第48話 あんなに一緒だったから

 俺たちが宿泊している杖剣さんの民宿は、彼の元魔術工房を、改装した構造になっている。

 開拓軍役時代に購入し、そのまま彼の工房として、一時期は魔術品などを販売していたらしい。

 今も壁や棚の上に、壊れた武器や、用途の分からない魔術品などが綺麗に飾ってある。

 まるで引退した冒険者が開いた店のようで、俺達には馴染深い宿だ。ドアを開ければ、暖炉の前で主である杖剣さんが待ってくれていた。


「おう、おひいさま方、おかえり。風呂と夕食の準備はできとるぞ」

「ありがとうございます。杖剣さん」


 彼は安楽椅子に座りながら、いつもの通り渾名の由来である、杖のように拵えた剣をいじっていた。

 おそらく、元はどこにでもあるロング・ソードだろうが、すり減り丸くなった剣先を地面に突いて、柄の拵えを杖のように変えている。


 彼は言った。戦士は、死ぬまで戦士なのだと。

 腰が曲り、腕が上がらなくなってなお。

 剣と共に、死にたいものだと。

 彼は未だ、戦士なのだと、俺は感じている。

 不思議なことに、彼と過ごしていると、地元に残してきてしまった、無口な祖父の事を思い出す。

 郷愁、なのだろうか。全然性格は違うのに。


「鱗の隙間がチクチクして仕方ないや、先入って良い?」

「もちろんじゃ。むふふ、なんなら一緒に……」

「お前さま」


 まあ、それ以上に、同仕様もないドスケベドワーフジジイでもあるのだが。いつもの通り、ヨズ婆さんに鋭く名前を呼ばれて締め上げられている。

 仲の良いことで何よりだ。もう随分と慣れてしまった。いつもの光景だった。



 風呂から上がって、暖炉にかけていた薬缶を持つ。台所からコーヒー豆と、手引きのコーヒーミル、茶請けを盆に乗せて持ち出す。

 火吹き蜥蜴の幕を降ろして、撫でてやり寝かしつけ、火の始末を。夜闇の中を歩き出す。

 片目をずっと閉じていたので、暗い中でもよく見える。窓から見る外は真っ暗闇で、大通りに向かう龕灯が光っている。

 もうすっかり寒くなってしまったので、湯冷めしたくなくて、少し早足になってしまう。


 宿泊している部屋の前に辿り着く。廊下の脇にある棚の上にコーヒー盆を1度乗せた。

 腰に帯びたブロード・ソードを、鍔鳴りさせないように、慎重に、ゆっくりと引き抜く。


 部屋のドアをノックした。慌てているような足音。もう一度ノック。更に、もう一度。鍵が開いた。

 ドアから姫さんが、顔を少しだけ覗かせた。


「……あはっ、マナギだ」

「そりゃ俺だ、俺でなかったらどうするんだい? 姫さん」


 彼女の手には、鈍く輝く大ぶりのナイフが握られている。ぐっと、彼女が体制を低くした。


 彼女の意図を察して、突き出された大ぶりのナイフを、ブロード・ソードで受け止める。刃鳴りし、火花が廊下に舞う。


「……んっ、本当にマナギだね。当然こうするよ」

「ちゃんと警戒してるな、関心関心……」

「火の元は大丈夫ですか?」

「寝かしつけてきた、よく眠ってるよ」


 入口に敷かれた、轟音を響かせる警備用スクロールを、跨いで部屋に入る。

 姫さんにはこの部屋に誰が来ても、最低限武器を持って対応することを頼んでいた。


 なんとなく彼はもうしてこないと思うが、ジェムにタロッキを誘拐目的で、勝手に連れて行かれては敵わない。

 そうでなくても警戒は各々ですべきだ。並の魔術師工房よりも、下手をすれば堅牢な警備であるこの民宿でもだ。


 姫さんは少しだけ、シニカルな笑顔を浮かべている。手の大ぶりのナイフも、まるで切り足りないかのように、指先でくるくると弄んでいる。


 ラランさんが訓練で良くやる仕草だ。実際は違うが、実の姉妹のように、2人の手癖は似ている。

 もしかすると、俺に対するストレスの当てつけもあるかもだが、そこは男女の仲だ。深堀りしないほうが良いだろう。


 部屋の中には、星灯りの魔法が揺らめいている。白く、蒼く、柔らかに仄めく明かりが輝いている。

 壁に背を預けて靴を脱ぎ、ベッドに深く座り込む。軽く伸びをしていると、姫さんがいそいそと枕を持って突っ込んで来た。


