第30話 初飛行

体内に入った瘴気…、黒吹きを、どうにかして外に出すしかない、じゃなけりゃ姫さんがやった通り、粉々にして取り込むしか方法はない。


今は薬品で強引に仮死状態に近づけて、小康状態にしているが、このままではいずれ衰弱死するし、薬を抜けば暴れて死亡し、不死の怪物となる。


魔女さまはそう説明して、その後の相談ができる人物だけを残らせた。


…さっき取り込んでたのか、姫さん。瘴気を、本当に、…平気なのか?

少なくとも、何事もないようには見える。

後で忘れずに聞いてみよう。


「さて、まずは自己紹介としましょう、私は魔女、フラン・ブロウレスよ、アナタたちは?」


魔女…、ここでは役職と種族、魔杖人メーガスという意味だろうか。

魔杖人メーガス

ほぼ人間種の女性と同じ外見を持つ。姫さんと同じ、老いること無い種族だ。

暗闇で光る夜闇を見通す目と、小さな種を握って生まれてくる。

人類種の中でも、最も膨大な魔力を持つ種族でもある。

持て余すほどの知性と、魔術による万能感を消費するように若い時代を過ごし、ある程度落ち着いてから子を成すことが多い。


総じて薬学、魔学に通じていて、神々が幽き始めたあと、様々な困難や誤解を乗り越え、人類種に薬学を伝えた種族と尊敬されている。


姫さんは手のひらの上に、水の玉を1つ物体操作で作り、挨拶を始めた。

魔術師の工房に出入りする際、正式な挨拶…、場合によっては、何らかの礼儀を示す為の行為だ。何か重要な、断りが必要なのだろうか?


「お初にお目にかかります。こちらは冒険者教導員のマナギ様。冒険者のタロッキ様です。

わたくしは冒険者、ミュレーナ・ハウゼリアと申します。

今代のノルンワーズ筆頭魔女、湖沼の直弟子に当たる者です。……お察しの通り断りもなく突然、霊連れの訪問。…平に、ご容赦を願います」


「工房の主として、許します。そう…、アナタがあの…、そんな若い、身空で…」


同郷だったのか、霊連れ…、グリンの事か。

招霊の魔術には詳しくないが、何かマズい事でもあるのだろうか。

挨拶を交わした2人は、とてつもなく居た堪れない物を抱えるような表情をしている。

魔力を欠片も持たない俺には、まったく分からない。何か問題でもあるのだろうか?


