第6話 ドワーフは砕けない

フリッグスの地下水道は、出入り口が多くある。

階段を降りて、街をぐるりと大きく回る地下道には、この1年何度も様々な駆け出し冒険者たちと共に、依頼で足を運んでいる。


駆け出し冒険者の依頼は多岐に渡るが、真昼出も暗闇で危険もあり、逃げ回ればとりあえず、人の住む場所に出やすい地下水道の依頼は、彼らの下積みに丁度いいんだ。

目を瞑っても好きな場所に行ける。とまでは言えないが、ランタンの火が途絶えても、街に戻れる自信はあった。


ラランさんの先導で追跡者を巻き、俺の下宿先から最も近いフリッグスの地下水道入口にやってきた。

左右を清掃・整備用のストーン・ゴーレムが、彫像のように守っている。

城門から素直に街から出れば、賞金稼ぎたちの待ち伏せを受ける可能性が高い。なので、今回は地下水道の更に下、俺も知らず、行ったことのない地底湖を通って街を出立する予定だった。


「私が先に行くわ。居ないと思うけど待ち伏せを警戒して、レーナちゃんは暗視をお願いね」

「了解です」


姫さんの呪文で目に暗視を掛けて貰い。真っ青に暗闇を見通せるようになった。通路の奥には大ネズミが一匹いたが、目が合うと大急ぎで逃げていった。

匂いはそんなに臭くはない。暗い中を、自身の影を踏むように進む。


途中。大ネズミや飛び回る大きな蝿と遭遇したが、依頼を受ける時ほど多く出てこなかった。定期的に討伐している成果なのだろう。指導した駆け出したちの面々を思い浮かべ、感謝しながら進んだ。


「む………、珍しく、鍵がかかってるわね」


見覚えのない通路をラランさんを先頭に進んでいると、折れ曲がった通路の先で、扉が1つ閉まっていた。

蝶番から内側開きの扉で、よく見る円状の鍵穴付き。大きさは俺が屈まないで通れそうな程度だ。


「誰かが、間違えて掛けたんでしょうか…?」

「レーナちゃん、開けてみる?」

「盾持ちは俺がやろう。ラランさんお借りします」


ラランさんからバックラーを借りて、ドアの隣に陣取る。ラランさんはハンド・アックスを抜いて、後方を警戒していた。


「魔術と鍵開け、どちらがいいでしょうか…?」

「任せるわ」

「なら、魔術は秘すべき物。鍵開けで行きます」


できるなら。魔術は可能な限り温存すべきだ。そんな諺をつぶやきながら、彼女は解錠道具ピッキング・ツールを背負い袋から取り出した。


小さな手鏡。ロックピックが沢山と、固定フックが入っているセットだ。お値段およそ銀貨22枚程。迷宮などでは必需品の1つ。

姫さんはじっくりと天井を含む周囲を確認すると、手鏡で鍵穴の中を確認し、ロックピックとフックを手に取った。


「そう。まずはどんな時でも、罠の警戒を怠らないで…」

「姫さんの耳なら構造上弱点スイート・スポットも判別できるかもだ。頑張れ」

「はい…」


2本ほどロックピックを壊して、鍵穴はカチリッと音を立てた。見事開けたようだ。


「やた、開きました!」

「よし、ゆっくり開けてくれ」


姫さんに扉を開けてもらい、正面にバックラーを向けて警戒する。暗視で真っ青な視界には、何も居ない。何も飛んで来ない。ひたり、ひたりと向こうの扉天井付近から、水が滴っている。


俺はロング・ソードを抜いて、扉の向こうへゆっくりと付き出した。ぶよんっ、と音を出して、土留色で粘性の何かが、ロング・ソードの切っ先を掠めた。


「居たな」

「居ましたね」


土留色の半透明色。麻痺貝殻無まひスライムが落ちてきた。アメフラシに近い身体と生態で、優秀な消化器官と体から分泌される、接着する麻痺毒が特徴の怪物だ。

足元でぶよぶよ動いて一見無害そうに見えるが、肌に多く触れれば数日ほど動けなくなる麻痺毒を持つ。

旬は毒が極端に薄くなる冬の終わり。よく洗浄され、水で汚れを丸3日吐き出した物は食用にされる。辛味素揚げは独特の歯ごたえがあり、美味かった。


別名、駆け出しの宝箱。毒腺がかなりいい値段で取引されるので、見つけて討伐さえできれば一週間は豪遊できる。


「倒しますか?」

「いえ、捨て置きましょう。駆け出しの宝箱に手を出すのも気が引けるし…」


ラランさんはチラッと通り過ぎた扉を見た。麻痺貝殻無まひスライムは懸命に本能に従い、天井に登ろうとしている。ラランさんはにっこり笑って、扉の鍵を回して、こちら側から鍵を閉めてしまった。


