第7話 狂騒
鱗の団は直接戦闘を行わない班を別にして、6班と9班を、全員鉄砕きで構成されている。これは各国の正騎士の平均よりも、1段上の個人戦力を保証されている。また、数多の怪物共としのぎを削り、中には完璧な礼儀作法や、直接その目で
然るに、団の者たちは、ほぼ正式な騎士と同じく、即行動できる、力ある者たちなのだ。
対してフリッグスの先遣騎士たちも、皆英傑である。不正義を憎み、克己心を奮い立たせ、己が力を磨き、自由都市騎士隊の名の下に、愛する善き人々の盾に、鉾になるべく集った。栄光ある者たちである。
団長不在の中、緊急で
クック頭目自身が行動を起こさなかったのも、身元不明の
事実、団内の駆け出し1人に懸賞金協会の、前代未聞の裏切りとも言える。不祥事に巻き込まれた一件に対しても、即応できた点について、彼らの有能さは疑う余地もない。
彼らが現地に到着したのは、驚くべき事にマナギ・ペファイストの報告から、正午には団員が。夕刻には先遣騎士達が、防衛陣を張る迅速さを見せた。
彼らはまず、台地そのものを魔力による物体操作で修復し、急拵えではあるが、人が生活出来る詰め所を建築。同時に可能な限り洞窟の補強。夜を徹して空からの侵入を想定しての、主に岩魔術による隠蔽工作を行っていた。
「天井。とりあえず隠蔽工作、完了したッス」
「ご苦労。悪いな、他の連中は街で飲んでるのに」
「気にしないでくださいッス。後で飲みますからね。…結構、降って来たっスね」
彼らが見ている空模様は荒れ、雨風が容赦なく降り注ぎ、それこそ
雷の魔術でもここまで大規模になるまいと、騎士と冒険者は思っていた。
「ここ高いからな…、カミナリ落ちて来なきゃ良いんだが…」
「勘弁して下さいよ、わっ、今のでっけぇえ…!」
「なあ、中に居るってのは、……本当なのか?」
「──────────。一生、見ない方が良い」
朗らかに笑っていた冒険者の表情が消えた。親しい友人の残酷な死でも、突如思い出したような表情だった。
騎士は、
ただ、一目見ただけで、その後の一生に万栄する普遍たる死を、意識させられる劇物。まして、亡くなっているのであれば、ある意味不敬でもある。
冒険者の表情は、何よりも遺体を目にするべきで無い事実を、雄弁に語っていた。
「疲れているだろ。ここは任せて休むと良い」
「はいッス、明日も………!?」
パリッ、バチッ、と氷が割れるような音が響く。見れば地面に微かではあるが、紫電が疾走っていた。多少なりとも雷について知っていた2人は、即応して身構えた。
空と大地を、雷光が貫いた。
「いかん!」
「ぎゃあぁー!」
耳を貫く轟音が響き、雷光がいくつも降り注ぐ。騎士は眼の前の冒険者を庇って、マントを翻した。幸い詰め所には直撃しなかったが、耳はわんわん鳴り、視界は突然の白光に、真っ白になっていた。
「くっ……? 、アレは、なんだ……?」
騎士は白く朧気になってしまった視界で見た。寝物語に出てくるような、悪魔の翼。それを持つ影が、洞窟の天井を突き破って現れ、翼を大きく広げると、遥か彼方に空を駆けて行った。
抱き込んでいる身体が、やけに熱い。
背中の熱はもうない。ただ眼の前の温かさに必死に抱きつく。何故か故郷に遺してきた、家族を思い浮かんだ。死んだ家の白猫に、引っかかれた事を思い出す。
「…ナギ、……ギ!」
そうだ、その後犬を飼ったんだ。姉がわがまま言って、全然世話をしなくて、臆病な奴で、最後泣くように寿命迎えて……。
………あれ、俺なにしてたんだっけ? そうだ、何か大事な物を、抱えて…。
「マナギ! マナギィ!!目を、目を覚まして…!」
はっとして、姫さんの呼びかけで気がついた。悲鳴のような声だ。そうだ。俺多分、射掛けられたんだ。だいぶ朦朧としちまってた。
くそったれ! 俺だけ気持ちよくおねんねとか、何様のつもりだ。自分の弱さに腹が立つ。
「姫さん、…くっ、どこまで来た!?」
「あぁあ、もぉう! 村まで半分は、とっくに越えましたよ!気がついたんならっ、このあたりでっ、せめて治療をぉっ……!」
「だめだ、まだ。…せめて、街道を越えるまでだろ…!」
ひんひん泣きながらの姫さんを、叱り飛ばすように指示を出した。俺に刺さった矢は3本ほどで、暗視魔術で真っ青に見えて霞む目には、色の濃い血が混じっては居なかった。吐血も少ない。おそらく内臓は、傷つけて居ないのだろう。そう思いたい。
血は絶対的に足りないが、まだ、死にはしない筈。姫さんを守らねば。こうなると、丘からは反対方向だった事が悔やまれる。ちくしょう。なんだってこっちの動きが、情報屋か…!?
