第17話 妖精星

眼の前の角と翼持つ少女タロッキが、周りに囃し立てられながら、また樽を1つ飲み干した。食堂の馴染みのコックは、算盤を弾きながら青い顔で、俺に助けを求める視線をよこしている。

付き合って飯を食っていたルマンドは、タロッキの膝で気持ち良さそうな寝息を立ててる。反対に座る姫さんも呑んだくれ過ぎて、そっくりな格好で俺に寝転んでる。流石同郷。男女逆だが、実の姉弟のようだ。


「もうやめとけ、タロッキ。酒代払えんだろう?」

「えぇー…、まだお腹3分目くらいだよ?」

「あとは他に奢られる分だけにしとけ、幾ら奢りでも、店の酒1人で呑み尽くすわけにいかんだろ?」

「ちぇー…、カミキレは、もう飲まないの?」

「残りの分は飲んでいいぞ、もう呑まんからな」

「わーい!」


御老は、先程から札遊びで負けまくっている。そちらの才は無いようで、勝ち負けよりも勝負と賭け金で、周りにプレッシャーを与えるのを楽しんでいるようだ。性根が悪い指し手だなぁ。


「ねえ、カミキレ。アレ、サイコロでなにしてるの?」

「おっ、タロッキちゃん、やってみる?」


片目にざっくりと刃物の跡が残る女冒険者が、御椀の中にサイコロを転がして、仲間内と賽賭博に興じていた。と言っても掛け金は銅貨だけのようで、ローグ共の店のような、金を奪うための嫌らしく本格的なものじゃない。手持ちの銅貨で適当に、酒の肴にしているのだろうな。


「ホレ、銅貨なら貸してやる、やってみな」

「うん! 3倍にして返すね!」


「よーしいくぞー!2.6の丁!」「半!」「ゾロ目!」「……蛇目ファンブル!」

「うーん……、あ、マナギだ。……んふふふふっ」


姫さんがトロンとした目で、起き出してグリグリ身体を寄せてきた。酔ってんなぁ。周りは羨ましそうに見てはいるが、もれなく飲んだくれで酒臭いのを承知してるので、軽く不憫そうな目でも見られた。

可愛がられ過ぎて、逃げ出す猫を見る目だなアレは。深酒するといつもこれだ、生殺しでキツい、助けてくれぇ……。


「指!指出して!ゆーびー!!」

「あん? ほれ」


指指煩いので、太めであんまり長くない俺の指を突きつけてやると、たんたかたーん、たんたかたーんとか言いながら、嬉しそうに戦利品の指輪を左手薬指につけ始めた。お前さんなぁ…。


「うふふふふっ!、はい!」

「お前さんねぇ…」


更には自分のたおやかで美しいが、近くで見ると剣ダコも多い左手の指を突きつけてきた。ただの剣ダコなのに姫さんの手だと、どこか気品があって気高く美しく感じるのは、ズルいなぁ。


「恥ずかしいから、やめろーい」

「えぇー!!、やだやだやだやだ!、つけてつけてつけてええぇええ!!もがっ」


ぎゃーぎゃー、キンキンうるさいので、パンを突っ込んでやって、もぐもぐしているその隙に、左手小指に指輪をつけてやった。


「ももぎもがぁー!!」

「そこにしてると願いが叶うらしいぞ。まずそこで我慢しとけ、今度してやるよ」

「ヒューヒュー!」

「式には呼んでくれよ! 紙切れのおっちゃん!」


咄嗟に出た出任せの嘘だった。でもこうでも言わないと、引き下がらないので騙した。しまりのない満面の笑みで、今度はハラに飛びついてきた。いっぱい入ってるからやめて、やめてぇぇ…。


「負けた負けた! でもサイコロの目なんて、大体決まった目しか出ないし、ズルくない?」

「あん? 、どういうことだい?タロッキちゃん?」

「あー…、魔術賽と勘違いしてんのか。これにそんな上等な細工はないよ、振ってみな」


何度か彼女は怪訝そうな顔をしながら、賽子サイコロを御椀目掛けて振った。サンイチの丁、イチニの半、ゴロクの半。当然振った目はバラバラに決まる。


「あれ? あたしが振ると、前は何回も6ゾロだったのに…」

「おお、最高位魔力か、凄えな……」

「訓練所の魔術賽は、おおよその魔力の質と量を測れるんだよな、確か?」

「つーても、体調や残り体力で、コロコロそれこそ賽の目みたいに決まるらしいけどな。使えないやつは、蛇目の眷属だが」

「ふーん、面白いね!」


ぐらぐら姫さんが揺れだしたので、慌てて支えて事なきを得た。夕日も傾きかけている。そろそろ潮時だろうな。邪魔をしたくなかったので、御老に手だけで挨拶して、姫さんに肩を貸して、部屋に帰ろうとした。


「先行ってて、あたしは、まだ…」

「わかった。何かあったら上にいるぞ」

「うん、また後で」


まだ2人と別れたくないのだろう。寝転んで寝息を立てているルマンドを見ながら、タロッキは帰る事を躊躇った。コイツをほっとく訳にもな。長く共に過ごしたい気持ちは分かるので、俺は彼女の事をその場に残し部屋に戻った。


