3枚目 冬の決闘

第41話 真意

ゾロッカ遺跡群内部に踏み込むと、予想外の光景が、俺たちを待ち受けていた。

なんなんだろうか、これは。


高い壁一面に等間隔に、俺の倍は大きさのあるフジツボのような物が生えている。

1つ1つが離れてたり、潰れてるような物もあって、生理的嫌悪感や、不快感はあまり無い。

だが、地上の建物の中なのに、苔などを合わせると、どこかの海底でも歩き回っているような、奇妙な錯覚を覚える。


おかしい。この場所はこんな場所ではなかった。

俺自身がこの遺跡に、最後に訪れたのは数年前だ。

ラランと共にレーナのある依頼を受け、3人で旅をしている時に、乗り合わせた竜車の事故で、乗員、乗客をやむを得ずここに護送した時以来だ。


外は怪物も多く徘徊するし、フリッグスに近いので、怪物の住処にならないように、定期的に中の討伐依頼だって、若い連中が受けている。


だと言うのに、数年程度でこうなるわけがない。

明らかに何者かの手が入っていやがる。

中を調べていた連中は、幻惑魔術でも使われたのだろうか。なら一応の理解はできるが……。


「ねえ知ってる…、フジツボって、カニとかエビの仲間なのよ」

「え、そうなのか…?」

「うん…、食べられるのもあるの…、とりあえず、中を覗いて見る?」

「おいおい、悪食も大概にしろよ…?」


軽口を叩きながら気を取り直して、警戒して地面に生えている1つを観察してみる。

壺状の岩のような物に、歪んだ三角形の鱗のような物が、覆いかぶさっている。


デカくはあるが、俺の体格なら鱗を引き上げて、中を見ることはできる。

強引に破壊して中を見るのは、最後の手段だな。


「ちょっと調べてみるわ。待って」


ラランは素早くフジツボの周囲を削り取って、瓶詰めしたり、腕に乗せて毒性を調べてくれた。

特に肌に変わった事はない。毒は無いようだ。

切り口に水を垂らして、反応を見たが特に変わった事もない。

キマイラのように、削り取った部分が治る事もないようだ。


試しに軽く叩いてみる。

透かしの要領で、中身は水分と、何か大きな物が入っているように感じた。


「中に、なんかある…、っぽいのか?」

「なんなのかしら、これ…」

「警戒しててくれ、鱗引っ剥がして、開けてみる」

「了解、気を付けて」


片端に手を添えて、力を込めて上に引き上げようとしたが、三角形の頂点がズレた。

真ん中は繋がってねえのか。三角の鱗は半分になった。


「どうなってんだ、こりゃ…?」


もう一度、今度は合わせ目を意識して、思いっきり引き上げる。

中でプチプチプチと、小さな火花が弾けるような音がする。

ドバドバと透明で、生暖かい粘性のある液体も出てきた。


「……………たまごの白身?」

「似てはいる、が…」


臭いはどちらかと言うと磯臭い。肌も少しピリピリするがそれだけだ。

蓋のような状態の歪んだ鱗を引き上げきると、裏面の下には……。


「…………リザー、ドマン?」

「いや、顔は人間種…、系か?」


それは俺自身が、御龍印から翼を賜った姿に、よく似ている。


言うなれば蛹か胎児に近い、のだろうか。

俺の倍はある巨人…、リザードマンに、よく似た何かが、グズグズの蛹か胎児のような状態で、フジツボのような物に入っていた。

歪んだ鱗はまるで、出来損ないの翼のように、背中に繋がっている身体の一部…、なのか?


「本当に、一体何だってんだ…?」


潰れていたり、そもそも無かったりする部分も多いが、壁一面の奇妙なフジツボに見おろされて、俺達は眉根を寄せて、不可解な戦慄を覚えるしかなかった。



もう彼と、一緒に冒険できないかも知れない。

だってあんなの、いきなり過ぎて、あんまりだと思う。


「結婚を視野に入れて、俺と、交際してくれないか?」


あの時、彼の抱きしめ方が変わった。

いつもの、優しく触れてくれるような触れ合い方じゃない。

首筋に腕を回して、力強く押さえられてた。

絶対に私を逃さないような、切なそうで、辛そうな包容。

普段の優しく暖かな彼とは大違いの、激しい愛情を感じたの…。


熱い。あったかいんじゃなくて、熱い。触れてる所に火がついちゃうそうだった…。

あ…、だめ、絶対に、逃げらんない。

だって、熱さと力強さで、肢体に力が入んない。


マナギの物に、されちゃう。

切ない、苦しい、愛しくて、…とっても、嬉しい。


「姫さんモテるから、先手を打ちたくなったんだ」


恥ずかしくて、口もよく動かせない。ふいうちにもほどがある!

