第42話 シャーフ義勇軍
街道は小高い山背の道が続き、渓谷に辿り着いた。
矢も届かない、かなり遠くだが低い塔が見える。
空のタロッキが、降下の合図を送っている。応じてゆっくりと降下して貰うことにした。
警戒しながらゆっくりと、グリンに歩いてもらう。
石積の破棄された監視塔のような建物だ。それが長い橋で反対側の渓谷に繋がっている。
慌ただしくと言うほどではないが、人影が動いているのが見える。
「一旦、止まりましょうか」
「ああ、俺が見るから、警戒を頼む」
「はい」
タロッキを待って合流し、上下にうねる道を外れ、丘の上に登って様子を見てみた。
背負い袋から、双眼鏡を取り出し覗く。
山賊らしき、粗雑な皮鎧を来た連中が見える。
だが、何故か少し覇気が無いように見えた。
片手が無くなっていたり、杖を付いている者も多い。
キャラバンの長が言っていた、仲間割れを起こしたというのは、彼らの事だろうか。
「何か、聞こえるか?」
「いいえ、風向きのせいか、自然の音のみです」
「ふむ…、迂回するか、それとも向かって見るか…」
街道は崖と渓谷の間を通っており、迂回すれば小山を大きく回り込んで登る必要がある。
迂回路は獣道で、視界が効かず、何が出てくるかも分からない。
対して街道は奥まで見える。背の高い木の森が奥に続いているようだ。
いざという時は、あそこに逃げ込む事もできるだろう。
「向こうの出方を少し見よう、何か聞こえたり、弓を構える仕草があれば、戻って迂回しよう」
「危険じゃ無いの?」
「そりゃどっちもだ、多分」
見えて明確に敵対しないだけ、まだ山賊の方がマシかも知れない。逃げ道も一応ある。
馬がいるようにも見えないし、術師も居ないようだ。
隠れている可能性はあるが、他に道は無いし、タロッキに乗るのも、不審な動きをしていると思われるリスクがある。
「空は無しだな。警戒されて襲われたくない」
「ん〜…ですね。行って見ますか」
足を向けて進んだが、弓の距離に近づいても、構える者はいなかった。
姫さんの聞き取りにも、俺たちが通ることに注目こそすれ、襲う気はあまりないようだ。
襲おうと言う輩も当然いたが、大声で一括されたようだな。
姫さんによると、女の声だったようだ。
…通行料は、多少相談してるようだが。
塔に近づくと、恰幅のいいドワーフの女性と、男が2人ほど、粗雑な槍を背負って、塔に隣接する街道の真ん中で待っていた。
手に武器は持っていない。3人とも何処か酷く疲れた顔をしている。
塔の中でよく動き回っていた3人だ。山賊だろう。
「通行量、3人で銀貨6枚だが、どうだ?」
銀貨6枚、一週間は切り詰めれば2人で過ごせるかも知れない金額だ。絶妙な金額だな、おい。
「その変わった馬はオマケするよ、どうだい?」
襲われるよりは遥かにマシで、姫さんもタロッキも、剣の柄こそ親指で押し上げて居るが、殺気はない。
ならいいか、ついでもある。
「良いぞ、その代わり、アンタたちの話を少し聞かせてくれ」
グリンから降りて、俺はいつも通り煙草を差し出して咥えた。火はつけなかった。
タロッキも後に続いてくれた。
姫さんは、グリンから降りなかった。
3人は銀貨と煙草を受け取って、少し渋い顔で一服し始めた。
「喧嘩別れ、しちまってね…」
「…そうか」
ドワーフの女山賊は、バツが悪そうに頬をかきながら遠くを見た。きっとあの先に元仲間がいるのだろう。
俺達が手をかけた輩かも知れないが、方角が違う。可能性は低く、口に出す気も無かった。
「アイツラはこの先の村を襲う気だった、多分もうどっちも、よく生きちゃいない」
「…そうなの?」
「人数比が良くないんよ。悪癖もある連中だったからな…」
「あたしらは戦いにもう
「…ふむ」
