第44話 硬い引き金
男は聖女を愛していた。
聖女はその愛を受け入れなかった。
その事に、彼女は生涯最も嫉妬し憤慨した。
そして、山賊である彼女が聖女を殺そうとした時、悲劇は起きた。
男は聖女をかばって死んだ。
はずだった。
「コイツは死なせない、絶対に離さない…」
「お止めなさい! グレイス! それ以上罪を重ねては…!」
「うるさい! アンタのせいでこうなったんだ! アンタさえいなければ、いなければぁ!!」
禁忌と言う罪は、何より甘い。
甘い汁を知る者は、容易には抜け出せない。
ましてや自らの姿を、見つめぬ者の末路は。
悲惨の1言である。
たとえ生に罪深くても、聖女は祈っていた。
祈ることしか、できなかった。
民兵たちと協力して、気絶した山賊たちを主に縄で捕縛していった。
教会以外のすべての建物の中を探索したが、聖女様は居なかった。
村内は壊された形跡もあまりなく、山賊たちの抵抗も最初こそ激しかったが、すぐに水をかけられた火のように鎮火した。
こうなると疑問が残る。何故彼らは早々に降伏しなかったのか?
尋問しても誰も知り得なかった。教会の中をだ。
まるで、口にすれば災いでも、降りかかるかのように。
「イヤな空気だ、どう思う?」
「違いありませんな、不気味です」
「人質を取って籠城、な訳でもないか…?」
姫さんの耳もかなりピリピリと張っている。何かを感じ取っているのか。
タロッキは地面に耳を当てて、何かを感じ取ろうとしていた。
「なんだろう。引きずるような音…?」
「妙に重い、膿むような息使いも聞こえます、これは…?」
ピシッ、という卵に亀裂でも入るような音が響いた。
なんだ? 眼の前の教会が、大きく膨らみ、風船のように膨らんだ…?
「何かくるぞ! 全隊警戒!」
最初に漏れ出てきたのは、卵白のように漏れでる何かだった。なんだ、ありゃあ…。
次に出てきたのは、その中でうごめく、うねる黒い塊のようだが、中で爛々と赤く輝く双眸が、こちらを覗き込んでいた。
そして、それは男性の背骨から亀裂が走り、そこから漏れ出て、取り憑いて居るように見える。
見たこともない怪物…、怪物で、いいのか、コレは…?
人が瘴気に当てられ、怪物になる事はある。
だがコイツは、なんとなくだが、その枠外な気がする。
おそらく先程の音は、彼の背中から出た音なんだろう。
大きさはデカイ、2階階建ての建物に迫るほどだ。
「なんだ…? アレは…!?」
「ロナマール卿!」
「っ、全隊、防げぇ!」
「キイイイイイ!、アァアアアアア!?」
周囲を見渡して俺たちに気づいた化け物は、耳をつんざく悲鳴をあげて、男を容赦なく引きずりながら、俺達に襲いかかってきた。
「グ…、ヌウ!」
「押せ! おせえぇ!!」
「くっ…!」
タワーシールドの縁を地面に突き刺して、構え、突進を押し止める。
半数ほど吹っ飛んだ。なんつう馬鹿力…!
全力を持って、姫さんと彼らの背中を必死に支える。
横合いから尻尾で突撃したタロッキたちが、強く弾き飛ばしたが……。
「うわっ、何この弾力!?」
「こ…、のおお!!」
撓んだだけで、対して効いてやがらねえのか!?
堪らず後方のイルス女史が、水噴流の魔術攻撃を仕掛けた。
体制を作らず慌てて放ったため、短い照射だ。
それ以上は彼女の方が吹き飛んでしまうだろう。
水噴流の魔法が山なりに曲がって当たる。
大きく身体を撓んで、奴は今度こそ身を吹き飛ばされた。
だが、切り裂かれることもなく、平然としてやがる。
まさか、硬いっつーよりも、柔らか過ぎて水噴流の魔術すら効いていない…?
「 嘘おぉ! き、効いていない!?」
「くっ…、切り札を使う! 全隊!、構えぇ!」
ロナマール卿の号令に、隊列を組んでいた義勇軍の兵士たちは、全員手に持った槍を水平に向けた。
姫さんの、目を見る。
一瞬の目配せ。咄嗟に、息を合わせて号令を待つ。
一気呵成に、総攻撃!
