第8話 星焼き、固める者
土台、無理難題な状況だった。そもそも姫さんの魔術を満足に打ち込むには、向こう側はギリギリの距離だった。運良く小雨だったのが味方して、地面が濡れていて規模が大きくなり、届いただけだ。手足こそ折るくらいはできたが、遠い連中は致命傷に至っていない。
反面、俺の
剣で
近くの剣を拾って、力の入らなくなった四肢を叱咤し立ち上がる。よく見えなかったが、偶然俺のロング・ソードだったようだ。握りで分かる。
柄の右握りを控え、ガントレットの左握りは刃先に。膝を折って踏ん張る。
愛する無謀な駆け出し共に何度も教え、自身に染み付いた
男が1人。デカい筒を肩で掲げて、怒声をあげて近づいてくる。どうみても、敗れかぶれの大ぶり。
「がぁああ!!?」
「……ふぅっっ!!」
ハラにめいっぱい、リキを込め受け止め、右に流す。矢傷に軋む痛みすら、遥か遠く。そのままデカい筒を下に払い、全身を捻り込みつつ、ガントレットを振り回し、後頭部を裏手にかっさばき抜く
血の噴水が、後ろ首から吹き出る。血潮を浴びる。もう喋る力もない。意識すら、白む薄氷の上だからこそ…。
剣が、冴える。
しゃりりんと、音が響いた。
右の腕輪を何度も振って、強引に力が全身に満ちる。同時に、とてつもない虚脱感。クックさんに付き合って、1日走った後みたい。
荒い息が途切れる。喉が渇く、心臓の拍動が鳴り止まない。
「ハァ…、ハァァ……!、だあぁああああ!!」
「ぐおっ………!」
小細工無用。虚脱感を無視して渾身を振り絞り、全力で手首が痛むのも構わず、刃を片手1本で撃ち落とす。魔術加工品の剣は細くとも折れない。擬似的な剛力に、相手の足が泥濘に沈んだ。
「そっ、れぃい!!」
「がぼぼぼぼぼぁ!?」
もう一度反対側の杖を振るって、大波を起こす。彼らが遠くへ流れていく。クロス・ボウや短筒は湿ってろくに使えないみたい。呪文は唱える暇がなくても、魔力による物体操作はできる。距離さえ稼げば足がバラける。囲まれ無いならあと500数える間は、なんとかなるといいなあ!
………蹄の音!
「紙切れさん! 馬です! ラランさんが……!」
「……………?」
違う。俺でもわかるくらいに音が多い。まさか…。
グリンが真っ先に突撃しつつ側に寄ろうとする。飛び乗って逃げるんなら、…今しかねえ!
轟音っ…! いかん!!?
「ぐぉおああああ!?」
「わぁあああああ!?」
なんっ…、炎魔術か。グリンが近くで爆散した。どうやら彼だけが気づいて、庇われたらしい。残った頭部だけが耳を思いっきり絞って威嚇している。
現れたのは5騎の騎兵。身に纏うは、いずれも魔術加工品。おそらく名うての傭兵共。…万事急須か。
「相当。やってくれたわね、冒険者…」
「嘘だろ…、駆け出しじゃなかったのかよ…!」
賞金稼ぎがまともに動けるのは残り6人くらいで、1人は息も絶え絶えに地に臥せっている。強引にでも逃げりゃ良かったか。…剣に、酔いすぎた。
「まあいい、殺せば儲かるわ」
「女は残す契約だ。男はいらない。焼け」
呪文が紡がれ、髪の長い女傭兵の杖先に熱量が集う。仮にも雨なのに収束が早えぇ。これは、…死んだな。よし、諦めよう。一歩でも前に進んで、死ぬしかねえ。
「きゃああっ!!、……………?」
あれ………? 死んでねえ。ちっとも痛くもねえ。濛々とした煙の後には何事もなかったように、女性が1人で立っていた。周囲の破壊痕を見る。増えてる。確かにこっちに放たれて、当たったはず…?
真っ青な視界で、もう目がかなりチカチカして良く見えないが、目を凝らした。4対の角飾りをつけた、腰に掛かる長い髪、背からは大きな翼のような物も見える。
大きい。俺よりも頭2つ。いや3つは背がデカいかもしれない。場違いに無邪気に笑っている。…のか?なんの種族だ?リザードマンハーフでもない。あんな身体は見たことも、聞いた事もない。
「祖龍、………さま……?」
何故だろうか。脳裏によぎり、口をついて出た言葉は、幼い日に涙した、尊き御姿だった。
「グル…」
「なっ……! どうしたんだよ!!?」
彼女が呻きながらこっちに歩むと、それだけで馬がへなへなと膝を折った。何度も傭兵たちは
よく見れば馬は。突然熱病に浮かされたみたいに小刻みに震えていて、泡吹いてる馬もいる。一体、なんなんだ……?
