第39話 辛勝、必罰
大雨の中を翔ぶ。飛ぶ。跳ぶ。逃さない。
先回り、道を変えられた。逃さない。
木陰に回り込んだ。廃教会の建物の1つ。
居た。何か飲んでる。解毒の薬液。苦い奴だ。
「ちぇっ、見逃してくれても良いのに…」
「マヴィオニーの者だろ、名乗って」
息は切らしてない。結構走ったのに。コイツ。強い。
眼球接触外部記録も含めて、外見遺伝情報を推測、該当なし、類似例皆無。………、何者?
「くふふっ、怖いねぇ、流石は真龍サマの目玉サマ。じゃあらためまして…」
「マヴィオニー王国。正規軍第1教導大隊所属の、ジェム・レホウだよ。…知ってる?」
「ジェム…?」
類例の名前、家名を発見。外見特徴と不一致。
レホウ家。
マヴィオニー王国最大の武家貴族。
広大な国土を誇るマヴィオニーに措いて、最も政治的。軍事的に支配している貴族家。
家訓はシンプル「戦いは数。数は正義なり」
国の中枢。屋台船。下士官なら納得、…違和感?
政治的に、反逆の可能性、極底。自滅と変わらない。
つまり…。
「……………人質?」
「ボクの立場からは、明言はできないね。ただ好き勝手に言って良いなら…」
くるくると器用に飲み終わった容器を回してる。
まるで友達に話しかけられてるみたい。変なヤツ。
ほんの僅かな動揺を推測、検知。たぶん正解。若しくは近い状態と推測。
「成龍なりたての自国の守護龍を、よってたかって王国総動員でなぶり狩りって、あり得なくない?」
「うんまあ、そりゃ…」
正論が飛び出した。そりゃそうだ。
龍を擁護しない国は、当然他のナワバリを持つ龍から、守って貰えない。
オレたち真龍の平均継続火力は、およそ1頭で大陸1つだ。
個体数だって年々減ってるけど、それでも星中を丸焼きにしようと団結すれば、できる。
オレだって時間をかければ、大陸1つを燃やせる。
国1つの問題じゃない。どう考えても国家滅亡の危機だ。
だから、自国の守護龍を貶めるって、普通は他国からの内政干渉を疑う。
彼は話す気はなさそうだけど、すっごくやる気無さそうだ。
感じる限り、彼の身体もそう態度を取ってる。
「くふっ、やる気無いからお話しようよ。ボクの事は話したから、今度はそっちね。あのオジサマ、カレシ?」
「カレシ……って、なぁに?」
「くふふふうぅっ………、そっからかぁ…」
カレシとはツガイの事らしい。ツガイはルマンドお兄ちゃんが良い。カミキレはヒメサンも居るし、トオサマでも良い。
「トウサマ……ねえ……、ボクは居ないからわかんないや。ずっと軍だし」
「……時間稼ぎ?」
「あ、バレた。でもお話したいのも、本当だよ」
「あなたの目的は?」
「君の身柄。生死問わずだってさ。本当なに考えてんだか、やんなっちゃうよ」
「軍を止めれば良いじゃん。こんなとこまで来たならさ」
彼は溜息を深く吐き出しながら、波打つ薄い変わった剣を手に取った。
あたしも応じて、ブロード・ソードを抜く。
「軍務には、私情は禁物なんだよ。嫌だけど、これ命令なんだよね」
「逆らえば良いじゃん、やる気もないんでしょ?」
「まあねぇ…、でもね、1度決めた生き方って、人はそう変えられないんだよ」
「理屈じゃ無いんだっけ」
「そういう事…、安心…ううん、習慣だね、ドラゴンがナワバリ回るのと、一緒だよ」
「そっか、じゃあ勝つか負けるか、ケジメがいるね」
「くふふっ、話が早くて助かるよ、でもね………」
「斬られた事も無い剣で、
雨音が響く中。トポチャッ…と、軽い音が響いた。
彼が踏み込んだ。速くはない。重くもない。
首を狙う。十分に目で追える剣速……、でも。
翼が斬られた時点で、あたしは間合いを取った。
眼球を騙されてる。不気味だ。怖い。…人を、殺す剣。
「等速運動…」
「御名答。………一太刀で見抜くんだ。やっぱり、人とは違うね」
生き物が物体を見るとき、当然眼球を使用する。
眼球は球体の円運動で、どう動くかを感じ取る。
1番見切り辛いのは、最初から最後まで同じ速度で動く物だ。
一太刀でわかった。身体の熟し、鎧のズレ。踏み込み。全てがそうだった。
とんでもない達人だ。
ドラゴンでもないのに、身体のほとんど、下手すると、内蔵機能まで把握して動かしてるみたい。
「やれやれ、本当は適当に痛めつけてどうにかしたいんだけど………、ボクじゃ殺してみるしかないや、ごめんね」
「………優しいね、なんで?」
「そりゃあれだけ追い詰められた子を、追い打ちで斬りたくは無いよ。ボクはコレでも列記としたマヴィオニーの正規軍人で、まともな戦士だもの」
「ふーん……」
「だからこそ、今回は貧乏くじなわけだけどね。君のトウサマも同じ貧乏くじ顔だ、きっとボクの比じゃ無いね」
「そう言われる所が、あたしは好きだけどね」
会話しながら対応を、記録から検討………。
類似例を、感覚変更で対応した例を検知。
人体感度変更。感覚を、切り替える。
視覚を2割。聴覚を3割。触覚を5割。
ニンゲン体では限度。世界が切り替わる。
翼、角の感覚で、疑似触覚を再構成。
音波。空気の振動で、感じ取る。1合。
「………っ!」
「ふむ……」
ぐっ……!? なんて、髄に響く剣……!