「どうしたの…、ふたりとも突然…?」

「いえ、少し手順を飛ばして、驚いてしまっただけなの。今はホルターを…、でも……」


そこでフラン様は涙を滲ませて、ベッドの上に横たえたホルターに身をよせた。

そっと重ねた手には、二人とも同じ質素なデザインの指輪が輝いていた。


「貴女の夫か…」

「そう、この子の父親なの…」

「ホルターを、彼を救う方法は、何か、ないんでしょうか…」


それまで黙って看護していた教会の院長は、青い顔をして、お腹を撫でるフランさまに、縋り付くような目を向けた。

…なんとか、できないものだろうか。


俺は手持ちの分と、自分の制作したスクロール。

そしてまだ試していない、調べた文献の中で、効果のありそうなスクロールを思い浮かべていた。だがそんな都合の良い物はありゃしねえ。


「…あるわ、たった1つ方法が。硝子の森に」

「硝子の森?」

「精霊も近づかない、精霊も帰れない、まさしく悪名高き、禁忌の森よ」


「どんな場所でしょうか…?」

「文字通りの硝子で出来た森よ、動物も、木も、岩も、地面もね、何もせず立っていたら、朝にはアナタも硝子細工の…」


俺は自身の等身大の硝子細工を想像して、流石にゾッとした、そんな恐るべき話は、酒場のヤジでも聞いたことがない。

姫さんも同様のようで、顔を青く恐怖していた。


「そんなとんでもない、場所に何が…?」

「正確に言うなら、さっき私が作った薬の、もっといいモノを制作すれば、いいのだけれど…」


フランさまの話では、硝子の森の奥地ならもっと純度のいい薬草が手に入り、それで薬さえ制作できれば、薬品の効能も劇的に良くなるという。

彼女の制作した呪文の巻物スクロールなら内部に入る事も可能で、1度材料を取りに入った事もあるそうだ。

だが生憎、材料が今はとても足りない。他の患者を助けるのに、使ってしまったらしい。


「でも、よく持ってもたったの4日…、とても間に合わない…、うぅ…」


「空を飛べても?」

「え…?」

「速いよ、あたし!」




タロッキの提案で、急遽。俺達は硝子の森へ空を翔び、急行する事になった。

訪れた村でいきなり未亡人が増えるなんざ、冗談じゃない。


ホルターは先程から顔色が土気色で、必死に瘴気を吐き出そうと、嘔吐を繰り返して使い魔たちと院長に看護されている。


あまりにも痛々しい。これも巡り合わせだろう。

助けなければ、俺は前に進めない。そう思ったら答えは出ていた。


「お願い。彼が助かるなら、私はなんだってするわ。助けて…!」

「請け負おう。姫さんは?」


「もちろん行きますよ! ミルス草なら見分けがつきますし、任せてください!」


「ありがとう。本当に、ありがとう…!」


フラン様は姫さんにぎゅうぎゅうに抱きついて、感激して感謝を示していた。

お腹の子にも悪い。苦しそうだから、何度もタップしてるから、それぐらいにしてやってくれ。…そういえば。


「…姫さんは、平気なのか?」

「え?、…ああ、アレぐらいなら、全然問題ないですよ?」

「…………………」


嘘をついている様子はまるでない、体調の変化もないようだ。フラン様と女の子座りして、彼女をむしろ支えている。


「体調が悪ければ、いつでも言ってくれ、姫さん」

「え、なんですか突然、気持ち悪い」

「酷いなおい、心配してんだぜ?、こっちはよ」


「ああ、そういう、いえ、私が何処か、急に悪くなったのかと…」


姫さんは自分の身体を手ではたいて、どこか悪くないか探った。ああそういう勘違いか。


「ンなこたないが…、まあいいか、急ごう」



準備を手早く行い。村兵の協力の元、できるだけ飛び立ちやすい場所に案内してもらう。

街道をそれた草原で、俺達は出立準備を整えていた。


「こんなもんで良いか、冒険者さん!?」

「OKだ! そのまま何も近づかせないでくれ!」


万一空を飛ぶ時、邪魔が入れば飛び立つ事は難しい。

四方八方を、距離をとった村兵に守って貰う。

飛び立つ際、浮けば危険な石を除けて、離陸の準備を整えた。


「酔い止めは飲んだな、姫さん」

「はい! バッチリです!」

「よし、では飛行予定フライトプランの最終確認だ。言えるか?」

「今回の飛行は低高度!中速度程度がメイン!」

「飛行経路はシンプルに、妖精殺しの山を目指して飛びます」


「まず、600数える間。低速度の訓練飛行! ヒメサンに問題があったら、速やかに安全地帯に着陸!」

「ええと、私は吐き気、寒気、トイレ、強い喉の渇き、その他トラブルがあった場合は、速やかにタロッキちゃんに言うか、叩き続けて知らせる。です」


「そうだ。加えて空中での戦闘が起きたら、真っ先に俺達は降下。姫さんは降下速度軽減の魔道具で、俺はこの鎧で受け身だ。…他に質問は?」


姫さんは降下速度軽減魔法の髪飾りを、フラン様から借り入れていた。


今回、それほど高度、速度、飛行時間も取らない予定なので、緊急時に降下し、受け身を取るという手段を基本とした。


空中で戦闘が発生した場合。命綱1つが絡んで、タロッキの邪魔になりかねない。


対して、怪力を誇るミノタウロスの攻撃を耐える鎧なら、多少の傷で受け身を取れる可能性が高い。

