第40.5話 番外 ちょっとだけの勇気

なんであたし、こんな所にいるんだろ……。


下界の上に、アラクネーさん達や、ドワーフさん達が、頑張って作った仮設大橋が完成して間もない頃。


駆け出しも何もなく、私達への依頼も輸送依頼が大幅に増えていた。

事の始まりは、輸送の依頼を護衛した帰り道で、親方が持ちかけてくれた話だったわね。


「迷宮に行ってきたらどうだ」

「迷宮?」

「連中が帰るらしいからな、コネもある。俺だったら行くぞ」


親方のぶっきらぼうな話を要約すると、枝砕き以上まで昇格しておけば、他都市でも扱いが良くなるし、前金も貰える。

長期間転職しても、復帰するのに扱いが良いし、何より迷宮は、稼げる桁が違うらしい。


「アイの面倒を見てくれるなら、出世払いで装備を更に値引きしても良い」

「マジですか!? 行きます!」


そんな訳で、あたしは冒険者らしい装備を整えて、迷宮に挑む事になった。


親方に相談すると、まともな剣も振った事もないなら、刃筋というのが立たないらしいの。


実際に、練習用の刃引きをされてるロング・ソード

を、藁巻きの人形相手に切らせて貰ったけど、1人だとぜんっぜん刃が立たなかった。


重いし長いしふらふらしちゃうので、親方に背中越しに持ってもらって試した。ちょっとドキドキしちゃったのは内緒ね。


「お前は筋肉もタッパもスジも良いが、まだ剣は駄目だ。コイツを持ってけ」


親方と店員さんが持ってきてくれたのは、メイスと少し小さめのラウンド・シールドと、長い菱形に近い革盾だった。

革盾には、蛇の目みたいな縦割れのデザインが彫り込まれていて、鉄の外枠はギラつくぐらい良く磨かれてる。

上の方に削った2対の牛角みたいなのが付いてて、突き刺す事もできるみたい。


「メイス…?」


メイスと呼ぶには、少し驚くような形をしてる。

腕くらいの長さの木製の柄に、くの字に曲がった刃みたいな鉄部品を、ぐるりと4つ取り付けてる…?


遺跡ルイン・メイスだ。振ってみろ、受けてやる」


店員さんから手渡されて、遠慮なく両手で握り込んでみる。

重さはロング・ソードよりも軽い。握りは革張りで、良く手に馴染むわね。


「いきます!」

「おう」


ラウンド・シールドを構えた親方に、ビギャアッ!と、遠慮なく打ち当てる。

反動でたたらをふんじゃった。親方は少しも微動だにしなかった。硬っ。


「腕で振るな。腰使え、当てたら握り込め」

「はい!」

「しっかり握れ、痺れっぞ!」

「はい!」

「よし、握りを合わせる必要は無いな」


ギャンギャン叩いたけど、メイスは刃こぼれ1つしなかった。すごい!

片手持ちの型を店員さんから教えてもらって、一通り打ち終わると、親方は菱形の布盾を手渡してくれた。


「これは…?」

「ホーン・タージェだ。見ての通り、角でぶっ刺す事もできる。攻めっ気の強いお前なら、こっちがいい」

「変わった形ですね…?」

「奥沼地のゴブリン。凄腕の野伏たち、奴らの伝統的装備を参考にした」


受け取って左手で柄を握り込んでみる。

布製だけど重さは頼もしい。素早く先端を突き刺す事も、十分に出来そうだった。


「良いですね、コレ!」

「気に入ったら鉄製のもある。使い心地で選べ」


その後は女性店員さんに連れられて、元々一足早く購入予定だった革鎧を見せて貰った。

冒険者じゃなくても、急な遠出で着ていく人は居るし、一着あっても損は無い品よね。


新品の革鎧はすっごいゴワゴワして、独特の渋い臭いがするわね。

着慣れてないから、すっごい動きづらい……!


「着てる内に慣れる。よほどの良い腕や弓でない限り、矢も簡単には通さん。ま、キバってこいや」

「はい!」


親方に背中をバシッと叩かれて、気合を入れて貰いながら、あたしは元気に返事をできた。



ルマンドさんたちは、志願した私たちを快く受け入れてくれた。

3日も着ていると革鎧にも慣れて、みんなと護衛の仕事を受けながら、仮設大橋を渡ってココハン村に到着したわ。


途中、肉食い蟻の群れに襲われたけど、あたしとアンさんが足止めの一匹を討伐して。

挟み撃ちを後方から仕掛けてきた群れを、コッヘイおじいさんとルマンドさんが、見事蹴散らしてた。


肉食い蟻は甲殻が硬くて手こずったけど、アイさんが投げナイフを複眼に投げ付けて、怯んだ隙に盾の角を突っ込んで、ボッコボコに討伐した。

3本足しか無かったし、牙も欠けてた。どこで怪我したのかな……?


