第43話 制裁戦

俺達の他にも後続の旅人はいたが、行商人が2人程度だった。やはり傭兵団と移動を共にする者が多い。

会食の準備が済むと、村の料理人と給餌してくれた兵たちが、挨拶してくれた。


「今宵はいいペリュトーがありますので、どうぞご賞味下さい」


4つの大鍋には豪快に大きな肉が煮込まれていた。

見かけは鹿肉に似ているが、羽の生えた部位も見受けられる。

早速、切り分けられテーブルの大皿に並べられていった。


「いいのでしょうか、高級な食料に見えますが」

「なに、下界騒ぎから、他都市の話は値千金だ。特に吾輩のような者にはな。故に、よく話してくれると嬉しい」

「それに兵士たちも良いものを食べさせないと、不満が出る頃合いですので、遠慮なく」

「村の猟師さんが取ってくれたものだしねー」

「これっ、それは言いっこ無しですよ」


ロナマール卿以外の女性魔術師の2人も、遠慮なく食べる準備を進めていた。

彼女たちは名をイルス、ダギといい、ロナマール卿と同じく、高度な魔術を指導された部下だそうだ。


打算はあると思ったが、それ以上に絶品の料理の誘惑に胃が鳴り、勝てなかった。


「鹿肉の野性味と、鶏肉の弾力、柔らかさを持つ種ですので、御堪能下さい」


濃いめの味付けだが、長旅をしてきた者には身にしみる味だった。

何より肉が柔らかい。口の中でホロホロとろけるかのようだ。

良く煮込まれているのか、翼筋の部分は歯ごたえがあり、バリバリと骨を噛み砕くと髄液が漏れ出て、深く甘い味わいが舌に広がっていく。

おそらくこの部分の味は他の獣では出せない味だろう。まちがい無く絶品だ。


姫さんもタロッキも、目をきらきらさせながら無心で自分の分を頬張っていた。

耳も翼も飛びそうなほどパタパタ扇いでいる。

最初は小声だが「うぅーん!美味しい〜!!」と言って足を少しバタバタさせていたのを、俺は見逃さなかった。


特に姫さんは、街でも出来合いの物しか、ほとんど食わせなかったからなぁ…。

流石に不憫だ。次の街では、もう少し良い隠れられる店を探索しようと決めた。


食事中、フリッグスからの旅路を話し、全員関心をよせ、驚愕していた。

ロナマール卿は広い人脈と情報源、ドラゴンに対して深い知見を持っていたが、それでも龍の瞳について、思い至る事は無いようだ。


マヴィオニー王国の現状についても、確実にこうだろうと確証できる事は、残念ながら無いようだ。


「タロッキ様。他の龍様方も、やはり…?」

「まとまりはないと思う。だってドラゴンだし」


まあ、そうだよな。

ドラゴンたちは、国内で好き勝手にゲリラ戦で抵抗していたり、防衛戦をしてそうな気もする。

そうなるとマヴィオニー国は、国として残っているかも少し怪しいのが実情なのかも知れなかった。


「あたしはこの国の国土も焼いちゃったし、たぶん祖龍ちゃんに証人…、いや、証龍喚問を正式に要求されると思う。その時は証言をお願いね、2人とも?」

「ああ、そうなるのか、そうだよな」

「あー…、そうなりますよね。わかりました」


もう俺達はある程度慣れたが、貴族とその身内であるロナマール卿達も、居合わせた行商人の2人も、突然のスケールの大きな話に、少し面を食らっていたようだった。


会食は進み、酒も入り、行商人のおっさんと楽しく商売について話していた。

ロナマール卿は商売についても貪欲に勉強しているようで、俺の話に生真面目にメモを取っている。


一通り全員が食事を終えると、ベルーガ卿が咳払いをしてロナマール卿に目配せをした。


「それで、ロナマール卿、予定通り明日攻撃を仕掛けるという事でよろしいですかな」

「うむ、そこでなのだが…」


そらきた、まあそう来るよな。


「できればで構わない、どうか御三方のお力を貸しては、頂けないだろうか」

「内容は、どのように?」

「明日出る馬車の護衛か、村への聖女さまの探索、護衛に参加で、如何だろうか?」


ロナマール卿の話では、馬車の護衛は安全な村まで行けるが戦力が少なく、随行できる者がほしい。


村への探索は当然、残っている山賊に襲われる可能性が高く危険だ。

だが戦力は高く、報酬も2倍払われる。往復だからな。


「ふむ、村への探索には十分な戦力と練度、装備と見受けましたが、何か不安でも?」

「それが…」