「やだっ、ヤダやだ、やだぁぁ!、置いて行かないで! 行かないでぇぇ…!、マナギぃ……!」
「まだ逝ってねえ…!、まだ、べそかくんじゃねえよ…! お前は、冒険者だろうが…!、ミュレーナ・ハウゼリアぁ!!」
髪を振り乱して錯乱する彼女に、強めに襟首を後から掴んで、力強く正気に戻す為に叱咤した。ビクリと反応したが、次第に鳴き声は静まってくれた。
「姫さん、グリンが見てんぞぉ……、みっともなくって良いのか?、…嫌だろぉ!!」
「…っ…!、はい…! 絶対に、やです!」
「なら、やるべきことを、やるぞ……!、ここから進めば身を隠せる谷間がある。そこまで…!」
爆音が前方に響いた。痛む身体を耐えて傾げ、姫さんに覆われていた正面を見据える。やっと見えてきた谷間に続く街道の切れ目に、10人程の人影が見える。グリンが速度を緩めてくれた。
「…ハ…っ……!?」
…ありゃまさか、
携行性や整備性、費用対効果は最悪だが、魔術を使えない者でも、相応の訓練を積めば十分な火力になる、脅威の武器だ。
それが、3丁。3丁、だと…!?
お値段驚きの1丁銀貨650枚。これは弾と火薬の値段は入っていない。おそらく正規品じゃねえ横流しの粗悪品か、中古品なんだろうが。
それでも3丁となれば、間違いなく銀貨600枚より上だ。つうかおそらく倍位以上だ。間違いなく大赤字だ。
正気じゃねえ、一商売人として、とても正気の沙汰とは思えん。なに考えてやがるんだコイツラ。姫さんを犯して殺す事しか、考えてねえのか、まさか。
後方を見る。向こうも10人程が出てきやががった。退路を塞がれてる。後方の連中はクロス・ボウか
真っ青で霞む視界でも分かるほどに、嫌らしい下卑た笑い顔。辛抱強く待ち構えたような。熱病に浮かされたような、無遠慮な視線を、姫さんの雨に濡れ輪郭のはっきりした肢体に突き刺して来やがる。一応は同じ男なので連中の顔つきで、理解してしまった。
プッツンとキレそうだが、落ち着け…。これ見よがしな魔術師が居ないなら、こっちの様子は長い草、風と闇夜でよく見えない筈。光源も少ねえ。頭に血が足りないが、だからこそカラカラと思考を必死に回す。
「さっさと武器捨てなぁ! 女置いてけば見逃してやるよぉ、ボクちゃん〜!」
「げはははは! まぁマジで見逃してやるよ、何ならあんたも楽しむかい!?」
3丁。3丁か…………。フカシ。脅しか?
