第4話 龍、或いは竜の十界

ドラゴン、或いはドラゴン

万里の空を駆ける剛翼を持ち、万の生物を支配し従え、悠久の時を生きる者。


かの姿は、角は鹿、或いは鬼。頭は駱駝ラクダ、目は鬼、うなじは蛇、腹はみずち、鱗は魚、爪は鷹、掌は虎、耳は牛。

そして、大空を覆う剛翼は、悪魔のそれ。

コレを総じて十似、或いは九似とする。


時に、かの生き物は、慈悲深くを育む。

時に、かの生き物は、壊滅的なまでに蹂躙する。

時に、かの生き物は、連なる財宝を守り抜く。

時に、かの生き物は、魔の術を授ける。

時に、かの生き物は、魔品を簒奪する。

時に、かの生き物は、(失われた竜語で書かれており、現代では解読不可能)

時に、かの生き物は、火吹きを行う。

時に、かの生き物は、顎を決して下げぬ。

時に、かの生き物は、己を唄い合う。

時に、かの生き物は、(失われた龍語で書かれており、現代では解読不可能。意味は口伝にて現存)


龍、或いは竜たる者の十界。


力とは、古にて神である。

幽き神々が遺し。天から遣わし、この星を焼き固めた。慈悲深く、残酷に最期を見守る者。

それが、ドラゴンである。


国連冒険者ギルド本部 古代文献

虎のセプテム著 龍、或いは竜の血脈 抜粋



俺の、幼い頃の記憶。初めての冒険譚。

海岸の寒村から、初めて外に出た日。めんどくさくて、どこにも行きたくなくて、臍を曲げていた日。

家族に連れられた、せっかくの旅行にも乗り気でなかった。馬車に乗り、馬車駅から竜車に乗り換える。竜車。大型の草食竜に貨物列車を引かせ、線路を駆け抜ける、母なる大地の鉄竜。


大興奮のまま乗り込んで、父に肩車されたのを覚えている。

そして、その日。

俺は、絶対に成れない。祖龍ドラゴンの咆哮を突如、拝謁する幸運に見舞われた。

今でも覚えている。白光が綺羅星のように舞い散る御姿。滂沱の涙を流し、あの御姿を近くで見る栄誉を賜ったのだ。



姫さんの所属する冒険者団クラン。「鱗の団」本部はフリッグスの冒険者ギルド支部の1区画にある。多くの竜車が行き交うフリッグスの中央大通り駅近くで、レンガ造りで近代化を施された各ギルド支部とは、趣が大きく異なっている。


この街がまだ、ただの小さな交易街に過ぎなかった頃。団長の趣味で彼女の私財をこれでもかと投じ、いにしえの古城を模した作りは、利便性はともかく、荘厳で、威厳ある風格を備えている。


自由都市同盟領。有数の観光地としても有名で、いざという時の避難場所や、子供好きの団長の意向で、託児所。大きな孤児院まで併設されている。

だが、観光地としての目玉は違う。


その名の通り、鱗だ。

北の霊峰に祖龍様がおわす事は有名だが、その片鱗をここでは一般公開されている。

他に北壁の勇壮な冒険者ギルド本部にしか、展示されていない厚鱗は、ただの1人も警備などは付いてはいない。


触れれば。或いは…、だからだ。


「フカシ、じゃねえ…、んだろうな」

「どっつり、…疲れたよ」


俺の眼の前には疲れ切って喋れず、眠るように項垂れた姫さんと。蜥蜴に似た特徴の、その身に3つ文字持つ始祖種リザードマン。鱗の団第13独立班所属。クック・ヤン頭目が、深刻極まりない表情で、テーブルの上を見つめていた。


「直接、触れてねえよな…?」

「触ってたら、ここにいねえよ」

「…違いねえな」


つい。少ししんどかったので、苛立ちげに言葉を返してしまった。咳払いして気を取り直す。テーブルの上には、魔術の岩で覆われた、ドラゴンの鱗。その欠片がめり込んでいた。


かの御仁の死体を見たあと。気絶した姫さんを休ませて、証拠の為に。主に姫さんが、剥がれていた鱗の欠片を岩魔術で回収し、洞窟の入口を可能な限り、岩魔術で塞いで帰還した。