「ねえ…、お兄ちゃん」

「んが?」

「お兄ちゃんはさぁ、あたしの秘密。知りたい?」




とっぷり日が暮れたので、部屋に帰ってきた。とある理由と下界騒ぎで部屋が余っていないので、3人で同じ部屋を借りている。男女で同じ部屋だが仕方ない。配慮はそれぞれしているしな。…酔っていない時はだが。ぐったりとした姫さんをベッドの上に寝かせて、布団をかけようとすると、パチリと目を覚まして、目があった。


「……………♡、ゔぇっへ、いやん♡」

「何がいやんだ、何が。飲み過ぎだぞ」

「ドラゴンから生き残ったんですよ!性を謳歌して何が悪いんですかぁぁぁあれぇ? タロッキちゃんは?」

「ルマンドのとこに居るよ、寝る頃には戻ってくるだろ」

「それはそれは…、げっへっへっへっへ、今夜はお別れ前のぉ、お熱い夜を過ごしてるという訳だねぇ! 紙切れの旦那ぁ!」


いや、鈴が転がるような美声で、何いってんのこの人。怖。まあ寂しくて離れたくなくて、そんな事をしている可能性だってあるだろうが、自己責任の範囲だろうな。


「杖貸してぇ、灯りぃつけるのぉ!」

「ん」


硬い杖を預けると、鬱陶しそうに頭巾を脱ぎ捨てて、呂律の回らない舌っ足らずの呪文で、姫さんは星灯りの魔術を詠唱し始めた。姫さんの2番目に好きな魔術だ。何度かそのまま寝入りそうだった。揺り起こすと目を覚ます。面白いけど無理すんなよ。


かの、湖沼の魔法に希うツィーデアぁー我らの願う、讃美な夜ぅオキペルムゥ夜明けまでの祝祭をぉぉケルレウムぅ………」


窓を開けていないのに、ふわりと光が流水のように杖先に集い、ほわほわと無数の灯りを湛え始めた。


星々の空よルリト灯れウワ


姫さんが酔っ払いながら、杖を落とそうとしたので、支えて標的の天井を向けさせた。ほわりとあかり粒が広がって、蒼白い光が幾つも天井を満たした。十分に暗闇で読み書き出来る明るさの、魔術師の基本中の基本魔術の1つだ。

酔っているので軽く明滅をしているが、気になるほどでなく、むしろ子供が一生懸命覚えたての絵を見せるような、可愛らしい魔術となっていた。


「本当は丸い洞窟の中とか、本物の夜空みたいで最高なんですけどねぇ! 今度見つけたらしましょうね!」

「そうだな、きっと、もっと綺麗だろうしな……」

「ア、ハハ、…………もっかい、言って」

「あん…?もっと綺麗だって…… 」


じっと、彼女は見つめてきた。なんとなく気恥ずかしくなって、ベッド脇に座ると、嬉しそうにまた、ぐりぐりを再開してきた。もうどうにでもしてくれ…。


「言ってよぉー…、もっと言ってよぉー…。ミュレーナがキレイって、ミュレーナだけがキレイって言ってよぉー……」

「はいはい、姫さんはいつだって綺麗だぞ。そりゃもう同仕様もなく」

「違うぅ! ミュレーナって、…レーナって呼んでよ…」

「やだ。絶対ヤダ。お前さんはそう呼ばない。理由は考えてみな」

「うー…、ケチ!」


「そう言えば、依頼を共にしたがタロッキの事はどう思ってる? 俺はいっそ両親に相談してみようと思ってるが…」

「え、紙切れさん、ご両親居るの!?」

「俺だって人の子だっての、両親良い年してバリバリ働いとるわ」

「へー…何か、天涯孤独のような気風があったから……、タロッキちゃんの事ですかぁ…、んー…、あたし!、ずっと妹が欲しかったのぉぉぉ!、……だから、そのぉぉ……、可愛くって仕方ないの!」

「そうか、ノルンワーズまで一緒に旅できそうか?」

「絶対一緒に行きたい!…マナギさんは、行ったことあります? ノルンに!」

「無いな、1度は足を向けたいとは思ってたんだが、機会に恵まれなくてな…」

「ノルンは良いところですよ! 大っきい牧場があって、ご飯も美味しくて! 魔女さまたちも、お祭りもすっごく楽しくて!せ………。」

「………? 姫さん?」


急に機嫌よさそうに喋っていた姫さんが、黙って俯き始めた。軽く呼びかけても反応がない。………まずい。桶の出番だろうか。持って…。


しゃりんりんりんりん。


「へ?」


いきなり部屋中に響いた音に、驚いた。立とうとしたところを強い力で引っ張られて、視界に天井がいきなり? 引き倒された? 姫さんに、なんで?

覆いかぶさって……?


