第10話 冒険者手帳

ココハン村の冒険者ギルド支部は、中堅程度の村内にあるにしては、大きめで、宿屋。食堂などがあります。

円形で平たい変わった形の建物は、北の遺跡街ではよく見られる形です。崖上の古城から迷宮が発見されてから、職人さんを呼んで、急遽建てられた経緯があるんです。


迷宮特需による、都市開発も考案されたそうですが、フリッグスに近いので廃案にされ、今では交易市の中間点として、相応に忙しくも栄えていた、………はずでした。


歪んだ夜明けが、夜中に、明けてしまうまでは。


の地図。新しいの書いて来たぞ!」

「新種の怪物がいたわ! 蛇みたいな奴よ! 絵を書いてきたから確認を頼むわ!」

「街道の破壊具合。更新するぞ! 目に入れといてくれ!」

「迷宮1階のオークたちが、また物資持ってきてくれたぞ!代わりに下界の物を、迷宮の物資にできるか見たいそうだ!相談頼む! 」


「はーい!どんどん来てください!」

「地図、地図下さい! 書き足します!」

「絵はこちらで頼む。私が査定しよう」


ごった返すギルド支部内を、捌きながら仕事を進める。あれから数日立ったけど、私たちも支部長も、ろくに睡眠時間を確保できていませんでした。


「歪み夜明け」先日真夜中に発生した大規模な原因不明の災害は、そう呼称されています。降りられる場所は下界と呼ばれ、この村周辺では真夜中と言うこともあり、行方不明者は居ませんでしたが、現在は様々な情報を更新する仕事で、多忙を極めていました。


「1人で本当に、大丈夫なの……?」

「こういうのって、1人で始めるもんじゃない? まあ見ててよ」


夕方頃、やっと昼頃に仕事が落ち着いて、私は睡眠を取れていました。明日の朝から昼はこの調子だけど、数日間の努力もあって、ある程度は落ち着きを取り戻せそうですね。あくびでそう……。


「すっごく疲れてる。頑張ってるねぇ…」

「ふぁ…、あっ、すいません! どなた様で、しょうか!?」

「えっと、タロッキって、言いまぁす!ボウケンシャトウロクってわかる? はじめてなんだけど…」

「あっ、はい! ではこちらに……」


デッかい。大型怪物種の人みたいな大きさですね。大きな翼にあどけない顔。4対の角に長い尻尾。顔立ちは人間種だから、装備品かもしれないけど、特注の椅子の出番ですね!


あれ…?、何かこちらの方をソワソワと落ち着き無く見ている女性が居るけど…。この方と関係者なのでしょうか。おっと、仕事を進めないと!


「はじめまして!、わたくしココハン支部職員のアリリ・クロケットと申します。本日は当ギルドにご登録願い頂き誠にありがとうございます!」

「うん、よろしくお願いしまぁす!」


特注の椅子を進めながら、彼女に御着席頂いた。元気のいい方だ。癖のある言葉使いだし、外国から来た方だろうか。手は…、爪のあるタイプか、なら私が代筆になるかな。


「あ、これ柔らかくできるよ。でも、まだ書けないから、ダイヒツ良い? 読むのはできまぁす!」

「あ、はい! 気を使って頂き、ありがとうございます。承知いたしました。では、お名前から…」


聞き取りをして、個人情報を冒険者手帳に書き込んでいく。銀飾り付きの手帳で、簡単には雨に濡れても破けず、燃やされても燃えない、丈夫な紙で出来ている。同時に、ギルド預かり用の冒険記録用紙を書き綴る。