力?、重さ?、疾さ?、どれも違う。また首狙い!
2合、3合、4合、5、無理だ!
「くぅっ……!」
間合いを取る。うっわ、手が痺れてる…!
力……、違う。体幹の強さが、段違いなんだ。
なんて剣……。こっちは尻尾も、翼も、体格だって全然違うのに。すごい。ゾクゾクくる。
「くふふっ、…楽しそう、だね?」
「あ、うん……」
「それは龍の本能? それとも人としての好奇心?」
「…………好奇心、かな」
「そっか、冒険者だね。………真似されるか」
バレた。もう彼の髄に響く剣はできる。
推測。構えの変更が原因。
打ち合いでは負けない。だから、別の手で来る。
ああ、マズいな……、いっそ斬られたいだなんて、どうかしてるのに……。
もっと、もっと斬り合いたい。この人と。
でも、みんなも守らなきゃ。
さっき切り合った間に、カミキレのスクロールの音もしたし。急いで戻らなきゃ。
今この人を全力で切らなきゃ、きっと後悔する。
「くふっ、同感なんだけど、見せれば見せるほど不利だね。じゃあ、…あと一太刀で、キメようか」
正眼じゃなく、切っ先を下げ、腰だめに剣を構えた……?
鍔鳴り…。金属音の波を感じる。まるで彼の中に、何かカチリと、スイッチが入ったみたいな…。
「行くよ、冒険者。…戦の作法を、教えたげるよ」
記録に無い構え。推測………、あ。
「遅い」
来る。やめて。壊れる!、切る!!!
すれ違いざまに、刃が交差。
首と翼を斬られた。血が噴水みたい。そんな当たり前の事よりも。
剣が、お兄ちゃんの、…剣が、
「女の子の大事な物、斬り飛ばすなんて、ガラじゃ無いん、だけど、………な?」
「あ、う…アァ、…アァア」
斬られた。折れた。おれた。オレタ。お兄ちゃんから預かってた、大事な剣。
約束の剣、大事な大事な、剣。
嘘、うそ、ウソ…、なんで、なんで…!