かなり苦しい事情があるのだろうか、ロナマール卿は少し言い淀み、ベルーガ卿が言葉を引き継いだ。


「住民の話では、聖域で激しい戦闘行為を、行ってしまったらしいのです…」


一緒に談笑して食事を取っていた、行商人の匙が手から離れ、盆の中に落とされた。


「なん、ですと…?」


彼の表情は信じられない事を耳にしたかの如く、驚愕に目を見開いていた。


聖域。


幽き神々が、その最期に我々に託してくださった。この世の触れ得ざる、聖なる場所。

人を癒やす魔術を幽き神々から託され、唯一使うことを許された場所。

聖職者御歴々が古代の昔より、魔術の辣腕をふるい、近年では少なくなり陰りつつある場所。


神々の御手から、見放されたと人は言う。

神々の御手から、託されたと人は言う。

神々の御手から、旅立つのだと人は云う。


万国共通で保護され、教会が建てられ、たとえどのような生き物でも、血を流す事を絶対に許されぬ場所。


こんな伝承すら存在する。

残虐非道、人を殺すために、血を、魔を宿すために生きる魔族が、聖域に踏み入って人を殺し、血を流した。


その魔族は他の魔族に、前代未聞の筆舌に尽くしがたい必滅を与えられた。


魔族というのが本当に居るのか知れないが、それだけの、場所だ。


ベルーガ卿も手を組んで、酷く沈痛な面持ちで話してくれていた。


「──────………… よく、生かしていらっしゃいますね?」

「──── 吾輩とて、住民と聖女様が居らぬなら、既に鏖殺している…」


かなり言葉を選んだが、頭痛に耐えるような仕草をして、彼女を責めるような言葉になってしまった。


そっと姫さんを伺うと、また、笑っていた。

…向かいの娘たち2人が泣くから抑えてくれ姫さん、すっげえ涙目じゃねえか。


「っ…あぁ、すいません、つい…」


姫さんの膝を軽くつついて注意を促すと、表情は真顔に戻ってくれた。

イルス女史とダギ女史も胸を撫で下ろした。


医療行為程度ならともかく、血で汚され過ぎた聖域は、2度と役割を果たさない。

この世界で、神々の祝福を授かる唯一の場所を、彼らは未来永劫奪ってしまったのだ。

人類種の限りある生存圏を、狭めたと言っても過言ではない。

万死にすら、中たう行いだ。


「そう言う訳なのだ、万が一にもこの上、聖女様が見つからなければ、吾輩は首を切らねばならぬ」


軍属、若しくは武を司る士であるならば、事情の前に責任を持てなければ、なんの意味も無い。

力持つ者は力を示せねば、役職の意味が無い。

厳しいが事実だ。彼女の役割は重い。


「幸い聖女様が殺されたという目撃はありません、人質に取られているものと思われます」


「想像以上に切実ですね…」

「全くです…」

「それで、民兵さんたちも、武器を持ってたんですね…」


覚束ない手つきだったが、それでも自分たちの居場所や、恩人が窮地に立たされているんだ。

戦いたい気持ちは、痛いほど感じた。


「訳は話した、力添えを願いたい、どうか…」


彼女は見ているこちらが少し不憫なほど、悲痛な表情で願い出ていた。

素養もあるのだろうが、最初に猛禽のような印象を抱いたのも、それだけ余裕がなかったのだろう。


「姫さん、タロッキ、いいか?」

「むしろ無視は出来ませんよ、この事態…」

「だよねぇ…、聖女さん、無事だと良いけど…」


俺はポケットに入った銀貨をそっとなでて、彼らの依頼を請け負う事を決めた。





翌日、馬車は朝早くから別の大きな村を目指し、出発した。


そして俺達は、馬車と分かれた後、村の防壁が見える場所まで行軍した。

途中、村を秘密裏に見張っていた兵士たちと合流し、総勢60名ほどの軍となった。


民兵を差し引けば、義勇軍兵は40名ほどだ。

内訳は魔術師3名、歩兵が10名 騎兵が27騎。

いずれも屈強な訓練と、それに伴う肉体、強力な武装を備えた英傑達だ。

ろくに武装していない、村を襲撃したあとの山賊相手に戦うには十分と言える。


今回、俺と姫さん、グリンは突撃歩兵たちの補佐を請け負った。

タロッキは飛べるので、遊撃しつつ何か異常があれば、すぐにロナマール卿へ、直接知らせる手筈になっている。


作戦は魔術で攻撃できる距離で、木製の防壁を破壊する。

その後、歩兵と騎兵が村内部に突入する手筈となっていた。