「しよ…、マナギ。あたし、いましたい」

「したいの…?」

「したい、したいよ、…したい、けれど…」

「んぁっ……」


磨き上げた、黒い宝石みたいな目がみてる。ゾッとするほど綺麗。怖い。艷やかで小さな唇の、吐息がぁ。肌綺麗…。なんかペシペシ当たる? 耳か、長いもんな。痛っ…。潰されちまいそう……。


「どうした…?」

「………言いたく、ない。…言えない」


しばらく抱き合っていたが、彼女は離れて、叱られた子供のように涙ぐんだ。俯いて、ゆっくりといつものように、口を手で覆い始める。

酔いが覚めてきたのか。俺は覚悟を決めて、少し強引に彼女を抱き返した。甘い吐息を耳に感じる……。とさりと2人ベッドに抱き合ったまま、横になった。毛布を被る。


「………タロッキ、帰って来ちまうかもだけど、もっと先、するかい?」

「しまっ! ?…、だ、ダメ!絶対ダメぇえ! !」

「俺は見られても良いけどなぁ。姫さんとなら」

「あうぅ……、だめ、だめだよぉぉぅ……!あたし、死んじゃうぅぅ…!」

「押し倒したの姫さんなのに。天井のお星さまを、数えてる内に終わるよ?」

「ひぃいい…。ごめんなない…」

「あ、タロッキ」

「わぁあっ!、………あれ?」


面白。思い詰めた顔なんて見たくなくて、ついからかっちゃうなあ。顔真っ赤にして恨めしそうに、バシバシ殴られた。普段より痛い。まだ500数えるより、時間は経っていないようだ。


「うぅー! うぅー! またバカにしたぁ…!」

「本心だよ。もう寝な。明日も準備で忙しいぞ」

「まって……、い、行かないで……」

「いや、寝袋でいつも通り……」


そっと瞳を閉じて、ただ彼女は佇んでる。俺達がしたことは、彼女が愛した星灯りしか、見つめていなかった。



「昨夜は、お楽しみでしたね。んぷぷぷっ」

「専門店でもないこの店で、んな事したら宿泊代10倍のチップ要求するだろうが、お前は」


遅めの朝食を取るために3人で階段を降りてくると、パスタがいつもの調子で話しかけてきた。タロッキは怪訝な表情をして、姫さんは顔を真っ赤にして口元を押さえている。過度にやましい事はないんだから、勘弁してくれ。


「妥当な値段だと思うがね。ま、いいさ。あと2、3日ってとこかい?」

「下界の浅い部分くらいは、剣の慣らしも兼ねて、休める場所が近い内に見ときたいんだがな。…急に出るかもしれん」

「だろうね。チップ分はサービスしとくよ。居る間はゆっくりしな」

「恩に着る」


「そういやあ、御老公が教導員を引退することが、正式に決まったよ。そのままルマンドと一緒に、フリッグスに葬儀に行くってさ」

「そうか。長い間お疲れ様でした、だな」

「だね、あんたら次はトロイドだろ?」

「そうです。お手紙の交換ですか?」

「察しが良いねミュレーナ。御老公が氷の大精霊様に手紙を渡して欲しいんだと。代わりに伝言か、郵便があれば引き受けるってさ」


用意はあるが、貴人である水の大精霊様に郵便か。おそらく窓口で渡す事になるだろうな。友人としての手紙だろうしな。道中、何事もなくトロイドまで辿り着けると良いのだが……。


竜車の復旧は、ようやく今日の昼から叶うらしい。

街道以外を走らねばならなくて、車輪の改装までに数日を要した訳だ。仕方がないな。


「おおっ、カッコ良いー!」

「まあ、教官に勧められてな……」


村の武具屋に預けていた鎖帷子が、ようやく部品の都合がついて受け取りに来ている。偶然ルマンドと御老達と居合わせて、彼は杖に角飾りを2つ追加してもらっていた。


「名実ともに角回しって訳か。そのまま殴れんのか?」

「できるんですよこれ、見ての通り輪っかで固定して、被せてるんです」

犬悪鬼コボルトの角かぁ…、硬いもんね、アレ」

「もう今日から行くんですか、じゃあ手紙を急いで書かないとですね」

「急かして悪いのう。お主らもか?」

「ああ、2日後には他の整備も整うし、行こうかと」

「では、また会おうじゃな」

「……? さよならじゃ、無いの?」

「これも冒険者われらの流儀よ、気に入らん奴には言わんがな」

「そっか、もうお別れなんだ……」

「手紙書くよ。ノルンワーズに向けてさ。またな、タロッキちゃん」

「うん、またね。ルマンドお兄ちゃん……」

「クックの倅には、拙者が必ず知らせを届ける。息災でな、新しき冒険者たちよ」


俺は商人なんだがな。野暮だから何も言わなかったが。急いで手紙を書き上げて交換し、彼ら2人は竜車に乗って旅立って行った。

手紙には俺達が生存していることと、予定通りノルンワーズへ向かうこと、旅の仲間として、タロッキと言う不思議な少女?が増えた事を綴った。俺たちはフリッグスへと、ぐるりと反対の道へ向かう旅の無事を祈っていた。

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