「誰かに話…、ても誰も信じねえか、やっぱり」

「だろうな。…どうする、頭目?」

「まず。俺んとこに最速で、誰にも言わず持って来てくれたのは、実に冷静な判断だった。同じ冒険者活動をする者として、心から敬意を表する」

「ああ、…頭目の友人ファンで、本当に良かったよ」


頭目は祖龍様の焔を祀る宗教団体。焔龍教の出身者だ。今でも冬には葬儀などで、実家の手伝いを行っている本物の信徒だ。

当然、この街で最も、死んでしまったドラゴンに詳しい人物でもある。


冒険者ギルドの規定では、依頼終了後は速やかにギルドに報告義務が生じるが、事が事だけに、俺は最初に彼に相談することにした。


「死因は、何だと思う?」

「聞いた限りでは皆目。片目なのも訳わからん。そもそもゴブリンたちの関係性も、確かな事は一切不明だしな…」


息絶えていたと思われる龍様には、片目が存在していなかった。あったのは見える限り、底なしの虚だけが覗いていた。

頭目と2人して遮音相談室で頭を捻っていると、少し慌てた様子の足音と、控えめなノックの音が響いた。外の話し声から3名程がドアの前で待っているようだ。


「開いてるぜ、ララン」

「呼んで来たわよ、クック…、あら、レーナちゃん。寝ちゃったのね」


精錬された赤鉄鋼のような、鋼赤髪で小柄な妙齢の女性妖精種ドワーフ。ララン・ティアーズ副頭目と、岩囲いの鱗を一瞥して、目を見開いたドルフ親方。努めて冷静でいようとする様子の、冒険者ギルド支部長。ジョルノ・スコル氏が駆けつけてくれたようだ。

流石に俺も親方の顔を見た瞬間に、安心感で目が眩んでしまった。


「無事か、マナギ」

「生きてますよ親方。足はあります」

「本当に大義でした。マナギ・ペファイスト様。詳しくお話を、もう一度お願いできますでしょうか?」

「勿論です支部長。では、最初からお話します…」


これまでの経緯を説明していると、姫さんが大あくびをしながら目を覚ましてくれた。2人で可能な限り現場の詳細を語り、かの御仁のご遺体について。フリッグスの首長陣。冒険者ギルドと、その各団かくクラン、フリッグス在中騎士達が適切な対応を取り計らうことになった。



夜。フリッグス大通りを少し外れた冒険者酒場。「鳥と走る手札亭」は大勢の客で賑わう。今宵の目玉はなんと言っても腕相撲による賭けと、肉料理だ。

鳥と店名に付いているが、この店には珍しい事に上質な豚のモツまで振る舞ってくれる。鱗の団御用達の酒場だ。


「しゃっ! 50連勝ー!」

「うおおおおお! クック!クック!クック!」


場を弁えた騒ぎは良い物だ。頭目の目覚ましい腕相撲の活躍に、店は大歓声に包まれている。頭目達は明日改めて日の出てから、調査の為に万全の体制で向かうことになった。

明日の激務こそあるが、彼は約束通り俺達の飲みに付き合ってくれた。今は腕相撲に夢中だがな。


「はーい、ゴブリン焼きに、豚モツ煮込み。龍様ステーキ1丁あっがりー!」

「こっち、こっちです! ラランさん!」

「食うねぇ、姫さん。ラランさんも、お疲れです」

「実家だもの。それに、ドワーフですものね」


言いながら料理を配膳すると、そのまま彼女は元の席に着いた。丸焼きされたデカい魚を、ナイフとフォークであっと言う間に骨と魚肉に切り分けた。

骨に肉片1つを残さぬ刃捌きに、後ろで見ていた酔っ払いが思わず拍手していた。


ドワーフは、2つ目の性を自ら付ける種族と謳われる。特定の事にのみ偏愛し邁進する彼らは、名乗る場合、或いは好きなものを質問された場合。それらを口に出すことが多い。

ラランさんの場合は、ドワーフである事そのものだ。きっともう口癖なのだろう。


「おぉーいしいぃい!、がふがふ♡」


姫さんは牛ステーキをナイフで刺して、直接豪快に食い千切って、エールで流し込んでいた。頭巾の汚れも厭わぬ程に、がふがふ食べる様はまさしく冒険者のそれだった。

気持ちの良い食いっぷりだ。若い娘はこうでないとな。足もゆらゆら心地よさそうに揺れている。


「もー、いつまで立っても子供なんだから…」

「うぇへへへへ、もう1枚お願いします」

「疲れたもんな。俺も、もう1杯頼んます」


ラランさんに、飛び散ったソースで汚れた頭巾を拭かれながら、俺も姫さんも通りがかりの店員に注文をした。頭目が背中を叩かれながら帰ってきた。始祖種リザードマンなので少し分かりづらいが、酔っては居るようだ。


「マナギ! お前もやるか!」

「人間種にやらせんでくれ、人間種に。先に潰れる前に冒険譚だぞ、頭目」

「おっといけねえそうだった!、なら…、とっときの東列島。…竜姫との冒険譚を、1つ」

「え、なにそれ聞いてないわよ! クック!」

「あ、やっべぇ!」

「ガハハハハハ!またクックの旦那がやったぞ!」


どうやら創作の話ではないらしい。ラランさんに言い訳しながら逃げ回る頭目と、囃し立てる酔っぱらい。満腹で腹をさすっている姫さんを尻目に、酒をキメる。実にいつもの光景だった。…はずだった。