「ぐえぁ……」

「ふっふーん♪」


 俺の片足の上に枕を置いて、得意げに身体を預けてる。もうある程度慣れたが、柔い感覚と、柔い匂い、華奢な肢体過ぎて、どこに手を置いていいか、いつも迷ってしまう。


 今回は彼女の背に、コーヒーミルを置いてみた。特に拒絶はされなかった。イケる。

 そのままコーヒーミルに豆を入れて、手で支えながら砕き始める。


「うふふっ、くすぐったいよぉぉ……?」

「我慢しとけ、お前さんが飲むんだろう?」

「んがっ…………!、くすー……」


 ガリガリ、ゴリゴリと耳馴染みのいい音が響く。姫さんは早くも、茶請けのクッキーに手を出している。

 タロッキは昼間元気に働きすぎたのか、ひっくり返ってソファーで眠っている。

 器用にしっぽの先端で、角の間をかいている。いっぱい麦束を運んだから、相当痒いんだな。

 人足達の5倍は運んでいりゃ、そら疲れるわな……。


「……くぁ……あー……、くぅ……ねむぅ……」


 クッキーを齧ったまま姫さんは、眠そうに欠伸をした。穏やかで、ゆっくりで、安らかな時間を感じる。きっと、あんなに一緒だったからだろう。


 コーヒー豆を削る音が、心地よかったのだろうか。それとも仄めく灯りのせいか、はたまた背中の心地いい振動か。彼女は瞳を閉じて、眠り姫だ。


「寝てていいぞ、出来たら起こすよ」

「…ん」


 しばらくすると、寝息が聞こえてきた。豆は引き終わっていた。そっと頭を長い耳ごと撫でてみる。


「ミミ……みみぃだめぇぇ……、できた……?」

「できたぞ、ほれ」


 目を覚ましたので、コーヒーミルの豆を取り出して嗅がせた。深く眠ってはいなかったのだろう。

 コーヒー豆の匂いは、それだけで目覚めを促す。反応良く飛び起きてくれて、テーブルを引き寄せて準備は完了した。


 姫さんが愛用のコップに湯を注いで、俺の方にだけ白い粉末をひとつまみ淹れる。俺はその間に、砕いた豆を濾してコーヒーを淹れた。


「ほい」

「ありがと」


 姫さんはいつも通り、鼻をヒクヒク言わせて受け取った。隣り合って肩をよせ、毛布を被って飲み始める。俺は塩白湯で、姫さんはコーヒーを愛飲している。


「変わってるよね、美味しいの?」

「うまいぞ、味覚なんて人それぞれだ、旨いもんは旨い、好きなもんは好きだ」

「好きなものは、好き……」

「飲んでみるか、これ。寒い時に良いぞ」

「えっ!?、……う、うん!」


姫さんは、俺の手からコップを受け取った。

じっとコップの中の波紋を見つめている。一回だけこっちを見たが、軽く手で促すと、ちびちびと塩白湯を飲み始めた。


「……優しい、味。残りも飲んで良い?」

「いいけど、トイレに行きたくなっても知らないぞ」

「むーっ、子供じゃ無いですよ!」

「そうか、ならとっておきの、怖い話でもしてやろう、ふっふっふ……!」


「や、それは反則ですよ!」

「ふっふっふ、俺も独りでいけなくなったらついてきてぇ……」

「えぇ……自分で言うんですか」

「怖いだろおぉぉ、くらーいなか1人でトイレとかよう!」

「まあ、それは……、ぷっ、あはっ、あははははっ!」


 笑い声も重なって、飲み終わったコップも隣り合って、安らぐ時間だ。背を壁に預けて、もう一度ぐっと伸びをした。

 姫さんは俺の眼の前で、寝転んでいる。

太ももの上が気持ちいいと言って、俺のベッドからも枕を奪って足に敷き、心地よさそうに寝そべっている。


 よくやられるが、彼女は接触を恥ずかしがる割には、人目を偲んで額をぐりぐり押し付けたりする。なんというか、甘え上手で根本的に人肌が好きらしい。


 華奢な背中は少しだけ目に毒だが、何度もされる内に俺も慣れた。これが最近の寝る前に本を読む、或いは読み聞かせる時、よく行う姿勢だった。


 今日は久々に姫さんの書いた本を、読み聞かせて貰った。明らかに主人公が俺なので、正直少しこそばゆい。

 内容は、やはりどこかゲルダの涙を彷彿とさせる。だが、ゲルダの涙が海洋冒険なのに比べて、姫さんの作品は、空を行く大樹の冒険譚だった。