「あんた、あの妖精様の、群れの1人か?」
「妖精の群れ?」
赤ら顔の山賊が1人、タロッキを見て妙な事を言い出した。
女性ドワーフと隣の男性が、呆れたように頭を抱えている。
赤ら顔の男性は、その態度に少し狼狽え始めた。
「な、何だよぉ…」
「コイツの話だと、数日前の夜、倉庫の飯勝手に食って、お礼に鱗を1枚くれたってんだが…」
「なんでよくわからん奴が、そんな事するって話だよ、大方鱗を拾って、酒に酔って寝てたんだろ?」
「ほ、本当だぞ! 大体調理前の鹿肉なんざ、食えないだろ…?」
「まぁ、そうなんだが…?」
「あんなにいっぱい飛んでくなんて、妖精様にしかできねえよ、他に居ないだろ?」
「そうかぁ…?」
よくわからない話だった。おそらく酒に酔って
姫さんとタロッキも、首を傾げているので、思い当たる事は無さそうだ。
「まぁ、万一会えたら礼を言っといてくれ、この鱗は高く売れそうだからね」
「えー…、売りたくないんだけどなぁ…」
半ば冗談のような口調で、ドワーフの女山賊は語った。
赤ら顔の男性は大事そうに、小さな袋を握りしめた。きっともう彼らの大事なお守りなのだろう。
「じゃあ、もういくぜ、今日中に泊まれる場所に行きたいんでな」
「森の最中に崩れた銅像の洞窟がある、そこで休むと良い、あとは…、ははっ」
ピンッ、と銀貨を1枚、指で弾いて、ドワーフの女山賊は、快活に笑って銀貨をよこした。
「煙草代と、もし、村に立ちよって聖女様が生きてたら、生きろと伝えておくれ」
「…約束は、しねえぞ?」
「ここを通るみんなに言ってんだ、いいさ」
手を降るだけで答えて、俺達は渓谷を進み始めた。
旅路を祝福する者は、俺を含めて、この時は誰も居なかった。
森の洞窟を後にして昼過ぎに、見晴らしの良い平原に出た。
街道を少し逸れた向こうに、小さな村を発見した。
おそらく、あそこが襲われた村なのだろう。
まだ麦粒のような小ささでかなり遠いが、警戒してグリンから降りて、ゆっくりと身をできるだけ潜めて、俺達は近づいた。
「だめですね」
「駄目だな、ありゃ…」
「うわー……」
グリンですら、諦めて首を横に降っていた。
弓も絶対に届かない、姫さんの耳でも、集中して会話を僅かに聞き取れる距離だ。
遠目に見た木製の防壁の上に、大きな鳥かごが吊るされている。
元来は狩るか、買った食料用の生き物を閉じ込めておく檻なのだろう。
それも1つ2つではなく5つほど。中身も当然ありだ。
つまり、白骨死体が大小様々、白昼堂々と多く吊るされている。
威嚇目的だとしても、自由都市同盟法では、完全な違法行為だ。何考えてやがるんだ。
これでは殺してくれと、自ら主張しているような物だ。
木製の防壁もよほど激しく争ったのか、炎上の跡が一部酷く、槍や剣が突き刺さっている。
どっちが勝ったのかは微妙な所だ。
とても旅人を歓迎する状況では、無さそうに見えた。
「まだ僅かに聞こえるだけでも、良くない言葉が聞こえます、立ち寄らない方がいいです」
「だな、気づかれない内に迂回しよう」
「食い物にされちゃ、堪んないもんね…」
俺達は身を潜めたまま無事迂回して、街道の先に進むことが出来た。
夕刻前、地図上の予定通り、休憩できる広場を目指していると、街道のはるか向こうに数人の人影を見つけた。
タロッキも気づいたのかすぐ降下してきて、姫さんに警戒して貰って、双眼鏡でよく目を凝らして観察する。
全員かなり重武装しているらしく、夕日に磨き上げられた鉄鎧が、綺羅びやかに照り返している。
武装も遠目に見るだけでも、鉄で出来たタワー・シールド。
木と鉄で出来た、ヘビー・ランスを背に背負っているようだ。
変わっているのは持ち手の部分に、手を覆う歯車や楔が付いている。何かの仕掛け武器だろうか?
