第14話 炸裂火球

竜を刺激しないように、作戦を相談して、準備を進める。

背負い袋は全員。見える範囲で、落とし穴の少し手前に置いた。こうすれば向こうから何か来て、荷物を奪おうとしても落下する。逃げる際に目印にもなる。


相手は最悪。翼持つ竜だ。少しでも身軽にならなければ、焼かれてすぐ終わる。

俺は背負い袋から取り出していた、先程の組み立て式の棒。そしてある物を2つ取り出して、即席の武器を作った。


もっと幼い頃。誰もが憧れる冒険譚。竜退治。

大きく、分厚く、鉄塊のような剣を持った戦士が、たった一人で竜と渡り合い、退ける。物語。

ない、ありえない。1人とかない。

俺は幸運だった。なにせ、あれに会ったら死ぬ。骨に残った歯だけで感じた。あの扉の向こうの、息吹だけで………!


正気じゃない。みんな正気じゃない。そうとしか思えない。だって竜。竜だぞ?ドラゴンだぞ!? ガキの頃。師匠に寝る前に本読んで貰って、すっげえ自慢げに、白骨標本見せられたアレだぞ!?


コボルト振り回すのとは理由が違う。違いすぎる。

ビービーギャーギャー泣いて、夢でまで骸骨に追いかけられたアレだぞ!? しょ、正気じゃ…!


「とうとう、この日が来ましたか…」


いや、とうとうじゃねえよ!正気か!?馬鹿じゃねえ、馬鹿じゃねえの!? レー姉が肝座ってんのは昔からだけど、これはない…、こりゃ無いだろ…!

………なんでこんなとこ来たんだよぉぉ、姉ちゃんんんっ……。俺ェぇ……。

大声で叫ぼうかと思ったが、それこそ竜に聞かれそうで、歯の根もとても合わず。ガタガタ、震えて…っ。


「ん〜?」

「ぅぉっ!? な、なんだよ…?」


掠れたような小声で、叫んでた。暗闇でも輝く大きな2対の薄碧で、それこそドラゴンみたいな縦割れの瞳に見おろされた。タロッキちゃんのだ。

おっきいのに幼くて、無邪気なのに賢くて。不思議な娘で、全然分からん娘でもある。種族すら良く分からん。リザードマンハーフの1種なんだろうか。でも翼も角もあるしな…?

それとも昔、師匠に黙って読んで、大目玉食らった文献に出てきた。伝え聞く竜巫女って奴だろうか。恰好も書かれてた姿に、似ていた気がする。


「えいっ」

「おうっ…!」


ゴチンと額を合わせて、そのまま眼と眼が触れ合いそうなほど、顔を近づけられた。馴れ親しんだ、犬や猫がしそうな仕草で。


「な…!?」

「大丈夫。お兄ちゃんが弱っちくても、うたうならあたしのほうが、ずっと速いし、強い。………信じて」


飛び退こうとしたが、後頭部を押さえられたので全然動けない。そのままの体制で囁かれて、少しだけ震えが収まった。……いい匂いが、する。


「ちょっと、ルマンド……!? あうっ」

「ヒメサンも、ね?」

「…………もぅ」


レー姉も同じようにやられて、鏡合わせにタロッキちゃんの頭に手を回して、受け入れて……、ああ、思い出した。レー姉が良くグリンに乗る前にやってたやつだ。レー姉が、何か言いたげに俺を睨んでる。いや、俺悪く無いだろ。タロッキちゃんが、急にやったんだぞ? 信じろ、か……。


「何を信じろってんだよ、ちきしょう……」


俺は今日。竜に、……多分死ぬ。死にたく、ねえようぅ……。



扉から数歩下がって陣取る。合図を静かに待つ。視界の端で、御老が何度も手を振った。

意識を激昂させる。喉が酷く渇く、胸の鼓動を、何よりも強く感じる。

竜に、挑む。

木製の扉を蹴破って、玄室の中に全員で躍り出た。変哲のない、1階と同じ低い天井。決して広い部屋では無い。見える限り、穴は無し!