彼女が、眼の前に立った。子供のように無邪気に微笑んで、俺を見おろしている。
「こんばんわ、涙の少年。さっきぶりだよね。妖精の姫も始めましてだね。弱っちくても、君が立派な戦士になれたみたいで、あたしたちは角が高いなー」
「へ……?」
そう意味のわからない事をのんびり言って、彼女が振り返ると、パタムと何か長い物が足元に落ちた。俺達の隣りには、太く長い鱗持つ尾が、だらりと弛く曲がって伸びている。尻尾……?、でもリザードマンのようには、とても見えない。
服装はラランさんの亜竜皮の革鎧に似てるが、足先もまったく見えない、長いスカートを履いている。魔術師か? でも杖は…。手には…。なんだ、あの手は……。鋭い爪が、ぞろりと異様に生えていた。
「だめじゃんニンゲン。そんな火遊びしちゃ。危ないよ?」
「あぁん…? あんた、何?」
「ニンゲンの雌が、そんな乱暴な言葉使っちゃだめだよ。ほら、不敬でも良いからさ、逃げちゃえば」
「なんっ……、うわっ!?」
逃げて良いと言われた瞬間。馬たちが嘶いて、乗っている連中を全員落馬させて、あっという間に俺達の脇を通り過ぎて逃げていった。まるで、目に入れてはならない、ナニカを見たかのように。
「ゔぁははははっ!、逃げちゃったぁ。…面白い。じゃ、逃げないんなら。良いよね」
「あんたは! なんだってのよ…!」
「…君たちは龍を生み出してくれた、大恩ある父母に不正義を働いたと、…そう相違ないんだね?」
「話し聞けよ! …もういい、殺せ!」
「心得た。…魂まで抹消することを、ここに約そう。…始めるよ」
翼が俺たちを守るように、大きく広がる。
瞬間、世界を揺るがしかねない。
右足を、大地に踏み込み。大地が隆起する。
左足を、大地に踏み込む。大地に亀裂が奔る。
最後に、尾を大地に打ち下ろし。財を守る導とし、支えとする。
口の中で熱風を噛み込むように、荒ばせる。決して下げぬ顎を、持ち上げる。
深く、深く、ただ深く。息吹を喉奥に吸い込む。
放熱の翼を広げる。那由他にすら届く膨大な熱量に、翼が輝き出す。
己が口内に、すべてのモノが1つに。核としたモノがただ1つに融合する。
その姿まさに。地上に新生した、新たな太陽。
壊滅とは、この一撃。祖は星焼きにて固め産む者。
慈悲も残酷も、地獄も極楽も、場に1つとなりて。荒ぶる神の如く、大破壊を顕現する。
力を、放つ。
1筋の熱線が、星を焼いた。
彼女が翼を広げて、その翼が輝き出した時点で、周囲の景色は一変していた。
全部が、真っ白に溶けてた。そう口に出すしかない現象が起きた。なんで俺溶けねえで生きてるんだろ……。その後は必死に大きな彼女の足元に縋り付いて、目を閉じて叫んでたはず。全然自分の声が聞こえず。目を閉じても眩し過ぎて、もう良く見えてねえ。
「………! マ………! ……ギ……!」
光が焼き付いてるが、真っ暗なようだ。どうやら暗視も完全に消し飛んだらしい。空を見上げると雨雲が切り裂かれたかのように左右に分かれて、きらめく星座が見える。
正面には、いや、後ろにも虚が広がっているのか。
真夜中に視界いっぱいに暗闇が広がる崖を、覗いた事が頭をよぎった。
見渡す限り、地平線までずっとだ。…世界が、消えちまったのか? あぁ、死んだのか、俺たち。姫さ…。
「マナギ!」
まだ姫さんになんも言ってない。ああ…。あの世なら別にいいのか。
姫さんと、一緒ならな。
「たったこんな程度か…、っと、危ない危ない、カミキレ!おーい!、しっかり、しっかりしなよぉ!」
「はっ、はっ、はっ、くっ……」
息が整わない。苦しい。苦しい。キツイ。キッツイ。紙切れさんが白い誰かの尻尾に、抱き起こされてる。動かない。
───────………。動か、ない?
