第24話 小雨煩い

しがみつく腕から伝わる、力の奔流。今まで、目を逸らしていた事実を確信できる。

彼女の真実。言葉を交わすよりも、彼女自の口から語られるよりも、魂で納得できる。

なんて風圧…! 、異様な感覚…!

…………いた。


「………見えたぁぁ!!、前方左手!下方!」

「……いた!」


居た、いやがった! 鼓膜を打つ風切り音に負けないように、大声で叫ぶ。青く輝く星空の元、地面を這うように移動している8つの影と、口に咥えた人影を見つけた。


「正面から一瞬で良い! 止められるか!?」

「やってみる!」


速度はこっちが圧倒的に速い。弛く旋回しつつ、斜めから回り込んで降下し、仕掛ける。衝撃に備えて、半ば抱き潰す覚悟で、抱きつく。耳を打つタロッキの咆哮。衝撃。轟音。


「ヴァオオオオオオオ!」


ぶっ飛びそうだ!地面を這うように移動していた獅子は、タロッキに勢いよくぶつかり、押し止められた。衝撃にふっとばされるとこだったが、なんとか耐えた。ガチガチ牙を鳴らしてやがる!


「ふんっぎぎぎぎぎぎぎ!」

「そんなに食いたきゃ、喰らいやがれ!」


させん!タロッキに頭から噛みつこうとした獅子口に、筒先を思いっきり突っ込む。即座に反射的に、引き金を引く!

鈍い爆発音と、破裂音。砲弾が爆発し、体内を爆炎が蹂躙する。獅子は一瞬ビクリと動いた後、倒れ伏して動かなくなった。


「……っ…囲まれてる! 叩かれる前に!」

「いけ!拾って、翔べぇ!」


たぶん俺自身、瞬きすらろくにできない間だった。電光石火の早業で兵士を救出し、囲われ、襲われる前に再び空に戻る。

連中に対空の攻撃能力は無いはず。タロッキの翼も輝きが止んだ。負傷兵を運ぶのに速度は出せんか!


「追って来てる!?」

「……来てやがる!速度は!?」

「出せるけど無理! このひとが持たない!」


後方を見渡すと、付かず離れず追って来てやがる! 数は見えるだけで7つ。速度はそう速くない。地面を這うようにこっちを目指して……。なんだ? 上からみると…?


「カミキレ!見える!?ヒメサン達だ!」

「…っ…強引でも構わん! グリンへ!」

「わかったぁ!」


タロッキの頭越しに、グリンに跨るヒメさんと、馬でこちらに向かってくる兵たちが見える。タロッキは弛く反転して、グリンと並走してくれた。


「数は!?」

「正面7!、迎撃魔術を!」

「了解!」

「…っ…! 散開!、散れ!、散れぇぇ!」

逆巻けラ・ムーシー!」


姫さんが呪文を囁き、駆け抜ける後方から、ゴボリと重苦しい水音がした。魔力操作による物体操作。空気中の水分密度が、異様に膨れ上がっていく。


我が湛えし水の嘆きアーザレム・コーウゾ……!」


しゃりん、しゃりりん。と、音が響く。


次いで、身につける4つの輪の内。左腕の腕輪と指輪を振って、更に、更に水分密度が膨らんで行く。

過剰な力の奔流に溢れ出た余波が、衝撃に地平砕き竜巻き上げ、縦横無尽に大地を削る。

まるで、地上から天に逆登る。水の雷竜。


雷鳴の如く!疾駆せよアク・リェジア!」


力が、放たれた。

幾重にも編み重なった、壮絶な水の雷撃が、大地を次々に打ち砕き蹂躙していく。獅子たちは必死に逃げ惑うが、圧倒的速度と圧倒的質量で、水が大地ごと大穴を空けて、粉砕されていった。


夜明けだ。最後の1体が、断末魔も上げずトドメを刺された。姫さんの魔術で蹂躙され、それでも動いていた身体を、槍で、剣で、弓で、時には盾で叩きつけ、ようやく完全に動かなくなった。


「なぁ…、これって…」

「ああ…、どうなってやがる」

「なんだよ…、コイツ……?」

「………バケ、モノ?」


上半身は、確かにライオンの身体をしている。しかし下半身は、昆虫のように黒光りする甲殻と、節持つ足と、でっぷりとした腹持つ身体だった。

暗視があるとはいえ青い視界で、素早く動かれるので、すぐには気が付けなかった。子供騙しの絵でも見ている気分だ。体液も赤でなく、虫のような白や緑。生理的嫌悪が際立つ。

全員で監視塔に戻る事になった。幸い救出した兵士は、気絶して、全身の打撲、骨折、牙による圧迫が酷かったが。直ぐに治療し、命に別状がある怪我はして居なかった。


知らせを受けて、街から多くの援軍が来てくれた。

怪物の遺体は、アラクネーたちの荷馬車で回収されて行った。周辺の足跡を調べると、やはり獅子の前足2本と、下半身の節足4本の脚で歩行していた事が判明した。


夜を徹して行動していた俺達は疲れ切って動けず、死んだ怪物と別の荷馬車で、1度街に戻る事になった。軍部の計らいで俺達は休みながら、イプリクと共に詳しく事情聴取を受ける事になった。


