第16話 人でなし

1つ道を曲がれば、犯罪が行われ兼ねない路地裏を歩いてる。雨が降ってる。あの日みたいに、小雨で、うっとおしい雨。…涙みたいな、あめ。


雲までそっくり曇天で、夜中なのに星すら見えない。見ようとも思えない。そんな気分。

こっちを見てにやにや笑う若造共。路地にゴミを平気でまき散らすクソ共。明らかに違法な薬物で頭を壊して人形みたいに動いてるクソガキ。こっちの方を見て、娼婦か何かと取り違えている色狂い。


レーナちゃんを、マナギ君を、ずっと虐げてきた連中と、同類の下種共。


人でなし。人でなしのゴミども。人でないゴミ。

今夜はやけに、ゴミが目に付く。掃除したいな。1つも残らず、まるごと全部。根こそぎ根切りに…。


「ララン、…お止めなさい……!」


気づけば剣を抜きかけていた。そうか、そうだった。彼女が居た。フェス。私を愛した女。私を裏切ってくれた女。私の欠け替えの無い家族で、義姉で、騎士で、偉くって…、初恋の、人。


「ララン……!」


………どうして、彼女がいる程度で、止めなければいけないんだっけ、悪人なんて、墓がパンパンになるくらい殺してきたのに……、あれ?


「……ララン。3度目ですよ、…聞いてますか?」

「聞いてるよ、…うっさいな」

「………やはり、私だけで行きましょうか、今のあなたは、決して冷静ではありません」

「………ごめん、それだけはできない。せめて相手の顔ぐらい見ないと………」


血族諸共、1人残らず調べ上げて、皆殺しにしかねない。



剣をフェスに預ける事になった。こんなに腰元が軽いのは久しぶりで落ち着かない。フリッグスの傭兵酒場は、冒険者の店が立ち並ぶ商業区とは違い、スラムの端っこにある。


たぶん、お金が無いのね、或いは元締めに持ってかれてるのかしら。窓はほとんど割れてる。壁にはタールや汚れがこびりついてて汚い。むせ返る煙草の匂いと、酒と、ヤクと、壊れてる女が寝転がって、汚物を垂らしてて臭い。

店の扉を開けると、それだけでネズミと羽虫が私の目の前から逃げていく。まったく最高だわ。とても誠意のある場所で謝罪する気らしくて、殺す事しか考えられなくなるわね。いっそ誘ってるのかしら。


「汚…」


流石のフェスも、マントを捲りあげて鼻と口元を覆ってついてきた。無愛想で返事もしない店主に聞くと、目の動きだけで連中が居る場所を示された。


連中が居た。テーブルの上に足を乗せて、ふんぞり返って海外の言葉で喋ってる奴。雑談に興じて、こちらが来ようとずっと黙らない、海外の言葉で狂ったように喋る奴。高いところから思いっきり、人を落下死させられる。人を殺す目でこっちを静かに見ている奴。

御多分に漏れず、彼らは外国からの難民崩れの傭兵なのだろう。男女全員例外なくボロボロで、火事か強盗にでもあったあとのように酷い格好をしてる。同情する気は欠片もないけど。きっと街の協力者たちがやったのね。


レーナちゃんとマナギ君は、………この街の人達に、すごく、愛されていたから。



1人中年男性が進み出て、深く頭を下げたあと話しかけてきた。…仮にも女2人に、席ぐらい用意しないのかしら。酷い態度。…根本的な教養が無いのね。きっと。


「あんたたちに、謝罪したい。すまなかった…」


初対面で挨拶も自己紹介もなく、まるで上から目線のように話しかけられた。一見、表情こそ真に迫っているけど、これたぶん一時的なだけで、後ろの連中の態度からしても、総意どころの話じゃ無いわね。後ろのフェスに目を向けると、深く呆れて頭を抱え、ため息をついていた。気が抜けるわね、本当に。


「最低でも腕一本って所かしらね、自分で切り落としなさい」

「ああ!? 何だとこの、女のくせに!」

「なんであたし達が、こんな目に…」

「そ、そうよ!、だいたい、こっちは知ってんのよ!前の事件だって、被害者ヅラのナガミミが逆恨み……!」


フェスが進み出て、一太刀で今の発言をした女の首を跳ねた。慈悲すら感じる見事な太刀筋で、血はほとんど吹き出なかった。


「ひぃ………!」

「どのような理由があろうと、行方不明者への侮辱。団員への侮辱、そして何より、自由都市同盟法が定めた禁句。。赦されざる言葉による侮蔑は、騎士団の誇りに掛けて即断罪する。…異論は?」