ギルド支部の受付さんの話によると、今のココハン迷宮は、各階層の再調査を行っているらしい。


というのも、下界騒ぎからしばらくして、黒吹きの瘴気が何箇所か吹き出ていて、うっすらと迷宮内全体を覆っているらしいの。


近くの滝からも薄っすらとだけど、もくもく曇った瘴気がでてて、何か良くない兆候が見られるみたい。


内部は暗いので、遠い距離だと相手が誰か判別し辛い状況。だから、瘴気が吹き出ている箇所を調べている最中と言うわけね。


迷宮内に入るには、腕利き以上の冒険者1名以上の同行が条件だったわ。

一時期は腕利き以上の冒険者でないと入れなかったらしいけど、条件が緩和されたみたいね。


「1年以内に、死がやってくる」


にわかには信じられない話だけど、今迷宮内は不死者が日に日に多くなっている。

私たちはその討伐を依頼されて、1階まで降りてきていた。


「長年、ここと付きおうとるが、ここまで瘴気が広がっとるのは、初めてじゃのう…」

「そ、そうなのけ、おじい様?」

「うむ、各階層1つだけが同じ状態なら、何度かあったが、………下界にケツでも焼かれとるんかの?」

「お鍋か何かみたいですね…?」


薄暗い通路を、ゆっくりと歩いてる。

幅は2人が大立ち回りするには十分な程度ね。

隊列はアイさん、あたし、ルマンドさん、いざという時の殿も含めて、コッヘイお爺さんが1番後ろだった。


アイさんは聞く所によると、親方に借金をしているらしい。

ローグギルドにも属さない連中に半ば騙されて借金を背負わされてしまい、脅されて片目を失った時に、助けて貰ったのだというの。

そこはかとなく彼女の態度から、親方に対するLOVEを感じる気がするけど、どうなのだろうか?


近くにいるとボー…と親方のほう向いてるし、よく店に来てるみたいだし、店員さんも冗談半分で噂してたのよね。


彼女臆病だし、依頼の妨げになるから、終わったら聞いてみようっと。

今は迷宮に集中しなくちゃ。ただでさえ見通し悪いし…。


その時だった。

カタカタカタと言う。変な音が聞こえた気がした。


ヒュッ、と言う音が後ろから響いて、あたしは腰に吊り下げていたメイスを、すぐ手に取った。


「コボルト・スケルトンじゃ! 武器を取れぃい!」

「わ、わ、わ、わぁ!!?」


1番近かったアイさんが、お爺さんの声に驚いて、最速で武器を投げつけた。分銅ボーラだ。


3本の縄の先端に、丸石の重りを取り付けた投擲武器。絡まった2体はさっそくカタカタとすっ転んだ。


臆病な割には、いや、だからこそだろうか、手が早いのよね、アイさん。銃の時は怖がってたけど。


「そっ……れえ!」

「そっ……こぉお!!」


ルマンドさんと偶然同時に、杖とメイスを左右から振り抜く。

ギャキィ!、とか甲高い音を響かせて、絡まって倒れた骨の不死は、目の前の集団に頭から吹っ飛んだ。

所詮は筋肉も内臓もない傷んだ骨だ。軽いし、力押しには弱い。けど……!


「く、砕いたのに、しつこいな!」

「うざったいわね!?」


そう、手足の骨とか、肋骨とかが、しつこく芋虫みたいに、カタカタ動いて纏わりついてくる。

うざったい。鎧のおかげで痛くないけど、せっかくの新品の鎧がぁああ!


「首じゃ、首の上を狙え!」

「ここ!?」


親方の指導通りに、足を踏ん張って腰を乗せて、盾を突き出した。

ちょうど顎あたりを打ち抜いて、何か液状みたいなのを潰して、骨の死体は動かなくなった…?

くっさ。なにこの臭い。何か盾にべっとり付いてる……?


