冒険者の仕立て屋さん

ヤナギメリア

第1話 紙切れ

母へ、愛を込めて。


「冒険者」


武器、または魔術などを用いて身を守り、未踏の地へと踏み入っていく者たち。この世界で最も愚かで、好奇心と欲望、ロマンを求め続け、旅の果てに、本当にどんなモノにでもなってしまう者たち。

自らの昏む死すら時に欲する、欲深くて、欲深くて、欲深い者たち。

それが、それこそが、冒険者だ。


そんな冒険者達を彩るのは、様々な武器や道具だ。


敵を倒すなら初心者に棍棒、初級者に鋭い剣、長い槍に自然も相手にできる斧。生命を守るなら丈夫で頼もしい盾、厚い革鎧に、頑丈な鉄鎧。遠くを攻撃するなら、弩や投石器。

弓は玄人向けで、左右で腕の長さが違う人にしか、オススメしないのがポイントだ。

そして、魔法を使うなら、杖に呪文の巻物スクロール


特に持ち運びに便利な呪文の巻物スクロールはおすすめだ。値が張り使い切りで希少な品だが、たった1つの生命には変えられない。


丈夫な背嚢の中身は、地図にパピルス紙、大釘、小木槌、どこでも書ける木炭。重要な火口箱、闇を照らす松明数本、必須な水袋、雨露を凌ぐ毛布、あると便利な釣り梯子、遠くを観察する望遠鏡。簡素な調理器具等など…。


怪我や毒。活力不足に素早く対応するなら、やはり薬品だろう。戦闘後の治癒にもどうぞ。


そして、忘れちゃならない命綱。鈎ロープだ。


危険を退け依頼を達成するなら、数々の冒険道具は選んで持っていくか、必須の装備だ。

そんな過酷な冒険を万全にサポートする店がある。


俺が店員を勤める。冒険者向け万屋よろずや「オレンジガベラ」だ。


多くの馬と草食竜が行き交う交易商業都市。フリッグスの商業区にある。そこそこ大きい店舗。万屋と聞くと、逆に何があるのかピンと来ないと思う。この店舗の設立には、いくつかの経緯がある。

大都市であるフリッグスには、自由都市同盟領で最も大きな冒険者ギルド支部がある。


2つ目の本部と言い換えても良いこの施設には。玉石混交の多くの冒険者が、依頼書を片手に冒険へと向かう。

するとどうなるだろうか? そう、あらゆるモノが足りなくなるんだ。


粗悪な中古品販売や、ろくに鑑定もせずに露天を開く輩が横行することを危惧した商工会と親方は。冒険者時代の伝を使い、引退を期に冒険者向け万屋「オレンジガベラ」を、このフリッグスに開店した訳だ。


「いらっしゃいませ~!」


朝一番に買い付けに来る大勢の冒険者へ、怒号と見紛う挨拶を掛けて捌いていく。

焦って買っていくのは、やはり駆け出しの冒険者たちだ。10代後半の瑞々しい面々が、がっつくように商品を買い漁っていく。


冒険者が脅威と戦う場が戦場なら、間違いなく朝の販売は俺たちの戦争だった。

幸い、今日はスリ紛いの輩は居ないようだ。この時間が1番危ないからな。

一通りの繁盛期を乗り越え、他の店員と共に乱れた商品棚を整えていく。店のお客様もまばらだ。

今日は朝から珍しく呪文の巻物スクロールも1枚売れたようだ。急ぎの依頼に使うらしい。実に景気が良くて惚れ惚れするね。


しゃりん。


店舗の入口近くから、輪飾りが鳴る音が響いた。入ってきた人物の目を引く容姿に、数人のお客様が振り返るのが見えた。


夜明け前の夜を流したような、深い藍色の法衣ローブ。袖や裾に趣味の良い、控えめな金刺繍を施された品だ。

間違いなく値の張る品で、中堅どころか上位の魔術師冒険者でもそうそう見かけはしない。間違っても駆け出しが纏う装備ではない。


頭巾の隙間から漏れる毛先なだらかな黒髪も、深みがあり重厚感のある妖しさを印象付けている。


体格は小さい。背は俺の胸元よりも下だ。しかし法衣ローブを包む肢体は、華奢でありながら彫像のように美しい。


頭巾の中を見たい。何ならその法衣ローブをすべて剥ぎ取ってしまいたい。そう周囲の声が聞こえそうだ。


気づけば周囲のまだ若いお客様が、生唾を飲む音が聞こえて来そうなほど。食い入るように見つめている。


その尊顔を拝見したいのだろうな。周囲の欲望に満ちた視線を完全無視して、小さな紅唇が、風に揺れる花のように言葉を紡いだ。


「おはようございます、紙切れさん!」

「おはよう姫さん、元気でいいな。今日は何が後入り用だい? お使いだと助かるんだが…」

「ゴブリンさん退治を前金付きで1つ。今日は紙切れさんが注文ですよ。あ、賦活薬も下さい」


彼女は美しい竪琴のような声を響かせて、千年の恋も即覚めるような注文を、いけしゃあしゃあと俺に言いつけてきやがった。


そう。この店なんと冒険の教導人員として、一部の店員を雇えるのである。冒険者ギルドを通した正式な契約で、ある意味店員も商品というわけだ。最も当然、本人の同意許可がその都度いるのだが。