流れ出る血に驚く者こそ居たけど、全員それだけは無いだろうと言う視線を、殺された女に向けてる。まるで、自殺をして間抜けに失敗した挙げ句、死んだような蔑みの目。眼の前の男も短剣を既に抜いてる。最低限の常識は、一応あるのかしら。


「無い、流石に、全員無いな? 俺が殺そうかと思ったよ……。腕の件だが、この場でか?」


「いいえ、鱗の前でよ、子供たちの目に届かないようにね。介錯は、当然無しよ」

「…っ…承知、した…」


「くそっ、俺たちだって、帰ってこない奴がいるんだぞ……!、あんたらと一緒じゃねえか……!」


……………………はあ?


「マナギ君はね……、すっごく不幸な目に、沢山合わされてて、やっと最近、人らしくクックと笑えてるって……、あたしの、料理、笑顔で……」

「……………………ら、ララン?」

「レーナちゃんはね、10年来の友人で、何度も不幸な目にあわされてて、眼球に入れたって痛くない、子供の頃から…、彼が死んで、5年間も一緒に……、あんなに、あんなに、あんなに…、嬉しそうに……!」

「…………ララン」


「……………ねえ、唐突だけど、…あなた、お子さんって、いらっしゃる?」


私の1言で、一緒と発言した男はロング・ソードを抜いて切りかかってきた。思いっきり憎しみを込めて、笑いながらロング・ソードの刃先を殴り砕く、殺す。


「やめろ!やめろぉ!やめてくれぇ!そいつはこの前難産で、やっと1人産まれたばかりなんだ!」

「そう!良かったわね!、すぐに諦められるじゃない!私達と違ってねえ!」


「ララン!!!」


彼女の怒声に、少しだけハッとなって、血まみれで気絶している男を見下ろした。ああでも、殺したいな、殺したいよ、我慢できないよぉ、……フェス。


「ララン、今の発言を撤回なさい、でなければあなたを………っ、力持つ乱心者として、殺さねばならなくなる。たとえこの街が消し炭になろうともです……!」


…………………………………。

………………………はあ。


「冗談、冗談よぉ、冗談…、ただ居るか聞いただけでしょう、怖い顔ねぇ、フェス、子供にそんな、ねえ?……ハハ、ハハハ、…………はは、……何いってんだろ、あたし……」

「しばらく、喋らず休んで居なさい……」

「うん……」


「確認いたしますが、あなたが傭兵団の元締めで、間違いございませんね?」

「ああ、…そうだ」

「あなた達が傭兵として、ミュレーナ・ハウゼリア殿を賞金首として引っ立てる事を画策した。そして、…私たちが懇意にしていた、マナギ殿まで巻き込み、歪み夜明けが起こった場所まで追い立てた。2人に殺意も当然あった。これに一切の相違ございませんね?」

「そうだ、だが最初はあんたたちの身内だって、知らなかったんだ、だから……」


「わかりました。では此度の沙汰は、あなたの命1つで、ある程度の溜飲は、……なんとか……」

「え、だって、腕だって……?」

「先程の発言と、剣を抜いて襲い掛かってしまった事実。被害者2名に対しての量刑が、いくらなんでも大幅に合いません。ラランはこれでも、最も冷静かつ慈悲持つ副頭目として、減刑判断の責任を任されて、ここに顔を出しました。…もう、あなたには責任者として、鱗に直接触れて貰うしかない……」


「だ、だって、子供を殺そうと…!」

?」

「あっ……」

「彼女はただ聞いただけ。彼は殺せる武器で襲いかかった。…意味は、おわかりですね?」

「………………………分かった、死のう」


「他の方は船でも何でも使って、一刻も早く、この同盟領から逃げ出す事をおすすめします。例え銀貨一枚無くともです」

「くそ…、野垂れ死にしろってのかよ……!」


フェスはその態度に、大きくため息を付いてる。まるで世間をわかっていない子供に、1から説明して、怒りながら言い聞かせるような声音だった。


。もうローグギルドの面々が、あんた達を狙っていても驚けない。……彼らは、決して私達ほど甘くない。子供にも容赦など一切無い。本物の悪喰い共だ。みんなでまともに死にたいのなら、今すぐ逃げ出せ」


去り際に、全員殺されても文句の言えない。耳を疑うような海外のスラングを吐き捨てられた。流石に頭にきて、吐き捨てた奴に倒れている男を投げつけてやった。フェスも侮蔑を込めた目で、連中を見ていただけだった。