「以上で聴取は終了です。感謝に耐えません。素早い対応で救って頂いた兵士1名も、無事意識を取り戻したようです」

「良かった、急いで翔んだ甲斐があったよ」

「驚きましたよ。いきなり飛んでくんですもん…」

「心配するな。俺も翔ぶ気なかったんだよ。もう、2度と翔べないとも思ってた。だが…」


タロッキを見て、その翼を見た。なんとなくそうすれば言葉が口に出てくれるような気がして、そうした。


「空が、俺をはなしてくれなかった。そんな所かもな…」

「なんです、それ…?」

「翔べば分かる、いつか、姫さんも飛んで見るといい。…助けられたのもぜんぶ、タロッキのお陰だ、ありがとな」

「ゔぇへへへへ〜!」


本当によくやってくれた。深い感謝を示したくて、姫さんと一緒に抱き合ってもみくちゃになでる。彼女はとても嬉しそうに、声をあげてくれた。


「それで、例の怪物は…?」

「動物医師の解剖の結果。…獅子ではなく、ほぼ間違いなく、虫。蟻の怪物だそうです」

「アリ…? アレが…?、蟻…?」


どこからどう見ても、上半身は確かに獅子の身体を

していた。だが、思い返せば腕を切り飛ばしても平然としていたし、咆哮も上げず、前顎をガチガチ言わせるように威嚇していた。虫。虫の怪物と言われれば、納得できる行動ではあるが…?


「僕も解剖に立ち会ったけど、間違いない。アレは昆虫の蟻に類似してる。外骨格だけでなくて、内骨格もあったけどね」

「ほぼ間違いなく新種。兵を殺さず連れ去ろうとした事から、軍は巣穴があると予想しております。かの怪物はトロイド軍が精霊たちの助力を授かり、全力で追跡し、討伐する事を決定しました」

「そうか。流石に疲れた。…ゆっくり休ませて貰うよ」


数日後。派兵準備で忙しそうなイプリクを少し手伝い、兵たちが出兵するのを見送った。城内部の調査はできなかったが、イプリクは依頼料を契約通り支払ってくれて、軍からも兵士救出に金一封と感謝状を受け取る事ができた。



夜。宿で3人して針仕事に精を出していた。解れた平服の修復や、タロッキへの初めての服完成までもう一息なので、黙々と作業を続けている。

服をデザインしたのは姫さんだが、結構センスが良い。余った生地でお揃いの服も、自分にも縫うつもりのようだ。


「ん〜…、マナギさん。ちょっと良いでしょうか」

「なんだ?」

「明日は仕上げに入るので、注文していた最後の布を、受取りに行って欲しいんですが…」

「お、そうか。ならタロッキ」

「なあに?」

「デート。俺とするか?」


「「………………え?」」

「せっかくトロイドまで来たし、少し2人きりで話したい事があってな。数日中には姫さんともしたいんだが、良いか?」

「あ、あたしは構わないけど、その……」

「マナギ…?」


姫さんはタロッキと俺を見比べて、目の光がいきなり消えたり、かと思うと涙を浮かべそうに眉根を寄せたり、複雑そうに困った顔を受かべていた。


「取り違えさせる所だった。姫さんを誘いたいのはのデートだ。タロッキとは違うが、どうかな…?」

「えっ、…あ、そう、…はい。行きたいです…?」


そんな訳で、デートをすることになった。

翌日は残念な事に、朝から小雨の降る天気となった。雨合羽を着てのデートだが、存外悪くない。あまり姫さんを1人にしたくないので、昼食を買ったら帰るつもりだった。

雨音を聴き、雨の降りしきる湖の街を歩く。目的の店は隣の商業区らしいので、馬車に乗るつもりだ。時々すれ違う人々が、タロッキに親しげに挨拶していた。最近会ったばかりだろうに、人気者だな。


「また乗せてね? タロッキちゃん!」

「うん、バイバイ」

「乗せて、飛んでやってるのか?」

「小さい子だけだよ。ちゃんと冒険者の依頼として、対価も貰ってるよ。松毬まつぼっくりとか…」

「へぇ……」


馬車乗り場についた。雨のせいで少し人混みで混雑していたが、幸いすぐに空いている馬車に乗る事ができた。

馬車に乗り込んだあと、昨日からずっと何問いたげな仕草をしていたタロッキが、話しかけてくれた。


「どうして、あたしを先に誘ったのさ?」

「理由はいくつか。先に1対1で話すべきだと思ったし、姫さんを少し誘惑したかった。女性としての相談も欲しかったし、本格的に彼女と男として過ごすなら、先にお前に相談した方が良いだろ? 寂しい思い、両方させたくねえしな…」