「あっ…」

「これで、簡単には追ってこれないわね」

「ああ、…そうですね。そのほうが今は良い」


その場には本能に従って、天井に登った麻痺貝殻無まひスライムだけが残された。


通路を進んでいくと、幅の広い階段があり、降りていくと天然の地底湖に辿り着いた。水路から小川に変わった水も、かなり急な流れに変化している。


「この水量。雨が降ってきたわね…」

「足元に気をつけて、進むべきだな」


ざっと見た限りでは歩けそうだが、一部は突き出た岩の上を飛んだり、段差を鍵ロープで登らなければならなそうだ。真っ青に見える湖の水面は、小川からの水を受けて波打っていた。


そして、姫さんは、水の上をスタスタ歩いていた。


「ああ、そう言えば、歩けるんだっけか」

「ですよ。静かな水面だけですけど」


彼らフェアリーは、よほど荒れていない水面であれば水上を歩行することができる。水中に潜るのも自由自在な、まさに水の申し子だった。

しばらく進むと、唐突にラランさんが手で俺達を制した。口の前に指を立てたあと、2つ連なった岩を指さした。岩の周囲はぬかるんでいて、細かい白い石が多く散乱している。


よく見ると岩ではなく、苔で汚れたデカいハサミのようだ。周りの枝に見える物も、触覚の類だろうか。風もないのに、落ち着き無く動いている。触覚の長さ、大きさから、何か大きな生き物のようだ。

奴が身を潜めるのは飛び乗るための岩の前で、完全に道を塞いでいるので、戦いは避けられない。


3人で目配せすると、俺は腰の投石機を引き抜いて、手頃な石を取り付けて、振り回す準備を始める。

姫さんは剣を引き抜いて杖を掲げ、いつでも呪文を唱える準備を。そして、ラランさんはなぜか、少し離れた大岩に近づいた。何をするんだろうか。彼女はカッツバルゲルをするりと引き抜くと、そのまま岩に突き刺した。極度に魔術加工された刃は、いとも簡単に岩に突き刺さる。


「んっ………、しょっと」


可愛らしい息使いと裏腹に、メゴッ…と俺の体格の3倍はある大岩が、簡単そうに片手で持ち上げられた。そのまま肩に担いで、こっちにのしっ…、のしっ…と歩いてくる。どうやら彼女は、アレを使う気のようだ。見事な剛力に、味方なのに薄ら寒い物を覚える。


「(先に触覚を、レーナちゃんは、敵が増えたら対処をお願い)」

「(心得た)」


驚いてばかりも居られない。投石機を振り回して、触覚がこっちを向いて警戒を始めた。だがもう遅い。


「……っ!」


よし。数個撃ち込むつもりだったが。ほぼ無音のままに石を投げつけて、触覚を2本のうち1本へし折った。いきなり触覚を折られて、そいつが慌てて泥濘んだ地面から、姿を表した。


巨大蟹ジャイアント・クラブ。ラランさんの抱える大岩より、少し大きな蟹だった。

触覚を折られた怒りに、奴はガサガサと横に移動しようとしたが、なにせ人で言えばいきなり目を半分潰されたような物だ。

上手く動けず目測を誤って、大きなハサミを見当違いの方向に振っていた。


「お見事! そぉお……れっ!!」


そして、大岩が奴に襲いかかった。ズンッと重い音を響かせて、奴の半身は蟹味噌を蒔き散らしながら潰れた。そのまま倒れてピクピク痙攣している。

流石は数多の怪物共と渡り合ってきた、百戦錬磨の鋼砕きだ。もう人の戦い方じゃない。


「あっいま失礼な事考えたでしょー、ぷんぷん」

「良い戦士おんな過ぎて、呆気に取られてただけですよ」

「まぁ♡」

「むぅっ………!」


軽口をしれっと叩いて、周囲を見回す。姫さんに睨まれたが、曖昧に笑って誤魔化す。…仕方ねえだろラランさんの方が、良い女なのは事実なんだから。特に今の音で敵対する生き物は、居ないようだ。