雨が降ってる。ふと、彼女がいるのに、いつもの笑い声がまったく聞こえなかった事に気づく。


「ねえ、…いつもの声は?」

「………にはは、にはは、……だめですね笑えない。やっぱり、だめ……らしくない、らしくないですよ、…本当に」


雨が激しくなっていく。あの日と違って、空は割れてくれない。割り切れる訳が、無かった。



鱗の団本部の応接室で、クックは、メガネを掛けて私たちの報告書に目を通していた。表情に変化はなく、ため息1つつかずに彼は読み終えた。


「一緒と抜かした時に、全員潰さなかったんだな」

「にはは…、そう言うと思いましたよ。…店ごとですか?」

「当然だろ。竜の財宝を砕いた輩に、甘い判断が過ぎるわ。今から惨殺してくるか?」

「捨て置いて良いでしょう。放置してもどうせ長くないと判断しました。…それで、今後はどういたしますか、クック」


「予定通り、何人かけさせる。フリッグスの賞金ギルドは、回状を出さない事で決まりはした。が、向こうが尻尾を出すなら、それに越した事はねえ。楽に殺してやるつもりも、あまりない。…ガキは、まあ真っ当に助けてやるさ。それで良いな、ララン」

「うん……」


文句はないわ。クックも含めて団員たちは、全員できる限り拳を諌めてくれた。彼らの末路は、もうこちらが知ったこっちゃない。…キツい。…キツいなぁ。レーナちゃんに、会いたい…。


「半端は良くねえ。休みたかったらいつでも言え。そうでないならシャキっとしろ、…まだ、死体が見つかったわけじゃねえだろ」

「あのですね、クック。流石にこの状況で、その言い方は…!」

「まだまだ絶望には程遠いっつってんだよ、わかんねえか騎士サマ?、それとも冒険から離れ過ぎて、カンが鈍ったか?、元鋼砕きサマよぅ」


機嫌悪そうに、クックは尻尾を逆立ててフェスを挑発してる。一瞬カッとなったけど、彼の言うとおり。少し休んで、仕事をすべきよね…。


「………軽んじるなら、抜きますよ」

「いいだろう、なら問いを授けてやる。什麼生そもさん、絶望とはなんぞや、フェステム・ティアーズ?」


絶望。

それ以上の希望を失うこと。望みが絶たれて、どうしようもない事が突き付けられること。傲慢だと分かってるけど、助けられなかった負い目だってある。調査の結果、現場に居たであろう人々は、目撃した私たち以外誰も帰って来ていない。そんな状態で、何を信じられるというの………。

信じる。冒険者にとって、最も重要な行為……。そっか、私は彼らを、信じて居ないのね……。


「………それ以上、動かし辛い事実です。例えばどんなに私が、男の身体を望んでも、なれなかったように……」

「そうだ。だが、状況をよく考えてみろ。そもそも俺たちは、アレが何で起きたかも調べきってねえだろ。決めつけんのはな、まだ流石に早いんだよ」

「それは、…でも、見つかりっこないでしょう…!?」

父親レンさんは、まだ諦めてねえ。先日も若い連中雇って下界に向かった。なら冒険者おれたちが真っ先に膝折る訳にいかんだろ、それにな……」


クックは私を見て、メガネを外して深呼吸をしてる。表情が分かりづらいリザードマンの顔でも、彼が微塵も諦めていないことが、伝わってくる。


「私見だが、俺達とは質が違いすぎるの絶望の中で、足掻いて生き抜いてた奴らが、そう簡単に死ぬとは思えねえんだよ。…どうしてもな。特にマナギのつよさと絶望は、別格中の別格だ、この程度で尚更思える訳ねえわ」


思い返してみる。彼らはいつも、どうしていたかしら。虐げられても笑って、抗って、足掻いて、必死に生きていたはず。なら…!

思いっきり頬を両手で叩いて、立ち上がった。よし、いっそドワーフらしく地下に行こう!


「休むわ。後で下界に行ってくる。情報をまとめて置いて!」

「おう。終わったらこっちは龍様ドラゴンの調査を進めて、いい加減親父にドヤされる前に、寺院で文献漁ってくるわ。良いな?」

「………にはっ、…なら私達は同行して、その後徹底して回状を持ってくる輩に説明して、下界道の建設を急がせましょう! ふふっ、らしくなってきましたね!」


私は眠るために、仮眠室に向かって歩き出した。必ず2人が生きてる証拠を見つけ出す。まだ絶望は、突きつけられては居ないのだから。

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