頭の中ごちゃごちゃで、必死に彼の身体に縋り付くだけしか、できなかった…。


「愛してるよ、姫さん…」


愛してる。あいしてる。アイシテルぅぅぅ。

顔が、真っかっかで。頭フットーしてて…。

プロポーズ、なのかな、あれ。

結婚。結婚……。


男のひとと、女のひとが、お付き合いして、愛し合って、永遠の愛を教会とか。寺院で誓って………。

え、えっちな事を、して。赤ちゃんを作って、育てて、最後まで一緒で……。


いろいろ、考えちゃう。

あたしは歳を取れない。どうあがいても、マナギさんはあとたった10年で老いる。


10年。一口に出せば長い、でも……。

彼の事を、信頼してない訳じゃない、けど、老いや病気は、容易に人を変えてしまう。

………残酷なくらいに、思い知ってる。


怖い、苦しい。例え未来でも、彼に嫌われたくない。

だったらいっそって、少しだけ思ってしまう。

そりゃ、酔っ払ってる時に、つい茶化しちゃったりとか、してたけどさぁぁ。

今思うと恥ずかしくて、死にたくなるぅ…。


…………はぁ、でも好きだ。同仕様もないくらい、彼が好き。

私が殺した人も、そうだったのかな……。

まあ、生命のやり取りだし、死にたくないし、誓って楽しむために殺害はしていませんけど。


結婚、…礼服、…ドレス、マナギの礼服、かっこよかったなぁぁ……。デヘヘヘヘへへ。


「ん~…、ヒメサン、足バタバタさせないで…」

「あ、ゴメン…」


微睡みの中。浮かんでは消える、取り止めのない意識から目が覚めた。

夜。私はいつもの通り、タロッキちゃんに抱きしめられて、一緒に眠っている。


幸いにも今日は、低い崖の下に狩猟小屋を発見して

、雨露をしのがせて貰っている。

どうやらここは山小屋や森小屋のように、誰でも

使って良い場所らしい。


周辺の地図が彫り込まれた壁掛けのレリーフに、小さなお堂。暖炉がある小屋ですね。

よく清掃されたお堂には、干し肉が紙に包まれていて、お供えがしてあった。


タロッキちゃんは、いつもドラゴンな体勢で眠る。

必ず腹這いになって、尻尾と翼と四肢を投げ出して、ぐるりと丸く寝てる。

可愛い。私も彼女の腕は枕にちょうど良いので、よく腕枕してもらって、一緒に眠りに付く。


今日もそんな寝相だったけど、足を寝ぼけてバタバタさせちゃったから、彼女は目を覚ましてしまったようだ。


「イシキし過ぎだよ。いきなりだったんだろうけどさ」

「………マナギが、悪いんだもん」


愛想笑っているタロッキちゃんの胸に、頭から突っ込んで、よしよししてもらう。

元気のない時とか、悩みがある時とか、よくしてもらってる。逆に私がすることもある。


「良いなぁタロッキちゃん、おっぱい大きくて……」

「ヒメサンだって、…きっとカミキレは好きだよ、ヒメサンの胸」


猫の子みたいに、遠慮なく揉みしだく。

すっごく幸せな気分になる。考えてみれば当然ですか。みんなお母さんの胸に包まれて、育って行くんですから。

耳ごと強めに、よしよしされるのでやめる。

これも横になって休める時の、いつものやり取りだった。


「……………どうすれば、良いと思う?」

「逆に聞くけど、結婚したら、何が変わるの?」


………、………、………?、あれ、もしかして、あんまり、変わんない?

色々やる事は増えるし、子供だって出来れば忙しくなる。

冒険者も休業しますよね。でも、全然できる。

何なら先生と、ルマンドの世話を見てた頃よりずっとマシなのは、間違いなく明白ですよね…。


父様や母様だって、喜んでくれる。

父様わりと大雑把だし、先生に山ほど弱み教えて貰ったから、どうにでもなる。

母様は、間違いなく素直に喜んでくれる。


強いて言えば、班のみんなに迷惑かけるかもだけど、それはみんな一緒だし…。

一緒に暮らすのだって、もうしてるみたいな物だし、彼の事を、…あなたって……

うわぁあっ、恥っず。あ、でももうお前って呼ばれて………、えー…、いやまさかそんな、ねえ。

あれ、あれ、じゃあ出来るんだ、彼と、結婚…。


「うぅ…、でも、どう答えたら…」

「焦る必要は無いけど、カミキレはちょっとズルい言い方なのは、確かだよねぇ…」

「タロッキちゃんは、そういう経験ないの…?」

「あるよ、色々、こう…、尻尾絡ませたり、高い声で鳴いたり?」


「ドラゴンって、そうなの?」

「そだよ。いっぱいキュウアイするの」

「そうなんだ…、でも、人間とはないんでしょ?」

「………………」


待って、なにその意味深な沈黙は?