太く、うねる大樹のような首、四肢。

広げれば、玄室の端から端まで覆う。大翼。

俺達の身長より、デカい顔。頭と同程度の、縦割れ瞳。身長程もある長い舌。

ニ対の角。太い枝のような3本指と、長く鋭い爪。

体格に対して、少し突き出た大きな胴。

緑鱗竜ドレイク。或いは、ドラゴン。

さる国の代表的な騎士団の紋章にもなる。力持つ怪物モンスターが、そこにいた。


ぬらりと太くうねる首をもたげて、こちらを見据えてきた。まだだ、ま………っ!


「あ、…ああ、あぁあ……!」


ちぃっ、…やるかぁ!

少し早いが仕掛ける。ルマンドが持たん!既に捻っていた身体を開放、投擲。ドラゴン目掛けて、そいつを勢いよく投げつける。


短刀のように背負い袋に仕舞っていた、鍔付き槍の穂先。それを釘打ちで組み立て式の棒と組み合わせ、槍に。さらに投槍器アトラトルで投擲。


投槍器アトラトル。或いは、スピア・スロアー。

リザードマンが狩猟に使う。最も原始的な武器の1つ。構造は単純。削った片腕程の長さの木材に、フックを作り槍を引っ掛けて、ただ投げる。

携行性は言うまでもなく抜群。嵩張る訳もない。

その威力は侮るなかれ。大獣の厚い皮膚と毛皮すべて、射角次第では余裕で貫く。

1度の速射だけなら、弓を遥かに超えるかも知れない。人類種最速クラスの遠距離攻撃。

何より安い。本気で安い。簡素な物ならそのへんの石割って、枝と、枝で出来る。最高だ。


「うおおおおおおおおおおお!!」


わざと注目を集め、最速で吠え、投擲後も吠え続け。味方を鼓舞。

原初の戦場において、咆哮こそが先手必殺。

速い、強い、安い、軽い、煩いの実に経済的リーズナブルな、俺の一撃は。

低い天井に、無理に飛び上がって咆哮しようとしたドラゴンに、ほんの僅かに意識を向けさせた。


「タロッキィィ!!」


刹那にすら満たない。その隙で、十分だった。

彼女が大きな口を開いて、軽く息を吸い込んだ。

翼があの日のように、俺達を守るように、大きく広がる。


「ジャマだよ」


瞬間、世界を揺るがしかねない。絶唱うたが響いた。

白む頭の中で、肌をビリビリふるわせ、鼓膜をつんざく激音。それよりもずっと五月蝿え、胸の鼓動。


絶唱は、絶大な業火になり。

ドラゴンの火吹きと、真っ向から相対した。



鼓動が口から出そう。足がすくむ。やっべぇ涙出てきた。片目滲む…。

部屋に入る。

居た。居やがった、長ぇ首…。目が、あった。

死。

怖い。怖えこええ、こええ!すげえ!見たことねえ!あんなの、見たことねえ!

デッカ。デカい!こええ!、(……て)こえぇ、こええ!!

飛んだ!?、風すっげえ、…潰される。つぶされる! 殺される!

熱い!あっついぃ!(……じて)焼ける!焼かれる!死ぬぅ!こわい!こわい!こわい!!

逃っ……!


(………信じて)

「───────! 、 熱よ、集えウォールゥー!」


この一瞬。あの耳を抉られ続ける囁きで、決して引かないと、戦うと決めた。

身体を犬悪鬼コボルトみてえに振り回されてまで、骨の髄まで刻まれた、呪文を紡ぐ。

(最初の呪文は、ただ決意にて、苛烈に)


膨らみ、渦巻けリリース・イーチハァ!」


囁きなんて上等は無い。絶対に噛まない為に、叫ぶ。叫び切る。じゃないと暴発バケる!

(次の2つは、ただ一心に、貪欲に)


火よ、我らが導きの火よアイリス! テカートラム・………!」


アタマなんて残ってない。ココロなんてとっくに吹っ飛んでる! だから、髄で、血反吐くほど積み上げた、習慣からだでこそ、殴り抜ける!

