第18話 水煙草

この村に滞在中、彼は私に、1つのことを勧めてくれました。

それは、必ず一緒にいること。


原因は自惚れでなく、私の厄介な美貌でした。

実際に村の若い男のひとが数人、値踏みを通り越して、節度がなく、嫌悪感をそそる目線で、こちらを見ているのに気づいてる。いくら頭巾で顔を隠していても、見えるのは見えるし、覗けないわけじゃない。

いっそ仮面でも被ろうかと思いますけど、覗き穴しか無いと、凄い不便なんですよね……


私の耳には、無礼で心ない言葉だって届いてる。直接言われたわけじゃないから、気にしていないけど。警戒はする、当たり前ですね。フェアリーとして生きるなら、うんざりするほど経験することではありますが……。


「…不安なら、できるだけ一緒に居るか?、姫さん。嫌なら自己責任だが」


彼は私の顔色と状況から、察してくれたようだ。私よりもずっと大人だからでしょうか。


自己責任。冒険には付き物の言葉。

正直、剣を帯びていても、とても怖い。冒険の恐怖とは種類が違う。タロッキちゃんと同室だとしても、寝ているところを何人も、男のひとに襲われたら、怖い。


なら、私の嘆きを気遣ってくれた彼と一緒に。タロッキちゃんと、私は居たいと思う。


「怖い、…です、できれば一緒で…」

「わかった。タロッキもいるし、何時でも側にいる。警戒はいるが、安心してくれ」

「うん…、ごめんね、気苦労でしょ?」

「そこはありがとう、だろ?」

「…ありがとう、紙切れさん」


彼は照れ臭そうに鼻の下を擦った。…こういうところ。大人なのに全然子供っぽくて、かわいいの。このひと。




パスタさんに部屋を用意してもらって、私たちは数日、同じ部屋で過ごしてる。私はいつもの通りベッドに座って、冒険日誌を書いている。

今日は1日、買い出しとスクロール等を含めた整備、読書などをして身体を休めていました。

タロッキちゃんは私の隣で、まだ黙々と読書をしている。本を読んでいる時。彼女はとても真剣に読み込んでる。邪魔しないほうが良いいかな。


紙切れさんは机にスクロールを広げて、魔法陣の緻密な書き込みを行っている。海外から入ってきた技術で、高度なものになると、とてつもない集中力が必要なんですよね。

すごいものだ、文章を書くならともかく、とても同じように集中できるとは思えない。

ひと段落したのか、伸びをしたあと、彼は私に話しかけてくれた。


「悪かったな、色々と調達して貰ってよ」

「いえ、迷惑をかけているのは、その…」

「役得だろ?、いいさ」

「うん…」


興味本位で魔法陣を書き込んでいるところを、拝見させてもらったけど。

彼は本当に真剣そのもので、こっちが声をかけるのを躊躇ってしまう。


つい、チラチラと彼の真剣に作業する横顔を、盗み見てしまう。もう日誌は書き終えているのに。きっと彼は気づいていない。


伏し目がちに鋭く見開かれた目は、そのまま鞣し紙を切り裂いてしまいそう。

専用のメガネをかけてるのも、…イイ。

私は彼の書き込む姿からは、目がまるで離せない。


…いけない、先生のように、真剣に書に向かう男のひとを目にすると。いつもコレだ。

ちゃんと節制しないと。


「疲れたか、子守唄でも歌ってやろうか?」


日記を片付けて少しあくびして、目を擦ると、彼が優しげに語りかけてくれた。タロッキちゃんの耳もピクっと動いた。


「子供扱い?」

「いいや、令嬢扱いだぞ?、成人はしてるだろ?」

「え、うん…」


私は今年で22歳になる。フリッグスでは成人だけど、身体は14、5歳の頃から変わっていない。きっとこれからも、ほぼ変わらないだろう。


彼は37歳だと言うけれど、フェアリーの私にはよく、わからなかった。人間種の比率で歳を取っている、とのことだったけど、みんながさせている、煙草のイヤな匂いは皆無で。