返すって、また会おうって……。
約束、したのに。…コワレタ。
怪物は、理解できなかった。
この戦場に、怪物の味方は1人しか居なかった。
野盗の奇襲に合わせての、ドサクサにまぎれての誘拐作戦。
ジェムの技量なら、完全な不意打ちさえできれば十分にできると思われ立案した。
作戦は、完全に失敗に終わっていた。
驚くべきことに、怪物は事実上戦いには勝利した。
雨は止んでいない。霧のような小雨に変わっている。
戦いは、熾烈と混沌を極めた。
死に物狂いは電波する。それは、何も味方だけに限定した話ではない。
激怒とて同様だ。マナギのように、怪物の腕を見て、真っ先に攻撃する者もいた。
周囲には、死体と見紛う奮戦の跡が転がっている。
もう、事切れている者も多いだろう。
その一区画で、怪物は自身がかつて渡した。竜細工短剣を拾い上げていた。
「こりゃまた、ハデにやったね……」
怪物は振り返った。ジェム。唯一の味方が、脇腹を押さえて歩いてきた。
彼は怪物の相手をしていた、ボロボロのマナギの方を観察している。
マナギはピクリとも動いてはいない。泥水と血溜まりに顔を横たえて沈んでいる。
怪物は疑問に思い、表情を変えた。
「退こうか、これ以上は─────!?」
ビシュ!と、矢のような棘が1本。ジェムの頬を掠めた。
端正な顔立ちに、赤く傷が残り、血が滴る。
マナギがガントレットで、ろくに顔を上げずに撃った棘だった。
この場に来て初めて、ジェムは冷や汗をかかされた。
「彼女なら無事だよ。今刺激するとこの近辺を、丸ごと魂まで、焼却されかねない」
「………………」
「勝ち惜しみってわけじゃ無いけど、良いかな?」
マナギは顔を上げず、腕とガントレットだけを狙い澄まし続けている。
手は動いていない。ジェムは聞くつもりがあって手を止めてくれていると、判断した。
「彼女に良ければ伝えて。人間か、ドラゴンか、何も選ばない内は、君の剣は届かない。剣に振られて、守られてちゃ勝負にならないって、…お願い」
彼の静かな声と同時に、周囲の戦士たちも、覚束ない足腰で立ち上がりかけている。
ジェムは脇腹を押さえながら、マナギから目線を外さず後退し始めた。
「今すぐ退こう。これ以上は、どちらかが生き残れない。良いね、オサカナ君?」
怪物は理解できなかった。
彼の経験は、自然の中で勝利し、喰らい、纏い、また喰らう事だった。
よく似てはいる。だが、彼が激昂したのは腕を変化させてからだ。
何気なく、彼はもう戻せない、不釣り合いな巨腕を見た。
やはり、なぜ彼が怒り狂ったのか、理解できなかった。
怪物は頷くと、背を向けずに後退して去って行った。
だが、彼はこの戦場で満足に勝利したとは、微塵も思えなかった。
跳ぶ、どこまでも青い空をカレは飛んでいる。
遥か眼下には、今日も星を燃やして、大地を作っている兄弟たち。
皆、忙しそうに大地を作っている。
カレは呑気に、もう一億回程度寝て起きれば、また新しい大陸ができるだろうかと思った。
長い首を擡げ、空の上を見上げた。
雲より上、空気の薄いここでは、もう星の輝きが煌めいている。
美しい。遥か遠くの輝き。決して、生き物が届かない領域。
ふと、カレは気づいた。星が大きくなっている。
「(…………ろ!……、……ませ!)」
カレは、復讐を、ケツイした。
欠け墜ちゆく夢を、見ていた気がする。
「起きろ!、しっかりしろ!」
「ぐはっ……!、ハッ……ハ……?」
目が覚めた。目の前には厳つくデカいツラが、必死の形相で、覗き込んでいた。名前は確か、デンだったか…。
「起き…、お前の…、ツラは、効くなぁ…」
「よし、喋れるな。そのまま喋ってろ、それだけ悪態つけるなら、応急で後回しだ」
口ん中血の味と泥でジャリジャリしやがる。寒い。もう痛みも感じねえ。首も動かせず目だけで探る。
隣には姫さんがノびていた。空……、外か。
雨はもう、止んでいた。
「タロ……、は……?」
「ツレのでっかいお嬢ちゃんなら、戻ってねえ。バカ! こっちはもう良い、向こうが先だ!先!」
「お、おう!」
デンも負傷していたが、指示を飛ばして、地面に藁引きで雑魚寝している連中を治療していた。さながら野戦病院か。
そこまで上等では無さそうだが、全員の荷物をひっくり返して治療している。
「その嬢ちゃんに感謝しろよ。穴だらけのテメェ血溜まりから引き上げなかったら、とっくに溺れてくたばってたぞ!」
「助、か……」
「嬢ちゃんはアバラ逝っちまってる。無理に動いた後だ、寝かせとけ!」
「あ、いて……」
「………全員死んだ。1人残らず。こっちも半分やられた。まるっきり戦だ、くそったれ…!」
デンは半ば悲鳴か、泣きそうな悪態を付きながら薬を塗り込んで、包帯を巻いてくれた。
出血は止まっていない。あっという間に包帯は真っ赤に染まっていた。
無理に動いてタロッキを迎えに行こうとすると、動けば死ぬぞと警告された。
代わりに人を使いに出してくれて、タロッキが帰ってきた。
「カミキレ…!」
「タロッ…、ゴフッ…、奴、変な…」
「ううん、負け、ちゃった…」
「そ、か……」
首筋から胸元まで、喉を避けるように傷も深いが、出血は止まっている。
彼女は半ばから折られた
まるで、もう傷つかないように、決して離さないように。刃に傷つく事も躊躇わず……。
悔しくて、ジャリジャリとした歯茎の感触を、確かめるように噛み締めた。
口の中には、まだ。敗北の味が、染み付いていた。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★
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