形から推察するに、どう見ても騎乗を想定した装備だ。
馬は見えないが、名のある傭兵団か、騎士団かも知れない。少なくとも山賊の類にはとても見えない。
奪われた可能性も無くはないが、それにしては整い過ぎている。
向こうも双眼鏡でこちらを見ているようだ。
あちらがすぐ動く気配は、特に感じられない。
「姫さん、今度はどうだ?」
「殺せとか、奪えとか悪い言葉は聞こえません、ただ、少し驚いてはいるようです」
「わかった、迂回は無しでいいか?」
「ええ、いつでも駆け出せるように行きましょう」
「お〜い、止まってくださ〜い!」
足を向けて進むと、一際でかい人物が大声でこちらに話しかけてきた。
グリンに騎乗している俺と、迫るぐらいの高さだった。肩幅もでかい。
デカすぎて左手に抱えたタワー・シールドが、普通の盾に見えなくもない。
磨き上げられた鉄で出来た鎧は、馬の意匠が施され、彼が一角の戦士であることを一目で示していた。
年齢はかなり若い、姫さんの実年齢と同い年ぐらいだろうか。
武器は一見、持っていないように見える。槍もなく、腰にも剣を差して居ないようだ。
敵意がなく、荒事に相当の自身があるのだろう。でなければ盾以外で丸腰は、普通できない。
俺は軽く武具の留め具を触って確認し、篭手の具合をよく確かめてグリンから降りた。
(姫さん、タロッキ、周囲の警戒を頼む)
(心得ました)
(任せて)
近づいて、いつでもグリンに乗り込める位置に降りて、彼への対応を始めた。
「ああ、どうしました?」
「貴殿ら、ガルト村の方から来ましたか、できれば話を聞かせて頂きたい」
姫さんと目配せして、彼女は頷いた。
特に囲まれていたりはしないようだ。
「冒険者教導員のマナギ。冒険者のレーナと、タロッキです」
「名乗り遅れました。自分はシャーフ義勇軍ロナマール隊の、バルス・ベルーガと申します」
彼は礼儀正しく背筋をピンと伸ばし、深々と礼をした。
思わずこちらの背筋も伸びそうなほど、クソ真面目なお辞儀だった。
シャーフ義勇軍。
広大なシャーフの里を防衛する、馬借組織が前身の軍隊組織だ。
馬の扱いに長け、平原の賢者たる
自由都市同盟領最大の、私設武装騎兵組織と言っても過言ではない者達で、有事の際は各都市の支援や、素早い防衛。流通路の確保などにも働いている。
「軍属の方々でしたか、これは失敬でした」
姫さんも完全に警戒を解いて、グリンから降りた。
彼女の耳でも統率の取れた軍だと、確認できたのだろう。
「いえいえ、周辺も野盗が多いと聞き及んでおります。警戒は当然ですとも」
「そう言って頂けるとありがたい。それで何故、我らを呼び止めに…?」
「少々立て込んでましてな、この先で食事でもいかがだろうか、できればお話も聞きたいので」
3人とも盛大に腹が鳴ってしまった。
姫さんの音は可愛らしく、うさぎの鳴き声のようだったが。
彼女に素早く後ろから耳を抑えられた。もう遅いっつーの。
俺は紳士なので努めて聞かなかったことにした。
バルス氏も流してくれたようだ。
「お
「ふふっ、妖精種さま仕込みで、腕を奮いましょうぞ」
広場には軍用と見られるテントを張って、野営している者たちが多くいた。
全員で60名は居ないほどだろうか。40名ほどは軍属に見える。
立派な軍馬が何頭かと、何人も乗れそうな3頭立ての大きな馬車も2つほど見えた。
何人かは怪我をした者や、杖を付いている者も居るが、どこか安心している表情をしていた。
民兵なのだろうか、革鎧や、剣や槍を持っている者もいた。
武具の扱いや、装備の方法をよく見ると、彼らは明らかに戦慣れしていないようだった。