「放てえぇぇ!!」
ガキンッ、と何かが噛み合うような音が響いた。
そして、全く予想できないところから、爆発音が響いた。
俺はてっきり突撃する物だと思っていたが、槍の穂先が爆発と共に飛び出した。
「ケ!? ギィきイイイイイイイイ!?」
化け物も驚愕したようだ。
飛び出した穂先は射角が悪い何本かを除いて、10本以上が突き刺さった。
今しかない!!
「姫さん、タロッキ!」
「はい!」
風吹きのスクロールを、姫さんが開く。
タロッキも応じて、火吹きを浴びせる。
更に、ありったけの棘を、連続斉射!
デタラメでも良い!、どれか貫けぇ!
まさしく暴風の竜に飛ばされて、炎と棘が重なるように、渦に巻き込まれた。
風に流れる棘付きの、ほのおのうず、だ。
「どうだ…!」
「ギッ、アアアアアアアアア!?」
よし、内部に何本か突き刺さった!
化け物はその身を炎上させながら、不定形にグニグニ動いて、無茶苦茶な勢いで突っ込んできやがった。
往生際が悪い!
「しまっ!?」
「うぉああー!!」
「きゃ!?」
兵士とグリンが壁になってくれたが、とんでもない力で暴れ回られて、全員吹き飛ばされた。
巻き込まれなかったのは、空のタロッキだけだ。
何度も轟音が響いて、ようやく止んだ。
彼らが守ってくれなかったら、俺も姫さんも、後ろの5人も巻き込まれて死亡していただろう。
俺は咄嗟に姫さんごと抱きしめて、思いっきり横跳びした。
化け物は焼け爛れ、ブスブスと黒い煙を上げながら、民家に突っ込んで、ドロドロに溶け始めている。
背中に亀裂が走っていた男は、戦闘の余波で見るも無惨な姿になっていた。
「ぜ…、全員、無事か…?」
「なん…とか」
「ぐっ…、なんて馬鹿力だ…」
奴が暴れまわった余波で、そこかしこに大きな亀裂と穴が空いてやがる。
なんつー馬鹿力だ、クック頭目かラランさんかよ。
ロナマール卿は、ベルーガ卿がなんとか守りきった。互いに支え合って立っている。
屈強な戦士たちも、立ち上がれるのは数人のようだ。
立ち上がろうとして、右足の付根がバキッと音を立てやがった。…やっちまった。
「いてて、くっそ、古傷の足、掠っちまってたみたいだ…」
「歩ける、カミキレ…?」
「つま先立ちなら、剣を振るのは、ちとキツイな」
タロッキに支えて貰って、片足で歩く。
姫さんも片腕を抑えている。アバラ治ったばかりだってのに、やってくれたな…!
怒りを込めて化け物を見ると、見覚えのある黒い粘性が、地面に血溜まりのように、大きく広がっている。
さらに、白い煙に混ざって、黒い瘴気を立ち登らせていた。
男性の遺体を触れることなく調べても、分かることは特に無かった。
姫さんとロナマール卿たちは、なるだけ匂いを嗅がないように、口と鼻を抑えて見ていた。
人が焼ける臭さは、言葉に出来るものではないからだ。
「これは、ひとの死に方、なのでしょうか…?」
焼死は筆舌に尽くし難く、およそ人の死に方では無いとされるほど過酷だ。
故に、竜の血族も、炎の扱いでは本当に気をつけることが多い。
よほどの事が起きない限り、安易に振るわれる事のない武器だ。
「…ほれ、姫さん」
俺は手ぬぐいを取り出して、姫さんの鼻と口をゆっくりと塞いだ。
「マナギさん…?」
「あまり嗅がねえほうがいい、鼻奥に残るぞ。ロナマール卿も…」
「ああ、そうする。しかし、一体何が…」
「教会を調べてみましょう。何か、わかるかも知れません」
ベルーガ卿が、立てない兵士に肩を貸しながら促してくれた。
1階と2階は完全に破壊されて、見るも無惨な有り様だ。
辛うじて残っているのは柱が数本と、屋根だった場所の跡だけだった。
魔力が最も残っていた姫さんが、魔術で瓦礫を吹き飛ばして、俺達は無事だった地下階段を発見した。
地下には後方にいて比較的軽症だった、俺達3人、ロナマール卿たち3人、ベルーガ卿で先に乗り込む事になった。
全員で乗り込むには、狭いと判断した。
地下はよくある死体の安置所のようだ。
犯罪者を隔離する、鉄格子の独房もある。
捕まってる者達も何人かいるようだが、ロナマール卿は探索を優先させた。
この状況では、錯乱して襲いかかってくる危険性がある。
警戒しつつ、廊下に足を向けて、全員で進んで行く。
「道を、開けて貰おうか…」
全員、声の方角に咄嗟に武器を構えた。
女山賊だ。粗雑な革鎧で武装している。
女性の身体をがっしり抱え込んで、首筋に剣を当ててやがる。
人質か。厄介な…。
彼女はかなりの暴行を受けたのだろう。体中に青痣や黒く変色している箇所まである。
服装も…、聖女様かよ。こいつら、どこまで…!
