い前に、彼とよく鍛錬している。

 一通り鍛錬に汗を流すと、彼が少し遠慮がちな顔つきで、話しかけてくれた。


「なあ、聞いて良いか?」

「なんだ? 姫さんに、恋の告白でもするのか?」


 思いっきりライオットが吹き出した。顔を真赤にして、口をパクパクさせている。

 タロッキも剣をピタッと止めて、耳だけ器用にニョキッとこっちに向けてきた。耳年増だなぁ。


「なんだ、しないのか?」

「い、い、いきなり何、言い出すんだよぉ!?」

「俺は愛の告白をしたぞ。絶賛口説き中で、結婚を前提に、付き合ってくれってな」


 今度は目を通り越して、顔全体を白黒させている。いや、どう思ってたんだよ。俺と姫さんの関係をよぉ。

 タロッキもお前。気になるんなら素直にこっち向けよ。話してるこっちが恥ずかしいだろ?


「そ、そうかぁ……」

「口説き中だ。どういう意味か分かるか、少年」

「わかんねーよ。なんだそりゃ……」

「そう不貞腐れるな。一般的な女性は、駄目って言わない限り、オーケーなんだとよ」


 俺はポケットから煙草を1本取り出して咥えた。

普段吸わないんだが、無性に今だけは煙臭いコイツに少し頼りたくなった。

 今からライオットに話すかも知れない事は、あまり思い出したくない過去だからだ。


「煙草、吸うのか?」

「ああ。……姫さんは心身共に、一般的な女性の枠組みじゃねえさ。怖い女だからな」

「…………怖い?」

「ああ、だから惚れた」

「怖いのに?」

「恐怖はいつだって、人を魅了するんだよ」


 なんとなく彼女が良い笑顔で大鎌を振るっているだろう、麦畑の方を見た。

 建物越しで見えないが、もうすっかり黄金色にたなびく穂波は、きっと姫さんと歴戦の婆さま達に、似合う景色となっているのだろう。


「告白するなら今の内だぞ。俺が返事貰ったら、流石に断るだろうからな」

「おかしくないか? なんで、あんたは邪魔しないんだよ……?」

「ダチだろ、俺とお前」

「え、うん」

「じゃあしないよ。……いいか。男を上手くやれ。身綺麗にして、できれば白い花束用意して、決して目をそらさず行え。そうすりゃ姫さんは、お前を絶対に無視だけはできない」

「…………したことあんのか?」

「されかけたことだな。タロッキに見せるためだったんだろうが、グリンに邪魔されちまった」


 あの雨の日。軽妙な癖に、奥手な姫さんが花占いをしてくれたのは、きっとタロッキに恋とはこうする物だと、勇気を持って、授けるつもりの行動だったのだろう。

なんとなく、彼女の行動に違和感を持っていたので、俺はそう思う事にしていた。


「なあ、なんでこんなに、僕にアドバイスしてくれるんだ?」

「1番は姫さんを幸せにしたいからだ。あとは……」


 とうとう堪えきれなくなって、燐寸マッチを擦って火をつけた。まじい。時化ってやがる。吸うんじゃ無かった。むせそうだが我慢だ。

 ライオットは、少しだけ神妙な顔つきになった。


「未練、だな」

「未練?」

「俺は、お前の年頃の頃に、人恋しい心そのものを、殺されそうな事件に巻き込まれてな。とても人を、女性を好きになるなんて、ずっとできなかったんだよ」

「……………」

「それに、姫さんのあんな顔。俺はもう、させてやれない気がしてな……」

「そんなこと……、わ、わかんないだろ」

「まあな。ついでに言えば、むちゃくちゃ嫉妬もしてるぞー。同じくらい、期待もしてる」


 吸った煙草に飽きてほとんど吸わずに踏み消す。なんとなくニヤニヤ笑って、少し仏頂面のライオットと向き合った。


「馬鹿に……、は、してないよな?」

「ああ、全部本音で本心だ。少し上から目線だが許してくれ。よし、今日も荷運びだ、タロッキも聞き耳ばかり立ててないで、行こうぜ」

「う、ごめん…、行こっか」


 ライオットは頭を捻りながら、俺の言っている事を考えているようだ。

 もうすっかり日常になってしまった、鍛錬場を後にする。しばらく歩けば、得意げに麦畑で大鎌を振るう、彼女の姿が遠くに見えていた。





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