 世界のどこかにあるという。星々の海へと至る船を探す、冒険者達の冒険譚。夢いっぱいで、それでいてシビアで、愛に溢れていて、彼女らしい羽筆の踊り方だった。


「空は好きですか。マナギ」

「見てる分にはな。できれば2度と飛びたくないや。姫さんは?」

「え……、好きですけど。ゆ、夕日とか……、お月さま、……とか」

「ん……、それは、俺も好きだよ」


 なんとなく、不快でない沈黙が降りる。目も少し合わせづらい。姫さんが控えめに裾を握るので、指を絡めて手を繋いだ。


「そ、そう言えば、ライオットが、お前さんに告白するかもだぞ」

「はい…………。はいぃ!?」


 2度見された。綺麗な2度見だ。大声にムクリとタロッキが反応して起きたが、またパタンとすぐに眠ってしまった。


「ど、どういうこと?」

「言ったまんまの意味だよ。バレバレだっただろ?」

「や、そうですけど……!」

「断るか?」

「断りますよ!」

「そっか、可哀想だな」


タロッキがもう一度起きないように、少し小声で話し合う。

 姫さんは百面相をしていたが、俺の素知らぬふりの顔つきに何か感づいたのか、じっとりとした目で訝しげに見つめてきた。正直コワイ。


「何か、隠してません?」

「そういう顔だよ」

「顔?」

「お前さんに、そんな顔。俺はもう、させられないかも知れない。嫉妬してるし、期待もしてるって言った。……それだけさ」

「そ、そんなこと……!」

「嫌か?」

「ズルい! 信じらんな……、あっ……」


 思いっきり絡めた指ごと引く、姫さんを首元ごと抱き寄せて、羽交い締めした。絶対に逃さないように。今だけは、どこにも行って欲しくない。


「ごめんな。でも本気でそう思った。自分でも信じられないくらい、嫉妬してる……」

「………………ばか。じゃあ、やんないでよ」

「後悔だってしてる。不安だって、それに」

「それに?」

「その耳飾り、誰に貰ったんだよ」


 一瞬だけ。姫さんが本気で抵抗して逃げようとしたので、俺も彼女を本気で抱き寄せた。いっそ潰しちまうくらいに。


 耳飾りがリィィィ……ンと、透明感のある音が鳴って、俺は脱力できて、姫さんもぐったりしている。

 息が荒い。水の中から、我慢してあがったみたいだ。慣れてるはずの姫さんの匂いが、濃い。くらくらきやがる……。


「話さなきゃ、ダメ?」

「話したくないなら、良いよ。でも、話して欲しかった。ずっとそう、思ってた。……思ってたんだ」

「…………キス、して。じゃなきゃ、ヤダ」


 ようやく彼女は、逃げずに俺に向き合ってくれた。目をそっと閉じて、待ってくれている。

 そっと抱き寄せて、黒髪を少しだけ指先で払う。長い耳に触れると、ピクンと反応されて、俺は瞳を閉じれなかった。


「えぁ……? ……んぅんっ!……んっ……っ」


 唇を奪うように、口づけを捧げる。

 彼女のまなじりが、心地よさそうに下がるのがよく見える。速めだったから、歯がカチリと鳴っちまう。

 落ち着こう。引っ張るように、誘うように、舌を伸ばして、愛し合う事を呼び込もう……。


 楽器を指先で爪弾いて、音色を奏でるようにだ……。

 故意に浅く、足りない、足るわけない、口遊びで誘え。


「いい……?」

「たんない、よぉ……!」

「誰がくれたか、言えたら、いいよ……?」


 口の中が甘い。ものすごい噛みつくぐらい、キスしてやりたい。でも強引に抱き潰した身体が華奢過ぎる。優しく口づけしてやりたくて、仕方ない。


「はなして……」

「せいせいの、せいじんの、おいわい……」


 姫さんは、キスするのが、とてつもなく下手だ。

 すぐに口で息をしようとするし、鼻が小さいせいか、全然鼻呼吸できないし、恥ずかしがって逃げようとするのだって、しょっちゅうだ。

 それが。とてつもなく。


 とてつもなく、愛おしくて、堪らなくて。仕方なかったんだ。





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