「ふーん…、悪いオトナだね」

「悪い大人さ。姫さんよりずっとな」

「いつかヒメサンにサされちゃうよ…?」

「姫さんにサされるなら、別に良いさ。受け入れるかどうかは、そうなって見ないと分からんが」


馬車の窓から外を見てみる。よく整備され摩耗している石畳の路面は、鏡のように雨を反射して、周囲の景色を淡く映し出している。

車内には規則正しいリズムで、振動と車輪の音が響いている。雨の匂いも濃い。天気も重苦しい程ではない。憂鬱と言うほどではない雨の日だな。


「ねえ、聞いていい?」

「なんだ?」

「カラダはできそう? オトコとして…?」

「そりゃいつだって自信はない、かな…。いつから気付いてた?」

「そりゃ、あれだけボロボロならね…。コイのせいだと思うけど、きっと気付けて無いよ。ヒメサンは……」


恋は盲目、か…。

旅の途中。水浴びなどで、互いの身体は見慣れている。もちろん無遠慮には見ないが、それでも裸の付き合いはしている。俺の身体は服で見えない部分は傷だらけだ。タロッキは聡い娘でもある。よく見ない部分がどうなっているか、想像ができてしまったのだろう。


「酒呑でる態度から、そうだろうな…。正直これが本題だった。切り出してくれて、ありがとうな」

「………カミキレは、どう思ってるのさ」

「愛してる。例え俺と一緒になれなくても、幸せになって欲しいな。素直に言えば妬んでもいる。…もう10年位早く会いたかったが、きっと10年早く会えても、俺は彼女の手を、取れなかっただろうがな…」

「それ…、仲間として…?」

「いいや、男としてだ。お前風に言うならオスとしてだよ」

「ぐるる…」


雨雫が床に落ちた。タロッキは恥ずかしそうに雨合羽に隠れた純白の髪ごと、両手で頬に触れている。男女交際については、あまり経験が無いのだろうか。年相応…、何歳か分からんが、背が高く大きくても、印象相応ではある。


「聞いていい…?」

「なんだ?」

「あたしが、カミキレのこと、…男性として、好きって言ったら、どうする?」


思いもしなかった、とは思わなかった。純真な彼女なら、そう考える事は少しはあるだろうと、感じていた。同時に疑問がある。彼女は恥ずかしそうではあるが、少し惑うような表情をしている。

馬車が目的地の商業区に到着した。先に立ち上がって出口に手をかけて馬車から出る前に、振り返らずに、言うべき事を告げた。


「そりゃ嬉しいが…、誰彼構わず直ぐに言うのは、少し感心しないぞ、…本気か?」

「まだ、分かんない…、でも……」

「あのな、恋愛ってのはけじめ事だ。先に進んだら普通は関係が戻らない。…そうだな、俺と姫さんが仲良くしてたら、ズキッとか、イラッとか、ムカッって、少しでも感じるか?」

「え、それは、ぜんぜん無いよ…?」

「なら、一応まだかな。もしそう感じる相手がいたら、良けりゃ俺か、姫さんに相談すると良い。こんなふうに、感情で考えると良いんだ」

「なるほど、うん、…よく、考えて見るよ」

「まあ、サされるのは嫌だが。気が向き続けるなら家の養子にでもなってくれりゃ良い。お前なら大歓迎だ」


本当は、一目見た時から気付いていた。大空を駆ける純白の翼。大敵を溶かす強烈な火吹き、爬虫類のような縦割れの瞳。そして、あの星を焼く光。そんな物を宿す生き物を、俺は1つしか知らない。

聞くべき、だろうか。もう教えてくれるとは思う。同時に今更聞くべきかどうか、少し疑問に思う。


「聞かないんだね、あたしのこと…」

「聞いて欲しけりゃ聞くが…、お前の生は、お前が主役だ。そうだろ?…なら、お前が言うか決めるべきだ」

「あたしの生は、あたしが、主役………」


それこそ何処かの劇場で主役にするように、小雨の降る中、馬車から降りる彼女に手を差し出した。

いずれにせよ彼女が俺に望んだのは、親である事だ。望外の望みだ。子供を作ったり、育てたりは俺の人生で、できないと思っていた。であれば仲間として、命の恩人として、親子になるなら寄り添うべきだ。…決めた。

俺は彼女の口から、事情が語られるまで待つことにした。そうすべきだと、信じる事にした。


「いろんなこと抱えてるんだろうけど、言えるようになったらで良い、…いつでも頼って良いからな。タロッキ」

「…うん、分からないことも多いけど、がんばる。…ありがとう。トウサマ」


御者に料金とチップを払い、商業区で頼まれた布と他の買い物を済ませて、観光を無邪気に楽しんだ帰り道。彼女になんとなく手を差し出すと、手を控えめに握り返してくれた。

こんな雨の日も良いと、思えるような日だった。

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