「痛っ!」

「あん? 、何でこんなとこで、そんなもん被ってんだよ! このブスぅぅ?、えぇ!!?」


リィイイン…と、静寂に、耳輪の音が鳴り響いた。


息を飲む音。目をみはる声が響く。

酔っ払った男が姫さんにぶつかってきて、彼女の頭巾を取ってしまった。ゆさりと長い耳が揺れて、畏れ多い美貌が衆目の目に晒される。

何人かは事情を知っている常連客も居たが、酒場は突如現れた彼女の宝石のような美貌に、水を打ったかのように静まり返った。


「あ、あはは…、その、えぇっと…」


俺はすぐさま机の端をロング・ソードの柄で、勢いよくタンッ!っと叩いて、注目を集めた。そのまま立ち上がり、頭巾を握って呆けている奴へ、舞台に上げるように手を翳す。


「皆さん! 妖精の秘密を暴いた勇者が、今夜は奢ってくれるそうですよ!」

「なっ……!」

「よっしゃあ!俺が1番乗りだぜぇ! なぁあ!?」

「ヒャッハー! 奢れやコラァア!」


頭目が噛みつくように、剥ぎ取った男に殺すようなインネンをつけて、頭巾を取り返した。姫さんに手渡すと、彼女は慣れた手つきで身につけ始める。

色めき立つ酔っぱらい共に、恨めしそうに俺を見る男は揉みくちゃにされ始めた。ニヤリと口の端を釣り上げて、笑い返してやる。


連なる鱗持つ竜は、己が財宝を穢す者を、絶対に許さない。まして最高級の宝石となれば、言うまでもないのだ。


「行くぞ姫さん。悪ィなラランさん。あとツケで頼んます」

「アレに剥いででも払わせるから気にしないで、素敵な吟遊詩人さん。良い夜を」

「ただの商人ですよ、また今度」


手を機嫌よく振るラランさんと、下手くそなウインクをして、頭巾を剥いだ男をガッチリ抱える頭目と、手を振って別れる。

姫さんを庇い、すぐに店の出口を目指す。何人か弁えない者が無遠慮に群がってくるが、鱗の団の精鋭が妨害してくれたようだ。

無事、店の外に出ることが出来た。そのまま駆け抜ける。


「やりますねぇ!、ははっ、お見事です!」

「なにせ、商売人なので。プロですから。姫様」


臓腑を焼く酒を溶かすように、少しムキになって競争した。息が切れる頃。笑いながら。帰り道を少し惜しむように、どちらともなく歩調を緩める。


「………月か」

「…いひひ、月がぁ「いや言わせねえよ?」ですねぇ、えー…、ケチ!」


遥か彼方に1人で浮かぶ月の姫は、白く輝く記念硬貨のようで。ふてくされて寄りかかってきた、姫さんを照らしている。


甘い汗の香りと、さっぱりとした香水の匂い。柔い暖かさに耐えながら、ぺちゃくちゃ軽口を叩きおしゃべりをして、そのまま彼女の歩調でゆっくり歩む。やがて閑静な住宅街の1等地で、大きな庭と池を持つ自然あふれる2階建ての家が見えてきた。

彼女の家だ。玄関先で白黒の猫が、呑気そうに欠伸をしている。

不意に、彼女が離れた。左腕に寂しさが残る。


「じゃあ、また今度な」

「えぇー…、よいせいのおひめさまのぉ〜、もぉっとすっごいヒ・ミ・ツ。見たくないんですかぁ…?」


くねくねふりふり身をひねって、上目遣いで覗き込こまれた。誘惑にしても馬鹿らしい仕草に、笑えてくる。


「ぷっ、あははっ」

「あっ、笑いましたね?、よーし、好きにさせてやるからなぁぁ?」

「へぇ……」

「ちょっ…やだ急に!、…っ…、離れて、くださぃ…」

「やだ」


ズイッと間合いを詰めて、吐息が重なるくらい、真正面に思いっきり近づいた。

彼女は恥ずかしそうに、口元に両手を重ねて少し身を引こうとしたので、腰に手を添えて逃さない。

彼女が恥ずかしいと、すぐしてしまう可愛らしい癖だ。声が、どんどん消え入りそうになっている。指先から漏れ出る吐息が酷く、甘く暖かい。


じっと黙って見下ろしていると、困ったようにおどおどし始めた。どうみても外見相応の反応なんだよな、積極的なようで全然男慣れしてないと言うか。

成人はしているらいしいが、この娘一体いくつなんだろうか。


「その癖。宝石箱の蓋みたいだね、かわいいよ…」

「はうっ………」


長い耳元によく聞こえるように、耳元に顔を近づけて、トドメの一撃をくれると。彼女は真っ赤になって膝を折って座り込み始めた。その隙に一歩離れる。


「じゃ、今度こそ…、姫さん?」


座り込んだまま、そそそと近づかれて、足の裾を掴まれた。………イカン、こうなると、この娘は離れないんだった。

以前彼女にストーカー紛いの付き纏いを受けたのも、こんな感じだった。やっちまったな。まあ良いか、姫さんだし。一応抵抗してみよう。


「えっと、もう帰るからね?」

「うん…」

「ほらちゃんと立って、離れて」

「うん…」

「…離れないと、首筋に噛みつく、こわーい狼になっちゃうぞおぉぉ…」

「うん…」


駄目だこりゃ。聞いてるのか聞いていないのか、服の裾を握ったまま離してくれない。数歩動いてみてもそのまんまついて来る。ため息を緩くついて、以前から考えていた事を口にした。


「じゃあ、今夜は俺の部屋で過ごす? 姫さん」

「うん…。……………え?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る