敏感なこの鼻には、とてもありがたくて。

正直、男性なのに一緒にいて、苦痛はまったく無いんですよね……。


「眠る前の子守唄なら、誰だって歌って欲しいものだよ。きっと」

「…そうだね、お願い」

「カミキレのコモリウタ。よく寝れそうだよね」


彼の心地よい調べと睡魔の精が深くて、タロッキちゃんと、どっぷり寝入てしまって。

久々に、先生の夢を見なかった。



俺たち3人は整備を終えた装備を携えて、訓練場に顔を出していた。訓練の前にいつもの通り、装備を引っ張ったり叩いたりしていると、周りの訓練生達が囃し立ててきた。


「いいなぁ教官は、そんな美女2人と一緒に点検できて……」

「なあ、俺にも点検してくれよ、なあ!」

「いいぞ。でもお前ら死ぬよな?」

「え……?」

「武具で遊ぶ奴は、ツキが落ちて死ぬ。この1年で15人だ。死にかけた話は30人に登る。お前らみたいな態度で、中途半端に点検される。死んでいく奴に教える是非もない。遊びに来たのなら、今日はもう帰ってもいいぞ」


「……真面目にやります」

「別に点検なら良いですよ、じゃ、覚悟してくださいね。ふっふっふっのふぅぅっ…!」

「へ?、ぎゃああああ!!?」


しばらく無茶苦茶痛そうな悲鳴が響いていた。点検が終わったあと、彼はしばらく立てなかった。


魔銀の潤剣ブロード・ソード

僅かに青みを帯びた魔術加工品。両手持ちのロング・ソードほど長くなく、片手用長さの刀身、広めの両刃。鍔と柄は俺用に、魔術加工された大きめの物に交換済み。鞘は重量を考えて、硬い革製に交換。銀とは言うが、実際には魔術加工の過程で銀を使用するだけで、刀身が銀色に輝いている訳では無い。今も鈍い光を返している。


振り心地は悪くない。少し間合いが遠くなったが、その分詰めれば小回りよく攻められる。切れ味も硬さも、今ままでの直剣ロング・ソードとは段違いだ。

訓練相手はタロッキだ。何度か素振りをしている。かなりサマになってはいるが…。


「じゃ、始めるぞ」

「うん!よろしく!」


タロッキは、奇しくも同じ名前の広刃剣ブロード・ソードを両手で正眼に構えた。俺はいつものように、刃先を左手のガントレットで握り、水平に構え迎え討つ構えだ。


「確か……、こう?」


ぬるり。

気持ち悪。重っ。

反応できたのは、構えを覚えていたから。ただそれだけの偶然だった。

海魔の吸盤の付いた触腕に、絡め取られるような。な打ち下ろしを受けて、両腕にかなりしびれが来る。ハラにリキ込めても真芯こなしが強過ぎていなせん。なら!


「うわっ!」


わざと剣を手放して、懐に飛び込んでナイフで喉元を柄打ちした。腰に差していた、名も知らないホッブゴブリンの短剣でだ。


「………今の動き、御老の技だな」

「うん。上手かった?」

「上手いもんだ。寸分違わず見事なもんだが、次の一手は?」

「あ」

「それに体格の違いや、衝突の際に手の内を締めてない。剣にこだわり過ぎてるし、手加減してこれだと剣が持たない。上手なもんだがもっと自分なりに色々試すと、もっと良くなる」

「うん!色々して見る!」

「尻尾も爪も、翼もある。色々試すと良い」

「分かった!がんばる!」


ほぼ御老の技を、見える範囲で完全に模倣していた。思い返せば斥候としての訓練も、あっという間に俺と御老に上達してついてきた。………おそらくだが、俺達人間種。いや人類種側でも、とびっきり繊細な動きが可能と見える。感覚そのものが、別物なのだろうか。

スジも良い。足りないのは経験だけだ。実戦を重ねて手段が増えれば、あっという間に教える事も無くなるだろうな。

そして、何より。

天井知らずにタフだ。どんなに連れ回しても息1つ切らさない。実に頼もしい子だ。


「じゃ、私とやりましょうか」

「おう…、どっちだ?」

「んー……、流れで」

「承知した」


互いに30歩ほどの距離を空けて、俺は剣を正眼から僅かに下に、握りは上下最大限離す。姫さんの胸元目掛けて構えた。彼女も右手1本で正眼に構えている。片手には杖。

ピリッ…とした空気を感じる。今日は熱が入っている。ドラゴンと相対して一皮剥けたか。だが…!