辛うじてよく目を凝らせば、清楚な法衣だったとわかるだけの物しか、彼女は身につけていなかった。
明らかに、略奪も受けている。
虚ろな目でこちらを見つめていて、痛々しいにも程がある。
異様な気配に横目でつい、盗み見た。
笑っている。笑みが深い。姫さんが。
タロッキも、いつでも飛びかかれるように、腰を落とし、尻尾の先で威嚇している。
あんな状態で人質か、悪手だな。
「武器を捨てろ、逃げられる訳が無いだろう」
ロナマール卿は威嚇するかのように、大杖の先に魔力を練り上げ始めた。
「いいのかい? あたしはコイツを殺したくて、必死に我慢してるんだぜ」
女山賊の下卑た声に、ロナマール卿の息を呑む音が響いた。
女山賊は、聖女様にろくに整備していない、汚らしい剣を突きつけて、血が喉元から滴り落ちた。
俺は煙草を2箱と
「あ、お前、何を…?」
「姫さん、笑い過ぎだぜ。…アンタもやるか?」
距離があるので、当然届かないが。
俺は煙草の取り口を、そっと女山賊に差し出した。
「おいっ、今それどころでは…?」
ベルーガ卿が首を振って、ロナマール卿を止めてくれた。ありがたい。
姫さんは俺を殺しそうな冷たい目で見つめたあと、意図を察してくれてはいたのだろう。
黙って燐寸を使い、煙草に火をつけてくれた。
美味そうに、努めて演技して煙を吐き出す。
「どうだい?」
「いらん」
「そう言うな、美味いぞ?」
俺はあえて煽るように、のんびりと煙草を吸っているふりを続けた。
どうせこの人数で、狭い通路を塞いでいる。
向こう側にも道は無い。
どうあがいても、コイツは逃げられない。
聖女様を殺せば、確実にコイツは捕縛されるか、さもなくば殺される。
聖女様を傷つけるかどうかだけを、しっかり見据えていればいい。
たっぷり時間をかけて、女山賊は吐き捨てるように、こちらに言葉をかけてきた。
「…チッ、全員武器を捨てて、地面に置いて、こっちに蹴飛ばせ」
「俺さっきので足挫いたんだよ、蹴飛ばせねえんだわ、悪いな?」
実際にさっきから片足は、つま先立ちでしか俺は歩いていなかった。数歩、歩いてみせる。
おー痛ってぇ、電流が走るみてえだ。
痛みから、少し情けなく足をびくびくさせてしまった。
脂汗もでているので、演技には見えないだろうな。
実際慣れているとはいえ、かなり痛い。
「何なんだよテメェは、フザけてんのかぁ!?」
「もうよぉ、放り投げるから受け取れよ、それでいいだろ?」
「なら投げろ、燐寸もだ!」
「あいよ ────!」
煙草を2箱左手で放り投げると同時に、右手で親方の短筒を留め具ごと、一気に引き抜いた。
安全装置を外し、片足で大きく踏み込む。足の痛みは度外視だ。
「なっ…!?」
聖女様から手を離し、受け取ろうとした体勢で、啞然としたままの女山賊に。
照準を壊したくないモノから外し、壊したいモノに、とても長い刃物の延長上のイメージで合わせる。
かなり硬めに調整された引き金を、引く。
パカン。ビスッ。
空気を切り裂いて、軽い音が響いた。
気持ち高めの射撃で、上手く1発、頭部に当たってくれた。
同時に、姫さんが腕ごと、女山賊の剣を斬り飛ばした。
女山賊は、死んだ。
「死んだ、…のか?」
「ああ、殺した」
銃の安全装置を、忘れずに掛ける。
軽い引き金のような銃声と、姫さんが剣をしまう鍔鳴りの音は、やけに耳奥に残った。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★
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