(結びの2つは、胸高らかに!。恋するように!、愛するように!、世界中にこそ、…響くように)


今こそぉ!、炸裂せよぉおおおおおおゲルマァアアアアアアアアア!!」


(最後の呪文おまじないは、ただ、あなたわたしの思うがままに。一途なまでに、愚かに)

ずっとこえに囁かれてた。ずっとだれかに支えられてた。

だからこそ、一歩を踏み出す。

師に教を乞い、魔たる者から奪いし呪文まじないにて、力を解き放つ。

薄れる意識の中で確かに聞いた。ぬたっ、とか言う。妙に軽い音を、重い地響きを感じた。



竜を、倒した。

俺の一撃で満足に息吹を吸えず。咆哮することもできず。無理に飛び、3人と炎を吐き合い続けた竜は、酸欠で意識を朦朧とさせ、その隙に御老に髭を斬り落とされ、倒れた。


此度。彼に、天空の祝福は無かった。


顔にある2対の髭は、ある意味全龍、或いは竜、唯一の急所だ。他の生き物で言う耳の中身に相当して、失えば酷い目眩に襲われる。

竜は何度かのたうち回ったあと、次第に力を失って動かなくなった。


「死、……死んだんで、しょーかっ……!?」

「いや、気絶しただけだ。1週間は再生の為に、仮死状態だよ、っと……」

「きゃ!?」


気絶という言葉で安心してしまったのだろう。姫さんがへなへなと倒れ込みそうなので掴んだ。そのまま抱き寄せて、まさしくお姫様抱っこで抱える。軽いな姫さん。あんな飯食ってんのに。


「うぅ…、デカいの漏らしちまった…」

「焦げ臭くって匂いしないから、後で捨てるか洗えばいいよ。すっごいがんばったじゃん?」

「おっかねえよなぁ、俺も出たわ」

「えっ……、しまっ……!」


見れば、ルマンドはタロッキの長い尻尾に、吊り下げられるように助け出されていた。そのまま器用に頭を撫でられている。

必死に姫さんが離れようとするので、にたりと笑って強く抱きしめてやった。無言で半端なくバシバシ叩かれたが、今だけは絶対に離してやりたくなかった。


「むぅー…。むぅぅぅ…」

「んっ…」


次第に叩く力が弱々しくなり、受け入れるように脱力してくれた。今度は俺が頭巾に頬を寄せて、努めて優しく、縋るようにもう一度抱きしめた。


御老は刃先を改めて、荒縄の隙間から目釘を確かめ、何度か刀を振って確かめていた。油断なく周囲を残心して警戒していた。


「よくやった。ルド坊、…正直、口を出さねば、杖を投げつけるが上々と思っておった」

「教官……」

「無理をさせた。主は見事。無理を蹴っ飛ばしたんじゃ。立派にじゃぞう。誇れい。お主はしかと。世界の一部に焼き挑んだのだ。…渾名は炸裂か、ふむ。角回しなんて、どうじゃ?」

「もう、どれでもいいっす、そんなの……」


闘いの怒気を流すように、軽口を叩き笑いつつ、武器を持って警戒して着替え、炎が燃え尽きるのを待った。


荷物を背負って玄室に入ると、緑鱗竜はそのまま横たわっていた。目を閉じて、呼吸もしていない。

姫さんとルマンドは、部屋の隅でできるだけ近づかないようにしていた。

考えて見れば分かる物だ。牛や馬の生きた頭部でさえ、生命の力強さや息使いに驚く。人の身長程もある頭部には、ある程度慣れないと近づくこともままならない。俺だって手の届く範囲は無理だ。