明らかに連中は武器を弄んでいる。煙吹いているのは1番右だけ。よく見れば他は火縄に火も付いてねえ。小雨降ってるが、この程度なら使えなくは無いはず…。
………分かった。おそらくだが、金がかかりすぎるから、たった2人に使いたくねえんだ。女も欲しい欲目だな。脅しの道具。だとは思う。簡素な魔術で火はすぐつけられるし、万一姫さんの死体が判別不能なら稼ぎも0だ。
か、賭けるしかねえ…。こりゃもう、やるっきゃねえ。
「分かったぁ! 俺も犯すぅう!、剣、剣を捨てるぅぅ、頼む、頼むよ撃たないで、撃たないでくれよ!!、矢が刺さって、もう痛えんだぁよおぉぅ……!」
「紙切れさん!?」
「ギャハハハハ!!、なっさけねー!!さっさと女持ってきなぁあ!」
(矢避けの呪文、見せないようにかけられるか、効果は2の次で良い)
目一杯情けない声を出して、これみよがしに剣を両手でかがけて近づく。姫さんの剣も抜刀して奪い取る。
同時にほとんど口の中だけで囁き、姫さんの長い耳に声を伝えた。彼女は見えないように微かに頷いて、背中の杖に触れた。小声で呪文を唱える。俺と彼女に風が緩く纏うようになる。ある程度成功したようだ。
これで300を数える間。矢も鉄砲も効かない筈だ。満足な詠唱でないから、急所を逸れてくれる程度かもしれんが。背に腹は変えられねえ。
「今投げるぞぉおお! 受け取ってくれぇえ!!」
「おう! さっさとしな! 女のデカい杖もだぞ!」
じわりと右側の方に寄ったタイミングで、2本の剣を放り投げた。賞金稼ぎの数人が剣に群がって来る。………今だ。
天と地上を雷が貫き、遠雷と共に銃声が響いた。
「ぐぁっ…!?」
「何!? 誰だぁ! 勝手に撃ったのは!?」
姫さんの手に握られた
相手が冒険者なら、隠し持つ事を許されるのはナイフ程度。相手が降伏するなら、戦闘にはならない。その油断の隙を突く、必死に喰らい突く!
「(いけ、姫さん!グリン!)」
「はい!」
敵が馬脚を晒し、混乱している内に奇襲を仕掛ける。突撃を始める前のグリンから、正面から滑り落ちたように、不格好で無様に手足を投げ出して飛び降りた。泥と砂利を被り、鈍い痛みに耐えるしかねえ。
同時に姫さんも降りて、最も端の賞金稼ぎに、真っ直ぐに走り出したようだ。
「まさか、あの女やろうってのか!? この人数差で!?」
「やべえ、取りつかれて撃てねえ!?囲め囲めェ!袋叩きにしろォ!!」
「バカヤロウ、馬だ! 馬狙え! 臆病モンと女なんざ、後にしろォ!、ぐぁああ!!?」
起き上がっている間に、姫さんが魔力操作による物体操作で、剣を軽く浮かせて手に握った。そのまま走る勢いで、グリンを見て余所見をしていた男に斬り掛かった。
銃声が1発、さらに闇夜に響く。
「うあぁ!?撃つな、撃つなぁ!味方に当たるだろうが!ばがぁ!?」
俺もグリンが注目を集めている内に、腰の後ろに隠していた、親方の
「正面!お前さんは、後ろぉ!」
「はい!!」
切り札を、切る。
しゃりん。と、音が響く。
右腰の専用ケースから急いで固定具を外し、それを取り出す。
渾名の由来にして俺の切り札。山吹色の封蝋を急いで引き千切り、端を掴み木芯を回転させ。勢いよく引きずり出す。解放され、描かれた魔法陣が力持ち輝く。幾条もの鞭のように、雷の余波を広げる。
呪文が暗闇と混乱の中、囁かれる。小雨なので水分は元からある。収束もずっと早い。
左腕の腕輪を振って、更に水分密度を膨らませる。
過剰な力の奔流に溢れ出た余波が、衝撃に岩砕き巻き上げ、縦横無尽に大地を削る。地上から天に逆登る。水の雷。
「…っ!…構わねえ、死体は氷魔術で保存すりゃいい!俺ごと撃てぇ!!」
「しまっ!?」
リーダー格の男なのだろう。こっちの魔術の気配に即応して、身体が余波でボロボロになるのも構わず、剣を抜いて距離を詰めてきやがる!? 肝が座ってやがる!判断が疾え!
男に構わず弩矢と銃弾が殺到してくる。魔術の余波と、矢避け魔術のお陰で直撃はしないが、手足に掠る、1本は肩に突き刺りやがった。くぅっ…!
ハンド・キャノン2丁の雷管が叩かれた。バジジジと言う不吉な異音がしやがる? 片方は射手ごと巻き込んで
「ほぎゃああああああ!!?」
「……っ!!」
「くぉおぅ!?」
もう一発が撃ち込まれる。矢避け魔術で逸れたが、近場に打ち込まれて片手を離しちまった!強引にでも振りかざすしかねえ!巻き込まれて死ぬ!
男の剣と俺の
☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★
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