「毎度あり。これで今月4回目か、毎週毎週ご苦労様なこって…」

「ゴブリンさん退治は2回目でしょ? 他は馬車の護衛に、迷子さん探しです」


一応は駆け出し冒険者である彼女とは、もう3回も依頼を共にしている。俺は教導が本業ではないが、姫さんの所属するクランには、店共々よーく世話になってしている。


彼女と同じ班の頭目とは飲み仲間だし、副頭目とは休日に剣の鍛錬をよくやり合う。2人とは知り合って、ここ1年程の仲だ。

姫さんも仲の良い冒険者仲間は居るが、手隙になると依頼へと誘いに来てくれていた。


「いや、本当。もっと若い子いるでしょ…?」

「イヤです。仲間内以外の若い子嫌いですし、私は紙切れさんが良いんです」


俺は今年で37になる。寿命200年を有に越える長命種が住むこの街でも、人間種ヒューマンの寿命ではおよそ半分弱を過ぎた事になる。

彼女の年齢を訊ねた事はない。頭巾のせいで若干分かりづらいが、15、16頃の深窓の令嬢に見えなくもない姫さんと並べば、護衛と間違われるだろうか。


最も、姫さんの種族を知れば。寿命差からそうは思われないのだろうが。

彼女の経緯と気持ちを推し量れば、分からない話でもない。俺も場を弁えず騒がしい若者は苦手で、忌避感は共感できる。


交渉していると、周囲の妬む目線が少し痛くなってきた。推定見目麗しい若き女性に、あまり華の無い俺が関わっているのが気に食わないのだろう。

ついでに言えば、断りかけているのも悪い。ゆずれ寄越せと言わんばかりの気迫を感じる。


まあ、店内で割って強引にコナ掛けて来ないだけ、お行儀が実に良い訳だが。


「行ってやれマナギ。今日、客は多くない」

「ドルフ親方ぁ…」


片目が白く濁り隻足のドルフ親方が、言葉少なく俺を促した。彼は樽に入れている数打ちの剣を引き抜くと、周りを見回して不敵に笑い。指先と残った鋭い目で、軽く刃先を検めた。

流石は元鉄砕きだ。その仕草だけで、周囲の邪な気配は霧散していった。


「若い姫に誘われる。実に良いことだ。男を上げてこい」

「俺はこれ以上。上げる男は残っちゃいない気がしますが…、姫さん、見返りは?」

「…生命カラダで♡」

「怒るぞ、冗談…。いや、心底本気だな?」

「ええ。いつのいつでも本気で生きてますとも。ですがそっちは大前提なので、クックさんとコレで如何です?」


姫さんは法衣の袖から覗く、指先に繊細さが宿るしなやかな白手で、小粋に1杯呑むふりを見せた。


「新しい冒険話か創作を期待するぜ。妖精の姫君」

「喜んで。じゃ、行きましょ」


俺の言い様に豪快に笑う店長達を後にして、久々の冒険へと向かう事にした。

器用な物だ。生命と口にした時、声こそ蠱惑的で冗談めいていたが。彼女の目は、一切笑っていなかった。


着込むのは、まず下に腰まで覆える鎖帷子。次によく鞣し、油で茹で上げた手製の革胴鎧。厚めのブーツを履いて、ゴブリン相手には重要な下半身の防備。裏側を覆わない、鉄の脛当てと腿当てをベルトで付ける。