全員で御老が切り落とした髭を、探索して見つけた。太さは姫さんの腕首ほどはあるだろうか。これを売れば外地で数十年は、遊んで暮らせる一財産だ。


「ふっといですね。そのお髭……」

「少し勉強しようか。良いでしょうか、御老?」

「構わん、警戒しよう」

「え……、何でしょうか、紙切れさん…?」


俺はロング・ソードを抜いて、無造作に髭に近づいた。そして、振り上げると、全力で剣を髭に振り下ろした。髭は、まったく傷つかないどころか、一切へこみすらしなかった。


「嘘だろ……、へこみ1つ付いてねえ……?」

「このとおりだ。鱗より硬く、しかも曲がる。並の剣士じゃ刃も通らん。よく御老は切れるもんだよ」

「えっへん、すごいでしょー!」

「何で君が得意げなんだよ…?」


御老は刀を取り出して、びよよんとでも言いたげに、刀を指先で折り曲げていた。それ、そんなに曲がるんだ……。


「見ての通り、華美など微塵も宿らぬ、荒縄、バネ仕掛けでな。これがよーう斬れるのよ」

「へー……、変わってるね、おじいちゃん!」

「うむ。御台様の殿は大層変わり者でな。儂と若い頃。長〜い斬馬の刀は鞘先に滑車をつけて、荒縄の結び紐付きで腰に帯びておったものよ。馬の上じゃと使い易いんじゃよな、アレ」


おそらく、まともに硬い刀では、1度2度の斬撃は最高の物でも、10も切れば血に曇り。手入れの必要が出てくる。

それを防ぐための工夫の1つなのだろうが、こんな刀で切れるのは、彼の隔絶した技量の成せる業なのだろうな。


「あっ、宝、ばこ……?」


見ると暴れた際にだろうか。壁の一部が崩れて、ごろりと重そうな箱が3つ。瓦礫と共に、床に乱雑に転がり落ちていた。

箱は木組みで鉄縁、側面中央に鍵穴がある。大きさは姫さんが、すっぽり入るかも知れない。なんの変哲も飾り気も無い箱だった。


「解錠なら、儂が挑め「だめ」…?」


ピシャリと冷水を浴びせるように、タロッキが即座に翼を広げて警戒し、俺達を押し止めた。どうしたんだろうか?


「なにか、嫌な予感するよ。どうせこの量は持つのできないし、選ぶのも時間かかっちゃうでしょ……?」

「まっ、そうだな。依頼を優先しよう」

「あの……、この子に、と、トドメは……?」

「仮に首から上すっとばせても、丸3日は暴れ回る超生物だぞ?」


ヒュッと言う、声にすらならない2人の悲鳴が響いた。亜竜ですらこの生命力だ。殺害しようとするなら、生身で戦闘艦船に挑むような物だ。ドラゴンは数人程度で殺せる者では、決してない。

彼らに挑む事は、世界1つに挑むのと同等。そう謳われる所以の1つだ。


「心臓を完全破壊しても同様じゃ。両方挑むのは至難の業。この迷宮を崩壊させるわけにも、いかんしのう…」

のコイツでも、大きな街から騎士団引っ張て、全滅なんてしょっちゅうだ。この人数では絶対に無理だ。放置するしかない」

「刃毀れ1つも時に致命になりうる。道具も人もなし、是非もないのう」


俺達は竜を殺せるほどの時間も人数も、装備もなかった。今は放置するしか無いだろう。


「んん…? 重い……?」


玄室を出ようとして、片方の扉だけが少しだけ重かった。警戒しながら開くと、遺体が1つ荷物と共に、扉に横たわっていたようだ。

身長は俺の腹上程だろうか。特徴的な毛の生えた垂れ耳から、妖精種セウンクルの男性に見える。背中には3本の鉤爪の傷跡があった、大きさと形、状況から、おそらくドラゴンの物だろう。

警戒しつつ、全員で丁重に冥福を祈ったあと、荷物を調べてさせて頂いた。


「剣も、手帳も、相違ない。…マリオラじゃ」


沈痛な面持ちで荷物を調べていた御老は、冒険者手帳を取り出して中身を確認した。変わり果てた、かつて自分が教導した、冒険者の名を呼んでいた。

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