目をそらしながら曖昧な笑みは?、なんで身体をもじもじさせていますか、アナタ。

え、本当に?


「え、る、ルマンドと…? どこまでしたんです?」

「えー…………、い、言えない……」


あんっ、の野郎ぉー!

あたしのタロッキちゃんに何してんですか、今度あったら背中魔術でふっとばして…!


「ち、違うの!、あたしが離れたくないって、もう寝るからって、そ、それでぇぇ…!」

「よし、ブッ殺す」

「やめてカアサマ…、やめて…」


むう、これが親心ですか。

まあ、可愛い弟分だし、……お姉さんを、失った直後だったから、挫けそうだったんでしょうけど。

だからって、あんの野郎ぉ…。


私はかなり殺気立った顔をしていたんだろう。

オロオロとタロッキちゃんは、落ち着かない様子だ。

溜息を、つく。

まあしょうがない。タロッキちゃんも嫌がってないし。

一時期母親代わりまでした仲です。お尻を思いっきり蹴っ飛ばすだけで許しますか。


「夜も眠るときお話するけど、カミキレも抑えられなかったって、言ってたよ」

「こっちだって、もう……」


もう慣れたけど、マナギさんとタロッキちゃんは、私と同じように休んでる。

仮にも年頃のような女の子と同衾紛いって、どうなんだろうと思わないでもないけど。

御ふたりのサイズ感が違いすぎて、なにかそういう感覚じゃない気もしてます。


まあ彼は抱きしめられ方も、必ず毛布か布に包まるので、まるで、ひとの入ったタマゴか繭を抱えてるみたいですけど。


「おはよう。交代頼むわ」


あくびを噛み殺しながら、外で見張りをしていた彼がテントに入ってきた。

そのまま少し目をしょぼしょぼさせながら、毛布を引っ張り出そうとしてる。


そっと、彼に近づいた。

結婚を口に出されてから数日。初めて私から話しかけた。


「えっと、少し、…良い?」

「ん…、俺も、話したかった」

「ぐうる…、目が覚めちゃったから、あたしが見張りするよ。ごゆっくり〜」


ニマニマしながらタロッキちゃんは、あっという間に扉から外に出てしまった。

と思ったら、大きな顔だけを、にまりとさせて戻ってきた。


「声が大きくなるなら、耳塞いでたほうが良い?」

「お前どこで…、危ないから、勘弁してくれ…」

「ぐるるる、はーい!」


意味深に目配せされて、黙っちゃう。

最近気づいたけど、タロッキちゃんは結構、本性はおませな子だった。



少しだけ、マナギさんがワインを分けてくれた。

舌先で舐めるように、味わう。

久々のお酒の味は、少量なのに、どこか現実感が無い気さえする。

隣り合ってるだけなのに、何度もそう座ってたのに、まだ落ち着かない…。


「幸せだけで、選んで欲しいんだ」

「何を…?」

「あの言葉の先を、断るとしてもだよ」

「幸せで…」


消毒用の安ワインの波紋を見つめる。まあるい。輪っかだ。揺れながら広がってく。

私の片耳飾り…、幸せの、象徴のように。


「うん。決して焦らず、幸せで、幸せで、こうすれば幸せになれるって、お前さんの口から、聞かせて欲しいんだ」


「…返事じゃなくって?」

「ああ。そっちよりもだ。姫さんは、何かあるか?」

「どうして、あんな急に…?」

「ごめんな、困らせたよな。…テレジアが産まれた時から、3人に背中を押された気がしてな…」

「だから?」

「だから言った。…お前さんに、言えたんだ」


小屋の中は暗くて、彼の横顔は伺い知れない。

でも、どこか遠い目をしてる。私の知らない。彼の昨日かこを、見せたくない傷を見つめてる。そんな気がする。


「わかった。考えてみる。幸せで、でだね?」

「うん、頼む…」


このひとの思いを、沁みるように感じてきたけど。

今日から少しだけ、変わった。


決めた。

フランさまたちに、輪の付いた耳飾りを送ろう。

私にとっての、幸せの象徴。

彼らの愛が、永遠になることを。心から祈って。





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