お名前、タロッキ・スクアーマ。種族、秘匿希望。性別、女性体。お所、特になし。ご年齢、秘匿希望。職歴、なし。髪、白髪。目、薄翠。体格、大柄。


「ふむ、種族、秘匿希望…。宗教上や、止事無やんごとなき生まれ、或いは呪術関係でしょうか?」

「そうだよ、もしかして、だめ…?」

「いえいえ、ご年齢も含めて個人情報ですので、当ギルドでは尊重させて頂きます」

「そっか、良かったー!」

「では、ご質問にお答え下さい…、道に歩いているおばあちゃんがいたら、率先して手助けするか、同じ方角に行くなら手助けするか、金銭を頂いて案内するか、お選び下さい」


「そのおばあちゃんって、迷ってるの?」

「(素直に聞いてくる善い人柄ですね…。ふむ…)いいえ、でも歩みは遅そうですね」

「じゃあ、同じ方角ならたすけて、一緒に遊びたい!」

「ふふっ、それはとても善いですね。承知いたしました。では訓練場の方に、こちらの札を持って頂いて、ご案内いたしますね」


技能。

飛行、火吹き、暗視(遠)、聴覚(最優)、嗅覚(優)記憶力(優)肌、耐火(ドワーフ)。

呪文、なし。御龍印、なし。神術、なし。


鍛錬場での検査から、彼女が帰ってきた。

「おっふ…」つい変な声が出てしまいました。飛行、火吹きに暗視を遠くまで、聴覚もフェアリー並み。しかもこの得体でドワーフ並みの耐火。

これは誰が見ても、よだれものですね…。強いて言えば体格から迷宮探索は、おそらく少し慣れが必要になる程度でしょうか…。


「……どうかした?」

「ゴホン。いいえ、何でもございません。では次に、傾向調査をご協力頂きたいです。よろしいでしょうか?」

「傾向調査…?、なにそれ?」

「どのような脅威に対して、解決できるかの調査です。例えば、動物は討伐できても、植物由来の怪物は積極的に相手にできない。などですね」


傾向調査。その人物が、どのような脅威に対処でき、またはできないかを聞き取りすること。実は、私はこれが1番楽しみだったりします。


「自分だけで追い払ったことのある生き物は、どんな生き物でしょうか?」

「え、食べちゃうけど…、下の蠍は思ったより美味しかったな〜」

「…ああ、はい」


最近、下界で大蠍の食べ残しが多い原因は、貴女ですか。なるほど…。初期の武力は十分、と。


「では、この絵について、わからないものはわからないで、ご返答をお願いします」


私は様々な絵を見せて返答を確認した。小さなゴブリンや、大きな人、赤か青の白髪の鬼、剣をもつ翼なき龍人、蜘蛛のような目と、岩のような鱗をもつ人、赤黒い羊膜の翼もつ、悪魔。様々な動物、様々な人種、植物の怪物、様々な土人形ゴーレム、そして……、ドラゴン。


まるで御伽話のようですよね…。タロッキ氏は目をギッラギッラさせて、身をゾクゾクさせて、今にも探しに行きたそうだった。

良い。実に良いですね、悪人だろうが善人だろうが、その顔をできるのは、冒険者の素質大です。

その顔を見るために、この仕事してるんですよね、私も。


「そ、その絵の生き物って! 本当に居るの!?」

「いる。とは文献にありますが、当ギルドでも、事実確認に限度がございますので、本当に居るかどうかは…」

「ええぇー! 居たら良いなぁ!」

「…でも、もしかしたら、もっとすごいのが居るかもしれませんよ。それで、討伐できない生き物は、居ないでしょうか?」

「ん〜………、殺せないのは居ないけど、ドラゴンは、あんまりしたくないなぁ…」

「承知いたしました。他にご質問など、ございますでしょうか」


「はいはい!階級ってどうなってるの? なんか硬いのが強い! てのは、わかるんだけど…」

「それは正確ではございませんね、戦闘能力がなくても。鍵開けや探索、斥候に地図製作。通訳や翻訳、交渉などで貢献なさっている方も、大勢いらっしゃいます」

「ふーん。じゃあ、どんな決まりなの?」

「主に依頼への貢献。各種本部ギルドの行う昇格試験。職歴。人格査定。社会貢献度などで総合的に判断いたします。こちらを、どうぞご覧下さい」


私は駆け出しから、鋼砕きまでの階級が書かれた用紙をテーブルに置いて、タロッキ氏にお見せした。


「見ての通り。駆け出し、枝砕き、腕利き、骨砕き、鉄砕き、鋼砕きの6種類になります」

「あれ? 聞いた話だと、7種類だって…?」

「ええと、それはですね…。少しお耳をお貸し下さい」


私はタロッキ氏に、特殊な7つ目の階級について、耳をお借りして、小声で説明しました。

公共の場で、職員が大ぴらに話すのは少し下世話な話ですから。

冒険者の仕事は、極限状態で十分な性欲解消ができない事も多い。つまりそれにある程度対応を取れる取引の持ち主と言う事ですね。種族によってはどうしても必要な方もいますし。


正確に説明するなら。ギルド管理している階級ではないのですが、暗黙の了解で存在している階級なんですよね。分前もその分増えます。


私の説明を聞いてる内に、彼女は大きな顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに白い髪を両手で顎に沿って持ち上げて、ぐるると呻いている。初いですねぇ、実に可愛らしい事この上ない。ぎゅって抱きしめたくなります。


「そ、そういうのって、ショウカンだっけ…?とかじゃ無いの…?」

「事実、副業の方もいます。この地方は雪深く冬が厳しいので……」

「ふーん……」

「当然同意の上ですし、実は結構人気で、そのままゴールインする人も多いです」

「人気なの…?」

「お姫様。王子様扱いは、誰だって嬉しいですよね?」

「な、生々しいね……」

「私たちも、生ものですから」

「ふーん……。あたしはたぶんやんないから、いいや。じゃあ、あとは、…ナカヌキってなんですか!?」


突然のあまりに歯に衣着せぬ物言いに、座っているのにズコッとコケてしまった。なんとなく、悪い大人の入れ知恵のような気がしますね……。


「どなたが、それを?」

「あっちのドワーフさん。賭け事で負けてるひと」


見れば机に突っ伏して、頭を抱えているドワーフの男性が居ました。顔を覚えて、彼の査定は少し下げる事になかもしれませんね。


「えっと、そういう側面があるのは事実ですが、情報の統括や、依頼人との交渉。賃金と費用の公平。救助費用等の1部保証。何より後腐れがないのが、ギルドが存在する理由かと。嫌なら高額かつ個人で傭兵業や、傭兵団へ入団する方も大勢いらっしゃいます」