「こいつら、逃げるぞ!?」

「捨て置けぃ、警戒じゃ!」


カタカタカタと地面を這って、骨たちは一目散に逃げ出した。

残心しつつ、あたしとアイさんで前を、ルマンドさんとお爺さんで後ろを警戒した。


「なんで、逃げたんすかね…?」

「骨が足りなくなると逃げ出すんじゃ、ほれ」


お爺さんは、そう言って頭蓋に突き刺さった矢を見せてくれた。

矢には、あたしの盾と同じ、臭い液体がべっとりと付着してる。


「仔細は判明しておらぬが、髄に付いた緑のこれらを損なうと、たちまちただの骨に戻るんじゃよ」


龕灯で周囲を照らすと、6体ぐらい骨の死体が、倒れて動かなくなっていた。

ぜんぶ綺麗に矢が突き刺さってる。この暗い中で狙撃できるなんてすごい。


「おー…、弓もお上手なんですね…」

「なーに、上の連中は、目と耳塞いでも当てるバケモンじゃとも」


こんな風に、厄落とし…、試し切りも済ませて、順調に迷宮に挑んだはずだった。

そう…、はず、だったの。


「なんであたし…、こんな所にいるんだろう…」


気づけば、見たことの無い階段の前に居た。

その前は、確か一階に降りてすぐに、犬みたいな角を持った、動く白骨死体とぎゃーぎゃー言いながら戦って、倒して、そいつが大きめの錠前が付いた箱を持ってて…。

開けようって話になって、アイさんが鍵を解除して、ボワッて白い煙が…。


「誰も、いない…!」


ああ、あぁあ…。ど、どうしよう…!

なんで、なんでこんな所にいるの!みんなどこ!っどこなの!? え、あたしまさか寝てた!?

いやいやいや、そんなわけ……、っ!


ガタッと音がして顔を向けてみると、小さなネズミが向こうから駆け抜けて行った。

声も出ないくらい怖くて、驚いてビクッと反応しちゃったけど、おかげで少し落ち着けた。


「………落ち、着こう。まず、何か無くなってないか、確認しなきゃ」


まず、階段脇の壁を背にして、死角を無くすべきよね……。うん、冷静で居られてる。

偉いぞあたし。ドキドキしてすごいけど、深呼吸深呼吸…!


荷物が無くなってないか、調べよう。

背負った雑嚢の中身は、冒険者必須のセット。

鈎付きの荒縄とかの道具ね。

雑嚢に吊り下げてるシャベルもちゃんとある。

迷宮に入ったばかりだったから、水も食料もある。


非常用の固形キャラメルも、ちゃんとあるわ。

栄養価が極端に高くって、腐らないし削って食べれば1ヶ月近く持たせられるって、親方豪語してたけど、ホントかしら。

………親方ぁ、恨むよぉ。会いたいよぉぉ……。


心細くなって、涙が、ぐしぐしと目元を拭いて、水分が無くなると3日も持たないって、先輩たちが言ってたのを思い出したわ。


よし、いや良くは無いけど、無くなってる物は無い。

挫けてばかりも居られないもの。


とにかく、水だ、水を探そう。

迷宮だって、生き物が居ない訳じゃない。水場くらいあるはず。

先輩方は水場さえ確保すれば、移動しないほうが良いって言ってたし、合ってるはず…!


階段を登りきると、真っ暗くて先が見通せない通路みたいな所に出た。

瘴気ではないみたい。でも粘つくみたいに黒い影が、通路の向こうでゆらゆらしてる。


龕灯で照らしても、全然光が届かない。まるで光ごと食べられちゃってるみたいに……。

道はここしか無いし、引き返すしかないのかな…。


「うそ……」


階段が、無くなってる。

綺麗に同じように削られた、石積の壁しか残ってない!、なんで、なんでぇぇ!?

嘘でしょぉぉ……!?


「ハ……、ハハッ…、せ、……!」


性格悪いとは、言わないほうが良い気がして。

咄嗟に手で口を覆えた。

紙切れ教官が前に言ってた。迷宮内で迷宮に対する悪口は、厳禁だって。

胸がすっごいドキドキしてる。すーはーすーはー深呼吸。


「もう、どうにでもなれよぉ、えい!」


いっそ怖くて笑けてくる。もう恥も外聞も無く駆け出して、涙ダバダバ流して、通路を駆け出す。

後先考える余裕なんて、無い。

覚悟とか、なにそれ。もうイミ分かんない…!


叫ばないように、片手で必死に口を押さえながら、盾を構えて駆け抜ける。


「ぎゃん!?」


何かにぶつかった!?、へ、へへ…。


「へ、へへ、へへへ、いたぁい…」


ぐすぐす泣いて、立ち上がれない。

あ、駄目だあたしここで死ぬんだもどれないんだカレシ作りたかったなおとこのひとってどんなんだろルマンドさんかっこいいよねトイレいきたいおなかすいたのどかわいたああああああああああ!


生きたい、死にたくない。死にたくない。死にたくない。

死にたくなんて、ないよぅ…!


「ああああああああっ、あぁ……!?」


声だ!?、声がする!!?

どっち、どっち!? あっち!

シャベルを、掴む。

お願い。今だけで良いの。ちょっとだけ…!


勇気を!


「うぉおおっっっおおおおおおおっお!!」


ありったけの勇気を込めて、盾とシャベルを水平に構えて、声の方に全力で駆け出す!


決めた。

帰ったら、親方ぶん殴ろう。

殴り返されても、しるもんか!

絶対、絶対、絶対に、ぶん殴ってやる!




☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★



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