「終わったかな…」

「何も居ないようね、多分この子が食べたんだわ、食べ滓があるもの」


周囲に飛び散っていた白い石は、どうやら細かくなった骨のようだ。姫さんは動かなくなった蟹に近づくと、大ぶりのナイフでざっくりと蟹身を切り取った。


「時間をかけず、回収しよう」

「…最近、ラランさん。クックさんに戦い方似てきてません?」

「あらそう? まあ10年も一緒に居るものねぇ…」

「(事実婚だよな?)」

「(事実婚ですね)」


時間をかけず蟹身を回収して、岩に飛び乗る。長期の旅になる時は、できるだけ美味い食料になる物は回収するに限る。旅の意欲にも繋がるものな。

ラランさんが鍵ロープを振り回して、段差の上に素早く登り切った。早い。飛ぶように俺の5倍は早く登っていた。


段差を登ってくる姫さんを手伝って、振り向くと奥に出口があるようだ。ようやく外に出れそうだ。


外は生憎の天気で、小雨が降っていた。小さな小川の洞窟から外に出る。先回りしていたのか、2名程人影が見える。


「クザン! ムッド! 首尾はどう!?」

「副頭目! 馬の準備は出来てやすぜ!」

「追手もまだ来てない。今のうちだよ!姫様方!」


鱗の団9班所属の鉄砕き冒険者。荒々しい風貌の戦士。クザン・ザオニックと、大柄で得体の女戦士。ムッド・タイマッドが馬を準備してくれていたようだ。2人とも優秀で面倒見の良い魔術戦士で、今夜の宴会にも来ていた気の良い連中だ。


クザンは特徴的な丸いヘルメットに、片刃のバトル・アックスとラウンド・シールドを。ムッドはブリガンダインにヘビーメイスを装備していた。


「おっと、紙切れか、お前さんも?」

「ああ、馬は足りるか?」

「悪い。1頭だけしか用意できんかった。姫様と一緒で頼む!」

「承知しました!」

「あたしらも歩いてついて行くよ!敵が出たら任せな!」

「よし。あの大岩を迂回して東に向かえば、街道に出られるわ、行くわよ!」


馬に乗るラランさんの先導で小雨の降る中、姫さんにグリンを召霊してもらい。2人で乗って進む。真夜中のこともあり、風も出てきて視界が悪い。遠雷も聞こえて聴覚も当てにならない。真っ青な視界の中、暗闇を見通す。何が飛び出て来てもおかしくない。


「ね、ねぇ…」

「ああ、嫌な感じだな…」


姫さんが怯えるように、振り返る。俺は彼女を少しでも安心させる為に、肩に手を乗せた。

しばらく張り詰めた緊迫感を味わいながら、警戒して進む。


ダツッ、と後方から、何か突き刺さる音が聞こえた気がした。姫さんの耳がくくっと動くのが頭巾越しに見える。じわりと、熱い痛み。見下ろせば体から、腹から、何かが生えていた。


「紙切れさん!」

「ぎっ……!」


脇腹を短い矢が貫通して、鏃が生えてやがる。どこから出やがった。背中もやたら熱い。…姫、…姫さんを、守ら、ねえと。


「行きなさい!!、レーナぁ!!」


霞む意識と、視界から、ラランさんが、叫んで反転して、俺達の前を、通り過ぎた。グリンが速度、を、あげる。姫さんの……、背中を、守る為に、抱きついて、覆いかぶさった。



不覚。奇襲を察知出来なかった。叫んで反転して、すれ違いざまに彼の姿を見る。


当たり前だが、人は数本矢を突き刺されたら、死んでしまう。血が足りなくなるか、臓腑が傷つき廃液が身体に満ち、正常に動かなくなれば、…死ぬ。


この世界に、幽けき神々の加護は既に遠く。古代神話のように、手傷を回復する魔法は存在しない。傷を癒やす術は医療品か、極々狭い教会内の聖域を利用した、聖人の魔術に限られている。


暗視の白っぽい視界の中で、確かにマナギ君の手傷を見た。数多の戦いの経験が告げる。あれでは…。

つまり、…彼の生命は、もう……。

よくも…、よくも。ようやく訪れた、彼女の春を奪ったわねぇ!!