左腕に頑丈な仕掛けガントレット。右腕に人差し指と中指抜きの革手袋。腕当てを特にキツめに付け、最後に遮光ゴーグル機能付き2段鉢金を、頭にしっかりと被る。


「まだですかー?」

「もう少しまってー…」

「覗いちゃいますよー」

「減るもんは特に無いから良いよ」


背負い袋の中身をもう一度、ざっと確認。毛布を上にベルトで固定。

右腰側に、できれば使いたくない切り札を1枚。渾名の由来をすぐ取り出せるケースに入れる。

腰の後ろには、丈夫な紐の投石器スリング

最後に相棒の、鍔大きく長め。刀身分厚くやや短め、幅広めの抜き打ち対応品。ロング・ソードの刃を検めた。


先日依頼後、刃引きと植物油で整備した相棒は。頼もしくも鈍い輝きを部屋の中で返してくれた。


「よし…、やるか」

「はい。それじゃ、出発前にチェックしますよ」

「承知した、よろしく」


姫さんは一転。喜びで緩んだ表情を引き締めて、俺と鏡合わせに向かい合って、手を伸ばしてきた。

遠慮なく丈夫なベルトを引っ張ったり、革鎧やガントレットを叩いたりしている。


「ブーツ裏見るんで、足上げて…」

「ほい」


足裏を調べたあと、背後に回って同じように調べた。装備品の整備不足は、残酷なまでに生死を分ける。冒険者は出発前に、必ず男女問わず、恥じることなく行う儀式だ。


「じゃあ、どうぞ」

「はいよ」


姫さんが深い頭巾を持ち上げて、素顔を晒した。

長い耳がゆさりと艶かしく、輪の付いた片耳飾りと共に溢れ出てきた。上頬の淡い朱色と、大きめの瞳。細長く美しい柳眉も、妖しく蠱惑的だ。

あいも変わらず、見ているだけで畏れ多い御尊顔だ。造形が整い過ぎて、凄まじく不安にすらなってくる。


街を素顔で練り歩くだけで男は振り返り。女は溜め息をつくか、嫉妬に殺意を無遠慮に混ぜるのだろう。彼女が素顔を晒せない事情は、男も女も上がらないような、下らない理由だった。


妖精種筆頭のフェアリーと呼ばれる彼女は、全種族から極々稀に誕生し、外見を「外せない最高位の宝石を、生涯身につけ続ける種族」とまで謳われる。


俺は軽妙でふてぶてしく笑う。悪戯好きな彼女の事は、非常な気苦労を抱えている娘だとも思っている。


「宝石の調子はどうだい?」

「絶賛売り出し中ですとも。1番買って頂きたい殿方だけに」

「そうかい。まだ色々物色中だから、今度な」


こみ上げる情欲は明後日に投げつけて、金刺繍の夜法衣ローブや腰のぶっといベルトを叩いたり引っ張ってチェックする。


我が店舗でお買い求め頂き、御愛用されている4つの腕輪、足輪も同様にチェックする。魔法加工された元商品は、しゃりんと音を立てて小気味よく返事を返してくれる。

一見すると衛兵に叫ばれる仕草だが、彼女は本気で踏ん張って耐えて見せた。


「気が多過ぎるのは、嫌われますよ」

「一体誰に?」

「勿論、私に」

「無いな、ナイナイ。む……、肩掛け鞄がほつれ掛かってる。縫うよ」

「引っ掛けましたか、お願いします」


僅かにほつれていた根本を、針と糸を取り出して縫っう。姫さんはその間に、ロング・ソードをベルトから鞘ごと外した。俺も彼女に応じるように、腰のロング・ソードを預け交換する。


彼女の剣を目と指先で検める。全体を魔術加工された素晴らしい品で、柄長め。鍔細長く丸め。刀身薄く、幅狭く長めの本来なら抜き打ち非対応品だ。

女性用にはやや細長く大きめだが、しなやかな姫さんには似合う品だ。柄拵えを彼女の髪色に整えた時を思い出す。

僅かに鼻を鳴らして匂いを嗅げば、おすすめした植物油に整備を変えてくれたようだ。


こういう自身の仕事が身を結んでいる実感は、何者にも代えがたいな。本当に。


「紙切れさん、下手するとソードのほうが好きですよねぇ。…私よりも」

「男は幾つになっても、剣の虜だよ」

「あんまり武器で遊ぶとぉ、ツキが落ちますよぉ〜?」

「違いねえ、浮気はほどほどにしとこう」


剣を預け合いながら。軽妙な調子の姫さんの背を押して、集合住宅の自室部屋を出る。いつまでも居座らせると、また何か悪戯しかねないからな。


「遺書の準備は?」

「3日前に更新して、ギルドに。主に父様と母様向けです。紙切れさんは?」

「1ヶ月前だ。俺も血族にな。…頻度多いな?」

「資産運用の講座受けてるので、練習も兼ねてです」

「なるほど…、俺も受けようかな…」


何が嬉しいのか、姫さんは右腕に抱きついて、締まりのない声で寄りかかってきている。

もう半ば諦めていたので、そのまま柔い感触に開き直って街を歩いた。


顔見知りの門兵に挨拶して、多少冷やかされながら街の外に出る。城壁から回り込んで、下り坂を降りて行く。

名うてで偏執的なドワーフたちが建設した石畳は、几帳面に揃えられて砂ぼこり1つ立たない。

快適に平原街道に辿り着くと、大きな草食竜が呑気に青草を喰んでいる。


春だ。実に春の光景だ。遠く祖龍様がおわす霊峰は細面を白化粧していて、神々しくも荘厳だ。野原には気の早い夏花が、囁くように風に揺れている。

風が心地良い。春特有の麗らかな弾むような風だ。

決して優しさや、暖かさだけでない。暴虐なまでに旺盛な、生命の息吹きを感じる。


「良い日ですね?」

「ああ…、良い日だな」


きっと、冒険で殺すにも死すにも、良い日なのだと心から思える。

いつかは、俺も死ぬのだろう。

春の先か、初夏の先か、秋めく先か、…冬の果てか。


(できれば、一面真っ白い雪のが良いな…)


なんとなく、本当になんとなくだけ、なのだが。

俺はいつか、傍らの姫さんに殺されるか、姫さんと死ぬと、何故か納得して思えた。

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