そんなっ!、そんな!、だってさっきまで!…いったぁ…!ころんだあぁ……。
「あなた……!、何、を……?」
「今からすることは、みんなに黙っててね…、ヒメサン。…カミキレにもナイショ、だよ?」
彼女はそうして、ある事を彼にした。駆け寄ろうとしても、転んで進めず。その時は這って寄り添う事しか、私には出来なかった。
腹減った…、目を開けた。なんかあったけえ。目を開けたのに真っ暗だ。なんか、覆いかぶさってる? 手で触ってみる。ぶよぶよしてる。……なんだこれ?
「おはよう。背中どう?」
「おはよう。…おは、よう………?」
大きな手だったようだ。身を起こす。可愛らしい寝巻き着てる大きな女に抱かれてた?どこだここは?あんた誰だ?
確か、えっと…………、
うっ、と口元を押さえて胃液がこみ上げて来やがった。苦しい。キッツイ。傍らの彼女が背をさすってくれた。
「ごめんね、あたしのアレ見ちゃったら、怖いよねぇ、よしよし……」
アタマが今更追いついて、あの底なしの光景にゾッとした。冷静になって思えば、とんでもねえ光景だった。
ゆっくりと尻尾と翼ごと、卵みたいに抱きしめられて、スリスリと側頭部に生えているゴッツい角の根本、…いや、瞼で慰められて、しばらくしたら不思議と落ち着けた。よく見れば真っ青な視界で見てた、大きな女性だ。彼女は無邪気で子供のような微笑みを浮かべている。
「あなたは…?」
「呼び名は後で考えてよ。ここはハンココの村で、
宿泊や、食事。高額な戦利品の一時的な保存。駆け出しの登録などが行える。どこの村にも1つはある店。
思い返せば、何度か依頼で泊まった宿屋の作りをしている。気が動転して、思い至らなかった。
ドタドタと足音が響いて、ガチャリとドアノブが回されて、姫さんが顔を覗かせてくれた。
「あ! また勝手に! あたしもしたこと無いのに!」
「だからすればいいって言ってるじゃんか。ツガイなんでしょ、なんでしないのさー?」
「うっ……、と、とりあえず、ご飯、食べません? 女将さん。作ってくれたので…」
何か姫さんは誤魔化したようだが、とりあえず腹減って仕方なかったので、宿屋の一階に降りて食事することにした。
「悪い。すげえ心配かけたな、姫さん」
「いえ…、思い返せば、クックさんの1番酷い負傷よりは、まぁ…」
「突然、驚かせるような事言って、本当に悪かったな、それも2回も」
「はい…? なんの事です…?」
「………なんでもねえや、飯にしようぜ」
歩いてる途中で話を聞いたが、あれから驚くべき事に、2日しかたっていないらしい。かなり疲れてるが、賦活薬をしこたま飲んだ感覚がある。背中の傷も消えている。寺院か教会で治癒されたようだ。
かなり重症だった筈だが、よほど腕の良い聖人様が、神術を授けて下さったのだろうか。
「おや、良い男がお目覚めかい?」
馴染みの女将が気さくに挨拶してくれた。何人もの冒険者や駆け出しを見送ってきた、中年の女性でもある。相変わらず店の名前でもある、
「パスタ、今日もいい女だな」
「あたしゃいつだってそうだよ、…今回はエライ大変だったね。チップはこっちだよ」
「助かる。…わりい、腹減ってんだけど、今回はかなりの厄介事でな…」
「ミュレーナ嬢ちゃんから事情は聞いたよ……、まあ誰も来れやしないよ、多分。ゆっくり食いな」
食事を取りながら、姫さんに説明された。気絶してしまった俺と姫さんを、この村まで彼女が抱えて飛んでくれたらしい。教会で治癒した事を聞くと、姫さんは何故か微妙な顔をしていた。
俺は生命の恩人である彼女に、深く礼を告げる為に、直立して頭を深く下げた。
「大変助かりました。深く感謝いたします」
「敬語やだよう、もうヒメサンとだって、仲いいんだよ?」
「まあ、仲は良いですね。…仲は」
「分かった、そうする」
「感謝してるなら、お礼を3つ、お願いして良い? ……だめ?」
「それは、勿論。この生命の対価に見合う物なら…」
「じゃあ、呼び名をヒメサンと相談して…、トウサマとカアサマになってよ。そして、ある物を探してほしいんだけど……」
父様、母様、…保護者になれと? 表情通り、年若いんだろうか。確かに彼女は大きいが、かなり幼い印象を受けるのは事実だ。外国から来た種族の少女なのか? 人種の生態に詳しく無いので、まったくわからねえな。
「………なにを?」
「
屈託ない照れた笑顔で、彼女は良く理解できない事を、俺たちに依頼してきた。
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