「はぁああああああっ!」


1歩目から低く全力で疾駆する。こちらに飛び道具はない。向こうに詠唱するいとまはない。


しゃり。


軽く腕輪と指輪を振る音が響く。これで筋力はほぼ同等。身を倒し、剣を抱えるように吶喊する。杖が1度振るわれて水の壁。突き破る。刃が近い、頭が白む。大ぶり、のち鍔迫り。

ここ。


「ふっ!」「はぁっ!」


磨り上げ、割り込み、打ち下ろし。肩口に柄打ち。彼女の杖も、俺の喉元だった。


「ぶはっ、…すっげ…」

「ぶっ刺すかと、思った……」

「切るほうだ。刺す方でも良いが、今のは術師に先手打てるなら、2、3人でやりゃ確実に魔術の連撃を止められる。臆するなよ」

「死んでも、ですね? 紙切れさん」

「ああ、…本当は、全力の姫さんの剣技も見せたいんだが…、いいか?」

「この指輪の癖も見たいので、やりますか」


先程と同じ距離を保つ。打って変わって、今度は俺が受け。姫さんは杖を落として、両手で剣を構えた。


しゃりりん。りん。


腕輪と指輪を振る音。彼女が低く攻めてくる。胴抜きを狙う、右水平。横薙ぎの一撃。


「そっ、れえ!」

「ぐおっ……!」


剣で思いっきり受けるが、業力にたたらを踏まされる。そのまま息付く間もなく連撃。数度受け、いなし、上段全力で受…。


「隙あり」


スルリと刃を降ろされて、胸元に剣を突きつけられた。しなやかな筋質の彼女らしい剣技だった。これやられると大概勝てねえんだよなぁ…。周囲から称賛の声が漏れた。


「指輪との併用はどうだい、姫さん?」

「だいぶ楽になりますね。3回はできそうです」

「今みたいに、体格差があっても100を、…10を10回。そのまた何回分も数える長い間。筋力を上げられて、圧倒される場合もある。小さいからって油断するな。むしろやりづらいったらねえぞ、最悪逃げろ。歩幅までは誤魔化せられん」


学がなく、数字を100数えられない者のために、あえて言い直した。おおよその種族は8本以上指や羽指がついている。指折り数えている者も居るが、何人かは周りから教えられていた。よし、長い間とは伝わったな。


「うわばっ!?」

「あっ、ごめーん」


先ほど姫さんにシメられた少年が、タロッキによる、片手の一撃で後ろに吹っ飛んでいた。油断したわけじゃないんだろうが、膂力差がありすぎるな。…よし。


「体格、準熊並のタロッキもいる。もったいない機会だ、複数人で相手してもらえ」


「え、でも、女の子だし……」

「…卑怯じゃない?」

「タロッキ、地面を尻尾で強く叩いて見てくれ。ヒビ入れるなよ」

「これくらい…?、えい!」


例えるなら、1日中斧を入れて、何十年も生きた巨木を倒した音だろうか。ドズズゥンと地面を鳴らせて、土煙をあげて尻尾は止まった。

通行人が何人か何事かと覗き込んでいた。ちと派手にやり過ぎたか。仕方ない。


「1対1で、やれるか?」

「無理っ! 無理ぃっ!」

「ふええ……、おかあさん……」

「ちゃんと手加減するよぉ、怖くない怖くなーい」

「冒険者は、が最大の武器だ」

「ええと…?」

「敵を先に見つけて、味方を呼んでもいいし、不意打ちしても有利。見つからなければやりたい放題だ。生き残るのに、常に卑怯上等だよ。敵も同じくな」


長槍で囲んで強い敵を叩く訓練や、タロッキの尻尾の薙ぐ強烈な一撃を、重い盾で受ける訓練。魔術を織り交ぜて、攻撃する訓練を施した。

槍の追い込みも上手くなったし、最後には魔術強化込みで、数人がかりで盾で受ける事も出来るようになった。やればできるな。やはり。

姫さんは魔術を扱える者と、技術交換をしていた。いくつか希少な魔術を見せたり、見せられたりして訓練に励んでいた。


顔つきも全員良くなった。程よく戦気に満ちている。これなら死とやらが来ても、竦む事はないだろう。




「あっっっ、したぁ!!」

「おう、ありがとうございました。じゃあよく休めよ」

「ま、…待ってぇ!」


俺達を呼び止める声があった。タロッキに吹き飛ばされて、指折り数を数えていた、訓練生の少年だった。名前はなんと言っただろうか。どっかで見たような顔をしている…。


「お、俺!迷宮や戦争じゃなくて! …旅に、出たいんだ!」

「…そうか、金勘定は出来るか?」

「えっ、えっと…!」

「生憎俺は今、商人として別件の仕事中でな。雇われる事すらも、できん」


彼は困ったように答えに詰まってしまった。チラチラと姫さん達を、居心地悪そうに見ている。淡い慕情は感じるが、不快感のある視線までじゃない。2人共特に急かさず、帰り支度をしている。