どちらを取るかは明白だった。


姫さんはおずおずと手を挙げた。少々緊張しているようだ。


「ええと、後学の為にしろたいのですが、翔竜さんは、だめなのでしょうか…?」

「彼らは結構頭が良い。高いし、それこそグリンみたいでなぁ…」

「あ、じゃあ無理ですね。…よし。やりましょ!」


翔竜は人を乗せる場合、想像以上に体力が無い。頭も良いので、ろくに顔合わせもなく俺だけで乗れば、グリンに乗るように振り落とされてニヤッと笑われるのがオチだ。


お値段も驚きの銀貨5000枚前後。頭金だけでコレなので、現実的な騎獣ではなかった。


タロッキがハンモックを下げて、小柄な姫さんを抱きかかえた。

ドワーフなどの小柄な種族が、よく寝具に持ち歩く物だ。

今回は長さを切り詰めて、姫さんが楽な姿勢を取るために活用した。

ハーネスを鎧の上からつけて、タロッキの鈎ロープに接続。両足を揃えて右に出し、太い尻尾の上に乗った。


「尻尾無しでバランスは、大丈夫か?」

「難しいから、速度は慣れるまで出さないよ」

「頼む。疲れてもすぐやめていい。まずは600だ」

「わかった。持たせて見せるよ。それじゃ姫さんを鳥の世界へ、まずはようこそ、だね」

「3……、2……、1……、良いぞ」


以前と違い翼も輝かず、ふはりと空を歩きだすように、タロッキは飛び始めた。

眼下で兵士たちが、槍や兜を振って見送ってくれている。周囲と空の危険は無いようだ。


「わーーー………。雲が、すっごい……!」


見れば、次々に地平線の端から地平線の端へ、飛び込むような変わった雲が出ていた。

夏の間だけ見える飛び雲は、まるで、姫さんの初飛行を、祝福してくれているように思えた。



飛行時間の半分ほどの時間を休憩に充て、全員が慣れた頃を見計らって、少し速度を上げて、休憩時間を3分の1程にした。


タロッキはもっと継続して飛びたがったが、彼女の体力も、集中力も無限ではない。


見渡せる限りの大空に、危険を察知できない事は極少ないが、何かあれば命取りになりかねない。慎重に飛行していった。


川辺に沿ってうねる街道と違い、谷間の間や上下する丘、小山を直進できるので相当速い。焦る必要はまだなかった。


「日没だが、まだいけるか、2人共!」

「いけます!」

「問題ないよ〜!」


タロッキはリラックスしているが、姫さんは声が強張っている。

夜間の飛行は、1度が限度だな。

幸いここまでトラブルもなく来ている。先程の休憩で地図を確認したが、もう地平線の彼方に見えてもいい頃の筈だが…。


そう思って目を凝らしていると、地平線の向こう側に、灯台のように光る物が広く見え始めた。


「見えた、見えたよ、カミキレ!」

「よし。高度を取って、1度休める所を探そう。焦るなよ。…姫さん、もう少しだ」

「は、はい!」


ゆっくりと高度を取って眼下を見渡すと、街道の近く、苔むした岩の下に、何十人かが野営していた。

向こうはこちらに、真っ白い翼を振ってくれている。


街道の脇には鳥の巣のような、独特の乗り物が止めてあった。

こちらも愛想よく、手を振り返した。


「アレは…、妖鳥人ハーピア、それも白鳥人ペシャロの1団か。随分のんびりだな」

「近くに降りよっか?」

「いや、翼がある騎獣もいるようだ。ゆっくりと降りてくれ」

「あ、本当だ。刺激しないほうが良いね。うん」

「あ、あれ…?」


ゆっくりと降下して、念の為グリンを招霊して貰って、近づこうとしたが、姫さんはストンと座り込んでしまった。


「感じてる以上に疲れてるだろ。後でケアするよ」

「きゃっ!……、う、うん」


ひょいっと両腕で抱き上げて、姫さんをグリンに乗せた。

グリンは気遣うように、歩いてくれている。


妖鳥人ハーピア

様々な鳥の相を持つ、妖精種。

中でも白鳥人ペシャロは最も大柄で、水辺を好み、長い首と厚い羽毛。


純白の翼。後方までほぼ死角のない視界が特徴の、優美な種族だ。


厚い体毛と体格の割には軽い体重で、水上に浮くことに長けていて、流れるように移動ができる。

著名な踊り子など、芸術面にも造詣が深い。

温暖な冬を求める種族とも言われる。


汗が流れる程ではないが、夏真っ盛りには、もっと北の水辺にいる事が多い種族の筈だが…?


「おや、おやおやおや?」

「真っ白い翔竜ドラグナ便が、こんな夜更けに難儀してるかと思ったら、また、なーんて綺麗な白だい…!」

「ありがとう。えっと、冒険者なんだけど、あたしたちも野営して良い?」


タロッキは冒険者手帳を見せた。俺達もそれに習って同じように見せる。

スラリとした中年女性は、長い首をもたげて俺達の手帳を覗き込んでくれた。


「あらあらまあまあ。教導員さんと駆け出しさんが、こんな夜更けに。もちろん良いですけど、まずは長をお呼びするわね」

「それには及ばんよ。白羽の巣船にようこそじゃ。まずはごゆるりとされよ。旅の方」


頭の羽毛が禿げ上がった、年配の老人がふわりと降り立って、優雅に挨拶をしてくれた。

やはり予想通り、温和な一団のようだ。交渉次第で長く休めるかもしれない。ツイてたな。





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