士気は高い。戦闘と言うよりは、制裁に近い空気が漂っている。

今回、降伏勧告は行わず、即開戦となる。


主な理由は当然、聖域を血で汚した罪だ。

そうでなければ民兵たちも、納得しないだろう。

ただ、行き過ぎた行為が無いように、民兵達はすべて投石による攻撃。

あるいは万が一の奇襲に対する、防衛を任される事になった。

これは、野生動物などの対応も含まれる。


「行けるか、姫さん」


姫さんは少し武者震いしていた。

彼女は俺が知る限り、本格的な軍と共同しての戦闘経験は多くなく、共に襲撃をかけるのは初めてとなる。


「…行けます、手解てほどきを、お願いします」

「ああ、任せろ」


歩兵や騎兵が壁になり、大きな木製の盾を持つ。

投石や弓矢対策だ。ジリジリと俺達は近づいた。

距離は100歩ほどは無い。十分に動かない対象なら、魔術の種類次第で攻撃できる距離だ。


ここに来るまでに散発的な投石や、弓矢こそ打ち込まれたが、木製の壁のような盾や、タワー・シールドで防げていた。


「クッ…」


姫さんが苦悶の表情で、苦痛に満ちた声を吐き出した。

彼女と民兵達は、攻撃を返せない事がかなり堪えて、消耗しているようだ。


当たり前の事だが、殴られ続けるよりも殴り返すほうが楽だ。

眉間に銃を突きつけられ続けて、耐えられる者などそうはいない。

そんな開戦前の戦慄を味わいながら、その時を待つ。


「どう思うか、ベルーガ卿?」

「静か過ぎですね、中で何か起きているのかもしれません」


対して指揮官である2人と、周囲を守る義勇兵達は実に冷静だった。

かなりの場数を踏んで来たのだろう。この状況で、ここまで落ち着けるのは大したものだ。


「いずれにせよ、開けて見るまではわからぬ宝箱かと…」

「財貨が入っていることを祈るか…、よし、始めるぞ、開戦の号令は任せる」

「はっ」



戦が、始まる。



「我らはシャーフ義勇軍ロナマール隊!、村を襲い、聖女様を拐かしたと聞き及び、ここに馳せ参じた! 申し開きはあるか!!」


ベルーガ卿の土間声が辺りに響いた。実に通りの良い声量だ。肌にまでビリビリ来る。

極論、大きな声を先に出した方が戦は勝つ。そのことを強く感じさせる声だった。


対して村の防壁は沈黙を持って返した。

無人という訳でもないはずだが、1番の悪手だろうに。


「出陣!!」


開戦の銅鑼が大きく鳴らされた。

同時に、魔の術が準備され始めた。


3名の魔術師が背中の大杖を斜めに構え、地面に大杖の石突を力強く突き立てた。

しっかりと脚を張り、大杖の肩掛けベルトを目視で確認。

標的を見据え、莫大な魔力が大杖の宝珠に収束していく。


「中を壊しすぎるなよ!」

「応さ!」


魔術が、放たれた。


無詠唱で放たれた水噴流の魔術は、防壁を熱したナイフで切り分けられたバターのように、四角に切り分けられていた。

無駄な破壊を一切生じさせず、ただ入口のみを見事に生成した。


流石は魔術学院次席と、その従者たちだ。

練度が想像を絶している。

水噴流の魔術は実際に俺がスクロールで描いても、

ここまで微細なコントロールは、まるで出来やしない。

暴れ回る竜をどうにかするような物だ。

しかも3名とも無詠唱だ、まさにその腕前は見事の1言だった。


「突撃ー!!」

「行け行け行け行けぇ!!」


「姫さん!」

「はい!」


火を突いたかのように、防壁の矢や投石が多くなった。

雨あられと俺達に降り注いでくる。

俺達は魔術で迎撃し、突撃する兵たちを守る行動に出た。


姫さんには事前に、風吹かざふきのスクロールを手渡している。

詠唱する魔術では、間に合わない可能性が高いからだ。


「ぎゃああああああ!?」

「やめっ…!」


小規模な竜巻がスクロールから放たれて、渦を巻いた風が駆け抜ける。

そのまま何人かが、防壁から吹っ飛んで行った。


走りながらなので、魔術師3名も水刃の魔術を杖で放ちながら駆け抜ける。

タロッキも上空から、火を噴いたり、尻尾で叩きつけたりしている。

村内では強力な魔術を目にして逃げ出す者も多く、瞬く間に兵たちに制圧されていった。

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