「許さない…」


怒る。激情に突き動かされるまま、彼を失う妹分の悲しみを推し量り、烈火の如く。苛烈極まりなく、怒り狂って駆け抜ける。

反面。口から出た言葉と思考は、自分で感じるくらいに冷静だった。罪悪感は後だ、悲しみ、良心、慈悲も今は投げ捨てる。


一瞬で愉しい冒険をする自分から、人様を殺害する「人でなし」に、自身の意識を。殺す。鏖にする。1人としてここを通さず。この場で惨めに全員殺すと、決めた。


「くそったれ!、やりやがったなあぁぁ!!」

「………死ね」


後方に反転していたクザンとムッドが、自身に呪文をかけながら、十数人の敵へと勢いよく襲いかかった。


クロス・ボウ。弩だ。マナギ君を襲ったのもアレだろう。5人ほど後ろに配列を組み、私と馬に照準を合わせている。

………知ったことか。馬が前衛を蹴散らし、弩持つ敵へと突貫する。


「バカが!真っ直ぐ来やがった!、死ねぇ!!」


5本の弩が放たれる。馬に1本。私に3本。頭が2本に、胴体が2本。刺されば死。死が迫るので、口をあんぐり開けて……。


を、


「なぁっ!?」


鏃を口の中で噛み砕く。微かに血の味がする。馬が可哀想な事に体制を崩したので、…おそらくこの子も助からない。怒りのままに、口の中で粉々に噛み砕いた鏃を、


「ぎゃっ!!」


目を潰された数人が呻く。勢いのまま馬から飛び降りて、足を伸ばして襲いかかる。


「え」


足が胸にめり込んで、そのままの勢いを殺さず、滅殺するために身体を捻って、地面ごと踏み砕く。吹き出る水のように悲鳴が響いて、潰された蛙の如く中身が飛び出る。放射状に衝撃が広がって、野草が波円状に撓み、大地に亀裂が走り、私意外の全員が吹っ飛んだ。


「な、なんだよ、あの馬鹿力、おかしいだろ……!」

「くそっ…、矢も刺さってねえ! なんて硬さだ!」

「び、ビビるな!? アレだ、アレを使ェえ!!」


悲鳴めいた声で、男たちの1人が大きな筒状の物を背中から抱えて、こちらに筒先を向けた。抱大筒ハンド・キャノン。大砲に限りなく近い鉄砲と言える物だ。襲いかかって来る連中を、切飛ばしながら射手に近づく。


「喰らえ!女ァ!!」


魔術で火縄に火が灯る。引き金が引かれて、眼の前の筒先から爆音を響かせ、砲弾が飛んでくる。私は目をつむることもせず至近距離で、顔に直撃を食らった。


「やったぜ、ざまあみろ、顔面粉々だぜ……!」


カッと、世界中に白光が満ちた。白刃ソード疾走はしる。


大量の煙が舞い踊る中。雷鳴と共に、馬鹿にした射手の喉元に愛小剣カッツバルゲルを刺し混んで、そのまま首を跳ね飛ばした。舌舐めずりし、戦意を挫き、逃走を防ぎ、死の恐怖を心の底から煽るために、口を開く。


「ヌルいわね、今の雷のほうが痛そう」

「は?………、な、なんで……?」

「頭に大砲ぶち込んだ程度で、ドワーフが砕けるわけないでしょ。でも艦砲射撃を持って来なさいな。ドワーフを一撃でくどきたいのなら、祖龍様の雷か、団長の刃、…クックの本気の1発を、持ってくる事ね」


一部、事実である。天然の兜、鎧たる体毛と、剛性を合わせもつ鉄肌、鉄骨。人体で最も硬い歯は、最硬度の鋼そのもの。そして、山の粋そのものたる瞳は、決して炎から目を逸らさず、赤熱しても砕けない。


数ある名剣、名刀を生み出すドワーフ達が、なぜそんな最高の武具を制作出来るのか?、その答えは彼らの身体自身が、桁外れに頑強極まりない事に他ならない。


真の強者とは、物事の段階を吹き飛ばせる事にある。ララン・ティアーズは最上位者ではないが、真の強者たる1人である。

真の戦士ドワーフは砕けない。

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