姫さんの美貌に見とれている輩も何人かいたが、周囲の兵士たちが咳払いすると、直ぐに我に返った。
よく訓練された兵達だ、練度の高さが伺える。
俺達が広場の中に歩みを進めると、5人ほどの子供たちが駆け寄ってきた。
直ぐにバルス氏は、彼らに取り囲まれてしまった。
彼は大きい身体を小さく丸めて、少年と会話を始めた。
「おじちゃん! 誰かきたの!?」
「おお、村の方から来たぞ」
「じゃあ聖女さまの事、知ってる!?」
俺の方に少年は物怖じせず飛びついてきた。その目は期待にきらきらと輝いていた。
「いや、村には立ちよってないんだ、すまねえな」
「そっか…」
俺の答えに、とても残念そうに、少年は意気消沈してしまった。
「とまあこの通りでして、皆さん聖女さまを心配しているんですよ」
「聖女さまは、今どちらに?」
「あの村で平穏に暮らして御出でしたが、現在安否不明なのです、なので我々が最速で派兵されたのですが…」
「ふむ、察するに。戦から逃げてきた村人たちを護送中でしたか?」
「そのとおりです。明日の朝が最後でして…、変わりないか?」
「はっ! 変わりありません! ベルーガ卿!」
大きく立派なテントの入口を警護していた兵士に、ベルーガ卿が話しかけた。
兵士は敬礼の意である、武器を斜めに構える仕草で彼を出迎えた。
ベルーガ卿は、領地持ちの貴族様なのだろうか?
「渾名のようなものですので、お気になさらず、入りますよ、ロナマール卿」
「うむ、入りたまえ」
テントの覆いを抜けると、木製の大きなテーブルの上に地図が置かれ、いくつかナイフが立っていた。
軍議の最中なのか、法衣に身を包んだ魔術師の女性が3名、議論を交わしていたようだ。
1名は特に高貴な法衣に身を包んでいる。彼女がロナマール卿だろうか。
珍しい。フェアリーだ。意匠や立ち振舞から、姫さんよりも幾分か年上に感じる。
他2人はまだ15歳前後と言ったところだが、身の丈よりも大きな、水晶を埋め込まれた杖を背負っている。
「お初にお目にかかる、吾輩、シャーフ領を預かるロナマール家の術師、義勇軍術師長のギビナ・ロニア・ロナマールと申す、以後お見知りおきを」
ロナマール卿は、フェアリーにしては背が高いが、少女と言っていいほど華奢でもある。
だが透き通るような銀髪のせいだろうか、利発と言うよりは、身を斬るような冷たい水。
あるいは、爪隠す猛禽の類を連想させる女性だった。
同じフェアリーでも、穏やかで、華やかで、でもずっと見つめていると、どこか引きずり込まれそうな姫さんとは、印象が随分と違う人物だった。
「これはご丁寧に、フリッグスのオレンジガベラ店員、冒険者教導員のマナギ・ペファイストと申します。お会いできて光栄です。ロナマール卿」
「冒険者ギルド鱗の団所属、ミュレーナ・ハウゼリアと申します。よろしくお願いいたします」
「えっと、冒険者のタロッキです、はじめまして、です」
「おお、鱗の団か、いつも世話になって…、ふむ……?、………ドラゴニュート?」
「あ、わかるんだ」
「吾輩。かのルデリング学院、次席卒業生でな。卒論が龍史研究だったのだ。いやぁ懐かしい、しかも、黒髪の妖精姫とは…、失敬」
「いえ、かなり珍しいと言われるので、お気になさらず」
「感謝する。見ての通り慌ただしいが、ゆっくりしていくと良い」
その後、休憩を挟んだ後、軍議は終わったらしく、情報交換を兼ねた、会食に招かれた。
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