「………そうだな。お前、勇者の剣が抜けたら、旅に出るか?」

「え……?」

「では、木の棒は、どうだ?」

「え、えっと…?」

「同じ事だよ。両方持っていても、最後に待つのはいつだって同じだ。何か分かるか?」

「わ、わかんない……」


「なら、教導のついでだ、ヤニは吸うか?」

「ううん」

「姫さん。悪いんだが、一服奢ってやってくれないか?」

「…いいですよ」


首を横に振った彼に、俺は荷物から3本の煙草を取り出して、1つ火をつけず咥え、残り2本のうち1本を姫さんに手渡した。


火よ…アイリス


魔力操作による物体操作で、指先に熱量が集まり、火が灯る。姫さんは小さな炎で煙草に火を着けると、彼に差し出した。


「あ、ありが…、ゴッホォ! ゲホッ!」

「あ~、駄目ですよ、初めてなら口だけで吸うんです。肺に入れると苦しいですよ」


「良いか、よく聞け。…盗むな、どうせ損になる。騙すな、裏切られる。馴れたら駆け引きを意識して、むしろやれ。決して、油断するな。金勘定は、市場で少し働くと良い」

「え、え、え、え?」

「生水は飲むな。必ず沸かせ、死ぬぞ。濡れたら脱いで、乾かせ。恥じるな、死ぬぞ。毛布を持て、粗雑な毛皮束でも良い。灯りと、長く丈夫な縄を持て、数本あるならなお良い。最後に、…武器を使うなら、絶対に、絶対に躊躇うな。落下したら確実に死ぬ高さから、突き落として、だけで使え。…以上だ」


「う、うぅん…?」

「姫さんやタロッキは、何かあるか?」

「そうですね…。魔術は時間を意識して使いましょう。温存し過ぎはだめで、できなくなったら休む物です」

「んー………。すっごい古い戦士の諺だけっか…。。…だって」

「ほう、「時計塔と山賊百景」か、渋いな。……もう一本やる。俺達が帰るまで質問しても良いが、どうするかは、よく考えて好きにすると良い。…よく休めよ」


名も知らぬ彼と会話を終え、先程のアドバイスに質問されながら鎧を脱ぎ、軽く布で汗を拭き取って、もう一度着用して帰り支度をして道を歩いた。…そう言えば、タロッキが革鎧を脱いだ所は見たことがない。別に臭くも無いが。あまり汚れていることも無い。よっぽど上等な品なのだろうが、何故だろうか?


「どしたの、カミキレ?」

「いや…、あいつ、付いてきてるか?」


振り返ると先程の彼が、30歩ほどの距離でついてきていた。別に帰る場所が同じ方角かもしれないが、付き纏われてるのだろうか。あの年齢なら酒場で飯食ってたって文句は無いが。


「来てますね。別に良んじゃ無いですか?」

「………1月前の、姫さんみたいだな」

「うげっ、その節は本当に、ご迷惑をぉ…」

「いいさ、あの時も言ったが、そう何度も頭下げなくて良いよ。別に不快じゃなかったし、女が下がるだろ?、………、姫さん?」

「…っ」


隣を歩いていた姫さんが、こっちを不躾にジロジロ見ている連中を見て足を止めた。

どうみても、いやらしい顔を向けてヒソヒソ話してやがる。…ったく。見ればもう、片手は剣に手をかけている。タロッキも尻尾の先端を苛立たしげに、カツカツ地面を叩き始めている。

軽く装備を見回しても、手入れが行き届いて無く、長生きはしなさそうな連中だ。手に紙を持って見比べている様子はない。賞金稼ぎでなく、ルマンドの言っていた荒っぽい連中だな。


「ほれ、嫌なら周り道するか?」

「…いいえ、行きましょう」

「いつでも嫌なら言えよ」


姫さんに腕を差し出して、彼女は俺の袖を片手で掴んだ。結構強がりなんだよな。この娘。そうじゃなきゃ冒険者は選べないか。


彼女を連中の視界にできるだけ入れないようにしつつ、堂々とそのまま歩き出す。ドラゴンを退けた後だと、剣を帯びている連中なんざ、尻尾に卵の殻が付いてるトカゲ程度にしか感じない。