「なるほど…、そうだ、ヨウヘイとボウケンシャって、何が違うの?」


「傭兵との大きな違いは、探索能力の有無や、元重犯罪者、旅券帳のない難民でも、問題なく傭兵は仕事に付けてしまうことでしょうね。彼らの食い扶持は主に賞金稼ぎですし。冒険者は軽犯罪なら査定に響く程度ですが、重犯罪者は除名しますからね」

「そうなんだ。お金って分かりづらいよね、ギンカかドウカだけでも、いっしょにでもすれば良いのに……」


自由都市同盟領では、それぞれの都市で銀貨、銅貨の含有率の違う貨幣が存在しています。大きな鉱山が存在するので、どうしてもそうなるんですよね。

外国の方にも分かりづらいと、よく言われてしまいます。その後、いくつかの雑談のあと、彼女が旅立つ為の説明を続けました。


「では、こちらの手帳が全ギルドへの証書ですので、無くさないようにお願いします」


私は規定の部分に、タロッキ氏の個人情報が書かれた冒険者手帳を手渡した。厚いカバー付きで、ベルト付きの太い手帳です。


「わかった。大事にするよ!」

「再発行は本部でしか行えないので、あらかじめご了承下さい。こちらに書き綴りました冒険記録用紙は、ギルド預かりとなります。ご内容に、お間違いはありませんか?」

「ん〜…………、ないよ。間違いない」

「承りました。今この瞬間から、あなたは冒険者です。幸運と栄誉と、素晴らしい出会いある旅路を祈ります!」

「〜〜〜〜〜〜っ!がんばる!」


ゾクゾク身を震わせて、尻尾を何度も地面に打ち付けて嬉しそうな様子の彼女は弾むような足取りで、旅立っていきました。



「そんなに心配してるなら、1言でも掛けてやったらどうだ?」

「ひょわ!?…て、紙切れさんでしたか…」


後ろから声を掛けると、いい反応で姫さんは反応を返してくれた。駆け出したちの訓練に付き合って、同時に怪我の調子と、修復した鎧の着心地を試していた。

タロッキが冒険者になりたいと言った時。俺は少々悩んだが自立や旅の資金を自分で稼ぐのは、社会経験につながる。


何より、働かざる者食うべからずだ。多少自身で稼ぐ金はあったほうが、旅は健全だ。

彼女は情緒こそ幼いが、反省も出来て信頼もできる人柄だ。冒険者になることは、きっと良い経験になるだろう。そう願う。


「立派にやれてるようだな。ほら、大丈夫だっただろ?」

「うぅ…、妙な事を言い出した時は、ドキッとしちゃいましたよ……」


そうか、結構離れてるけど、姫さんの耳だと一語一句聞き取れるんだよな。難儀な事だ。


「姫さんの面接ん時よりマシじゃねえか? 団の面接。酷かったって聞いてるぜぇぇ?」

「あー!、喋ったの誰ですか! 教えろ下さい!」


ニヤニヤとわざと嫌らしい笑みを浮かべて、彼女をからかった。頭目の話では、相当緊張していたのか、カッチコチで右手と左手が足と一緒に出ていて、笑いをこらえるのが大変だったらしい。


「黙秘権を行使します。知りたければ帰って調べるんだな。げはははは」

「むぅぅー!」


憤りに足先をパタパタ、いつも通り少しはしたない姫さんだった。ふと思ったが、ラランさんたちは無事だろうか。心配だったがどうにもならないので、今の冗談で口に出すことはなく誤魔化した。姫さんの暗い顔なんざ見たくないからな。


それに、そもそも実力が段違いの相手を心配する事は、ただの傲慢で嘲りだ。あの人の事だ。きっと元気に過ごしているだろう。たぶん。

姫さんは俺の背に回って、鎧を遠慮なく引っ張っている。ギルドではよく見る光景だ。見れば、依頼から帰ってきた連中も、そうしている。


「どうです? 鎧の調子は」

「ああ、応急修理にしては悪くない」


残念ながら。歪み夜明けの騒動による物資不足で、破損箇所は取り除いて応急修理しただけだ、駆け出しや枝砕きたちへ。商品の試供品用に着てた奴だが、今後は魔術加工品も視野に入れないといけないかもな。


「姫さんもかなり打ち身や擦り傷あっただろ、どうだ?」

「捻った所は無いので。この法衣並の鎧よりずっと頑丈ですし。あ、終わったみたいですね」

「ただいま!、ゔぁへへへ。貰って来たよ」

「よく頑張りましたね。じゃあ、これ。プレゼントですよ」


姫さんは手に持っていた。丈夫なポーチベルトと、肩掛け鞄をタロッキに手渡した。


「わぁぁ! ありがとうヒメサン!、大事にするよ!」

「喜んでくれたようで、何よりですよ。ふふっ」


でれでれと締まりのない顔で、姫さんは抱きついてくるタロッキに、なすがままにされていた。仲が良くて良いことだ。






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