だが油断は大敵だ。俺はロング・ソードを押し上げて、同時に、腰に専用固定具で差している呪文の巻物スクロールを、連中に見えるように傾けた。

タロッキも翼で姫さんを隠して、虫を鬱陶しそうに追い払うように、反対の翼を器用に羽ばたかせている。


「…………………」

「チッ…」


連中から舌打ちが聞こえたが、無言でつまらなそうに見ていると、そそくさと散って行く。そのまま通り過ぎようとしたが……。


「グル…」


ひと呻りして苛立たそうに、タロッキが地面を尻尾で叩いた。亀裂も少し出来るぐらいの一撃だ。

振り返ると、後ろからついてきている人影が複数いる。少年は気づいていない。ただタロッキの突然の行動に、驚いて足を止めているだけだ。付き纏い野郎共か、女も居るみたいだが。隙をついて、姫さんを攫う気満々にしか見えねえ。


姫さんほどの美貌を持つフェアリーなら、引く手数多なのは想像にかたくない。例えその結果、彼女の心身が、身勝手に引き裂かれようともだ。…反吐が出る。


「カミキレ、…やる?」

「村中だ、彼も見て居る。こっちからは止めろ。宿まで行くぞ」

「……分かった」


もう一度、今度は地面に軽く亀裂が走るほど、彼女は尻尾を叩きつけた。ようやく人影は霧散して行く。驚いておろおろしていた彼が、慌てた様子で心配そうに駆け寄ってきた。


「えっと、今のは…?」

「知らん仲だ、顔も初めて見た。……よし、駄賃をやる。銀貨10枚やるから、頼れる在中騎士か、村の衛兵に今見張っていた連中の事を話して、夕飯を奢って貰え。条件は全力で駆け足で、手早く行う事だ。…喜べ、初依頼だぞ。どうだ、できそうか?」

「い、いいの? そんな大金…!」

「良いの、カミキレ?」


「構わん、治安維持の大事だ。…銀貨を貰った事は、一応誰にも言うな。決して、今の連中に気取られるなよ。…わくわくしてくるだろ?」

「うん、すっごく!」

「いい子だ、冒険の成功を祈る。…頼んだぞ」

「頼みましたよー!」


頭を軽く撫でて背中を軽く促すと、彼は一目散に駆け出して行ってくれた。水煙草シーシャ亭に戻ると、店内がどこか剣呑な空気で満ちていた。どうやら1戦繰り広げた後らしい。パスタも短剣を研ぎながら、水煙草シーシャを蒸して、かなり殺気立った目で俺たちを出迎えた。


「おっといけね。紙切れかい、無事だったか」

「なんの騒ぎだ、パスタ」

「なに、チップも払わない、客じゃない連中を追い出しただけさ。なあ、お客様方!」


周囲の赤ら顔の冒険者きゃくたちは、何人も力こぶを見せたり、力こぶを叩いたり、武器か坂瓶を掲げて応じて見せた。1人は酔って、呂律の回らない呪文を唱えようとしていた。


「ハハッ、流石に店内で呪文は勘弁しとくれ!ああ、コレ呑み代の釣りだ。ちょっと多かったから、すまないね。受け取っておくれ」


パスタから受け取った薄い皮袋は、覗いてみると銅貨が何枚かと、折りたたまれた紙が1枚入っていた。……なる程な。


「袋はサービスしとくよ、今日はもう部屋に行くかい?」

「…………ああ、もう行くぜ、これチップな」

「毎度あり。聞いてた通りは、ずっと部屋取っとくだろ?」

「えっ、いえ、ながぎゅ?、ちょっとタロッキちゃん! 突然、なにするんですか!」

「ゔぇへっへっへっ、驚いた?」


むぎゅっと姫さんの口を、ふざけるようにタロッキが押さえてくれた。突然のいたずらに、姫さんはタロッキを咎めながら振り返っている。……やるな。


「ああ、明日からは、下界に数日行って見るつもりだ。また世話になるぜ」

「あいよ、に1週間は下界を出入りするって、伝えとくからね。毎度あり〜」


怪訝そうな姫さんに、目配せして軽く頷いた。何かあるとは感づいてくれたようだ。階段を少し警戒しながら登る。部屋への廊下には誰もいない。

あえて、ある程度他愛ない会話をして、普段通り部屋に入った。革袋に入れられていた紙には、部屋で読めと、大きめの文字で綴られていた。

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